マタニティハラスメントと事業主の義務

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

2017年から、妊娠・出産・育児に関するハラスメント(いわゆる「マタハラ」)を防ぐための対策を講じることが、企業の義務となりました。さらに、2020年の法改正によって、その義務はより強化され、企業が対応すべき範囲も広がっています。

とはいえ、「具体的に何をすればいいの?」と悩む企業担当者の方も多いのではないでしょうか。
本記事では、以下のポイントについて、わかりやすく解説していきます。

  • マタハラに対する企業の法的義務とは?
  • 実際に企業が取り組むべき防止措置とは?
  • 適切な労務管理の方法とは?

マタハラ対策を正しく理解し、安心して働ける職場づくりを進めるための参考にしてください。

マタニティハラスメント(マタハラ)とは?

マタニティハラスメント(マタハラ)とは、以下を理由として労働者に不当な取扱いや嫌がらせをすることをいいます。

  • 女性労働者が妊娠・出産したこと
  • 産前産後休業・育児休業などの利用を希望した、または取得したこと

なお、マタハラの類型には、次の2種類があると考えられています。

  • 産休・育休制度を利用することへの嫌がらせ
  • 妊娠・出産したことへの嫌がらせ

各類型の嫌がらせの具体例としては、次項のようなものが挙げられます。

産休・育休制度を利用することへの嫌がらせ

産休や育休は法律で認められた権利なので、事業主が取得の申し出を拒否することは基本的にできません。例えば、以下のような言動は「マタハラ」にあたり、違法と判断されるおそれがあります。

  • 産休や育休を取得したら辞めてもらう、解雇する、昇進できないなど脅しに近い言葉をかける
  • 「うちでは産休や育休はとれないよ」と取得を認めない
  • 上司が「繁忙期に産休に入るなんて信じられない」「迷惑なやつ」などと執拗に嫌味を言う
  • 「1年以上も休まれたら戦力にならない」と冷たくあしらう
  • 男性社員の育休取得を認めない

妊娠・出産したことへの嫌がらせ

妊娠・出産したことに対する以下のような言動も、マタハラに該当する可能性があります。
また、2020年の法改正により、「不妊治療に対する否定的な言動(プレ・マタハラ)」についても防止措置の対象となりました。

  • 妊娠を報告したところ、「他の人を雇うから辞めてほしい」と退職を求める
  • 忙しい時期に妊娠するなんて、会社にも取引先にも迷惑がかかると執拗に嫌味を言う
  • 「つわりで休むなんて許さない」と配慮に欠けた言葉をかける
  • 妊娠を理由に、会社が一方的に部署異動を命じる
  • 出産後、「いつまで休むのか」「早く復帰しろ」などと執拗に迫る
  • 「不妊治療で休むなら辞めてほしい」と退職を強要する
  • 不妊治療を受けていることを理由に正規雇用を解除する、一方的な部署異動を命じるなど不当な扱いをする
  • 不妊治療を受けていることを周囲に言いふらす

マタハラ防止として事業主に義務付けられた義務とは?

2017年1月の男女雇用機会均等法改正により、事業主はマタハラ防止策を講じることが義務付けられました。具体的には、社内にマタハラに関する相談窓口を設置するとともに、マタハラが発生した場合の迅速な対応や再発防止策の徹底などに取り組む必要があります。

この背景には、労働局に寄せられるマタハラに関する相談件数が急増していること等が挙げられます。

また、2020年6月の改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)の施行に伴い、マタハラ防止に関する事業主および労働者の責務が明文化されるなど、マタハラ対策の強化が図られました。

事業主に義務付けられているのは、主に以下の2点です。

  • 不利益な取扱いの禁止
  • 妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの防止措置義務

不利益な取扱いの禁止

事業主は、妊娠・出産したことや、産前産後休業・育児休業等を希望した、または取得したことを理由に、女性労働者に対して不利益な取扱いを行うことが禁止されています(男女雇用機会均等法9条、育児・介護休業法10条など)。

不利益な取扱いとは、以下のような対応を指します。

  • 解雇・雇止め
  • 降格・減給・賞与における不利益な算定
  • 契約更新回数の引き下げ
  • 正社員を非正規社員とする契約内容の変更の強要
  • 不利益な自宅待機の強要
  • 不利益な人事考課・配置変更 など

ただし、業務上の必要性や安全配慮に基づく言動である場合は、マタハラに該当しないと判断される可能性があります。

詳しくは以下のページもご覧ください。

妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの防止措置義務

事業主は、社内でマタハラの発生を未然に防ぐための措置や、女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するための措置を講じることが義務付けられています(男女雇用機会均等法11条の3第1項)。

具体的な措置については、厚生労働省が公表する「マタハラ防止指針」で定められているため、本指針を確認したうえで取り組むようにしましょう。
また、女性労働者がマタハラに関する相談をしたこと等を理由に、解雇や減給といった不利益取扱いをすることは禁止されています。

マタハラ防止のために事業主が講ずべき具体的な措置とは?

厚生労働省は「マタハラ防止指針」を策定し、事業主が講ずべきマタハラ防止措置を具体的に定めています。指針によると、事業主は以下の5点について適切に取り組む必要があります。

  • マタハラに対する方針の明確化と周知・啓発
  • 相談窓口の設置など体制の整備
  • マタハラが発生した場合の迅速かつ適切な対応
  • マタハラの発生要因や背景を解消するための措置
  • 相談者等のプライバシー保護

マタハラに対する方針の明確化と周知・啓発

マタハラ防止に関する企業の方針を、労働者に周知・啓発することが重要です。例えば、以下のような点について周知しておくと良いでしょう。

  • マタハラに該当する言動
  • マタハラの発生原因・背景
  • マタハラ行為を禁止すること
  • マタハラの加害者に対し、懲戒処分を行うなど厳正に対処すること
  • 労働者は妊娠・出産・育児に関する制度などが利用できること

なお、マタハラ行為者を懲戒処分の対象とするには、就業規則上の根拠が必要です。具体的には、就業規則で懲戒規程を設けるとともに、懲戒事由の中に「マタハラ」を定めておく必要があります。

相談窓口の設置など体制の整備

マタハラに関する相談窓口を設置し、被害を受けた労働者がすぐに相談・報告できる体制を整える必要があります。ただし、相談窓口を設置しても適切に利用されなければ十分な効果は得られないため、設置後は以下の点にも留意しましょう。

  • 相談窓口を設置したことや、窓口の利用方法などを労働者に周知する
  • 相談窓口の担当者が適切かつ迅速に対応できるよう、人事部門や関係部門との連携体制を整備しておく など

また、現にマタハラが発生している場合だけでなく、これからマタハラが発生するおそれがある場合や、マタハラに該当するか分からない場合なども、広く相談を受け付けると良いでしょう。

また、相談窓口を外部の弁護士や相談機関に委託することも可能です。外部に委託することで、社内の人間には相談しづらいという人も気軽に利用できる可能性があります。

マタハラが発生した場合の迅速かつ適切な対応

マタハラが発覚した場合、事業主は以下の4つの措置を適切な手順で実施する必要があります。

①マタハラに関する事実関係を迅速かつ正確に確認すること
相談窓口の担当者などが、相談者およびマタハラの行為者とされる労働者の双方から事実関係を確認します。確認にあたっては、相談者の心身の状態に配慮したうえで行う必要があります。
また、双方の主張が食い違う場合、同僚や上司などの第三者にもヒアリングを行うのが一般的です。

②マタハラの事実が確認できた場合においては、速やかに被害を受けた労働者に対する配慮のための措置を適正に行うこと
マタハラの内容や双方の関係性に応じて、被害者への配慮措置を検討します。例えば、被害者と加害者を引き離すための部署異動、産業医によるメンタルケアの実施などが考えられます。
一方、双方が和解を望んでいる場合は、関係修復に向けた援助を行うのも良いでしょう。

③マタハラの事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと
マタハラが就業規則上の懲戒事由にあたる場合、行為者を懲戒処分とすることが可能です。ただし、マタハラが軽微な場合、懲戒処分は重すぎるとして無効となるおそれもあります。
その場合、被害者に直接謝罪させる、今後マタハラを行わない旨の誓約書を提出させるなどの方法で対処することになります。

④改めて職場における妊娠、出産等に関するハラスメントに関する方針を周知・啓発する等の再発防止に向けた措置を講ずること
マタハラの事実の有無にかかわらず、改めて社内で研修や講習を実施し、再発防止に努めることが重要です。

マタハラの発生要因や背景を解消するための措置

マタハラが発生した背景を分析し、原因を解消することで、ハラスメントの再発防止につながります。
例えば、以下のようなケースが考えられます。

マタハラ発生の背景 対処法
妊娠中の女性労働者の体調不良により、他の労働者の負担が増えている
  • 業務分担を見直す
  • 体調が落ち着くまでは軽作業への従事を提案する
  • 他部署に応援を求める など
制度が十分理解されていない 産休や育休は法律上の権利であり、会社は取得させる義務があることを改めて周知する
誤った配慮により、育休の取得や時短勤務を強制していた 本人の意に反する配慮措置も、マタハラにあたる可能性があることを注意喚起する

また、日頃のコミュニケーションが不足していると、体調不良を申し出にくい、気遣う気持ちが起こりにくいなど弊害が生じやすくなります。そのため、社員間の交流も積極的に推奨していくと良いでしょう。

相談者等のプライバシー保護

相談者の情報が漏れないよう、プライバシー保護は徹底的に行う必要があります。マタハラの場合、妊娠や出産というデリケートな問題を含むため、個人情報は特に厳重に扱うことが求められます。

プライバシー保護対策としては、以下のような手段が挙げられます。

  • プライバシー保護に関するマニュアルを作成し、相談担当者に配布する
  • 相談担当者に対し、プライバシー保護の重要性や漏洩時のリスクなどについて研修を行う
  • 秘密は厳守されることを労働者に周知する

被害者の中には、加害者からの報復をおそれて相談をためらう方も多くいます。プライバシー保護や秘密厳守を徹底し、マタハラ被害者が安心して相談できる体制を整えることが特に重要です。

事業主がマタハラ防止措置を講じないとどうなるのか?

マタハラ対策を怠った場合、企業は以下のようなリスクを負います。

  • 優秀な人材の流出
    マタハラ対策は法律上の義務なので、適切な措置を講じなかったり、マタハラを放置したりすると、労働者からの信用は大きく損なわれます。その結果、優秀な人材が多数離職してしまう可能性もあります。
  • 企業イメージの悪化
    法令を遵守しない企業は、社外からの信用も失う可能性が高いです。「妊婦をぞんざいに扱う会社」「子育てへの理解がない」などの悪評が広まり、売上低下や取引中止といった事態を招くおそれがあります。
  • 人手不足を招く
    仕事と家庭の両立が当たり前となっている現代において、女性労働者への理解が少ない企業に入社したいと考える人は少ないでしょう。応募者が集まらず、人手不足に陥る可能性もあります。

ハラスメントがもたらすリスクについては、以下のページもご覧ください。

悪質な場合は企業名が公表される可能性も

マタハラ対策が適切に行われていない場合、厚生労働大臣による行政指導の対象となる可能性があります。また、悪質な場合は以下のようなリスクも起こり得ます。

  • 企業名の公表
    行政からの是正勧告に従わない場合、企業名が公表される可能性があります。(男女雇用機会均等法30条、育児・介護休業法56条の2)
  • 過料が科される
    勧告に対して報告をせず、または虚偽の報告をした場合、20万円以下の過料が科される可能性があります。(男女雇用機会均等法33条、育児・介護休業法66条)
  • 損害賠償責任を負う
    マタハラを放置した場合や、適切な措置を怠った場合、使用者責任、安全配慮義務違反による債務不履行、不法行為責任などに基づく損害賠償責任を負う可能性があります。

職場でのマタニティハラスメントにまつわる判例

事件の概要

X(原告)はY1(被告会社)の無期雇用の嘱託社員でしたが、Xが第1子の産休・育休を終え復帰した際、短時間勤務を希望したところ、Y2(Y1取締役)に、パート契約に転換しなければ、短時間勤務は認めないと説明されたため、パート契約を締結しました。

その後、Xは第2子を妊娠し、出産後復職したものの、契約期間の満了後、パート契約の更新を拒否されました。そのため、XはY1に対し、パート契約への変更の有効性、解雇・雇止めの有効性を争い、損害賠償請求した事案です。

裁判所の判断

【平28(ワ)34757号 東京地方裁判所 平成30年7月5日判決】

〈パート契約への変更の有効性〉
裁判所は、労働者が短時間勤務を希望したことを理由に、会社が一方的に労働条件を引き下げる(パート契約に変更する)ことは認められないが、労働者と合意のうえで不利益変更を行う場合、直ちに違法とはならないと判示しました。

ただし、本件の場合、パート契約への変更によって無期雇用が有期雇用になることや、賞与が支給されなくなること等を踏まえると、Xが負う不利益の程度は大きいとしています。

また、実際は嘱託職員のままでも短時間勤務は可能であったこと、Xは釈然としないままパート契約への変更に応じたこと等も考慮すると、雇用形態の変更はXの自由意思に基づくものとはいえないと判断しています。

これらの理由から、パート契約への変更は育介法23条の2(所定労働時間の短縮措置を求めたこと等を理由とする不利益変更の禁止)に違反し、無効であると判示しました。

〈解雇・雇止めの有効性〉
裁判所は、パート契約への変更が無効であることを踏まえると、Y1からXに対する雇用契約の終了の通知は「雇止め」ではなく「解雇」にあたると判断しています。
そのうえで、本件にはXを解雇するだけの客観的合理性や社会的相当性は認められないため、解雇も無効であると判示しました。

ポイント・解説

本件では、不利益変更について労働者側の同意がある場合、労働条件を引き下げても直ちに違法とはならないと判示されています。つまり、適正な手続きを踏めば、短時間勤務を希望した労働者に対する不利益変更も認められる可能性があるということです。

ただし、同意は労働者の自由意思に基づくものでなければならず、その有効性は厳格に判断される傾向があります。例えば、労働条件の引き下げによって労働者が負う不利益の程度、合意に至るまでの経緯、会社からの説明内容など様々な事情を考慮したうえで決定されるのが通常です。

そのため、企業としては、労働者に不利益の内容や程度を十分説明し、理解を得たうえでパート契約への変更を行うべきであったといえるでしょう。

企業のマタハラ防止措置に関するご相談は、ハラスメント問題を得意とする弁護士にお任せください

マタハラへの対応を誤ると、行政指導や損害賠償責任など様々なリスクが生じます。そのため、日頃から適切なマタハラ防止策を講じ、ハラスメントの発生を未然に防ぐことが重要です。

労務問題に詳しい弁護士に相談することで、有効なマタハラ対策や相談窓口の運営について具体的なアドバイスを受けられるため、トラブルの未然防止が期待できます。また、相談を受けた後の対応についても、実務経験豊富な弁護士のサポートを受けると安心です。

弁護士法人ALGは、企業側の労働トラブル対応に特化しているため、使用者の方に寄り添った細やかなリーガルサービスを提供可能です。マタハラ対策でお悩みの方は、ぜひ一度ご相談ください。

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執筆弁護士

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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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