
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
会社を辞めてほしい従業員がいる場合、解雇の前に「退職勧奨」を行うのが一般的です。
退職勧奨は比較的トラブルになりにくいですが、内容によっては違法と判断され、慰謝料の支払いなどを命じられるおそれがあります。特に、退職勧奨を拒否された場合の対応や言動は問題になりやすいため、注意が必要です。
本記事では、従業員が退職勧奨に応じない理由や、退職勧奨を拒否された場合の適切な対応、違法とならないためのポイントなどを詳しく解説していきます。
目次
従業員が退職勧奨に応じない主な理由とは?
退職勧奨とは、会社を辞めてほしい従業員に対して、自主的に退職するよう促すことです。もっとも、退職に応じるかどうかは従業員の自由なので、必ずしも退職に至るわけではありません。
従業員が退職勧奨を拒否する理由としては、以下のようなものが考えられます。
- 今の会社で働き続けたい
- 退職後の生活に不安がある
- 再就職が難しそう
- 上司や社長と感情的な対立があり、話し合いができない
- 会社の言いなりになりたくない
退職を拒否する理由によって、その後の対応も変わってくるため、まずは話し合いの中で従業員の意見を十分把握することが重要です。
退職勧奨の流れや注意点は、以下のページで解説しています。
退職勧奨に応じない・拒否された場合の対応
退職勧奨に応じてもらえない、または拒否された場合、その後の対応は慎重に進める必要があります。
退職勧奨に応じるかどうかは従業員次第なので、むやみに退職を勧めるとトラブルになるおそれがあります。どうしても辞めてほしい場合は、退職の条件を見直すなどの譲歩も検討すべきでしょう。
具体的には、以下のような対応が求められます。
- 明確に退職を拒否されたらそれ以上勧めない
- 解決金や退職金の上乗せを提案する
- 再就職の支援をする
- 必要性に応じて解雇に踏み切る
明確に退職を拒否されたらそれ以上勧めない
退職勧奨は“本人の同意”が前提なので、執拗に退職を求めると“退職強要”とみなされ、従業員に慰謝料を請求されるおそれがあります。また、違法な退職勧奨と判断された場合、職場を離れていた期間の給与(バックペイ)の支払いも命じられる可能性があります。
そのため、退職を明確に拒否された場合はそれ以上勧奨せず、別の手段も検討すべきでしょう。
例えば、能力不足を理由に退職勧奨を行う場合、別の部署に異動させ、異動先で成果を上げる機会を与える方法があります。
ただし、初めから退職させる目的で閑散部署に異動したり、役職に不釣り合いな業務を行わせたりすることは違法になり得るため注意が必要です。
解決金や退職金の上乗せを提案する
「退職後の生活に不安がある」という従業員の場合、解決金や退職金を上乗せして支払うことで、退職に応じてもらえる可能性があります。金額としては、3~6ヶ月分の給与を上乗せするのがひとつの目安とされています。
これは、従業員が失業してから再就職するまでの期間(失業継続期間)が平均約3ヶ月とされているためです。また、失業継続期間は年齢層が高いほど長引く傾向があるため、上乗せ額は従業員の年齢も考慮して決定する必要があります。
再就職の支援をする
「再就職できるか不安」という従業員に対しては、会社が再就職支援を提供するのが有効です。
再就職支援の方法としては、以下の2つが一般的です。
●他社への再就職のあっせん
グループ会社や関連会社を紹介し、再就職をあっせんする方法です。ただし、採用基準は各会社で異なるため、再就職を確約するものではありません。
●再就職支援サービスの利用
会社が費用を負担し、従業員が再就職支援サービスを受けられるようにする方法です。サービスの内容は、求人紹介や面接対策、キャリアアップ支援などが一般的です。
また、従業員が就職活動を行いやすいよう、特別休暇の付与や勤務時間の調整なども検討すると良いでしょう。
必要性に応じて解雇に踏み切る
退職勧奨の対象者がいわゆる「問題社員」の場合、最終的には解雇も検討する必要があります。問題社員の特徴としては、以下のようなものが挙げられます。
- ハラスメントを繰り返す
- 無断欠勤が多い
- 著しい能力不足
- 犯罪行為を働く
もっとも、実務上解雇の有効性は厳しく判断される傾向があるため、解雇は最終手段と捉えておきましょう。また、経営悪化による“整理解雇”の場合も、人員削減の相当な必要性が求められるため注意が必要です。
退職と解雇の違いについては、以下のページで詳しく紹介しています。
従業員側に問題がある場合
従業員側に問題があっても、直ちに解雇が認められるとは限りません。まずは当該従業員に対して注意・指導を繰り返し、配置転換なども含めて改善への努力を十分に行うことが必要とされています。
解雇は社会一般の観点から、解雇を選択せざるを得ない事情があり、それが客観的に合理的である場合に認められるとされています。会社からすれば「相当な問題である」「解雇に値する」という事案でも、裁判所で不当解雇と判断されれば、高額な金銭の支払いが命じられる可能性があります。
そのため、解雇を検討する場合は一度弁護士に相談することをおすすめします。
解雇事由についての詳細は、以下のページでご確認ください。
会社側に人員整理の必要がある場合
経営事情による整理解雇を行う場合、以下の4要件が満たされていることが必要です。
- 経営上、人員削減が必要
- 解雇以外の経費削減や助成金活用等の手段を講じて解雇回避努力を行った
- 対象者の選定には、合理的な基準を設けて行った
- 対象者や組合へ十分な説明を行い、待遇などについて協議を行った
上記のポイントは、「整理解雇の4要件」もしくは「整理解雇の4要素」といわれています。
退職勧奨に失敗したので、整理解雇なら可能だろうという考え方は危険です。
整理解雇の詳細については以下のページで詳しく解説しています。
違法な退職勧奨とは?退職強要とならないためのポイント
退職の判断は、従業員の自由意思に基づくものでなければなりません。そのため、進め方次第では「退職強要」や「パワハラ」とみなされ、違法となるおそれがあります。
退職勧奨で担当者が留意すべきポイントは、以下のようなものです。
- 執拗な退職勧奨(退職勧奨を行った時間や回数、担当者の人数など)
- 退職勧奨時の担当者の言動内容(退職以外の選択肢がない、退職に応じなければ解雇になるなど事実に反することや、従業員の誤解を招くような言動、侮辱的な言動など)
- 従業員の言動(退職勧奨に応じない姿勢を明確にしているにもかかわらず、執拗に退職を迫るなど)
担当者の人数が多かったり、役員が同席したりすると、従業員が萎縮してしまう可能性があります。そのため、会社側は記録係を含めた2名程度で対応するのが望ましいでしょう。
また、あらかじめ従業員への説明事項などをまとめた“シナリオ”を用意しておくと安心です。
シナリオがあればスムーズに話し合いを進められますし、従業員からの質問にも冷静に対応できるでしょう。
退職強要とみなされないためのポイントは、以下のページでさらに詳しく解説しています。
違法と判断された場合は慰謝料を支払う可能性がある
退職勧奨が違法と判断された場合、不法行為として慰謝料の支払いが発生する可能性があります。また、違法な退職勧奨による従業員の退職の意思表示は、錯誤や強迫であるとして無効となる可能性もあります。
退職の意思表示が無効と判断されれば、退職時に遡って、従業員はずっと在籍していることになるので、その期間に相当する賃金を支払う必要も出てきます(バックペイ)。
このような金銭の負担や、解決までの労力を考えると、決して軽いデメリットとはいえないでしょう。違法と判断されるような対応をしないよう慎重に行動することが大切です。
退職勧奨の拒否を理由とした不利益取扱いの禁止
退職勧奨に応じなかったことを理由に、減給や降格、不当な配置転換、解雇などの「不利益取扱い」を行うことは認められません。これらの措置を材料に退職を求めると、従業員の自由な意思決定を妨げるおそれがあるため、違法と判断される場合があります。
一方、退職勧奨を拒否したことではなく、退職勧奨の原因となった事情(パワハラ、勤怠不良、能力不足など)に基づく不利益取扱いであれば、認められる可能性があります。
その場合、処分は退職勧奨の拒否とは無関係であること、退職しなければ処分が行われる可能性があることを、面談時に十分説明しておく必要があります。
不利益取扱いの禁止については、以下のページでも詳しく解説しています。
退職勧奨に応じない労働者への対応に関する裁判例
事件の概要
Y社に勤務するXは、課長職に従事していましたが、能力不足などを理由として、上長であるZから個別面談による退職勧奨を受けました。その際、Zは明確に退職を義務づける発言はしていないものの、退職以外の選択肢がないかのように思わせる言動を行いました。
またXが明確に退職を拒否したあとも継続して退職勧奨は行われており、執拗に繰り返したことやその態様により違法と判断され、慰謝料の支払いを命じられました。
裁判所の判断
(平成30年(ワ)1231号 令和2年3月24日 横浜地方裁判所、日立製作所事件)
ZはXに対し、グループ内異動と社外転職支援プログラムの選択肢を提示し退職勧奨を行いましたが、その際、Xは「転職は想定しておらず社内に留まりたい」と明確な意思表示を行っています。
しかし、その後もZは「他の部署がXを受け入れる可能性は極めて低いと思う」「こういう面談をしていることや全ての情報は共有されているから」など、退職以外の選択肢がなく八方塞がりのような印象を現実以上に抱かせるような発言を行ったことから、Xの自由意思を抑圧した違法な行為であると認定されています。
さらに、Xの能力不足についても、「若手の平従業員並み」「能力がなく成果の出る仕事もしていないのに高額の賃金の支払いを受けるのはおかしい」など、業務改善の要求や能力不足への指導を逸脱し、退職以外の選択肢がなく八方塞がりのような印象を現実以上に抱かせるような発言を行ったXの自尊心をことさら傷つけ侮辱する言動を執拗に繰り返しており、不当に精神的苦痛を与えた違法な退職勧奨であると判断されています。
ポイント・解説
本件では、Zの具体的な発言を列挙し、以下のポイントからXの意思を不当に抑圧した違法な退職勧奨であると総合判断されています。
- Xが明確に拒否の意思表示を行ったあとも、追加の条件提示もなく執拗に退職勧奨を継続した
- 退職勧奨に応じなかった場合の不利益について、不正確な情報を断定的に述べており、退職以外の選択肢がないよう誤認させた
- Xの業務水準が劣る点を指摘するだけでなく、Xの自尊心をことさら傷つける言動を繰り返し行った
よって担当者は、「退職に応じるかは従業員の自由であること」「明確に拒否されたらそれ以上勧奨しないこと」を念頭に置く必要があります。
また、後々不適切な言動があったと主張されるおそれもあるため、話し合いの内容や録音やメモで記録を残しておきましょう。
労働者の退職勧奨でお困りなら、労働問題を得意とする弁護士にご相談ください
退職は従業員にとって重大な決断なので、退職勧奨に応じてもらえないケースも多いです。しかし、執拗に退職を迫ったり、侮辱的な言動を行ったりすると違法になりやすいため、担当者は焦らず冷静に対応することが求められます。
退職金の上乗せや再就職支援などの優遇措置を用意し、少しでも従業員が退職に応じやすいよう配慮することもポイントです。
弁護士であれば、退職勧奨に応じてもらえない場合の適切な対応について具体的にアドバイスができます。また、弁護士は退職勧奨の流れやポイントも熟知しているため、話し合いがスムーズに進むと期待できます。
従業員への退職勧奨でお悩みの方は、ぜひ一度弁護士法人ALGへご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 所長 弁護士谷川 聖治
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある