Ⅰ 事案の概要
原告は、平成3年4月から、被告である大津市の職員として採用され、約27年間勤務をしており、管理職の地位にありました。
原告は、平成30年8月、自身が転居予定だったマンションの一室で同僚らと飲酒を伴う飲食をした後、当該マンションから約5km離れた自宅に帰るために、自動車に乗り飲酒運転をしたところ、当該マンションの駐車場内にある別の自動車との接触事故(「事故①」といいます)と、道路の縁石との接触事故(「事故②」といいます)の2つの事故を引き起こしてしまいました。
原告は、事故①と事故②を引き起こした当日、マンションの管理人や関係者への連絡や適切な措置を講じることなく、そのまま飲酒運転をして帰宅しました。その翌朝、原告は、現場のマンションに赴き、管理人に事故①を起こした旨を伝えた後、警察に通報をしました。しかし、原告は、当初、警察官に対して、事故①を起こしたのは、事故当日ではなく、その翌日の朝であるとの虚偽の説明を行いました。なお、原告は、警察官からの指摘を受けて、事故①と事故②の正確な日時を認めたうえで、各事故に関する被害弁償を行いました。
被告である大津市の市長は、原告に対して、飲酒運転により事故①と事故②を引き起こし、必要な措置を講じることなく帰宅したことが「非違行為」であると判断して、懲戒免職処分と、大津市の職員手当支給条例の規定(「本件規定」といいます)に基づいて一般の退職手当の全部を不支給とする処分(「本件不支給処分」といいます)をしました。
Ⅱ 争点
本件では、①本件規定に基づく退職手当不支給処分の適法性に関する判断枠組み、②本件不支給処分の適法性の2点が争点となりました。
Ⅲ 判決のポイント
最高裁は、上記争点①および②について、以下のように判断しました。
1 争点①「本件規定に基づく退職手当不支給処分の適法性に関する判断枠組み」について
本判決では、本件と同様に公務員に対する退職手当支給制限処分の適法性が問題となった最高裁判例(最三小令5・6・27民集77巻5号1049頁)を引用したうえで、本件規定のうち、「懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当について、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を退職手当管理機関の裁量に委ねているものと解され、その判断は、それが社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものというべきである」との判断枠組みを示しました。
このような判断枠組みとした理由について、令和5年の最高裁判決では、「平素から職員の職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、適切な結果を期待することができない。」という理由を挙げています。
2 争点②「本件不支給処分の適法性」について
本判決では、本件不支給処分については、事故①と事故②の「被害弁償が行われていることや」、原告が「27年余りにわたり懲戒処分歴なく勤続し」、被告の「施策に貢献してきたことをしんしゃくしても、」「社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない」として適法であると判断しました。
最高裁が上記判断を行うにあたっては、本件における具体的事情を下記のように重視し、評価したと考えられます。
- 原告が事故①と事故②を引き起こしたことについては、「長時間にわたり相当量の飲酒をした直後、帰宅するために」「運転したものであって、2回の事故を起こしていることからも、上記の運転は、重大な危険を伴うもの」で「運転を開始した直後に」駐車場内で事故①を起こし、「何らの措置を講ずることもなく」運転を続けて、事故②を「起こしながら、そのまま」「帰宅したというのであるから」非違行為の態様は「悪質」であり「程度は重い」ものであると評価しました。
- 原告が、事故①と事故②を引き起こした翌日に警察官に対して、事故日について虚偽の説明を行ったことについても「不誠実」であると評価しました。
- また、非違行為を行った当時の原告の地位が、「管理職である課長の職にあったものであ」ることを踏まえ、原告の非違行為は、被告の「公務の遂行に相応の支障を及ぼすとともに」、被告の「公務に対する住民の信頼を大きく損なうものである」と評価しました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
本判決は、公務員に対する退職金支給制限処分に関する最高裁判例(最三小令5・6・27民集77巻5号1049頁)を引用し、これと同様の判断枠組みを示しています。
本判決では、特に、原告が公務員であり、管理職という行政上重要な決定に関与しうる立場にあることに着目したうえで、非違行為の具体的な内容(事故①と事故②を引き起こしたことや警察官へ虚偽の説明をしたこと等)から態様が悪質なものであることを重視して、「退職金を全額支給しない」という最も重い本件不支給処分は適法であると判断しています。
そのため、公務員とは異なる、民間企業において同種の事案が発生した場合に、本判決と同様に退職金を全額不支給とすることが直ちに適法と判断されるものではないと考えられます。公務員に対する退職金不支給処分については、裁量を逸脱又は濫用したか否かのみが検討対象になりますが、民間の労働契約上の問題に対しては、従業員の行為が著しく信義に反するものである場合に初めて退職金の不支給を認めるという基準となっており、根本的な基準が異なっています。
なお、本判決には、退職金は「給与の後払的な性格や生活保障的な性格があることに着目し、」「当該退職者の勤続の功を完全に抹消するに足りる事情があったとまで評価することができるか否かにつき、慎重に検討を行うことが必要である」との反対意見が付されていますが、これは、民間の退職金支給と同趣旨の考慮事項が挙げられており、反対意見では公務員と民間での差異を小さくしようという考えが背景にあるように見受けられます。
民間企業において、退職金を「全額不支給とすること」の当否に際しては、退職金の上記法的性質を前提に、支給制限の原因となった非違行為の内容や程度を具体的に精査したうえで、慎重に検討をする必要があると考えられます。
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