
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働審判とは、労使間で発生したトラブルを迅速に解決することを目的とした制度です。裁判と比べて時間や手間がかからず、早期解決を望めるのが特長です。
ただし、その分、準備にかけられる時間が限られている点に注意が必要です。会社側はあらかじめ手続きの流れを把握し、効率良く対策を練ることが求められます。
そこで本記事では、労働審判の全体の流れ、各ステップにおける対応やポイントについて、わかりやすく解説していきます。
目次
労働審判制度の手続きの流れは?
労働審判は、会社と労働者の間で発生したトラブルを“迅速に”解決するための制度です。裁判のように時間をかけて争うのではなく、原則3回以内の期日で審理を行い、調停または審判で手続きが終了します。
申立て後はスピーディーに対応しなければならないため、全体の流れをあらかじめ把握しておくことが重要です。労働審判のおおまかな流れは、以下のようになります。
- 労働者からの申立て
- 第1回期日の指定・呼び出し
- 指定された期日までに答弁書を提出
- 第1回期日
- 第2・3回期日
- 審判の終了
- 異議申立て
労働審判の概要については、以下の裁判所のホームページで詳しく紹介されています。
①労働者からの申立て
労働審判は、労働者から裁判所への申立てによって始まります。
申立ての際、労働者は、申立書と証拠書類(会社に送る分も含む。)等を裁判所に提出します。
申立てに形式的な不備がなければ、裁判所はこれを受理し、次のステップに進みます。
②第1回期日の指定・呼び出し
労働審判申立書が受理されると、裁判所が第1回期日の日程を決め、会社に「呼出状」と「申立書の写し」を送付します。
第1回期日は、申立てから40日以内に指定されるのが基本です。期日の変更は基本的に認められず、会社には出頭義務が課せられます。正当な理由なく期日を欠席した場合、5万円以下の過料が科せられる可能性があります(労働審判法31条)。
また、証拠調べや主張、反論の確認などの重要な手続きは、第1回期日で終了するケースがほとんどです。そのため、欠席すると会社側に不利な結果となるリスクが高まります。
③指定された期日までに答弁書を提出
会社は、指定された期日までに、裁判所と申立人(労働者)に対して「答弁書」を提出しなければなりません(労働審判規則14条)。提出期限は事案によって異なりますが、第1回期日の1週間~10日前に設定されるのが一般的です。
答弁書は、会社側の主張を伝えるための極めて重要な書面です。
労働審判の期日は原則3回しかないので、期日当日に意見を述べる時間はあまりありません。そのため、会社側の主張や申立人への反論、証拠等は、答弁書にすべて記載しておくことが重要です。
答弁書は提出期限が近いうえ、記載内容も複雑なため、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
④第1回期日
第1回期日では、申立書や答弁書の内容をもとに、事件の争点や双方の主張、証拠等の整理、調停案(和解案)の提示などが行われます。
流れとしては、まず労働審判委員会は、労働者と会社双方の主張を確認し、問題解決に向けた方策を探ります。その後、妥当な調停案(和解案)を提示し、双方の合意を図ることになります。
労働審判では、1回目の期日から合意を促されることが多いため、期日前に「どのような解決方法を望むのか」「どの程度妥協できるのか」といった会社側の方針を固めておくことが重要です。
労働審判委員会からの質問
第1回期日では、まず、労働審判委員会(裁判官である審判官1名と、審判員2名)が、申立書と答弁書の内容を踏まえて両当事者に質問をします。質問は、申立てが認められるか否かという観点から、審判委員会が気になった点まで幅広く質問されます。
例えば、「会社側は、申立人が〇年△月の会議で厳重注意したにもかかわらず、同じミスを繰り返したから解雇したと反論しているが、申立人はこれについて更に再反論することはありますか。」、「会社側では申立人に対して、具体的にどのような注意をしていたのですか。」など、労働審判委員会が、当事者に対して、その場で主張・反論をさせることもよくあります。
調停成立に向けた聴取
ひと通り質問が終わったら、調停成立に向けた聴取が行われます。聴取は当事者の一方を退出させ、交代で行われるのが一般的です。
労働審判委員会は、双方に対して「どこまでなら譲歩できるか」「どの辺りで折り合いをつけることができるか」等を確認し、妥当な解決案を探っていきます。調停成立の見込みが低い場合、第2、3回期日や審判への移行も視野に入れなければなりません。
委員会からの心証開示・調停成立の可能性の探索
事案によっては、労働審判委員会から心証開示が行われることがあります。心証開示とは、例えば「このまま審判をするとしたら、このような審判を出すことになります」などと結果の見通しを示すことをいいます。
当事者は、開示された心証をもとに「このまま調停を成立させるのか」もしくは「審判に委ねるのか」について検討します。
ここで調停成立となれば、その時点で事件は終了です。一方、もう少し話し合いが必要だと判断された場合は、第2回期日が指定され、改めて書面の作成・提出が求められます。
⑤第2・3回期日
第2回、第3回期日も、基本的な流れは第1回期日と同じです。期日までに準備書面を作成・提出し、それをもとに双方への質問や聴取が行われます。
なお、おおまかな見通しは第1回期日で立てられてしまいますが、準備書面の内容や当日の対応次第では、より会社に有利な内容に修正することも可能です。例えば、解決金として会社が支払うよう提示されていた金額を、2回目以降の期日で引き下げられる可能性もあります。
⑥審判の終了
労働審判は、“調停成立”によって終了します。
一方、“調停不成立”となった場合は審判委員会が「審判」を下し、異議申立てが行われれば「訴訟」に移行することになります。
それぞれのパターンについて、詳しく解説していきます。
調停成立
当事者同士の話し合いや、和解案への同意によって問題が解決した場合、“調停成立”となり事件は終了します。
また、合意内容は「調停調書」に記載され、裁判上の和解と同一の効力が生じます。義務を履行しない場合は強制執行手続きがとられ、財産が差し押さえられるおそれもあるため注意が必要です。
例えば、約束した解決金を支払わない場合、会社名義の口座や不動産といった財産の差押えを受ける可能性があります。
調停不成立
調停不成立になると、労働審判委員会が実情を踏まえた「審判」を下します。審判は裁判でいう「判決」にあたるため、確定した場合は必ず従わなければなりません。
なお、審判の内容は、期日で提示された解決案(和解案)と同じ内容になることが多いです。
そのほか、労働審判になじまない事案については、委員会の判断で打ち切りとなり、訴訟に移行される場合があります(24条終了)。例えば、争点が多く複雑な事案や、証拠調べに時間を要するような事案は、迅速な解決を目的とする労働審判手続には適さないため、訴訟に移行するケースもあります。
⑦異議申立て
労働審判の内容に不服がある場合、当事者は裁判所に対して「異議申立て」を行うことができます。申立て期限は、審判の告知(口頭での告知を含む)を受けた日から2週間です。
当事者のいずれかが異議申立てを行うと、労働審判は効力を失い、訴訟手続きに移行します。この場合、審判を行ったのと同じ地方裁判所に対し、訴えの提起があったものとみなされます。
注意点として、一度異議を申し立てると取り下げることはできません。また、訴訟に移行すると解決までに相当の時間がかかるため、異議申立てを行うかどうかは慎重に判断しましょう。
労働審判の申立てから解決までにかかる期間はどれくらい?
2023年までに終了した労働審判の平均審理期間は、81.7日となっています。また、約66%の事件が3ヶ月以内に終了しており、手続きの迅速性が見て取れます。
また、70%以上の事件が第2回期日までに終了しており、早期解決を目指すには適した制度といえます。
会社はどのような姿勢で労働審判に臨むべきか?
労働審判の期日では、答弁書の内容や申立人に対する反論について質問される可能性があるため、それらの回答を揃えておくと良いでしょう。
なお、弁護士を同席させる場合でも、質問(審尋)自体は当事者である会社側の担当者に直接行われることが多いため、想定される質問や回答はしっかり準備しておくことをおすすめします。
労働審判手続きの流れでわからないことがあれば弁護士にご相談ください
労働審判はとにかくスピーディーに進むため、呼出状が届いたら早めに弁護士へ相談することをおすすめします。
労働審判の申立てから答弁書の提出、第1回期日までの期間は1ヶ月程度しかなく、その間に十分な対策を練るのは至難の業です。高度な専門性や経験が求められるため、弁護士のサポートは不可欠といえるでしょう。
特に、「答弁書」は労働審判の結果を左右する重要な書面なので、法的知見も踏まえ、説得力のある内容で作成しなければなりません。会社側に不利な結果となるリスクを減らすためにも、弁護士に依頼するのが得策です。
弁護士法人ALGは、企業法務に精通した弁護士が多数在籍しています。労働審判の実務経験も豊富ですので、お悩みの方はぜひ一度ご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある