
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
固定残業代制は、残業代(割増賃金)の支払い方法として多くの企業で導入されています。
正しく運用すれば労使双方にメリットがありますが、運用方法を誤りトラブルに発展するケースも多いのが実情です。なかには訴訟に発展するケースもあるため、使用者は十分注意が必要です。
本記事では、固定残業代制が違法となるケースやリスク、違法とならないための実務上のポイントについて詳しく解説していきます。
目次
固定残業代(みなし残業)が違法になる5つのケースとは?
固定残業代制とは、実際の残業時間にかかわらず、毎月一定額の残業代を固定で支払う制度です。労務管理の負担を軽減できるといった理由から、導入する企業が増えています。
ただし、固定残業代制は適正に運用しないと違法となる可能性があるため注意が必要です。特に違法となりやすいケースは、以下の5つです。
- ①就業規則や雇用契約書に明記されていない
- ②固定残業代の金額が明確でない
- ③固定残業代を除いた基本給が最低賃金を下回っている
- ④固定残業時間が月45時間を上回っている
- ⑤規定時間を超えた分の残業代を支払っていない
固定残業代制のメリットやデメリット、導入方法などは、以下のページで解説しています。
①就業規則や雇用契約書に明示されていない
固定残業代制を実施するには、労働契約上の規定が必要です。
具体的には、就業規則や雇用契約書において、固定残業代制のルール(制度を実施する旨、固定残業時間、固定残業代の金額等)が明記されている必要があります。
よって、以下のようなケースは違法と判断される可能性が高いでしょう。
- 就業規則に固定残業代の規定がない
- 就業規則の内容が社員に周知されていない
- 雇用契約書等による個別の合意がない
②固定残業代の金額が明確でない
固定残業代制を導入・運用する場合、「通常の労働時間の賃金に当たる部分」と「割増賃金に当たる部分」が、明確に区分されていることが必要となります。
これは、何時間の残業時間に対して、いくらの固定残業代が支払われているのかが明らかでないと、残業代が果たして適法に支払われているのか判断が困難であるためです。
したがって、固定残業代に当たる部分が不明な固定残業代制は、無効と判断される可能性が高いです。
③固定残業代を除いた基本給が最低賃金を下回っている
固定残業代を除いた“基本給”の金額は、最低賃金を上回っている必要があります。
最低賃金とは、最低限の賃金の支払いを保証し、労働者の生活の安定を図るための制度です。最低賃金法で定められており、これを下回る賃金は、たとえ労使間の合意があっても“無効”となります。
また、その場合は「最低賃金で合意したもの」とみなされ、使用者は基本給との差額の支払い義務を負います。
固定残業代制では、固定残業代が基本給に組み込まれているケースが多いため、一見すると支給額が高く、最低賃金を上回っているようにみえます。しかし、最低賃金との比較が必要なのは「固定残業代を除いた基本給」のみですので、計算時は注意が必要です。
最低賃金の種類や計算方法等は、以下のページで解説しています。
④固定残業時間が月45時間を上回っている
労働基準法では、「1日8時間、週40時間」の法定労働時間が定められています。
これを超えて労働者を働かせるには「36協定」の締結が必要ですが、36協定がある場合も、時間外労働時間は「月45時間、年間360時間」が上限とされています。
よって、固定残業時間も月45時間以内に抑えなければならず、超過している場合は“労働基準法違反”となるため注意が必要です。
ただし、特別条項付き36協定を締結すれば、臨時的に特別な事情がある場合に限り、「月45時間、年間360時間」の上限を超えることが認められています。その場合、45時間を超える固定残業時間を定めること自体は違法とはなりません。
時間外労働の上限規制については、以下のページでわかりやすく整理しています。併せてご覧ください。
⑤規定時間を超えた分の残業代を支払っていない
固定残業代制でも、規定時間を超えて働いた場合は追加で残業代を支払う必要があります。そのため、毎月長時間残業しているにもかかわらず、固定残業代しか支払われていないというケースは違法となる可能性が高いです。
例えば、固定残業時間が20時間で、実際の時間外労働が30時間だった場合、固定残業代のほかに10時間分の割増賃金を支払う必要があります。
使用者の中には、「固定残業代を払っていれば残業代は支払わなくて良い」と誤解している方も少なくありません。違法となる事態を避けるため、労働時間の管理はしっかり行い、適正な残業代を支払いましょう。
固定残業代が違法と判断された場合の企業リスク
固定残業代制が違法と判断されると、企業は高額な未払い残業代の支払いを命じられる可能性があります。
違法な運用をしていた場合、固定残業代は残業代としての性質を持っていないことになるため、固定残業代はすべて基本給の一部とみなされ、残業代は一切支払われていないことになります。そのため、労働者から実際の残業時間に応じた「未払い残業代」を請求されることが想定されます。
また、民法改正に伴い、賃金請求権の消滅時効は当面「3年」となったため、使用者は最大3年分遡って未払い残業代を支払わなければなりません。
さらに、割増賃金の不払いは労働基準法37条に違反するため、労働基準監督署から「是正勧告」を受ける可能性があります。勧告に従わない場合や、対応が悪質な場合、使用者は「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が課せられることもあるため注意が必要です。
労働者に未払い残業代を請求された場合の対応については、以下のページで解説しています。
固定残業代制を正しく運用するために気を付けること
実務上、固定残業代制の有効性については、以下の3点に照らして判断されるのが一般的です。
言い換えると、以下の3点をすべて満たしていれば、固定残業代制は有効である(正しく運用されている)と判断される可能性が高いといえます。
- ①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分が、明確に区分されていること
- ②固定残業代として支払われている賃金が、時間外・休日労働や深夜労働に対する割増賃金に当たるものであることが、労働契約等の規定、勤務実態、支給実態等の事情から明確であること
- ③固定残業代の金額が、労働関係法令所定の額を下回っている場合は、その差額を支払うことが合意されていること、又は労働関係法令所定の額を下回っている場合に差額を支払うという取り扱いが確立していること
企業に求められる対応や実務上の注意点については、以下のページで解説しています。併せてご覧ください。
固定残業代が違法と判断された裁判例
【事案の概要】
(平成27年(ワ)761号・令和2年2月19日・宇都宮地方裁判所・判決)
Xは、平成25年4月11日、社長室次長としてY1に入社しました。その後、平成26年7月1日からY2に転籍し、平成27年6月29日にY2を退職したYらの元従業員でした。
Yらの賃金規程では、職務手当の性質について、「時間外労働に対する割増賃金として」支払われるものであることが明記されていました。さらにY1は、Xに対して給与に関する通知書を送付しましたが、当該通知書では、
●Xの給与月額は58万3333円
●内訳として、基本給(能力給)30万円、職務手当28万3333円
●留意事項として、職務手当は時間外労働に対する割増賃金の定額払いで、時間外労働は131時間14分に相当し、実際の時間外労働がそれに満たなくとも、その分の返還を求めることはない旨
の3点が記載されていました。
その後、Yらを退職したXは、Yらに対して、未払いとなっている残業代等を請求するために訴訟を提起しました。
【裁判所の判断】
裁判所は、まず、YらからXに対して支払われる職務手当は、時間外労働に対する賃金(固定残業代)に該当することを認定しました。
その一方で、あらかじめ定められた“固定残業時間”と“実際の時間外労働時間”を比較したとき、その乖離の幅は決して小さいものではないこと、また固定残業代制の運用次第では長時間労働の温床となり、労働者の健康障害の発生リスクを高めるおそれがあること等を指摘しています。
以上の点から、当該職務手当を1ヶ月131時間14分相当の時間外労働に対する割増賃金とするYらの固定残業代制の定めは、公序良俗に違反するとして無効と解するのが相当であると判示しました。
【ポイント・解説】
固定残業代制の有効性について、「何時間分までなら固定残業代として認められるか」という明確な基準はありません。
過去の裁判例でも、
- いわゆる過労死ラインとされる「80時間」など、あまりに長時間分の固定残業代を支払うことは、公序良俗違反にあたると判断した事例(平成30年10月4日 東京高等裁判所判決、イクヌーザ事件)
- 固定残業代の定めのうち、時間外労働時間の上限とされる「45時間」を限度に有効とした事例(平成24年10月19日 札幌高等裁判所判決、ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件)
など判断基準が異なっています。
そのような中で、本判決は、過労死ラインである月80時間を大きく超える「1ヶ月131時間14分」分の固定残業代を定めることは、「実際には、長時間の時間外労働を恒常的に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情」が認められない限り、公序良俗に違反して無効であると判断した点がポイントといえます。
もっとも、労働基準法における時間外労働の上限は「月45時間」が原則なので、固定残業時間を定める際はこの上限を超えないようにするのが無難です。
固定残業代の違法性についてのQ&A
固定残業代が実際の残業時間に見合っていない場合は違法ですか?
-
固定残業代が実際の残業時間に完全に対応していなくても、直ちに違法となる訳ではありません。
しかし、固定残業代制で定められた残業時間が、実際の残業時間より少ない場合は、未払い残業代が発生していると考えられます。そのため、実際の残業時間との差額を支払わなければ違法となる可能性が高いでしょう。
固定残業代における休日労働や深夜労働の扱いはどうなりますか?
-
固定残業代の金額が、休日労働や深夜労働を考慮したものとなっているか否かで対応が変わります。
具体的には、就業規則等で「固定残業代には休日労働や深夜労働に対する割増賃金も含む」旨が明記されていなければ、固定残業代のほかに休日労働や深夜労働分の割増賃金を別途支払う必要があります。
役職手当を固定残業代として支給することは違法ですか?
-
役職手当という名目で固定残業代を支払うこと自体は、違法ではありません。実務上、以下のような要件を満たしていれば、支給名目は問わないとされているためです。
- 固定残業代が基本給と明確に区別されていること
- 固定残業代が時間外労働等に対する割増賃金として支払われるものであることが規定上、勤務実態上明らかであること
よって、「役職手当」という名目で固定残業代を支給することも可能です。
「月給25万円(固定残業代含む)」のような表記の求人募集は問題ないですか?
-
「月給25万円(固定残業代含む)」のみの表記だと、基本給のうちいくらが固定残業代に該当するのか、また何時間分の時間外労働等に対する割増賃金なのか判断できません。そのため、違法と判断される可能性が高いでしょう。
求人募集を出す際は、以下のように基本給と固定残業代を明確に区別し、かつ固定残業代の金額を明示する必要があります。
〈基本給〉
月給25万円以上(固定残業代4万円/20時間相当分を含む)
20時間を超える時間外労働分の割増賃金は、別途追加で支給する
固定残業代制の運用やトラブルでお悩みなら、企業労務に強い弁護士にご相談ください
固定残業代制は、適切に運用すれば労使双方にとってメリットが大きい制度です。企業としては、人件費の変動を抑えられる、無駄な居残り残業を削減できるといった効果が期待できます。
ただし、固定残業代の定め等をめぐって労働者とトラブルになるケースも多いため、実態に見合った適切な制度設計を行うことが重要です。
企業法務に精通した弁護士であれば、固定残業代制の制度設計から運用、割増賃金の計算まで幅広くサポートすることができます。また、万が一労働者とトラブルになった場合も速やかな対応が可能です。
「固定残業代制を導入したい」「上手く運用できるか不安」などとお悩みの方は、ぜひ一度弁護士法人ALGへご相談ください。
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会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士田中 佑資(東京弁護士会)
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士アイヴァソン マグナス一樹(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある