裁量労働制とは|職種や残業代、法改正などをわかりやすく解説

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
裁量労働制とは、あらかじめ定めた労働時間で働いたとみなし、賃金を支払う制度です。上手く活用すれば、労使ともに様々なメリットがあります。
なお、裁量労働制には「専門業務型」と「企画業務型」があり、それぞれ適用対象の範囲が異なります。また、導入時の手続きにも違いがあるため、事前にしっかり確認しておくことが重要です。
本記事では、裁量労働制の概要や適用できる職種、残業代の取扱い、制度の導入方法などを詳しく解説していきます。
裁量労働制とは
裁量労働制とは、実際に働いた時間にかかわらず、あらかじめ定めた時間分労働したとみなし、賃金を支払う制度です。労働基準法38条における「みなし労働時間制」のひとつで、労働者は自分の裁量で1日の労働時間を自由に調整できます。
裁量労働制の主な目的は、「労働者の生産性を高めること」にあります。決められた時間枠の中で働くと、かえって生産性が落ちやすい職種の労働者に向けて導入されました。
なお、2024年の制度改正により、裁量労働制の労務管理や手続きが厳格化されました。
企業は法改正の内容を十分理解し、対応できていない部分があれば早急に対応する必要があります。
2024年4月|裁量労働制の法改正
2024年4月の制度改正により、裁量労働制を導入する企業、または既に導入している企業に求める対応が追加されました。必要な対応は「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」によって異なるため、下表で整理します。
種類 | 変更点 |
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専門業務型裁量労働制 |
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企画業務型裁量労働制 |
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両方に共通 |
|
裁量労働制の対象となる職種
裁量労働制を適用できるのは、専門性が高い一部の職種に限られます。
また、裁量労働制は「専門業務型」と「企画業務型」の2種類に分けられ、それぞれ該当する職種の範囲が以下のように決まっています。
専門業務型裁量労働制
専門業務型裁量労働制とは、作業の進め方や時間配分など、業務遂行のほぼすべての方法を労働者の裁量に委ねるべき職種に適用される裁量労働制です。
具体的には、使用者が業務指示を出すのが難しい、以下の20職種に限り適用が認められています。
- 新商品や新技術、自然科学などに関する研究開発業務
- 情報処理システムの分析または設計
- 新聞や出版事業、放送番組の制作のための取材や編集
- 衣類や装飾、工業製品、広告などの新たなデザインの開発
- 放送番組や映画の製作におけるプロデューサーやディレクター
- コピーライター
- システムコンサルタント
- インテリアコーディネーター
- ゲームやソフトウェアの創作
- 証券アナリスト
- 金融商品の開発
- 大学における教授研究(主に研究を行う者)
- 公認会計士
- 弁護士
- 建築士
- 不動産鑑定士
- 弁理士
- 税理士
- 中小企業診断士
- M&Aアドバイザリー(2024年4月から追加)
上記のうちどの職種に裁量労働制を適用するかは、労使間で協議のうえ決定し、労使協定で定める必要があります。また、対象者に裁量労働制を適用する場合、あらかじめ書面などで本人の同意を得ることが義務付けられています。
そのほか、労使協定では、労働者から同意の撤回を求められた場合の手続き(撤回の申出先や撤回後の処遇など)も定める必要があります。
企画業務型裁量労働制
企画業務型裁量労働制とは、経営上重要な決定を行う本社や拠点において、企画、立案、調査、分析などの業務(ホワイトカラー)を担う労働者に適用される裁量労働制です。
ただし、すべてのホワイトカラー業務に適用できるわけではありません。企画業務型裁量労働制を適用できるのは、以下の要件をすべて満たす者のみとなります。
- 事業場の事業の運営に関するものであること
- 企画、立案、調査及び分析の業務であること
- 業務遂行の方法を労働者の裁量に委ねる必要があると、客観的に判断できること
- 業務遂行の手段や時間配分について、使用者が具体的な指示をしない業務であること
具体的な適用範囲は、上記の要件を踏まえ、「労使委員会」で協議のうえ決定します。また、決議後は所轄の労働基準監督署に届出を行い、本人の同意を得てから制度を実施しなければなりません。
さらに、2024年4月以降、裁量労働制の対象者の“賃金”や“評価方法”に変更があった場合、労使委員会に変更内容を説明することが義務付けられました。
裁量労働制を実施している企業は、このような追加の義務についても漏れなく対応するようにしましょう。
裁量労働制の労働時間と残業代などの仕組み
裁量労働制は、労働基準法で定められた「みなし労働時間制」のひとつです。そのため、実際に働いた時間にかかわらず、あらかじめ定められた時間分働いたとみなして賃金を支払います。
みなし労働時間については、業務量などを踏まえた適切な時間を設定しなければなりません。
例えば、通常であれば業務遂行に10時間以上かかる内容なのに、7時間のみなし労働時間を定めることは認められない可能性が高いです。
また、裁量労働制でも割増賃金が発生するケースがあるため、事業主は注意が必要です。次項から詳しくみていきましょう。
時間外労働・残業代
裁量労働制では、あらかじめ定めた“みなし労働時間”に応じて賃金を支払うため、基本的に残業代は発生しません。
例えば、みなし労働時間が8時間の場合、実際に働いたのが5時間であっても8時間分の給与が発生します。また、実際の労働時間が10時間でも、超過した2時間分について残業代を支払う必要はありません。
しかし、みなし労働時間が法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える場合、超過した時間には25%以上の割増賃金が発生します。
例えば、みなし労働時間が10時間の場合、2時間分は残業代として固定で支払う必要があります。
深夜労働
裁量労働制でも、22時~5時の深夜帯に働いた場合は、25%以上の割増賃金を支払わなければなりません。例えば、1日のみなし労働時間が8時間で、そのうち2時間が深夜帯にかかった場合、2時間分の深夜残業代を上乗せして支払います。
毎月の給与計算では、所定労働時間のうち、実際に深夜労働を行った時間に応じて、適切な割増賃金を支払う必要があります。
もっとも、無用な割増賃金の発生を防ぐため、あらかじめ就業規則などで深夜労働を禁止する旨を定めておくことも可能です。
休日労働
裁量労働制でも、日曜日などの法定休日に休日出勤させた場合は、35%以上の割増賃金を支払う必要があります。
法定休日とは、労基法で定められた「少なくとも週1日または4週4日以上」労働者に与えるべき休日のことです。法定休日に労働者が働くことは「休日労働」にあたり、基礎賃金に加えて35%の割増賃金を支払うことが義務付けられています。
裁量労働制の場合、通常の労働時間に対する賃金は支払われたことになっているため、休日労働を行った場合は以下の賃金を上乗せして支払うことになります。
休日労働 | 35% |
---|---|
休日労働かつ時間外労働 | 35% |
休日労働かつ深夜労働 | 60%(35%+25%) |
休日労働かつ時間外労働かつ深夜労働 | 60% |
割増賃金について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
36協定の締結
法定労働時間を超えるみなし労働時間を定める場合や、深夜労働や休日労働を行わせる場合は、「36協定」の締結・届出が必要です。
なお、裁量労働制でも労働基準法における時間外労働の上限(月45時間以内、年間360時間以内)は適用されるため、これを超える労働時間を設定することは認められません。
ただし、特別条項付き36協定を締結していれば、繁忙期やトラブル対応など臨時的な事情がある場合に限り、上限を超えて働かせることも可能です。
36協定を締結せずに法定時間外労働などを行わせることは“労働基準法違反”であり、行政指導や罰則の対象になります。また、悪質な場合は送検されたり、企業名が公表されたりするおそれもあるため、必ず対応しましょう。
36協定の締結方法は、以下のページで解説しています。
裁量労働制と他の制度の違い
裁量労働制の他にも、労働時間制度には様々な種類があります。特に混同しやすい制度について、下表で整理します。
フレックスタイム制 | 労働者が始業・終業時刻を自由に決める制度 |
---|---|
高度プロフェッショナル制 | 高度な専門知識を持つ労働者を対象に、労働時間や休日などの制限をなくす制度 |
事業場外労働のみなし労働時間制 | 社外の業務で所定労働時間働いたとみなす制度 |
みなし残業制(固定残業代制) | 一定時間分の残業代を給与に含める制度 |
変形労働時間制 | 閑散期に合わせて、労働時間を調整する制度 |
それぞれの制度について、次項から詳しく解説します。
フレックスタイム制
フレックスタイム制とは、一定期間の「総労働時間」を定めたうえで、始業時刻や終業時刻を労働者の判断に委ねる制度です。1日の労働時間を自由に調整できるという点で、裁量労働制と似ています。
しかし、フレックスタイム制は“実際に働いた時間”がベースとなるため、所定労働時間に満たない場合は賃金控除することも可能です。また、実際の労働時間が所定労働時間を超えた場合は、残業代や割増賃金を支払う必要があります。
フレックスタイム制の詳細は、以下のページで解説しています。
高度プロフェッショナル制度
高度プロフェッショナル制度とは、高度な知識やスキルを持つ労働者を対象に、労働基準法上の様々な規定(労働時間、休憩、休日、割増賃金など)の適用を除外する制度です。
柔軟な働き方を実現できるという点では、裁量労働制と似ています。
しかし、高度プロフェッショナル制度の対象者は、高度な専門知識を持つ年収1075万円以上の労働者とさらに限定されています。
また、労働基準法上の規定が適用されないため、残業や深夜労働、休日労働の概念もありません。特に長時間労働を招きやすいため、導入は慎重に進めるべきでしょう。
高度プロフェッショナル制度の導入方法などは、以下のページで解説しています。
事業場外労働のみなし労働時間制
事業場外労働のみなし労働時間制とは、外回りや出張がメインで、労働時間を正確に把握するのが難しい労働者に適用される制度です。適用対象者は、あらかじめ定められた“みなし労働時間”に応じて賃金が支払われます。
裁量労働制と比べると、適用対象となる業務に違いがあります。
「裁量労働制」の場合、研究職や分析、編集など、労働時間を固定するのが適さない業務が対象となります。
一方、「事業場外労働のみなし労働時間制」は、直行直帰の営業など、社外勤務が多く労働時間の管理が難しい業務のみが対象となります。
よって、以下のようなケースでは、外回りメインでも事業場外労働のみなし労働時間制は適用できない可能性が高いです。
- 外回り中も頻繁に上司と連絡を取り指示を受けている
- 細かな業務日報の提出が必要
- 業務終了後に事務所に立ち寄る
事業場外労働のみなし労働時間制の詳細は、以下のページで解説しています。
みなし残業制(固定残業代制)
みなし残業制(固定残業代制)とは、毎月一定の時間外労働が発生するとみなし、その時間に応じた残業代を基本給に上乗せして支払う制度です。
毎月固定で一定の残業代を支払うため、実際の時間外労働が想定より短かったとしても、残業代を減らすことはできません。
また、制度の導入にあたっては、基本給と残業代の金額を区別するなど一定の要件を満たす必要があります(明確区分性など)。
裁量労働制との違いは、割増賃金の取り扱いにあります。
裁量労働制の場合、みなし労働時間を超えても基本的に残業代は発生しません。
一方、みなし残業制では、実際の労働時間がみなし残業時間を超過した場合、別途割増賃金の支払いが必要となります。
みなし残業制の注意点や導入時のポイントは、以下のページで解説しています。
変形労働時間制
変形労働時間制とは、繁忙期や閑散期に応じて労働時間を増減し、期間全体で法定労働時間を超えないよう調整する制度です。
例えば、経理課の一般的な繁忙期は、月単位だと「月末・月初」とされています。この場合、比較的手の空いている月半ばの労働時間を減らし、月単位での労働時間を法定労働時間内に抑えます。繁忙期や閑散期のある業種や職種では、変形労働時間制の導入により、残業代コストを削減できるというメリットがあります。
裁量労働制との違いは、適用される職種に制限がない点や、各変形期間における法定労働時間を超えて働いた時間分は残業代(時間外労働割増賃金)を支払う必要がある点です。
また、働く時間を自由に決められる裁量労働制と異なり、変形労働時間制では、労働者に労働時間の裁量はなく、時期によって会社が定めた労働時間を働かなければなりません。
裁量労働制のメリット・デメリット
裁量労働制は、企業にとってさまざまなメリットがあります。一方、デメリットもいくつかあるため、導入前にしっかり対策しておくことが重要です。
メリット
- 労働者のモチベーションアップ
1日の労働時間を自由に調整できるため、ライフスタイルに合わせた柔軟な働き方が可能です。 - 人件費の管理がしやすい
裁量労働制では、基本的に残業代が発生しないため、人件費を管理しやすくなります。
また、人件費の変動が少ないので、事業計画も立てやすくなるでしょう。 - 優秀な人材を確保しやすい
裁量労働制のような自由度が高い制度は、労働者にとって魅力的といえます。優秀な人材の離職を防ぐだけでなく、求職者への大きなアピールポイントにもなるでしょう。
デメリット
- 導入に手間がかかる
裁量労働制の導入時は、労使協定の締結、労使委員会での協議、労働基準監督署への届出など多くの手続きが必要です。また、労働者本人の同意がないと適用できないため、個別に同意を得る手間もかかります。 - 長時間労働を招きやすい
裁量労働制では、成果を上げるのに時間がかかるケースも多いため、長時間労働の温床になるおそれがあります。過重労働は労働トラブルの元ですので、労働時間の管理や健康管理はしっかり行う必要があります。 - 社内のコミュニケーション不足
全員が決まった時間に出勤するわけではないので、労働者同士が顔を合わせる機会が減ると考えられます。コミュニケーション不足になったり、情報共有が難しくなったりするリスクが想定されます。
裁量労働制の導入方法
裁量労働制の導入手順は、「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」で異なります。
それぞれに必要な手続きについて、次項からみていきます。
専門業務型裁量労働制の場合
専門業務型裁量労働制を導入する手順は、以下のとおりです。
- 労使協定を過半数労働組合または過半数代表者と締結する
- 就業規則や労働契約に定める
- 所轄の労働基準監督署に届け出る
- 労働者本人の同意を得る
- 制度を実施する
2024年4月の改正により、労使協定には以下の4点も盛り込むことが義務付けられました。すでに制度を実施している場合も、改めて協定を締結し直す必要があります。
- 制度の適用には労働者本人の同意が必要であること
- 制度の適用に同意しなかった労働者に対して、不利益な取扱いをしてはならないこと
- 制度の適用に関する同意の撤回の手続
- 同意の撤回に関する記録を、協定の有効期間中およびその期間満了後3年間保管すること
企画業務型裁量労働制の場合
企画業務型裁量労働制を導入する手順は、以下のとおりです。
- 「労使委員会」を設置する
- 労使委員会で決議を行う
- 就業規則や労働契約に定める
- 労働者本人の同意を得る
- 制度を実施する
2024年4月の改正以降、決議が必要な事項に以下の2つが追加されました。すでに決議が済んでいる場合も、改めて決議し直す必要があります。
- 制度の適用に関する同意の撤回の手続き
- 対象聾者の“賃金”や“評価方法”に変更が生じた場合、労使委員会に変更内容の説明を行うこと
また、制度の導入後も、事業主は労働基準監督署に「定期報告」を行うことが義務付けられています。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある