秘密保持契約書(NDA)とは?書き方や雛形、印紙の必要性など
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
秘密保持義務とは、取引先や従業員に対し、自社の秘密情報の漏洩や不正利用を禁止するための義務です。
秘密情報の漏洩に関する事件としては、
- 業務委託先の従業員の不正持ち出しにより、顧客の個人情報が流出したケース(ベネッセコーポレーション)
- 元従業員が外部法人へ不正に顧客情報を流し、漏洩したケース(東急コミュニティー)
など多数発生しているため、企業が情報漏洩を防ぐための対策は不可欠といえます。
本記事では、秘密保持契約が必要となる場面、秘密保持契約の締結による効果、秘密保持契約書の書き方などを詳しく解説していきます。
目次
秘密保持契約(NDA)とは
秘密保持義務とは、他社との取引などで知り得た秘密情報を、外部に漏らしたり、不正に利用したりしてはならないという義務です。そして、秘密保持契約のことを英訳の「Non Disclosure Agreement」の頭文字から、「NDA」と呼ばれることもあります。
自社の秘密情報が流出すると、競争力の低下や企業イメージの失墜、損害賠償責任など様々なリスクが生じるため、取引開始時には企業間で「秘密保持契約書」を取り交わし、お互いの秘密情報を保護するのが一般的です。
また、保護の対象となる秘密情報は、不正競争防止法上の「営業秘密」に留まらず、当事者同士の合意によって設定できます。
秘密保持契約書が必要となる場面
- 業務委託、業務提携
自社の業務の一部を外部委託する場合や、他社と業務提携を行う場合、機密情報を相手方に開示することがあるため、秘密保持契約書を取り交わすのが一般的です。 - 新規取引
新たに他社と取引を始める場合、取引先に秘密情報を開示することがあるため、秘密保持契約の締結が必要となります。 - M&A
M&Aは、両社がもつ技術、ノウハウ、知識などを融合し、競争力強化を図ることを目的としています。秘密保持契約によって情報の流出を防ぐことが重要です。 - 従業員の雇い入れ時
秘密情報は、自社で働く従業員が流出させることもあります。従業員の雇い入れ時や派遣社員の受け入れ時も、秘密保持契約を締結して情報の漏洩・悪用を防止する必要があります。
秘密保持契約書は、「情報を開示する前」に作成しておきましょう。契約書を作成する前に情報を渡してしまうと、万が一秘密情報が流出しても相手の責任を追及できないおそれがあります。
例えば、秘密情報を開示したものの、何らかの事情で委託契約や取引が破談となった場合、自社のノウハウや知識を不正利用されるリスクが高まります。
従業員を雇い入れる際も、契約書の作成は必ず入社時に行いましょう。
派遣労働者の秘密保持義務については、以下のページで詳しく解説しています。
秘密保持契約を締結するタイミング
秘密保持契約は、秘密情報を開示する前に締結するのが一般的です。
もしも情報の開示後に契約を締結する際は、「契約前に開示した情報も秘密保持義務の対象となる」旨を契約書に明記しておきましょう。
軽い商談や打ち合わせの場面でも、自社の製品をアピールするために秘密情報の開示が必要となることがあります。その場合、ある程度口頭で交渉を進め、取引を本格的に検討するタイミングで秘密保持契約を締結するのが一般的です。
秘密保持契約書を締結するメリット・目的
秘密保持契約を締結することで、企業には以下のようなメリットがあります。
- 情報漏洩・不正利用の防止
- 情報漏洩時に損害賠償請求ができる
- 秘密情報の範囲を指定できる
情報漏洩・不正利用の防止
秘密保持契約を締結することで、当事者の意識が強まり、情報漏洩や不正利用を抑制する効果が期待できます。また、秘密保持契約では以下のような事項について厳格に定めるのが基本です。
- 秘密情報の取扱い方法
- 秘密情報の目的外使用の禁止
- 契約終了後の秘密情報の返還義務
これらの義務が契約書に明記されていれば、当事者は自身が負う義務を明確に理解できるため、認識の相違によるトラブルを未然に防止できます。
ただし、秘密保持契約を締結しても、相手の管理体制があまいと情報漏洩や不正利用のリスクは拭いきれません。そのため、そもそも秘密情報を開示しても問題ない相手かどうか、事前に見極めることも重要です。
情報漏洩時に損害賠償請求ができる
秘密保持契約では、情報漏洩時の損害賠償義務についても定めるのが一般的です。そのため、万が一相手が契約に違反した場合は、自社が負った損害の賠償を求めることが可能です。
情報漏洩や不正利用が行われると、売上低下や企業イメージの悪化、取引中止など様々なリスクが生じるため、あらかじめ違反時の措置を明確化し、問題の発生を未然に防ぐことが重要です。
秘密保持契約では、損害賠償責任だけでなく「差止請求」についても定めることができます。
差止請求に関する条項があれば、情報漏洩につながる行為が発覚した場合、当該行為をやめるよう相手方に請求できるため、被害の拡大を最小限に抑えられます。
秘密情報の範囲を指定できる
秘密情報の範囲については、当事者同士で指定することができます。
不正競争防止法では、特定の「営業秘密」のみが保護対象とされていますが、実際の取引では営業秘密に該当しない情報を開示するケースも多いです。
秘密保持契約では、秘密情報の範囲をより広く定めるのが一般的で、法律では保護されない情報も、秘密保持の対象とすることができます。
ただし、契約締結の段階で秘密情報の内容を細かく列挙するのが困難な場合もあります。その場合、「当該製品に関する構造上、技術上、営業上の一切の情報は秘密情報に含む」などと記載することもあります。
秘密保持契約書の作成手順
秘密保持契約書は、以下のような手順で作成します。
- 契約内容の協議
秘密保持契約書は、当事者の双方で協議しながら作成するのが基本です。守るべき秘密の範囲や、秘密が流出してしまったときの責任などについて協議します。 - 原案の作成
当事者のどちらかが契約書の原案を作成し、もう一方に提示するのが一般的です。
契約書の内容は原案を作成した側に有利になる傾向があるため、提示された側は念入りに内容を検討しましょう。 - 内容のチェックと修正
原案に不備や修正すべき点がある場合、作成側にその旨を伝え、再度協議を行います。
契約書に不備があると後々トラブルとなるおそれがあるため、弁護士にリーガルチェックを依頼するのがおすすめです。 - 契約書に記名押印する
契約書が完成したら、当事者双方が記名押印し、お互いに1通ずつ原本を保管します。
秘密保持契約書のひな形・テンプレート
秘密保持契約書のひな形は、経済産業省(中小企業庁)が公表しているものが代表的です。ただし、そのまま使用するのではなく、取引内容などを踏まえて適宜修正することが重要です。
弁護士にリーガルチェックを依頼すれば、適切な内容の契約書をスムーズに作成できるため、一度相談されることをおすすめします。
一般的に、秘密保持契約書は以下のような条項で構成されます。
- 契約の目的
- 秘密情報の定義
- 開示者及び受領者の定義
- 秘密情報の取扱い方法
- 秘密保持義務の内容
- 目的外使用の禁止
- 秘密保持義務の例外(裁判所から開示命令を受けた場合など)
- 知的財産権
- 事故発生時などの報告義務
- 秘密情報の返還・廃棄
- 損害賠償義務や差止請求
- 有効期間
- 協議事項
- 紛争発生時の対応
秘密保持契約書の記載項目と書き方
秘密保持契約書に重大な不備があると、契約が無効になるリスクがあります。
例えば、秘密情報の範囲を過度に広範なものにすると、必要性や合理性が認められず、無効であると判断されるおそれがあります。適切な情報を保護できるよう、慎重に作成しましょう。
秘密情報の定義
秘密保持契約書では、保護対象となる「秘密情報」の範囲をできるだけ具体的に定めましょう。例えば、以下のような記載方法が考えられます。
「開示した営業情報または技術情報のうち、開示の際または開示後2週間以内に、秘密である旨を明示された情報を秘密情報という。」
より明確に定めたい場合は、以下のように秘密情報の対象を列挙することも可能です。
- 顧客の住所、氏名、電話番号、メールアドレスその他連絡先に関する情報
- 顧客の購入歴に関する情報
- 顧客のクレジットカード情報
- ECサイトの売上額やアクセス数などの情報
- 顧客からの苦情に関する情報
- 個人情報保護法で定める「個人情報」
- その他秘密情報であることが明示されている情報
契約書で定めた「秘密情報」に該当しない場合、漏洩や不正利用が発生しても保護対象にはなりません。具体的な項目を列挙する際は漏れなく記載するようにしましょう。
目的外使用の禁止
取引などで知り得た秘密情報を、本来の目的以外の用途で使用することを禁止する条項です。
情報の利用目的を定めないと、無制限に利用が認められ、技術奪取や情報漏洩などのリスクが高まります。また、仮に目的外利用によって損害が発生しても、賠償金を請求できないおそれがあります。
目的外使用の禁止は秘密保持契約において必ず定めるべき項目であり、以下のように明記するのが一般的です。
- 「秘密情報は、本取引の目的以外には使用しないものとする。」
- 「秘密情報は、第◯条に規定する利用目的以外の目的で使用してはならない。」
コピー・複製の取り扱い
- 秘密情報の管理
秘密情報を受け取った側が、適切な注意のもとで管理することを定めます。秘密情報が記載された書類やデータの使用制限、保管方法、漏洩が疑われるときの通知義務などを規定しましょう。 - 複製の禁止
漏洩のリスクを低減するため、受領した秘密情報の複製(紙やデータのコピー)を禁止する旨の規定を設けるのが一般的です。
秘密情報の返還・廃棄
契約終了後は、開示した秘密情報を返還・破棄することを義務付ける条項です。これにより、秘密保持契約の終了後も情報の漏洩・不正利用を防止することができます。
また、双方の同意のもとで情報の複製・コピーが行われた場合、それら複製品の返還・破棄も義務付けておくと良いでしょう。
廃棄義務を課す場合、確実に破棄したことが分かるよう「廃棄証明書」なども提出してもらうと安心です。
秘密保持義務の例外
秘密保持契約書を作成するときには、秘密保持義務の例外に関する項目も明記しておかなければなりません。例えば、以下のようなケースでは例外的に秘密情報の開示を認めるべきといえます。
- 法令、裁判所、官公庁の命令などにより、秘密情報を開示しなければならない場合
- 弁護士、税理士、公認会計士などへの相談のために秘密情報を開示する場合
- 秘密情報の受領者が開示前から知っている情報や公知の情報を開示する場合
秘密情報の権利
- 秘密保持の検査権
情報受領者の事業所や営業所へ立入検査を行うための権限です。
この権限に同意する旨が定められていれば、開示した秘密情報の利用状況を確認し、場合によっては秘密保持に関する措置の是正を求めることができるようになります。 - 知的財産権などの権利帰属
「秘密保持契約の締結前から発生していた知的財産権」については、情報の開示者に帰属するのが基本です。つまり、秘密情報を開示したからといって、著作権や特許権が移転したり、権利の利用を許諾したりする趣旨ではないということです。
一方、「共同研究の過程などで新たに発生した著作物や発明」の取扱いについては、双方で協議のうえ定めるとするのが一般的です。例えば、「すべて共有とする」「どちらか一方に帰属する」など、あらかじめ契約書に明記しておきます。
この場合、自社で譲歩できる範囲を検討し、相手と交渉していくことが重要です。
契約の有効期間
秘密保持契約の有効期間について法律上の定めはないため、当事者間で協議のうえ決定し、契約書に明記する必要があります。
一般的には、対象となる秘密情報の価値の大きさや、価値が保持される期間の長さによって有効期間を決めます。目安として、技術情報などの有効期間は2~3年に設定するケースが多くみられます。
顧客の個人情報やクレジットカード情報などについては、契約終了後も秘密情報として保護しなければなりません。そのため、特別に期間の定めなく秘密保持義務を継続させることも可能です。
一方、あまりにも長期間に及ぶ有効期間を設定してしまうと、秘密情報の受領者の義務が過大になってしまうため、契約が無効となるリスクが生じます。有効期間は適正な長さで設定するようにしましょう。
違反時の損害賠償等
- 損害賠償
相手が秘密保持義務に違反した場合、開示者は損害賠償請求を行うことができます。 契約書に損害賠償に関する規定がなくても請求自体は可能ですが、明文化することで相手の意識が高まり、情報漏洩などのリスクを抑制するために効果的です。そのため、違反時の損害賠償については契約書に明記しておくのが望ましいでしょう。 - 差止請求
差止請求とは、秘密情報の目的外使用などが行われた場合(または行われるおそれがある場合)、相手に対してその行為を停止するよう請求することをいいます。差止請求をすることで、万が一契約違反が発覚しても被害の拡大を最小限に抑えられます。
なお、一般的な契約であれば、どちらかが契約義務に違反した場合は「即刻契約解除」とするケースが多いです。しかし、秘密保持契約の場合、契約を解除すると秘密保持義務も消滅し、かえって情報漏洩などのリスクが高まってしまうため、契約解除に関する条項は盛り込まないのが一般的です。
その他の項目
- 反社会的勢力の排除
契約当事者が、将来にわたって反社会的勢力と一切関わりを持たないことを確認するとともに、違反した場合の制裁規定を設けます。 - 合意管轄
秘密保持契約をめぐり“訴訟”に発展した場合に備え、管轄する裁判所(どこの裁判所で裁判をするか)を契約時に決めておきます。自社にとって利便性が高い地域の裁判所を管轄裁判所に定めておくと、いざというときに労力を節約できます。 - 準拠法
秘密保持契約の相手方が海外企業の場合には、いずれの国の法律を適用するのか争いになることがあります。できるだけ日本法に準拠して解釈、履行されることを明記しておくのが望ましいでしょう。 - 協議条項
秘密保持契約書に明記されていない事柄や、明記されている項目に関して疑義が生じた場合は、協議のうえ解決するといった旨の規定を設けておくと良いでしょう。 - 契約の年月日、署名(又は記名)、押印
秘密保持契約を有効なものにするためには、契約の年月日、署名(又は記名)、押印の欄を必ず設け、記入を忘れないようにしましょう。
秘密保持契約書における印紙や割印の必要性
秘密保持契約書には、原則として収入印紙を貼付する必要はありません。なぜなら、秘密保持契約書は原則として印紙税法上の課税文書には該当せず、印紙税がかからないからです。
ただし、契約書を作成することによって経済的利益を得られる場合や、法律関係が安定化する場合には、課税文書に該当するケースがあります。
また、秘密保持契約書が複数枚になる場合には、改ざんを防ぐため、割印や契印が必要になります。
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この記事の監修

- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある
