
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員のメンタルヘルス対策を行うことは、企業の重要な義務です。適切なメンタルヘルスケアを怠ると、従業員とトラブルになったり、仕事で大きなミスを起こされたりと様々なリスクが想定されるため、使用者は注意が必要です。
しかし、具体的にどのようなケアを行えば良いか悩む方も多いでしょう。
そこで本記事では、メンタルヘルスケアの重要性、企業に求められる4つのケアと具体例、休職者への対応などについて詳しく解説していきます。
目次
企業におけるメンタルヘルスケアの重要性
メンタルヘルスとは、「心の健康状態」のことをいいます。例えば、毎日が楽しい、やる気が沸いてくる、心が軽いなどと感じる場合、メンタルヘルスは良好だといえます。
企業は従業員の健康と安全を守る「安全配慮義務」を負っていますが、メンタルヘルスケアもこの1つにあたります。そのため、適切なケアを怠り社員がうつ病などを発症した場合、安全配慮義務違反を問われ、多額の損害賠償金などを請求される可能性もあるため注意が必要です。
また、メンタルヘルスケアによって従業員の健康状態が改善されれば、“生産性の向上”や“職場の活性化”など様々な効果も期待できるため、使用者は日頃から適切なケアに取り組むことが重要です。
企業がメンタルヘルスケアを実施するメリット
メンタルヘルスケアを実施すると、企業にもさまざまなメリットがあります。例えば、以下のような効果が挙げられます。
- 従業員の活力アップ
- 生産性の向上
- 事故やミスのリスク低減
- 離職率の低下
- 企業リスク(労災認定、損害賠償責任、労働基準監督署による行政処分など)の回避
これらの効果を持続できれば、企業経営の安定にもつながると期待できます。
メンタル不調は未然防止や早期発見が重要ですので、日頃からしっかり対策を行っておきましょう。
メンタルヘルス不調社員への対応の流れ
メンタル不調者が出てもすぐに対応できるよう、企業はメンタルヘルスケアの一連の流れを理解しておく必要があります。復帰までの大まかな流れは、以下のとおりです。
- 従業員が自身のメンタル不調を把握する
- 本人からの相談や上司の声掛けにより、産業医との面談を実施する
- 企業が休職措置などを決定する
- 休職者のフォローを行う
- 本人の希望や主治医の診断書、産業医の意見などを踏まえ、復職の可否を判断する
- 職場復帰支援プログラムを作成する
- リハビリ出勤などにより、徐々に職場に慣れてもらう
- 再び休職とならないよう、復帰後のフォローを行う
適切な手順を踏まないと、メンタル不調が悪化したり、復職が遅れたりするおそれがあるため注意が必要です。また、無理な復帰は従業員にも企業にもリスクが大きいため、焦らずに進めましょう。
職場におけるメンタルヘルス対応の具体例
メンタルヘルスケアの具体的な方法は、「厚生労働省の指針」に沿って進めるのが一般的です。中には実施が義務付けられているものもありますので、きちんと把握しておく必要があります。
メンタルヘルスケアの3つの段階予防
メンタルヘルスケアは、「一次予防」「二次予防」「三次予防」と3つの段階に分けられています。
段階 | 目的 | 具体例 |
---|---|---|
一次予防 | メンタル不調の未然防止 |
|
二次予防 | メンタル不調の早期発見や早期治療、悪化防止 |
|
三次予防 | 円滑な職場復帰支援 |
|
メンタルヘルスケアは“すべての従業員”が対象ですので、現状不調がみられない従業員も含め、1人1人の状態に合わせた適切な措置を講じることが重要です。
厚生労働省が提唱する4つのケア
厚生労働省が2015年に公表した「労働者の心の健康の保持増進のための指針」において、以下4つのメンタルヘルスケアの方法が提示されています。
- ①セルフケア
- ②ラインによるケア
- ③事業場内産業保健スタッフ等によるケア
- ④事業場外資源によるケア
また、これらのケアは一度行って終わりではなく、継続的かつ計画的に実施すべきとされています。
①セルフケア
セルフケアとは、従業員が自身のストレス状態に気付き、自ら対処することをいいます。例えば、日常生活における以下のような取り組みが挙げられます。
- 規則正しい生活を心がける
- 適度な運動を行う
- バランスのとれた食事と十分な睡眠をとる
- 異変を感じたら専門家に相談する
- ストレスチェックを受診する
また、企業は従業員のセルフケアを促すため、以下のような対策を行うことが重要です。
- ストレスチェックの実施
- メンタルヘルス研修の実施
- 休憩スペースの確保 など
②ラインケア
ラインケアとは、管理監督者が部下に対して日常的に行うケアのことです。具体的には、以下のような取り組みが挙げられます。
- 勤怠状況や職場環境のチェック
- 部下からの相談対応
- 職場環境改善計画の作成・実施
- 業務量の調整 など
例えば、「勤怠に乱れがある」「ミスが増えた」といった状況の場合、何かしらの不調を抱えている可能性があるため、早期に対処する必要があります。
また、管理監督者が適切にラインケアに取り組めるよう、企業は定期的に研修や講習会を実施するのが望ましいといえます。その際は、ストレス察知の方法や声掛けのポイント、相談を受けるときの姿勢なども具体的に説明すると良いでしょう。
③事業場内産業保健スタッフなどによるケア(内部EAP)
事業場内産業保健スタッフなどによるケア(内部EAP)とは、産業医や保健師などのスタッフを中心に行うケアのことです。例えば、以下のような取り組みが挙げられます。
- ストレスマネジメント講習の企画・実施
- 職場改善計画の立案
- 高ストレス者への面接指導
- メンタルヘルスに関する相談受付
- 休職者の職場復帰支援や復帰プランの作成
- 衛生委員会への参加 など
産業医や保健師は、従業員の健康管理や職場環境の改善などを統括する役割があります。専門家のサポートを受けることで、より高い効果が得られると期待できるでしょう。
④事業場外資源によるケア(外部EAP)
事業場外資源によるケア(外部EAP)とは、メンタルヘルスの専門知識を有する外部の機関やサービスを活用したケアのことです。
依頼先としては、
- 産業保健総合支援センター
- 産業保健サービスを提供する民間企業
- こころの耳(厚生労働省が運営するサイト)
などが代表的です。
外部EAPのメリットは、従業員が「社内の人間には相談しにくい」と感じる内容でも気軽に相談できる点です。また、メンタルヘルス研修の企画・実施を委託できるサービスもあるため、人事担当者の負担軽減にもつながります。
EAP(従業員支援プログラム)の概要や導入する際のポイントなどは、以下のページで解説しています。
ストレスチェック制度の導入
従業員が50人以上いる事業場では、年1回、すべての従業員に対して「ストレスチェック」を行うことが義務化されています。
ストレスチェックとは、従業員が自身のストレス状況を把握し、メンタル不調を未然に防ぐための検査です。セルフケアの一環なので、企業には結果が通知されません。
また、高ストレスと判定された従業員については、本人の希望により産業医との面談を実施する必要があります。
なお、ストレスチェックの未実施に対して罰則はありませんが、安全配慮義務違反として損害賠償責任を負うリスクがあります。
また、ストレスチェックの実施後は、労働基準監督署に報告することが義務付けられています。報告を怠ったり、虚偽の報告をしたりした場合、50万円以下の罰金が科せられる可能性があります(労働安全衛生法100条)。
ストレスチェックの流れや方法は、以下のページで解説しています。
産業医との連携による対応
産業医とは、企業で従業員の健康管理などを専門的に行うスタッフのことです。具体的には、以下のような業務を担っています。
- 健康診断の結果に基づく措置
- 高ストレス者や長時間労働者との面談
- セルフケアのサポート
- メンタルヘルス対策に関する研修の実施
産業医と連携することで、より高度で専門的なメンタルヘルスケアを実現できると期待できます。
なお、従業員が50人以上の事業場では、産業医の選任が義務となっています。選任を怠った場合、50万円以下の罰金を科せられる可能性があるため注意しましょう。
産業医の選任方法などは、以下のページで解説しています。
メンタルヘルスに関する教育研修・情報提供
従業員や管理監督者、産業保健スタッフなどに対して、それぞれの職務に応じた教育研修や情報提供を行います。「メンタルヘルスケアに関する自社の方針」や「メンタルヘルスの基礎知識」などは共通の説明次項ですが、他にも以下のような項目を扱う必要があります。
従業員 |
|
---|---|
管理監督者 |
|
産業保健スタッフ |
|
メンタルヘルス不調による休職時の対応
メンタルヘルス不調者を休職させる場合、まずは就業規則で休職規定の有無を確認します。
規定がある場合、「診断書の提出は必要か」「休職期間の定めがあるか」「休職中も賃金が発生するか」などを確認し、休職中のルールを決定しましょう。
もっとも、就業規則に休職規定がなくても、明らかに労務を提供できない状態であれば休職命令を発令できる可能性があります。
休職規定の内容については、以下のページで具体的に解説しています。
休職中の社員へのメンタルヘルスケア
休職中はゆっくり休むのが最優先ですが、放置するのは望ましくありません。定期的に連絡をとり、様子を確認するようにしましょう。確認方法は電話やメールが一般的ですが、従業員の希望を踏まえて柔軟に対応することが重要です。
また、復帰を急かすような発言も控えるべきです。「じっくり待っているから、安心して治療に専念してほしい」などと伝えてあげると、本人も安心しやすいでしょう。
また、連絡の頻度は月1~2回から始め、徐々に増やすのが良いでしょう。
さらに、休職者に1日の生活リズムを送ってもらうのもおすすめです。「睡眠は十分とれているか」「規則正しい生活を送れているか」などの点は、復職可否の判断で役立つ可能性があります。
復職後の社員へのメンタルヘルスケア
復帰後の従業員をフォローするため、「職場復職支援プログラム」を作成しておきます。プログラムでは、以下のような項目について定めておきましょう。
- 職場復帰日
- 業務上のフォロー(業務内容や業務量の調整、治療上必要な配慮など)
- 労務管理上の対応(配置転換や勤務時間変更の必要性など)
- 産業医からの助言(必要な安全配慮など)
- フォローアップ(産業医との面談方法、完全復帰の時期の目安など)
もっとも、これらは“計画”にすぎないので、復帰後の状況によって適宜見直すことが重要です。
例えば、復帰後の勤怠が乱れている場合や、業務が滞っている場合、ミスが多い場合などは、プランが上手く機能していない可能性があります。上司や管理監督者、産業医などが連携し、プランの評価や修正を行いましょう。
また、本格的な復帰の前に、試しで会社に来る「リハビリ出勤」という制度もあります。詳しくは以下のページで解説していますので、併せてご覧ください。
復職可否の判断について
復職可否の判断は、以下の流れで行います。
【主治医の診断書の確認】
まずは主治医の診断書を提出してもらい、復職可能かどうか検討しましょう。
ただし、主治医は「業務に支障がない程度まで回復しているか」までは判断できない可能性が高いです。また、「早く復職したい」という本人の意見を考慮している可能性も考えられるため、診断書だけで復職の可否を判断するのはリスクが大きいといえます。
【産業医による復職面談】
復職の可否は、実際の業務内容や職場環境を把握している産業医と面談したうえで判断することが重要です。復職面談では、以下のような事項を確認します。
- 本人に復帰意欲があるか
- 1人で安全に通勤できるか
- 必要な作業(パソコン業務など)が可能か
- 生活リズムは整っているか
- 日中に眠気がないか
- 職場環境に適応できるか
これらの点を“総合的に”考慮し、復職の可否を判断することになります。
メンタルヘルス不調を理由とした解雇は認められるか?
メンタル不調による解雇の有効性は、厳しく判断される傾向があります。
法律上、解雇が認められるには“客観的合理性”や“社会的相当性”が必要とされています。
よって、業務が一切手につかないなど余程の事情がない限り、解雇は無効と判断される可能性が高いです。
メンタル不調の場合、解雇する前に休職を促したり、配置転換を検討したりするなどの配慮が求められます。それでも状況が改善せず、労務提供が困難な場合、解雇が認められる可能性があります。
また、解雇ではなく「退職勧奨」という方法もあります。退職勧奨の場合、最終的に退職するかは従業員次第なので、円満な解決が期待できます。
退職勧奨の流れは、以下のページをご覧ください。
メンタルヘルスによる解雇の妥当性が問われた判例
メンタルヘルス不調で無断欠勤を繰り返した従業員に対し、諭旨退職の懲戒処分をした事例です。裁判所は、以下のとおり「諭旨退職は無効」と判断しています。
【事件の概要】
ある従業員が被害妄想などのメンタル不調により、「自分は社内いじめに遭っている」と思い込みに陥っていました。
同従業員は企業に調査を依頼したものの納得できる回答は得られず、また、会社に休職を認めるよう求めましたがそれも認められなかったため、40日間の無断欠勤をしました。
そこで、企業は同従業員に対して諭旨退職の懲戒処分をしたという事案です。
【裁判所の判断】
平成23年(受)903号 最高裁 平成24年4月27日第二小法廷判決、日本ヒューレット・パッカード事件
裁判所は、まず「同従業員は、精神的な不調が解消されない限り出勤しないことが想定される」という前提に言及しています。そのうえで、使用者(企業)は当該事情を認識している以上、処分を決定する前に以下のような配慮をすべきだったと判断しました。
- 精神科医による臨時的な健康診断を実施すること
- 健康診断結果などを踏まえ、必要であれば治療を勧めること
- 休職の措置などを検討し、その後の経過を見ること
これらの対応をとらず、無断欠勤を理由に直ちに解雇することは、精神的な不調を抱える従業員への適切な対応とは言い難いとして、使用者の配慮不足を指摘しています。
その結果、同従業員の欠勤は懲戒事由である「正当な理由のない無断欠勤」にはあたらないとして、「諭旨退職は無効」と判断しました。
【ポイントと解説】
精神的な不調のために欠勤を続けている従業員に対しては、直ちに解雇するのではなく、精神科医による健康診断を実施するなどの対応をすべきだと判断しています。また、診断結果に応じて治療や休職を検討するなど、一定の配慮が必要だとしています。
もっとも、同類のケースで必ずしもこれらの措置が求められるとは限りませんが、メンタル不調者に対する懲戒処分は慎重に行い、できるだけ解雇を避けるための努力をすべきといえるでしょう。
メンタルヘルス対応に関するQ&A
長時間労働者の面接指導でうつ病が疑われた場合、会社にはどのような対応が求められますか?
-
面接指導でうつ病が疑われた場合、症状の悪化を防ぐための措置を速やかに講じる必要があります。
まずは面談を担当した医師の意見を聞いたうえで、以下のような措置を検討しましょう。- 労働時間の短縮
- 簡易作業への配置転換
- ノルマや業務量の見直し
- 治療を促す
- 休職
面談指導の方法については、以下のページで解説しています。
派遣社員がメンタルヘルス不調を抱えている場合、派遣先としていかなる対応をすべきでしょうか?
-
派遣先も、当該社員の状態を確認したうえで適切なケアを実施する必要があります。具体的には、精神科医による臨時の健康診断を行ったり、治療を勧めたりして、使用者の責任を果たすことが重要です。
なお、派遣先と派遣社員の間には雇用関係がないため、派遣先の休職制度などを利用することはできません。労務提供が難しい場合、派遣元と相談のうえ措置を決定することになります。
メンタルヘルス不調による再休職を予防するにはどうしたら良いでしょうか?
-
再休職を防ぐには、以下の点がポイントです。
- 復帰時期を誤らない
復帰が早すぎると、また体調を崩し、再休職のリスクが高まります。復帰時期は主治医の診断書だけでなく、産業医の意見や面談結果も踏まえたうえで慎重に判断しましょう。 - リワークプログラムの促進
リワークプログラムは、休職中に同じ病気の人々と触れ合い、スムーズな社会復帰を目指すための制度です。他人の体験談を聞くことで、セルフケアの方法や自身の課題を見直すきっかけにもなるでしょう。 - 職場環境の整備
ストレス原因を取り除き、メンタル不調の再発を防ぎます。例えば、長時間労働の削減やハラスメント対策の強化などが代表的です。
また、復帰後に「3つの予防」を徹底することも、再休職を防ぐために重要です。
- 復帰時期を誤らない
メンタルヘルス不調社員への対応でお悩みなら労働問題に詳しい弁護士にご相談ください
メンタルヘルス不調の従業員がいる場合、放置せず早期に対応することが重要です。
対応を怠ると、労働トラブルに発展して損害賠償責任を負ったり、取り返しのつかないミスを起こされたりと、多くのリスクが想定されます。
しかし、具体的にどのような対応をとるべきか判断に悩む方も多いのではないでしょうか。
弁護士であれば、適切なメンタルヘルスケアの方法やストレス対策、メンタル不調の従業員への対応など幅広くサポートすることができます。
近年メンタルヘルス問題は増加傾向にあり、どの企業も決して他人事ではありません。メンタルヘルス対応に疑問や不安がある方は、ぜひお早めに労働問題に詳しい弁護士へご相談ください。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある