従業員が企業秘密を持ち出した場合の対応・予防策について

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

従業員による企業秘密の持ち出しは、予想以上に会社に甚大な被害をもたらす可能性があります。
企業秘密を持ち出された場合は適切な対応をしなければなりませんし、そういった事態を未然に防ぐための予防策を講じることは、もはや会社にとって必須事項といえるでしょう。

本コラムでは、従業員が企業秘密を持ち出した場合の対応・予防策について解説していきますので、ぜひ参考になさってください。

従業員による企業秘密持ち出しのリスク

そもそも企業秘密とは、企業が競争力を維持するために外部に漏れないよう管理している重要な情報を指します。

具体的には、顧客リスト、営業戦略、製造技術、価格設定の根拠などが該当します。これらが従業員によって外部、特に同業他社に持ち出された場合、顧客の流出や競争力の低下といったリスクが生じます。

さらに、情報管理体制の不備が明るみに出ることで、株主や投資家からの信用を失い、個人情報保護法上の安全管理措置義務(第23条)違反として法的責任を問われる可能性もあります。

従業員に企業秘密を持ち出された場合の対応

従業員による企業秘密の持ち出しに気付いたときは、「どのような内容の企業秘密が、どこまでの範囲に流出しているか」をいち早く特定し、回収を図ることが重要です。

一度外部に流出した情報は、元のように機密性を保つ状態に戻すことが非常に難しいためです。

秘密保持義務について就業規則の規定があるか?

就業規則は、適用対象となる従業員すべてが会社に対して負う義務について定めることができるものです。
そのため、就業規則には従業員の秘密保持義務を明記しておくべきでしょう。
さらにいえば、情報管理規程など、就業規則とは別規程で詳細に定めておくことが有用です。

秘密保持義務については、以下のページで詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。

就業規則に規定していなかった場合は?

会社在職中の従業員は、労働契約に付随する義務として、会社の業務上の秘密を守る義務を負っているとされていますので(東京高等裁判所 昭和55年2月18日判決、古河鉱業足尾製作所事件)、就業規則に規定していなかったとしても、秘密保持義務違反を追及することは可能です。

もっとも、企業秘密の対象となる情報を就業規則などで明記していなければ、持ち出された情報が企業秘密に該当することを会社側が立証しなければならないため、やはり就業規則などに明記しておくことは重要といえるでしょう。

企業秘密を持ち出した従業員を解雇できるか?

裁判例上においても、企業秘密を漏洩した従業員は、懲戒解雇(東京高等裁判所 昭和55年2月18日判決、古河鉱業足尾製作所事件)、普通解雇(東京地方裁判所 昭和43年7月16日判決、三朝電機製作所事件)の対象となり得ます。

なお、具体的にどのような処分が適切かについては、下記要素を考慮して判断されます。

  • ① 結果の重大性(企業秘密の重要性、秘密漏洩によって会社が負う損害の程度等)
  • ② 行為の態様(情報の入手方法、漏洩の動機・目的や方法等)
  • ③ その他情状の有無・程度(会社の情報管理体制、本人の反省等)

懲戒解雇や諭旨解雇など、懲戒処分に関する詳しい解説は、以下のページをご覧ください。

企業秘密の持ち出しに対する民事上の措置

従業員が会社の許可なく企業秘密を持ち出す行為は、重大な義務違反に該当します。

従業員は、労働契約に付随する「秘密保持義務」や、就業規則・個別契約書に基づく「契約上の義務」を負っており、これに違反した場合、会社は損害賠償請求を行うことが可能です。

具体的には、民法415条に基づく債務不履行による請求のほか、企業の利益損失や信用毀損が生じた場合には、民法709条に基づく不法行為としての損害賠償請求も認められます。

企業秘密の漏洩は、財産権・名誉権の侵害に直結するため、法的措置を講じることが重要です。

企業秘密の持ち出しに対する刑事上の責任

企業秘密の持ち出し行為は、民事上だけでなく刑事上の責任も問われるべき行為です。

窃盗罪・業務上横領罪

会社の秘密文書などを持ち出した場合、その秘密文書を取り扱う権限のある従業員には業務上横領罪(刑法253条)が、そのような権限のない従業員には窃盗罪(刑法235条)がそれぞれ成立する場合があります。

ただし、これらの犯罪類型は、文書などの有体物のみを対象としています。
そのため、例えばデータをUSBメモリに保存して持ち出すなど、無体物の持ち出しについては適用されません。

営業秘密を不正取得した場合の刑事罰

不正競争防止法は、会社から開示された「営業秘密」(同法2条6項)を不正の利益を得る目的や会社に損害を加える目的(図利加害目的)で使用又は開示することを不正競争の一類型と定め、会社の従業員に対する使用・開示の差止め、損害賠償、侵害状態の排除、信用回復措置の請求をそれぞれ規定しています。

  • ① 秘密管理性
    秘密情報として管理されていること(アクセス制限があり、かつ、秘密であることが客観的に認識できる状態で管理されていることが重要です)
  • ② 非公知性
    情報保有者の管理下以外では一般的に入手することができない状態にあること
  • ③ 有用性
    財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つ事業活動にとって有用なもの

通常、②と③は満たすことが多いので、①を満たすかどうかが最も重要となるでしょう。

従業員による企業秘密の持ち出しを防ぐにはどうする?

従業員による企業秘密の持ち出しを防ぐには、情報へのアクセス制限やログ管理などの技術的対策に加え、就業規則や秘密保持契約によって義務と制裁を明文化することが不可欠です。

さらに、秘密情報の正しい取扱いに関する社内研修を定期的に実施し、従業員にリスク意識を浸透させることが重要です。これらの対策を組み合わせることで、情報漏洩リスクを未然に防ぎ、企業の信頼性と法的安全性を高めることができます。

企業秘密の持ち出しに関する裁判例

企業秘密を持ち出した従業員の解雇の有効性は、個別具体的な事情を考慮して判断されます。
以下で取り上げる実際の裁判においても、複数の要素を総合的に考慮して判示していますので、ぜひ参考になさってください。

事件の概要

4257名分の顧客リストを取引相手(会社と販売パートナー契約を締結している他社)に送信した従業員に対する懲戒解雇の有効性が争われた事案です。

裁判所の判断

事件番号:平成22年(ワ)第21647号
裁判年月日:平成24年8月28日
裁判所:東京地方裁判所
裁判種類:判決

本判決は、4257名分の顧客リストを取引相手に送信した行為は会社の就業規則所定の懲戒事由に該当するとはしつつも、会社の情報管理体制がそれほど厳格であったとはいえないこと、また、退職後に当該顧客リストを不正利用しようとしていたとはいえないことなどの事実を認定し、解雇権の濫用に当たるとして懲戒解雇を無効と判示しました。

ポイントと解説

一見すると、大量の顧客リストの持ち出しという、それ自体重大な企業秘密漏洩にあたると評価される行為といえるでしょう。しかし、従業員本人の意図や目的、会社側の管理体制の度合い次第では、懲戒解雇が無効になってしまう場合もあることを示しています。この点、参考にすべき特徴的な裁判例の一つといえます。

企業秘密の持ち出しに対する法的措置や予防策について、労働問題に強い弁護士にご相談ください

企業秘密の持ち出しによって企業が被る損害は、営業機会の喪失、顧客流出、信用低下など深刻なものとなり得ます。
しかし、こうしたリスクに対して、情報管理体制や就業規則の整備、従業員への周知徹底など、予防策を十分に講じている企業はまだ多くありません。

弁護士法人ALGでは、労務問題に精通した弁護士が、企業の実情に合わせた制度設計から運用支援、万が一の漏洩時の対応まで一貫してサポートいたします。豊富な対応実績と専門知識を活かし、企業のリスクを最小限に抑える実効性の高い対策をご提案いたしますので、ぜひご相談ください。

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執筆弁護士

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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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