
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働者派遣法とは、派遣労働者の雇用安定や保護を目的とした法律です。本法は制定以降、時代に合わせて何度も改正されてきました。
特に近年は、働き方改革やデジタル化の推進などを受け、派遣先と派遣元に課される義務も大きく見直しが行われています。
そこで本記事では、2020年と2021年に行われた労働者派遣法改正をメインに、改正のポイントや企業に求められる対応、違反した場合のリスクなどについて詳しく解説していきます。
目次
労働者派遣法とは?
労働者派遣法は、正式名称を「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」といい、1986年に制定されました。
当初の制定の目的は、「派遣労働の合法化」でした。
制定当時、労働者派遣は中間搾取の観点から禁止されていましたが、ニーズの高まりを受け、人材派遣を法律上可能とするために「労働者派遣法」が制定されました。
また、労働者派遣法は時代に合わせて何度も改正されてきました。人材派遣が当たり前となった現代では、法の目的も「派遣労働者の保護」に変化しています。
派遣労働の仕組みから知りたい方は、以下のページもご覧ください。
2020年:労働者派遣法の改正ポイント
2020年の労働者派遣法改正におけるポイントは、以下の4つです。
- ①同一労働同一賃金
- ②派遣先均等・均衡方式
- ③労使協定方式
- ④派遣労働者に対する説明義務の強化
同一労働同一賃金
2020(令和2)年4月1日、「長時間労働の是正及び雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保(同一労働同一賃金)」を主な目的とする「働き方改革関連法」が施行されました。
これにより労働者派遣法も改正され、派遣労働者と派遣先の正社員との間で不合理な待遇差を設けることが禁止されました。
【同一労働同一賃金】については、以下のページで解説しています。ぜひご一読ください。
派遣先均等・均衡方式
「派遣先均等・均衡方式」とは、派遣労働者の待遇を決定する方法のひとつです。派遣労働者と派遣先企業の社員との間における、不合理な待遇差を防ぐことを目的としています。
均等待遇 | 「職務内容」「職務内容・配置の変更範囲」が同一の場合、派遣労働者であることを理由とする差別的取り扱いを禁止すること |
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均衡待遇 | 「職務内容」「職務内容・配置の変更範囲」「その他の事情の内容」を考慮して、バランスのとれた待遇差にすること |
これを実現するため、派遣先は派遣元に対し、比較対象となる労働者(正社員)の待遇に関する情報を提供することが義務付けられました。具体的には、自社の正社員の「職務内容やその変更の範囲」「賃金などの労働条件」などの情報を提供する必要があります。
派遣元と派遣先の責務については、以下のページでも詳しく解説しています。
労使協定方式
派遣労働者の待遇は、「労使協定方式」によって決めることも可能です。
この方式は、過半数労働組合(または過半数代表者)と派遣元の間で労使協定を締結し、協定の内容をもとに待遇を決定する方法です。このとき、賃金については「一般労働者の平均賃金」の同等または同等以上とする必要があります。
「一般労働者の平均賃金」は、毎年出される「職業安定局長通知」から、派遣労働者と同じ業種・同じ地域で働く一般的な労働者の平均賃金を割り出して適用します。
なお、賃金以外の待遇については、派遣元の正社員との間で不当な待遇差が出ないよう配慮する必要があります。
派遣労働者に対する説明義務の強化
派遣元は、派遣労働者の「雇い入れ時」及び「派遣時」に、本人へ待遇に関する説明を行うことが義務付けられました。説明事項は、以下のようなものです。
- 賃金
- 福利厚生
- 昇給・退職手当・賞与の有無
- 苦情の処理に関する事項
- 不合理な待遇差の解消措置(均等・均衡方式や労使協定方式によって不合理な待遇差を解消する旨)
また、「派遣労働者から求めがあったとき」は、以下の事項についても説明しなければなりません。
- 比較対象労働者(派遣先の正社員)との待遇差の内容や理由
- 待遇決定において考慮した事項
これらは、派遣労働者が正しく理解できるよう丁寧に説明する必要があります。認識に齟齬があると、労働トラブルに発展するおそれがあるため注意が必要です。
2021年:労働者派遣法の改正ポイント
2021年には、1月と4月の2回に分けて労働者派遣法の改正が行われました。それぞれの改正のポイントは、以下のとおりです。
2021年1月 |
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2021年4月 |
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改正のポイントを詳しく解説していきます。
派遣労働者への説明事項や説明の流れについては、以下のページで詳しく紹介しています。
派遣労働者の雇い入れ時の説明事項の追加
派遣労働者を雇い入れる際、派遣元は自社が実施する「キャリアアップ措置(教育訓練やキャリアコンサルティングなど)」について、労働者に説明することが義務付けられました。
また、教育訓練計画の内容に変更があった場合も、速やかに労働者へ説明しなければなりません(派遣元事業主が講ずべき措置に関する指針第2の8(5)ロ)。
2020年の改正でも雇い入れ時の説明義務は強化されましたが、2021年の改正では、説明事項がさらに追加されています。
また、派遣元はこれまでも派遣労働者の「キャリアアップ支援措置」を講じる義務がありましたが、実際に措置の利用を促進するため、雇い入れ時に個別の説明が必要となりました。
日雇い派遣労働者への補償
日雇い派遣労働者が、本人の責に帰すべき理由(無断欠勤や服務規律違反等)以外で派遣先に派遣契約を解除された場合、派遣元は労働基準法等に基づく責務を果たすべきことが明確化されました。
ここでいう“責務”とは、「日雇い派遣労働者の雇用の維持」や「休業手当の支払い」などをいいます。
具体的には、派遣契約を解除された労働者の新しい就業場所を確保すること、また就業場所が確保できない場合は“休業扱い”とし、適正な休業手当を支払うことなどが必要です。
契約書の電磁的記録の許可
労働者派遣契約は、書面だけでなく電磁記録で作成することも認められました。
例えば、以下のような方法で契約を締結することも可能です。
- PDFの契約書をメールに添付する
- Webサイトに契約書を掲載し、閲覧用のURLをメールで送信する
- 契約書のファイルを保存したUSBメモリやディスクを交付する
労働者の同意については、電子署名や本人の記名・押印によって得るのが一般的です。
これまでは契約更新の度に書面を交付する必要がありましたが、本改正によって契約書作成の手間が大幅に削減されたといえます。
雇用安定措置に関する派遣労働者の希望の聴取
派遣元は、派遣労働者の「雇用安定措置」を講じるにあたり、本人の希望を聴取することが義務付けられました。また、聴取した内容は「派遣元管理台帳」に記載する必要があります。
雇用安定措置とは、派遣就業見込みが上限の“3年”であり、本人が継続就業を希望している場合に、派遣元が実施しなければならない措置のことです。具体的には、以下のいずれかの措置を講じる必要があります。
- ①派遣先への直接雇用の依頼
- ②新たな派遣先の提供
- ③派遣元での無期雇用
- ④その他安定した雇用の継続を図るために必要な措置
改正後は、これらの措置について労働者本人の希望を聴取することが必要です。
マージン率等のインターネットでの情報提供
派遣元は、これまで提供が義務付けられていた以下の情報について、インターネット上で常時開示することが義務付けられました。
- 事業所ごとの派遣労働者数
- 派遣先数
- マージン率
- 教育訓練
- 労使協定の締結の有無
改正前、これらの情報は事務所での掲示・備付のみで足りましたが、改正後は外部の関係者や労働者にも開示しなければなりません。
なお、情報提供は厚生労働省が運営する「人材サービス総合サイト」(無料)で行うことも可能です。
2024年:職業安定法改正に伴う労働者派遣への影響
2024年に「職業安定法」が改正され、労働者の募集や求人の申込みを行う際に、明示しなければならない労働条件が追加されました。
具体的には、以下の項目についても明示が必要です。
- ①従事すべき業務の変更の範囲
- ②就業場所の変更の範囲
- ③有期労働契約を更新する場合の基準
企業や派遣元(人材派遣会社)が労働者を募集する場合、求人内容にこれらの情報を盛り込む必要があります。
従事すべき業務の変更の範囲
将来的な見込みも含め、労働者が従事することが想定される業務の範囲をいいます。
「将来的な見込み」については、募集時に想定され得る変更の範囲を明示すれば足り、具体的に定まっていない事業方針まで考慮する必要はないとされています。
例えば、以下のような記載方法が考えられます。
(雇い入れ直後)一般事務 → (変更の範囲)当社全般業務 など
この場合、社内のすべての業務(部署)に配置転換の可能性があるということになります。
なお、有期雇用労働者については、当該契約期間中における変更の範囲を記載します。
就業場所の変更の範囲
将来的な見込みを含め、労働者が就業することが想定される場所の変更の範囲を明示します。
例えば、以下のような記載方法が考えられます。
(雇い入れ直後)東京本社 → (変更の範囲)全国および海外の事業所
○○支店 → 全国の支店および自宅(テレワークのため)
この場合、入社後は特定の場所で研修などを行いますが、将来的には全国転勤の可能性があるということになります。なお、一時的な他部署の応援業務や出張、研修などは、変更の範囲に含まなくて良いとされています。
有期労働契約を更新する場合の基準
有期労働契約における、「通算契約期間」や「更新回数の上限」などを明示します。例えば、以下のような記載方法が考えられます。
契約期間 | 期間の定めあり(2025年4月1日~2026年3月31日) ●契約の更新:有(契約期間満了時の勤務成績により判断する。また、通算契約期間は4年を上限とする。) ●契約の更新:有(契約期間満了時に協議するものとする。また、更新回数の上限は3回とする。) など |
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このような契約期間の上限を定めることで、無期転換申込権が発生する前に雇用契約を終了させることが可能となります。
無期転換ルールについては、以下のページで詳しく解説していますので、併せてご覧ください。
労働者派遣法の改正で求められる企業の対応
〈2020年改正〉
2020年の改正は、働き方改革における「同一労働同一賃金」を踏まえて行われたものです。
そのため、派遣元は「均等・均衡方式」または「労使協定方式」を用いて、派遣労働者と派遣先の社員との間に不合理な待遇差が生まれないよう配慮する必要があります。
また、派遣先は自社の社員の待遇について、派遣元へ情報提供することも義務付けられました。
労働者派遣契約の電子化や、マージン率などのインターネット開示義務が新設され、企業は一層デジタル化への対応が求められます。
また、日雇いを含む派遣労働者の保護がさらに強化されたため、派遣元・派遣先は自社に課された義務をしっかり把握し、適切に対応することが重要です。
労働者派遣における派遣元・派遣先の責務については、以下のページで整理しています。ぜひご覧ください。
労働者派遣法に違反した場合はどうなる?
労働者派遣法違反となるのは、以下のような行為です。
- 二重派遣
- 同一の事業所への3年を超える派遣
- 派遣労働者の特定行為
- 同一労働同一賃金違反
- 離職後1年以内の労働者の派遣
- 30日以内の日雇い派遣
- 労働条件の明示義務違反
- 派遣禁止業務や契約外の業務命令
また、これらの違法行為があった場合、事業主は以下のような指導や罰則を受ける可能性があります。
- 口頭指導・文書指導
- 業務改善命令
- 企業名の公表
- 罰則の対象
口頭指導・文書指導
労働局の「需給調整指導官」は、数年ごとに“派遣元企業”と“派遣先企業”へ「定期指導監督」を行っています。定期指導監督で違反行為が発覚した場合、口頭や文書で指導が入ります。
もっとも、指摘された事項を直ちに是正すれば、追加で処分を受けることは基本的にありません。
業務改善命令
口頭指導や文書指導をしても違反行為が是正されない場合、厚生労働大臣から「業務改善命令」が出されます。
具体的には、改善命令を受けた企業が「改善計画」を作成し、労働局の指導のもと計画に沿って改善を進めていくことになります。計画が完了し、違反行為がなくなるまで、労働局による追跡調査が行われます。
違反行為を繰り返す場合や、改善命令に従わない場合、「業務停止命令」が出されることもあります。
企業名の公表
労働局の指導、業務改善命令、業務停止命令などに従わない場合、企業名が公表されることもあります。
企業名が公表されると、取引先や顧客からの信用失墜、従業員の離職など様々なリスクを招くため注意が必要です。
また、命令に従わない企業は「事業許可の取り消し」処分を受ける可能性もあります。
これは行政処分の中で最も重い処分であり、複数の事業所を設けている場合はすべての事業所が許可取り消しの対象となります。
罰則の対象
違反行為の内容によっては、罰則の対象となります。例えば、以下のようなケースです。
〈派遣元〉
・同一の事業所に3年を超えて労働者を派遣した場合
・就業条件の説明義務を怠った場合
→30万円以下の罰金(労働者派遣法61条)
〈派遣先〉
・派遣先管理台帳が適切に整備されていない場合
・派遣先責任者が選任されていない場合
→30万円以下の罰金(同法61条) など
労働者派遣法改正に伴う対応でお悩みなら、企業法務に精通した弁護士にご相談ください
労働者派遣法は度々改正されているため、事業主は常に最新のルールを把握する必要があります。しかし、細かな改正点まですべて把握するのは難しいですし、適切に対応するには手間も時間もかかります。
そこで、労働者派遣については弁護士に相談するのもおすすめです。弁護士であれば、頻繁に行われる法改正の内容を踏まえ、必要な措置の内容を具体的にアドバイスできます。
どのように対応すべきかが明確になるため、制度設計や運営がスムーズに進むでしょう。
弁護士法人ALGは、企業法務の知識・経験豊富な弁護士が多数在籍しています。労働者派遣についてお悩みの方は、ぜひ一度お問い合わせください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある