
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員貸付制度は、従業員の生活を支えるためにお金を貸し付ける制度です。従業員にとっては魅力的な制度ですが、適切な手続きを踏まないと労働トラブルに発展したり、違法になったりするリスクがあるため運用時は注意が必要です。
また、お金に関する制度ですので、制度設計は慎重に行うことも重要です。
本記事では、従業員貸付制度の内容や、貸付金の天引き方法、天引きする際の注意点などを詳しく解説していきます。
目次
従業員貸付制度とは
従業員貸付制度とは、会社が従業員にお金を貸し付け、生活をサポートするための制度です。
福利厚生のひとつで、貸付金額や利息、対象者、利用用途などのルールは会社で独自に設定することができます。
もっとも、「貸付」なので最終的には従業員から返済してもらうことが前提です。金銭トラブルにならないよう、制度の内容はわかりやく、具体的に定めることがポイントです。
「従業員貸付制度」と「前借り」の違い
「従業員貸付制度」は、会社の資金を貸し付ける福利厚生のひとつです。そのため、最終的には従業員から利子付きで返済してもらう必要があります。
一方、「前借り」とは、まだ働いていない将来分の給与を先に支払うことをいいます。
しかし、前借りした分はその後の給与から天引き(相殺)するのが前提であり、また天引きは労働基準法における「賃金全額払いの原則」(24条1項)に抵触するため、基本的に認められません。
なお、すでに働いた分の給与を、給料日前に支払う方法(前払い)は違法ではありません。
従業員貸付制度の利用条件
従業員貸付制度の利用条件は会社によって異なりますが、利用対象者を「正社員のみ」に限定するケースが多いです。また、一定の勤続年数がある従業員のみを対象とする会社もみられます。
さらに、貸付前には金融機関同様に「審査」を行い、貸付可能かどうか社内で判断することになります。
なお、貸付金の使用用途を限定することも可能です。例えば、「緊急を要する場合」や「まとまった資金が必要な場合」としたり、以下のような具体的な用途を定めたりする方法があります。
- 資格試験の受験料
- 留学や海外研修費用
- 冠婚葬祭費
- 災害や犯罪による被害の復旧費用
- 引越し費用
- 生活費
従業員貸付制度を導入するメリット
【会社のメリット】
- 福利厚生の一環として従業員の満足度が向上する
- 離職防止につながる
- 採用活動で求職者へのアピールポイントになる
【従業員のメリット】
- 金融機関と比べ、低金利でお金を借りることができる
- 金融機関よりも審査が簡易的
- 返済が給与天引きの場合、滞納する心配がない
特に“中小企業”で従業員貸付制度を実施しているケースは少ないため、導入すれば他社と差別化を図ることができるでしょう。
貸付金を給与や退職金から天引きすることはできる?
貸付金を給与から天引きすることは、労働基準法24条の「全額払いの原則」に反するため、本来認められません。
また、労基法17条では「前借金」と「賃金」の相殺が禁止されていますが、「貸付金」の天引きもこれに該当する可能性が高いため、基本的に認められません。
ただし、以下2つのうちいずれかの手続きを踏めば、例外的に貸付金を天引きすることが可能です。
- ①労使協定を締結する
- ②従業員の合意を得る
各手続きについて、次項から解説していきます。
なお、「全額払いの原則」など賃金の支払い方法について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
労使協定を締結する
「過半数労働者で組織される労働組合」または「労働者の過半数代表者」との書面による合意(労使協定)が締結されている場合、例外的に賃金からの天引きが認められています(労基法第24条1項ただし書き)。
具体的には、労使間で「控除項目」を定め、それらが賃金から天引きされる旨を明示した書面を取り交わす必要があります。控除項目の例は、以下のようなものです。
- 物品等の購入代金
- 福利厚生施設(社宅など)の利用料
- 親睦会費
- 従業員への貸付金の返済金
なお、この協定(「24協定」ともいわれます。)は、36協定と異なり労働基準監督署に届け出る必要はありません。
従業員の合意を得る
労使協定の締結がなくても、従業員本人の同意があれば、例外的に賃金からの天引きが認められる可能性があります。
ただし、同意は“従業員本人の自由意思”に基づく必要があるため、合意する際は従業員の意思が明確に反映された「相殺合意書」などを取り交わしておくことが重要です。
相殺合意書は双方が合意したことを示す客観的な証拠になるため、万が一裁判に発展した場合も有利に進められる可能性があります。
実際の判例でも、「同意が従業員の自由な意思によるものと認めるに足る合理的な理由が存在する場合、貸付金の天引きは“賃金全額払いの原則”に違反するものではない」と判断しています(最高裁 平成2年11月26日第二小法廷判決、日新製鋼事件)。
従業員貸付を賃金から天引きする際の注意点
賃金からの天引きが認められるのは、使用者による一方的な相殺ではなく、当事者の合意、すなわち“相殺合意(相殺契約)”に基づく相殺であることに注意が必要です。
また、最高裁によれば、この相殺合意が認められるかどうかは「厳格かつ慎重」に判断するとされています。よって、会社が執拗に合意を求めたようなケースでは、実質的な強要にあたるとして、「従業員の自由意思による合意」と評価されない可能性がありますのでご注意ください。
就業規則の規定が必要
貸付金を給与などから天引きする場合、就業規則にもその旨を明記する必要があります。
仮に24協定(労使協定)を締結していても、各従業員から天引きするには「個別合意」または「就業規則の規定」が必要となる点に注意が必要です。
また、個別合意があれば就業規則の定めがなくても天引き自体は可能ですが、相殺合意の有効性は厳しく判断される傾向があるため、それだけではリスクが大きいといえます。
そのため、実務上では、天引きする旨を定めた24協定(労使協定)を締結したうえで、就業規則も変更するのが一般的です。また、就業規則では以下のような項目も定めます。
- 制度の目的
- 利用対象者
- 金利
- 貸付限度額
- 利用用途
- 返済方法
- 担保や連帯保証人
なお、就業規則の変更時は、従業員側の意見を聴取し、労働基準監督署に届け出る必要があります。また、変更後の内容は従業員にしっかり周知しましょう。
天引きする金額には上限がある
賃金から天引きできる金額は、賃金の4分の1が上限となります。
これは、賃金の4分の3(その額が33万円を超える場合は33万円)に相当する部分が「差押禁止債権」にあたるためです(民事執行法152条)。
また、差押禁止債権を受働債権とする相殺は禁止されているため、賃金から天引きすることはできません(民法510条)。
全額払いの原則に違反すると罰則がある
労働基準法24条では、「賃金全額払いの原則」が定められています。
賃金全額払いの原則とは、「賃金は一定の期日にその全額を支払わなければならない」というルールです。貸付金の天引きは本来このルールに反しますが、労使協定の締結や個別合意など一定の条件を満たしたケースでは例外的に天引きが認められます。
適切な手続きを踏むことなく賃金からの天引きを行った場合、事業主は30万円以下の罰金を科される可能性があります(労基法120条)。
従業員貸付の利息や遅延損害金の設定について
従業員に金銭を貸し付ける場合、一定の「利息」を定めるのが基本です。無利息で貸付を行うと、借り手(従業員)に給与課税されるおそれがあるためです。
また、返済が遅れた場合の「遅延損害金」を定めることも可能です。
ただし、利息や遅延損害金には法律上の上限があるため、上限を超えないよう注意が必要です。
元金の額 | 上限利息 |
---|---|
10万円未満 | 年率20% |
10万円以上100万円未満 | 年率18% |
100万円以上 | 年率15% |
元金の額 | 上限利息 |
---|---|
10万円未満 | 年率29.2% |
10万円以上100万円未満 | 年率26.28% |
100万円以上 | 年率21.9% |
また、出資法5条では、年109.5%または日0.3%を超える利息の契約をした者に対する刑事罰(5年以下の懲役または1,000万円以下の罰金)が定められています。
もっとも、従業員貸付制度の趣旨を踏まえると、金融機関の利息よりも低く設定するのが一般的でしょう。
従業員貸付に関する裁判例
【事件の概要】
会社から借入れを行った従業員Xが、その会社を退職する際、借入金の残債務を退職金や給与などによって返済する手続きを執るよう会社に依頼しました。そして、会社は返済処理を行い、残金を従業員に支払いました。
ところが、当該従業員は破産宣告を受け、破産管財人が選任されました。そして、破産管財人は、従業員の意思表示が完全な自由意思に基づくものではなく、賃金全額払いの原則に違反するとして、会社に対し、退職金や給与などについて全額の支払いを求めました。
【裁判所の判断】
裁判所は、労基法24条1項における賃金全額払いの原則の意義について、以下のように判示しました。
- 使用者が一方的に賃金を控除することを禁止することで、従業員に賃金の全額を確実に受領させ、その経済活動を脅かすことのないよう保護を図るものである
- 使用者が従業員に対して有する債権を、従業員の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨も含む
- ただし、従業員が相殺(賃金からの天引き)に同意したケースで、その同意が従業員の自由な意思に基づくものだと認められる“合理的な理由”があるときは、賃金全額払いの原則に違反するものではない
もっとも、“合理的な理由”があるかどうかは、特に厳格・慎重に判断すべきとしています。
本件の場合、
- 従業員からの自発的な依頼があったこと
- 書面作成、提出の過程においても強要にわたるような事情は全くうかがえなかったこと
- 従業員が、各清算処理手続き終了後、退職金計算書、給与などの領収書に異議なく署名押印をしていること
- 低利かつ相当長期の分割弁済の約定のもとに従業員が住宅資金として借り入れたものであり、従業員の福利厚生の観点から利子の一部を被上告会社が負担する等の措置が執られるなど、従業員の利益になること
- 従業員においても、借入金の性質及び退職するときには退職金などによりその残債務を一括返済する旨の前記各約定を十分認識していたことがうかがえること
などの事情から、従業員Xはその自由な意思に基づき、相殺について合意しているとして、従業員X(破産管財人)の請求を棄却しました。
【ポイント・解説】
最高裁は、従業員の同意による相殺について、「同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」は、労働基準法24条1項における全額払いの原則に反しないと判断しました。
もっとも、最高裁によれば、単に相殺の「合意書」や「同意書」を作成するということだけでは適法とはならず、同意に至った経緯や同意の態様、貸付金の性質、同意することが従業員にメリットがあるかなどの諸般の事情に照らし、「同意が労働者の自由な意思に基づくものである」かどうかが判断されます。
したがって、相殺合意をするときは、合意書などの書面を作成することはもちろん、従業員にメリットを提示する、自発的な申出を促す等の慎重な対応をとるべきといえるでしょう。
従業員貸付を賃金の天引きにより回収したい場合は弁護士にご相談ください。
従業員への貸付金は、労使協定の締結や従業員との個別合意によって給与から天引きすることができます。しかし、天引き額や利息の上限、従業員との合意方法など多くの専門知識が必要なため、ご自身で対応するのは困難でしょう。
弁護士であれば、貸付金の天引きに必要な手続きをスムーズに進めることができます。また、従業員への説明や合意方法についてもアドバイスできるため、トラブルの未然防止につながります。
弁護士法人ALGは、労務問題に特化した弁護士が多く在籍しているため、制度の導入から天引きの対応まで幅広いサポートが可能です。従業員貸付制度についてお悩みの方は、ぜひお気軽にご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 弁護士須合 裕二
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある