
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
「休業補償」と「休業手当」は、言葉こそ類似しているものの、その意味・扱いはまったく異なります。これらは、派遣社員を抱える企業にとっても重要であり、きちんと理解したうえで運用していかなければなりません。
そこで本コラムでは、休業補償と休業手当の違い、派遣元と派遣先どちらが支払い義務を負うのか等について、わかりやすく解説していきます。
目次
派遣社員の休業補償・休業手当とは?
派遣の休業補償・休業手当とは、仕事を休まなければならない派遣社員に対して、賃金の補填として支払われるお金のことです。いずれも法律で定められた制度であり、労働者と雇用契約を締結している事業主が支払い義務を負うのが基本です。
派遣社員の場合、雇用契約があるのは「派遣元会社」なので、休業補償や休業手当の支払い義務も基本的に「派遣元会社」が負うことになります。
派遣社員の休業補償と休業手当の違い
休業補償と休業手当はいずれも派遣社員の休業に対する補償ですが、休業の原因や支給金額に違いがあるため注意が必要です。
休業補償 | 業務上や通勤中の怪我や病気によって仕事を休んだとき、労災保険から支払われるお金 |
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休業手当 | 使用者の責に帰すべき事由により休業させたとき、企業が支払うお金 |
それぞれの詳細について、次項から解説していきます。
なお、これらはどちらも“休業中の経済的な保障”を目的としているため、2つを併用する(二重で受け取る)ことはできません。
休業補償
休業補償とは、労働者が業務上や通勤中の怪我や病気により休業したとき、労災保険から支払われる給付金のことです。支給額は、平均賃金の60%となります(ただし、休業開始から3日間は支給対象外です)。
また、労災保険からは別途「休業特別支給金」も支払われます。これは労働者の生活保障を目的とした制度で、平均賃金の20%が休業補償に上乗せして支払われます。
つまり、労働者は合計で平均賃金の80%を労災保険から受け取れることになります。
なお、休業補償の支給要件は以下の3つです。
- 業務上の事由または通勤中の病気や怪我で療養中であること
- その療養のために労働できない期間が4日以上であること
- 休業中に事業者から賃金を受けていないこと
例えば、工場での機械作業中に怪我をした場合や、通勤中に事故に遭った場合等が代表的です。
労災が発生した場合の対応等については、以下のページで詳しく解説しています。
休業手当
休業手当とは、会社側の都合により労働者が休業した場合に、使用者が労働者に支払う手当のことです。支給額は、平均賃金の60%以上と定められています。
休業手当の支給要件は以下の3つです。
- 使用者の責に帰すべき事由による休業であること
- 労働者に労働する意思と能力があること
- 休業日が休日ではないこと
また、使用者の責に帰すべき事由には以下のようなものがあります。
- 機械の故障や検査による稼働停止
- 資源や材料不足による製造休止
- 経営不振や業績悪化による休業
- 行政からの勧告による操業停止
- 解雇予告期間中の自宅待機命令による休業
休業手当の計算方法や実務上の注意点については、以下のページで解説しています。
休業補償・休業手当は派遣元が負担する
派遣社員の休業手当は、直接的な雇用関係がある「派遣元会社」が支払います。
また、休業補償についても、派遣元の労災保険が適用されます。そのため、派遣先で労災事故が発生した場合、派遣社員は派遣元に対して「いつ、どこで、どのような事故が発生したのか、怪我の程度」等について報告する必要があります。
また、派遣元はこの報告に基づき「療養補償給付たる療養の給付請求書(通称5号用紙)」を作成し、労災申請を行うことになります。
派遣先へ支払いを求められるケースもある
以下のケースでは、派遣先会社が休業補償や休業手当の支払い義務を負う可能性があります。
派遣先の都合による契約解除
派遣先の経営悪化や事業縮小等によって派遣契約が解除された場合、新しい派遣先が見つかるまで、派遣社員には平均賃金の60%以上の休業手当を支払う必要があります。
この場合、派遣元は派遣先に対して、支払った休業手当の金額を請求できる可能性があります。
労災による休業
派遣先での労災によって派遣社員が負傷し、休業した場合、派遣元の労災保険から休業補償(平均賃金の60%)が支払われます。これに加え、企業側の安全配慮義務違反が認められる場合、労働者は企業に対して残りの40%分を請求できるとされています。
労災の発生責任は“派遣先”にあるため、休業補償の不足分も派遣先が支払うのが一般的です。
休業補償・休業手当の不払いに対する罰則
休業補償や休業手当の不払いについては、労働基準監督署による指導の対象となり、助言や是正勧告を受ける可能性があります。また、労基署の勧告に従わない場合、以下の罰則が科せられます。
休業補償の不払い | 6ヶ月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金(労働基準法119条1号) |
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休業手当の不払い | 30万円以下の罰金(同法120条1号) |
さらに、休業補償や休業手当の未払いをめぐって裁判に発展した場合、遅延損害金や付加金(制裁金)の支払いが命じられる可能性もあります。
派遣社員の休業補償・休業手当に関する裁判例
〈平成16年(ワ)8176号 大阪地方裁判所 平成18年1月6日判決、三都企画建設事件〉
事件の概要
XはY社の派遣社員として、派遣先のA社で勤務していました。しかし、A社からY社に対して“Xの交代要請”があり、Y社はこの要請に応じた後、Xを解雇しました。
そこで、XはY社に対し、派遣契約期間中の未払い賃金および休業手当の支払いを求め、訴訟を提起した事案です。
裁判所の判断
裁判所は、Xの請求について以下のように判示しています。
●未払い賃金請求 → 棄却
Y社がA社からの交代要請に応じたことによりXが就労不可能となった場合、特段の事情がない限り、XのY社に対する賃金請求権は消滅すべきであると判断しました。
●休業手当 → 認容
Y社が派遣先からの就労拒絶を受け入れたことでXが就労不可能となった場合、労基法26条における「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当し、XはY社に対して休業手当の支給を求めることができると判断しました。
ポイント・解説
派遣元が派遣先から交代要請に応じて労働者を交代させた場合や、派遣先から一方的に契約解除された場合、労基法26条における「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当するとされています。
そのため、使用者(Y社)は派遣労働者(X)に対し、平均賃金の60%以上の休業手当を支払わなければなりません。
一方、休業の帰責事由が使用者(Y社)にある場合、労働者(X)は休業中の賃金の全額を請求できるとされていますが(民法536条2項)、本件はXが就労不可能となったことについてY社の帰責性は認められないため、未払い賃金の請求は棄却されています。
本件は、このように「休業手当」と「未払い賃金」の請求について異なる判断がなされているのがポイントといえます。
派遣社員の休業補償・休業手当の支払いに関するQ&A
派遣契約を中途解約した場合の休業補償や休業手当はどうなりますか?
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派遣契約が途中で解約された場合、派遣社員は休業補償や休業手当を受け取れる可能性があります。
また、休業手当等の支払い義務は派遣元が負うのが基本です。ただし、派遣先の都合(経営悪化や事業縮小等)による契約解除の場合、派遣元は派遣先に対し、支払った休業手当分の費用を請求することができます(労働者派遣法29条の2)。
一方、派遣社員に契約解除をされるだけの正当な理由がある場合(勤怠不良、著しい能力不足、業務命令違反等)、休業手当の支払いは不要と判断される可能性もあります。
よって、派遣先から派遣社員のクレームや交代要請を受けた場合、派遣元はその原因や当該社員の勤務状況についてしっかり調査を行うことが重要です。
派遣先の都合で派遣社員を休ませた場合、休業手当は誰が負担しますか?
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派遣先の都合で休ませた場合であっても、休業手当は直接的な雇用関係がある「派遣元」が支払うのが基本です。
ただし、両社の間で締結されている労働者派遣契約に基づき、派遣元は派遣先に対して、支払った休業手当分の費用を請求できる可能性があります。
台風などの天災によりやむを得ず休業した場合、派遣社員の休業手当は必要ですか?
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天災等の不可抗力により派遣先が休業した場合でも、派遣元会社が派遣社員に対し休業手当の支払い義務を負う可能性があります。
「使用者の責に帰すべき事由」にあたるかどうかは、派遣元会社について判断されるため、天災等の不可抗力による派遣先の休業について、必ずしも「使用者の責に帰すべき事由」にあたらないとはいえません。
例えば、派遣元会社が派遣社員を他の派遣先に派遣できた可能性があるのに、そのような措置を行わず、派遣社員が休業せざるを得なかったような場合には、「使用者の責に帰すべき事由」に該当し、派遣元会社は休業手当の支払い義務を負うことになります。
就業中のケガなど労災による休業の場合、休業補償は派遣元が負担しますか?
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労災によって怪我をした場合、派遣元の労災保険から「休業補償」が支給されます。
ただし、休業補償の金額は平均賃金の60%に留まりますし、支給対象は休業開始4日目からとなります。そのため、不足する40%部分と休業開始から3日分の補償については、派遣社員から請求される可能性が高いです。
この場合、労災の発生責任は派遣先にあるので、不足分の支払い義務も派遣先が負うのが一般的です。
派遣社員が新型コロナウイルスに感染した場合、休業手当の支払いは必要ですか?
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新型コロナウイルスは、感染法上の位置付けが「5類感染症」に移行されたため、感染しても法律上の出勤停止扱いにはなりません。
よって、会社が自己判断で感染者や濃厚接触者に自宅療養を命じた場合、「会社都合による休業」に該当し、派遣元に休業手当の支払い義務が生じます。もっとも、新型コロナウイルスへの感染による就業の一時停止や、それに伴う派遣料金の支払い等については“民事上の問題”のため、労働者派遣契約に基づき、派遣元・派遣先の両社で話し合って決定することになります。
労働者派遣契約を締結する際は、感染症の拡大などイレギュラーな事態が発生した場合の対応(派遣先による休業手当の一部負担、派遣料金の減額等)についても明記すべきといえます。
派遣社員への休業補償・休業手当については弁護士にご相談ください
休業補償や休業手当の支払い義務は、派遣元会社が負うのが基本です。
しかし、休業の原因や派遣契約の内容によっては、派遣先が支払い義務を負うこともあります。また、派遣労働は雇用主と就業先が異なるため、労災が発生した場合等は責任の押し付け合いになるようなケースも珍しくありません。
適切に対応しないと派遣社員とトラブルになったり、訴訟に発展したりするするおそれもあるため、事業者は十分注意が必要です。
弁護士に相談・依頼することで、派遣社員が休業する場合の対応や休業手当の取扱いについて、具体的なアドバイスが受けられます。また、休業手当の計算も複雑なので、ミスが起こらないよう、専門家のサポートを受けるのが安心です。
弁護士法人ALGは、派遣労働を含め企業法務の知識・経験豊富な弁護士が揃っています。お悩みの方は、ぜひ一度お気軽にご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士アイヴァソン マグナス一樹(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある