
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
就業規則は、働くうえでのきまりを定めた「会社のルールブック」ともいえる存在です。従業員は就業規則に従い、誠実に労務を提供する義務を負っています。
しかし、なかには就業規則に違反し、社内秩序を乱す従業員も少なくないのが現実です。このような違反行為がみられた場合、会社は被害が拡大する前に適切に対処することが重要です。
本記事では、従業員の就業規則違反が発覚した場合の対応、懲戒処分を行うまでの流れ、違反行為を防ぐためのポイントなどを詳しく解説していきます。
目次
就業規則違反とは
就業規則違反とは、会社が定める就業上のルールに違反することをいいます。会社は社内の秩序を守るため、就業規則によって従業員に様々な義務を課しています。例えば、企業秘密の保持や服務規律、誠実労働義務などが挙げられます。
就業規則違反にあたる具体的な行為は、以下のようなものです。
- 機密情報の持ち出し
- 無断欠勤や常習的な遅刻
- 副業制限に対する違反
- ミスや不注意を繰り返し、多大な損失を生むこと
- 経費申請における不正や横領
- 業務命令違反
- ハラスメント行為
これらの義務に違反する行為があった場合、会社は経済的にも社会的にも大きなダメージを受けるおそれがあるため、厳正に対処することが重要です。
就業規則違反を発見した場合の会社側の対応は?
就業規則違反が発覚した場合、以下の手順で段階的に対処する必要があります。
- 注意・指導を行う
- 弁明・改善の機会を与える
- 始末書の提出を求める
- 懲戒処分を検討する
これらのステップを踏まず、いきなり懲戒処分を下すと、違法性が問われ処分が無効になる可能性があるため注意が必要です。特に「解雇処分」とする場合、その有効性は厳しく判断される傾向があるため慎重な対応が求められます。
注意・指導を行う
従業員本人へ就業規則違反の事実を伝え、是正するよう指導を行います。
違反行為を特定する際は、関係者から綿密なヒアリングを行ったり、帳簿などの証拠資料を収集したりして、客観的根拠に基づいて事実認定を行う必要があります。
弁明・改善の機会を与える
単に就業規則違反が疑われるからといって、直ちに懲戒処分を下すことは適切な対応とはいえません。まずは違反行為を行った従業員に対し、弁明と改善の機会を与えることが必要です。
弁明や改善の機会を与えずに懲戒処分を下すと、会社が一方的に従業員を処分したとして、手続きに問題があったとみられてしまう可能性があります。
始末書の提出を求める
就業規則に違反した従業員に対しては、「始末書」の提出を求めるのも効果的です。
始末書とは、就業規則違反について従業員の反省を促し、再発防止への取り組みなどを述べさせるための書面です。従業員本人にことの重大さを自覚させるだけでなく、解雇や退職勧奨の有効性が争われた際、会社が適正な手順を踏んだことの証拠にもなり得ます。
ただし、懲戒処分(譴責)として始末書を提出させる場合、違反行為が就業規則上の懲戒事由に該当していることが前提となります。
一方、業務命令として始末書の提出を求める場合、必ずしも懲戒事由に該当する必要はありませんが、提出を強制させることは基本的にできません。未提出を理由に何らかの処分を下した場合、違法性が問われ処分が無効になる可能性があるため注意が必要です。
懲戒処分の種類や注意点については、以下のページもご覧ください。
懲戒処分を検討する
注意・指導や始末書の提出などの対応を行っても違反行為が改善されない場合は、次の段階として懲戒処分の検討が必要です。
ただし、懲戒処分を行うには、違反行為が就業規則上の「懲戒事由」に該当していなければなりません。また、実際に懲戒処分を下す際は、以下の2点に留意しましょう。
●段階的に処分を行う
いきなり懲戒解雇とすると違法になる可能性が高いため、まずは戒告や譴責といった軽い処分から行い、改善がみられなければより重い処分(減給・降格・出勤停止など)を下すのが基本です。
●重すぎる処分は無効となる
違反行為に対して処分が重すぎる場合、懲戒権の濫用にあたり、処分が無効となる可能性があります。
懲戒処分の種類については、以下のページでも詳しく解説しています。
退職勧奨を行う
退職勧奨とは、問題行為を起こした従業員に対し、自主的な退職を促すことをいいます。退職勧奨については法律上のルールがないため、対象者や実施手順などは会社の判断に委ねられます。
ただし、最終的に退職勧奨に応じるかは従業員の自由なので、退職を強制することはできません。つまり、従業員が退職しないという明確な意思を示している場合、それ以上の干渉は控えるべきといえます。
もし執拗に退職を迫ったり、解雇をほのめかしたりした場合、実質的な退職強要やパワハラとみなされ、退職が無効になる可能性があります。また、従業員に慰謝料を請求されるおそれもあるため注意しましょう。
解雇は最終手段
問題行為が極めて悪質な場合、「懲戒解雇」も視野に入れなければなりません。
ただし、懲戒解雇は最も重い処分なので、裁判でもその有効性は厳しく判断されています。具体的には、以下の要件を満たさない場合、「懲戒権や解雇権の濫用」にあたり、解雇が無効になる可能性が高いです。
- 就業規則上の懲戒事由に該当すること
- 懲戒解雇に相当する「客観的で合理的な理由」があること
- 処分に社会的相当性が認められること
つまり、誰がみても懲戒解雇はやむを得ないと判断できる事由があり、過去の事例と比較しても妥当な処分である場合に限り、解雇が認められるのが通例です。
このように懲戒解雇の有効性については厳格な基準があるため、最終手段と考えておくべきでしょう。
就業規則違反で懲戒処分を行う際の注意点
就業規則に懲戒処分の規定が必要
懲戒処分を下すには、就業規則上の根拠が必要です。よって、懲戒処分の種類や懲戒事由の定めがない場合、従業員を懲戒処分とすることはできません。
また、重大な違反行為であっても、それが懲戒事由に該当しなければ処分は下せないため、懲戒事由は網羅的に、かつ具体的に定めておくことが重要です。
なお、就業規則の内容が合理的であり、かつ適切な方法で周知されていた場合、従業員に対する「法的拘束力」が発生します。よって、雇用契約書などで懲戒処分に関する定めがなくても、就業規則上の懲戒規程を適用することが可能となります。
懲戒処分は速やかに行う
就業規則違反に対する懲戒処分は、できるだけ速やかに行うべきといえます。
懲戒処分に法律上の時効はないので、過去の違反行為を理由に処分を下しても一見法的な問題はありません。
しかし、あまりにも昔の問題行為を取り上げることは信義則上認められず、不当な処分として無効となる可能性が高いです。実際の裁判例でも、7年前の暴行を理由に従業員を懲戒解雇したところ、処分が無効と判断された事例などがあります。
これは、当時会社が懲戒権の行使を怠ったことや、「懲戒処分はもう行われないだろう」という従業員の期待を侵害する行為であること等が判決の根拠とされています。
副業は就業規則違反になるのか?
副業は就業規則で禁止されているケースも多いですが、懲戒処分は認められにくいのが実情です。
具体的には、本業に支障を生じさせないほどの副業であれば、たとえ就業規則で禁止していても、懲戒処分は無効となるのが一般的です。
これは、勤務時間外にどう過ごすかは従業員の自由であり、会社が副業を全面的に禁止する権利はないと考えられるためです。
一方、例えば体調不良を理由とする休職中に無断で副業していた場合など、会社との信頼関係を損なうようなケースでは、例外的に懲戒処分が認められる可能性もあります。
退職後に就業規則違反が発覚した場合はどうする?
従業員の退職後に、就業規則違反が発覚するケースもあります。多いのは、転職先への機密情報や顧客情報の持ち出し、競業避止義務違反、在職中の横領などが挙げられます。
退職後に違反行為が発覚した場合、懲戒処分ではなく「損害賠償請求」を行うのが通常です。
在職中の違反行為に関する証拠を揃え、また、会社が被った損害額などを客観的に示すことで、従業員に損害賠償金を請求できる可能性があります。
証拠としては、
- 横領で用いた資料(領収書や請求書など)
- 会社の銀行口座の出入金記録
- 機密情報を送信したメール
などが有効です。
また、就業規則に「退職金の返還規定」がある場合、すでに支払った退職金の一部について返還を求めることも可能です。
就業規則違反で懲戒解雇した従業員の退職金は減額・不支給にできるのか?
就業規則違反を理由に懲戒解雇した者でも、当然に退職金を減額・不支給にできるわけではありません。
退職金を減額・不支給とするには、就業規則で以下の2点について明示しておく必要があります。
- 懲戒解雇となった従業員については、退職金を減額または不支給とすること
- 具体的な減額幅などは、会社の裁量で決定できること
退職金が減額・不支給となるケースについては、以下のページでも詳しく解説しています。
就業規則違反者を出さないための会社側の対策
会社としては、就業規則に違反する従業員が現れないよう、あらかじめ就業規則に定められた内容を適宜従業員に周知することが肝要です。
就業規則の周知徹底
就業規則を作成しても、その内容が従業員に周知されなければ効力は発生しません(労働契約法第7条本文)。よって、就業規則の作成・変更後は、速やかに従業員へ周知する必要があります。
周知方法としては、従業員の見やすい掲示板に就業規則を掲示したり、書面で従業員に交付するなどの方法が考えられます。
口頭での説明だけでは、従業員に「そんなルールがあるなんて知らなかった」等と言われてしまう可能性があるため、目に見える形で周知することが重要です。
就業規則をしっかり周知することは、その効力を発生させるだけでなく、従業員の意識を高め、違反行為を未然に防ぐためにも重要なプロセスといえます。
就業規則の周知義務については、以下のページもご覧ください。
定期的な見直しの必要性
労務に関連する法律の改正は目まぐるしく、会社は頻繁に就業規則の見直しが求められることもあります。
作成時は法的な問題がなくても、数年後には新たな法整備がなされ、既存の就業規則では対応できていないケースも多いためです。
そこで、労務に関する法律的知見を持った弁護士に依頼し、就業規則の内容を定期的にチェックしてもらうことが有効です。弁護士による就業規則のチェックを受けることで、最新の労働法制に関する知見を踏まえて、就業規則をアップデートすることができます。
就業規則違反に関する判例
就業規則に違反した従業員に対し、会社が懲戒処分を行った場合、従業員側から処分の効力を法的に争われ、法的紛争に発展することもあります。
以下では、就業規則に違反した従業員を会社が懲戒解雇処分としたケースにおいて、懲戒解雇処分の効力が争われた裁判例をご紹介します。
【平成9年(ネ)第363号 東京高等裁判所 平成12年11月29日判決】
〈事件の概要〉
会社が、退職勧奨を行っていた従業員に対して、通勤に2時間を要する部署への配転命令を行ったところ、配転命令を拒否し、話し合いも拒否する姿勢を示したため、当該従業員を懲戒解雇としました。これに対し、従業員側が、違法無効な配転命令・解雇であったとして、労働者の地位にあったことの確認などを求めました。
〈裁判所の判断〉
裁判所は、配転命令については適法であると判断した一方で、懲戒解雇は無効であると判断しました。
具体的には、配転命令については、会社において配転命令を行う会社経営上の必要性があった上、従業員の職務内容に変更を生じさせるものではなかったため、権利の濫用とまではいえず、有効であるとしました。
他方、懲戒解雇については、当該従業員が従前退職勧奨を受けていた経緯を踏まえ、配転に不当な意図があると疑念を抱くことに無理からぬ事情があったこと、会社側の説明としても、従業員が配転のメリット・デメリットを検討するだけの十分な材料が与えられていなかったことを考慮し、直ちに従業員を解雇することは性急であり、懲戒権の濫用であったと判断し、解雇は無効としました。
〈ポイントと解説〉
本件のポイントとしては、配転命令の適法性自体は肯定したものの、その後の懲戒解雇の有効性が否定された点にあります。
業務命令を拒否したという点では、確かに懲戒事由に該当する事実があったとも考えられますが、やはり懲戒解雇が重大な処分であることを踏まえ、解雇にあたっては十分な手続保障が図られる必要があることを改めて示したものといえるでしょう。
就業規則違反の対応でお困りの場合は弁護士にご相談ください
就業規則違反が発覚した場合、会社は速やかに対処することが重要です。しかし、懲戒処分は手順を誤ると違法になるおそれがあるため、慎重に対応しなければなりません。
弁護士であれば、就業規則違反をした従業員について、厳正かつ妥当な処分を見極めることができます。また、実務経験が豊富なため、よりスピーディーな解決も期待できるでしょう。
弁護士法人ALGには、企業法務の知識や経験豊富な弁護士が揃っています。従業員の就業規則違反についてお悩みの方は、ぜひ一度ご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある