雇用契約書がない時に起こりうるトラブル|違反時の罰則や回避方法

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

雇用契約書がないと、どのような条件で使用者と労働者が合意したのか、客観的に特定できなくなるおそれがあります。求人情報と実際の労働条件が違うといった双方の認識のズレは、後々大きなトラブルに発展しかねません。

本コラムでは、雇用契約書がない時に起こりうるトラブルについて、わかりやすく解説していきますので、自社における対策にぜひお役立てください。

雇用契約書がない時に起こりうるトラブルとは?

雇用契約書は、労働者の雇用上のルール全般を定めた重要な書面です。そのため、適切に作成しないと以下のようなトラブルを招く可能性があります。

  • 求人内容と実際の労働条件が異なる
  • 労働者にとって不利な労働条件になる可能性がある
  • 労使間での認識のずれや誤解が生じる
  • 退職や解雇に関するルールが不明瞭になる

求人内容と実際の労働条件が異なる

求人票の内容と実際の労働条件に相違があると、労使トラブルに発展しやすくなります。

求人内容は目安に過ぎないため、実態と異なっても違法ではありませんが、入社後に労働者から「聞いていない」「知らなかった」等と訴えられる可能性もあります。

そのため、入社前には正式な労働条件を記載した雇用契約書を取り交わすのが基本です。なお、雇用契約は口頭でも成立しますが、認識のずれ等を防ぐため必ず書面で取り交わしましょう。

労働者にとって不利な労働条件になる可能性がある

雇用契約書がないと、賃金や労働時間、有給休暇などのルールが曖昧になります。これらの労働条件が曖昧だと、労働者に不利に働く可能性があるため注意が必要です。

例えば、固定残業制を導入している場合、固定残業時間が不明瞭だと“残業代の不払い”等につながるおそれがあります。
また、配置転換や転勤を命じる場合、就業規則に配転の可能性が明記されていても、入社時に個別の説明がないと労働者の困惑を招くと考えられます。

このようなトラブルを防ぐためにも、個々の労働条件は雇用契約書で明示しておくのが基本です。

労使間での認識のずれや誤解が生じる

雇用契約書には、労働条件に関する様々な事項が具体的に定められています。これにより、労働者は自身の労働条件を適切に理解し、認識の相違を防ぐことができます。

一方、雇用契約書がないと労働条件について誤解が生じ、入社後にトラブルとなることがあります。
例えば、試用期間中の賃金や待遇が本採用後と異なる場合、きちんと説明しておかないと労働者の不満を招くおそれがあります。その結果、モチベーションの低下や早期離職につながるなど会社にも様々なデメリットが起こり得ます。

労使間で認識を一致させるためにも、労働条件は入社前に書面で明示しておくのが望ましいでしょう。

退職や解雇に関するルールが不明瞭になる

退職や解雇のルールは、雇用契約を終了させるための重要な取り決めです。そのため、適切に定めないと特にトラブルになりやすくなります。

例えば、解雇事由は「能力不足」「規律違反」「勤怠不良」等の項目に分け、具体的な要件を定めることが重要です。これらは解雇の有効性が争われた際の判断基準となるため、解雇が正当であることを主張するためにも、雇用契約書で明示しておくと安心です。
解雇事由が曖昧な場合、労働者に“不当解雇”として訴えられる可能性もあるため注意しましょう。

また、退職の通告期限は法律上“退職日の2週間前まで”とされているため、会社でこれと異なる期限を設ける場合は入社前にしっかり説明しておきましょう。

雇用契約書がないと違法?罰則はある?

雇用契約書には法的な作成義務がないため、作成・交付しなくても違法にはなりません。
労働契約法第4条でも、労働契約の内容は“できる限り”書面で明示するよう定められており、書面の交付までは義務付けられていません。

そもそも雇用契約書とは、入社後の労働条件について労使双方が合意したことを証明するための書面です。使用者は雇用契約書を取り交わす義務はありませんが、労働条件を知らせるための「労働条件通知書」は交付することが義務付けられています。

また、労働条件通知書では必ず明示しなければならない項目があるため、作成時は注意が必要です。詳しくは以下のページをご覧ください。

労働条件通知書の未交付は違法

労働条件通知書とは、賃金や労働時間等の労働条件について、会社から労働者に通知するための書面です。労働者を雇用する際、使用者はこの労働条件通知書を作成・交付することが義務付けられています(労基法15条)。

「雇用契約書」との主な違いは、労働者との合意の有無です。
雇用契約書は、労働条件に関する労使双方の合意を確認するためのものですが、労働条件通知書は、会社から労働者へ“一方的に”労働条件を通知することが目的です。

労働条件通知書で必要事項が明示されていれば、雇用契約書は取り交わさなくても違法にはなりません。また、2つの書面を兼用することも可能です。

労働条件を明示していない場合の罰則

使用者は、入社後の労働条件を本人に“書面で”明示することが義務付けられています(労基法15条)。雇用契約書も労働条件通知書もない場合、この明示義務に違反し、30万円以下の罰金が科せられる可能性があります(労基法120条1号)。

また、労働基準法では、労働者に必ず明示しなければならない労働条件14項目が定められているため、作成時は漏れがないよう注意が必要です。

法律上、労働条件について労使双方の合意までは求められていませんが、入社後に「知らされていない」「もらっていない」等とトラブルになるおそれもあるため、できるだけ合意の証拠も残しておくのが望ましいでしょう。

明示が必要な項目等は、以下のページで詳しく解説しています。

雇用契約書のトラブルを回避するポイント

労働条件を明示した雇用契約書を作成する

雇用契約書で適切な労働条件を明示しておけば、入社後に労働者とトラブルになるリスクを抑えることができます。口頭のみでも雇用契約は成立しますが、雇用契約書は双方が署名・捺印をするため、労働者の同意を得たという有力な証拠になります。

なお、労働条件については以下の14項目を明示することが義務付けられているため、雇用契約書にも盛り込むのが一般的です。

  • ①労働契約の期間に関する事項
  • ②有期雇用契約を更新する場合の基準に関する事項(更新の上限の有無や内容、無期転換申込権も含む)
  • ③就業場所と従事すべき業務に関する事項(変更の範囲も含む)
  • ④始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時点転換に関する事項
  • ⑤賃金の決定、計算及び支払いの方法、締切り及び支払いの時期、昇給に関する事項
  • ⑥退職に関する事項(解雇事由も含む)
  • ⑦退職手当の対象となる労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法、支払いの時期に関する事項
  • ⑧臨時に支払われる賃金、賞与やこれらに準ずる賃金並びに最低賃金額に関する事項
  • ⑨労働者が負担すべき食費、作業用品その他に関する事項
  • ⑩安全及び衛生に関する事項
  • ⑪職業訓練に関する事項
  • ⑫災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
  • ⑬表彰及び制裁に関する事項
  • ⑭休職に関する事項

雇用契約書を弁護士に確認してもらう

雇用契約書に記載する労働条件は、労働基準法等の法令を遵守したものにしなければなりません。法令違反があった場合、労働トラブルに発展したり、行政指導を受けたりするおそれがあります。

場合によっては罰則を受けることもあるため、不備がないか弁護士にチェックしてもらうと安心です。

また、労働基準法等の法令は度々改正が行われているため、使用者がすべて理解するのは非常に困難です。弁護士に相談・依頼することで、法改正にも対応した適切な雇用契約書を作成することができます。

労働条件を従業員に周知する

書面で労働条件を明示しても、労働者がすべてに目を通すとは限りません。賃金や休暇など、特に重要な部分しか確認しない人もいるでしょう。
しかし、確認が不十分だと、後で「知らなかった」「説明されていない」等と訴えられるおそれがあるため、労働条件は書面の交付だけでなく、全社員にしっかり周知することをおすすめします。

具体的には、個別面談や社内セミナーの機会を設け、労働条件の内容を詳しく説明する方法があります。一方的な説明ではなく、質疑応答等も含めて労働者の理解を深めましょう。

全社員が労働条件を正しく理解することで、認識のずれによるトラブル防止につながります。

雇用契約書と就業規則の関係を理解する

雇用契約は、入社後の労働条件について“個別に”合意するための契約です。一方、就業規則は、労働条件全般や服務規律等を“全社的に周知すること”を目的としています。
法律上、就業規則と雇用契約書どちらもあるときは「就業規則」が優先されます。

ただし、2つの内容が矛盾する場合は、労働者にとって有利な方が採用されるのが基本です。よって、雇用契約書の内容が就業規則を上回るときは「雇用契約書」が優先されることになります。

また、就業規則には「最低基準効」という効力があり、就業規則の内容を下回る雇用契約は基本的にその部分が無効となるため注意が必要です。

就業規則の効力については、以下のページでさらに詳しく解説しています。

雇用契約書を作成する際の注意点

雇用契約書作成においての注意点としては、労働基準法上明示が求められている事項については雇用契約書に記載してこれをカバーしつつ、その他にも労働条件が不明確となることによってトラブルが予想される事項については労働条件通知書に盛り込むとよいと考えられます。

雇用形態によって注意すべきポイントがありますので、以降みていきましょう。

正社員と取り交わす場合

詳細な労働条件は就業規則の定めによることが多いと考えられますが、就業規則と異なる定めをしたい場合などは、慎重に内容を定める必要があるでしょう。

例えば、転勤や配置転換の可能性がある旨を盛り込むかどうかなど、大きなトラブルに発展しかねない事項については特に慎重に検討することが求められます。

契約社員と取り交わす場合

契約社員とは、期間の定めのある雇用契約をいうものと考えられますが、そうすると、期間の定めを設定する必要があります。なお、原則として、労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、三年を超える期間について締結してはなりません(労基法14条1項)。

労働条件を変更する際はもちろん、労働条件を変更しないものの、契約を更新する場合についても、雇用契約書の更新・再締結が必要となります。

有期雇用契約を締結する際のポイントは、以下のページではより詳しく解説しています。

パート・アルバイトと取り交わす場合

同一労働同一賃金の観点から、パート・アルバイトの労働者から、雇用契約書の作成を求められることもあります。この事態に備え、事前に対策をしておくことが求められます。

パート・アルバイトでは短時間勤務になることが多いと思われます。このため、勤務時間や勤務日数等について認識の相違がないようにする必要があります。

外国人と取り交わす場合

雇用契約は、意思の合致があってはじめて成立します。仮に雇用契約書に記載があったとしても、外国人労働者がまったくその内容を理解していなかったのであれば、雇用契約の成立自体に疑義が生じます。

母国語で書類を作成するなど、外国人労働者が正しく契約内容を理解できるよう配慮することが重要です。

試用期間を設ける場合

試用期間を設ける場合、試用期間や試用期間中の賃金といった事項についても明示する必要があります。

試用期間は、本採用をするかどうかを判断するために試験的な期間であると考えられています。試用期間が長すぎると公序良俗に反するなどとして無効になる可能性もあるため、3ヶ月前後で定めるのが一般的です。

試用期間のルールについては、以下のページでさらに詳しく解説しています。

雇用契約書の有無が争点となった裁判例

事件の概要

原告(X)は、昭和63年4月に1年間の有期契約労働者として被告会社(Y社)に入社し、その後29回にわたり契約を更新・継続してきましたが、Y社より「平成30年3月31日の契約期間満了に伴い雇止めする」旨を通知されました。

Xは、本件雇止めは客観的な合理性や社会通念上の相当性を欠くものとして、Y社に対して“雇止めの無効”や“雇い止め後の賃金の支払い”等を求めて訴訟を提起しました。

裁判所の判断(平成30年(ワ)第1904号 福岡地方裁判所 令和2年3月17日判決、博報堂事件)

Y社は、有期雇用労働者の「無期転換ルール」の開始に伴い、平成25年4月1日以降の雇用期間を最長5年とするルール(最長5年ルール)を設けていました。

これを受け、XもY社との間で「平成30年3月31日以降は契約を更新しない」旨の雇用契約書に署名・捺印しているため、自身の雇止めについては十分理解していたと考えられます。

しかし、裁判所は、Xが30年にわたりY社に勤務してきたことを踏まえると、雇止めによる生活への影響は大きいとしました。また、これまでの契約期間から、今後も当然に契約が更新されることが期待できるため、単に雇用契約書に署名・捺印しただけではXの合意を得たとはいえないと判断しました。

さらに、Y社は、雇止めの理由として“Xの能力不足”や“人員削減の必要性”等を主張していましたが、裁判所はいずれも客観的合理性を欠き、社会通念上相当とは認められないとして、本件雇止めは無効であると判断しました。

ポイント・解説

裁判所は、労働者が雇用契約書の記載の意味内容について十分知っていたとしても、雇用契約が終了する旨の明確な意思を表明したとみることはできないとして、雇用契約書記載どおりの効果を認めていません。

よって、雇用契約書はただ取り交わせば良いというものではなく、労働者との間に明確な意思の合致があるかどうかが重要といえます。

雇用契約書によるトラブルを回避するためにも弁護士にご相談ください

労働条件を明確に記載し、労使トラブルを回避するためにも、雇用契約書の作成・交付は重要です。

雇用契約書を作成したからといってトラブルを回避できるとは限りませんが、防げるトラブルもあるかもしれません。「あの時、きちんと雇用契約書を作っていれば…」といった後悔がないよう、事前に対策できることには積極的に検討すべきでしょう。

労務分野に精通した弁護士であれば、適切な雇用契約書の作成をサポートすることができます。不明点があれば一度弁護士に相談されることをおすすめします。

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執筆弁護士

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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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