
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
「辞めさせたい社員がいる」という悩みは、多くの使用者が抱くものです。
その理由は、協調性欠如や能力不足、経費削減、懲戒事由の発生等、実に様々です。
いずれの場合も、会社側から社員を辞めさせることは、法的には容易なことではありません。本稿では、辞めさせたい社員がいる場合の対処法と、法的な注意点について紹介していきます。
目次
社員を辞めさせるハードルは高い
社員を辞めさせる方法としては、「解雇」が代表的です。しかし、解雇は生活に支障をきたすおそれがあり、労働者にとってダメージが大きいことから、余程の事情がないと認められないのが実情です。
また、「退職勧奨」という方法もありますが、最終的に退職に応じるかどうかは社員の判断に委ねられるため、本人の同意がないと辞めさせることはできません。そのため、解雇に比べて実効性は低いといえます。
辞めさせるべき社員の特徴は?
問題社員の特徴として多いのは、以下の3つです。
- 規律違反
業務命令に従わない、ハラスメントを繰り返す、他の社員を誹謗中傷する など - 著しい能力不足
改善意欲がみられない、同じミスを繰り返す、再三指導しても一向に改善しない など - 職務怠慢
無断欠勤を繰り返す、遅刻や早退が多い、私用での離席が多い など
問題社員がいると、他の社員の負担が増えたり、職場の雰囲気が悪くなるなど様々なリスクがあります。会社全体の生産性低下にもつながるため、早期に対処することが重要です。
問題社員への対応については、以下の記事もご覧ください。
不当解雇と判断された場合の会社のリスク
会社側が社員を解雇したものの、この解雇が無効(不当解雇)である場合、会社は解雇した社員に対して「バックペイ」の支払義務を負います。
この場合、社員は不当な解雇のせいで働くことができず、本来の収入を得られなかったことになります。その補填として、使用者には、当該社員が職場を離れていた期間の給与を支払うことが義務付けられています。(民法536条2項前段)。
また、紛争の解決までに期間を要すれば要するほど、バックペイの金額も大きくなるため注意が必要です。
不当解雇と正当解雇の違いについては、以下のページをご覧ください。
問題社員を辞めさせる2つの方法
社員を辞めさせる方法は、「解雇」と「退職勧奨」が代表的です。
ただし、いきなり退職を求めるとトラブルになる可能性があるため、まずは以下の流れで改善を試みて、最終手段として解雇を検討するのが一般的です。
- 問題点を伝え、改善を促す
- 改善がみられない場合、軽い懲戒処分を下す
- 状況が変わらない場合、退職勧奨を行う
- 解決しない場合は解雇処分を下す
①退職勧奨
退職勧奨は、社員に自主的な退職を促す方法です。
社員本人の合意を得ることが前提なので、解雇のような法的規制はありません。例えば、解雇が認められるには就業規則上の“解雇事由”が必要ですが、退職勧奨は事由にかかわらず比較的自由に行うことが可能です。
通常、いきなり解雇処分を下すケースは少なく、まずは退職勧奨による退職を目指すのが基本です。
ただし、退職勧奨も過度に行うと違法とみなされるおそれがあるため、回数や促し方には注意が必要です。また、最終的に退職に応じるかどうかは社員の自由なので、退職を強要することはできません。
退職勧奨の適切な進め方は、以下のページで紹介しています。
②解雇
解雇とは、会社が一方的に社員を辞めさせる方法です。解雇には「普通解雇」「懲戒解雇」「整理解雇」の3種類がありますが、問題社員を辞めさせる場合は普通解雇または懲戒解雇となります。
普通解雇 | 本人の病気や能力不足等により、業務の継続が難しいと判断された場合に行う解雇 |
---|---|
懲戒解雇 | 会社の秩序を著しく乱したり、違反行為を繰り返したりした社員への“懲罰”として行う解雇 |
解雇には相応の理由が必要であり、その有効性については厳しく判断される傾向があります。
また、就業規則で「解雇事由」を定めることや、事前に解雇予告を行うこと等も義務付けられているため、使用者は適切な対応が求められます。
解雇事由の定めがない場合や、解雇事由に該当しない場合、基本的に社員を解雇することはできません。
社員を辞めさせる際に考慮すべきこと・注意点
就業規則には解雇事由の規定が必要
就業規則に解雇事由の記載がない場合、問題社員を解雇することはできません。
なぜなら、解雇事由は就業規則の「絶対的必要記載事項」にあたり、記載が必須とされているためです(労働基準法89条3項)。
そこで、解雇を検討する場合は、まずは就業規則の解雇事由のどれに該当するのかを確認する必要があります。
解雇前に改善を促す対応をとる
解雇を行うには、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められなければなりません(労働契約法16条)。これは懲戒解雇であっても同様です(同法15条)。
特に社会通念上相当であるか否かは、「解雇の前に改善の機会を与えたか」、「もはや改善の余地がなく解雇するしかない状況と言えるか」という観点で厳しくチェックされます。
そこで、解雇をする前に必ず「二度と同じことをしないように。」と注意・指導を行い、社員に改善の機会を与える必要があります(次に同じことをした場合には解雇することがある旨を伝えることも大事です)。
問題行為の程度にもよりますが、再三注意・指導をしても状況が改善しない場合、「もはや改善の余地がなく解雇するしかない状況」と認められる可能性が高くなります。
いきなり解雇ではなく軽い内容の懲戒処分から科す
懲戒解雇における社会通念上の相当性も、「懲戒解雇の前に改善の機会を与えたか」、「もはや改善の余地がなく懲戒解雇するしかない状況と言えるか」が基準となります。
そこで、まずは懲戒解雇よりも軽い処分を下し、本人に事の重大さを理解させることが重要です。また、懲戒処分は問題社員に対する“注意・指導”も兼ねるため、再発防止のためにも効果的です。
懲戒処分を重ねても改善がみられない場合、「懲戒解雇もやむを得ない」と判断され、解雇処分の有効性が認められやすくなります。
懲戒処分の種類や判断基準については、以下のページで解説しています。併せてご覧ください。
解雇予告や解雇予告手当の支払いを怠らない
普通解雇の場合も、懲戒解雇の場合も、原則として30日前までの解雇予告を行う必要があります(解雇予告を行わずに即日解雇する場合は、30日分以上の給与の支払が必要です。)(労働基準法20条1項本文)。
例外として、「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」には解雇予告は不要となりますが(労働基準法20条1項ただし書)、懲戒解雇でも必ずしもこれに該当するとは限りません。通常、社員の非違行為の悪質性が高く、雇用を継続することが企業経営に支障をもたらす程の事情が認められる場合に限られると考えられています。
解雇予告については以下のページで解説しています。併せてご覧ください。
退職勧奨が違法になるケースもある
退職勧奨は、あくまで話合いでなければなりません。例えば、「退職合意書にサインするまでは帰さない」等と言って社員を軟禁することは、“退職強要”として不法行為責任を負い、慰謝料の損害賠償等を求められる可能性があるため、十分に注意が必要です。
退職勧奨が退職強要とならないために会社が注意すべきポイントについては、以下のページで解説しています。
解雇の有効性が問われた裁判例
営業成績の不良を理由とした解雇の有効性が争われた裁判例を紹介します。
【事件の概要】
本件で解雇された社員は、歯科医院で使用するレセプト作成補助用ソフトウェアの販売を行う営業社員として入社しました。3ヶ月間の試用期間を経て営業手法を学んだ後、会社からノルマを課されながら、そのノルマ達成を目標に営業活動をするも、試用期間終了後の3ヶ月間は1度もノルマを達成することができませんでした。
そこで、会社は就業規則上の解雇事由のうち、「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みが無く、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき」に該当するとして、その営業社員を解雇しました。
これに対して営業社員が解雇は無効であるとして、労働者の地位の確認と解雇後の賃金(バックペイ)を請求する裁判を提起しました。
【裁判所の判断】
大阪地方裁判所令和2年(ワ)11236号地位確認等請求事件において、裁判所は令和4年1月28日付判決で以下の点から解雇せざるを得ない程の事情があるとは認められないと判断しました。
・令和2年7月31日付本件解雇に至るまでの当該社員の受注件数は3件で、会社から示された6月に2件、7月に3件とのノルマを下回るものであった。
しかし、
・当該社員が取り扱っていた商品は、歯科医院で使用するレセプト作成補助用のソフトウェアであり、その性質上、顧客側のニーズは限定的で、営業担当職員が顧客に対して営業をかけても、容易に契約を受注することができるものではなかった。
・採用当初の当該社員の営業成績は振るわなかったが、解雇された令和2年7月末頃には、当該社員の勤務成績・業務能率には改善の兆しが見え始め、当該社員の勤務成績・業務能率が著しく不良である状況が将来的にも継続する可能性が高かったと証拠上認められない。
【ポイント・解説】
本裁判例の裁判官は、会社がノルマを課したことと、解雇された営業社員がそのノルマに達していなかったことは事実として認定しました。また、そのノルマ自体が不適切なものとは認定しませんでした。つまり、会社が求める営業成績に達していないことについては、裁判所も事実として認めたのです。
しかし、裁判所は「当該社員の勤務成績又は業務能率には改善の兆しが見え始めていた」と評価し、「解雇せざるを得ない程の事情」として「勤務成績又は業務能率が著しく不良である状況が将来的にも継続する可能性が高かった」とまでは認められないと判断し、解雇は無効であるとしています。
本裁判例のポイントはここにあります。
裁判所としては、今後も勤務成績と業務能率が「著しく不良である状況」が「将来的にも継続する可能性が高かった」とまで認められなければ、解雇をせざるを得ない程の事情とは言えないという考えのもと、本件のように単に営業ノルマを2回連続で達成することができなかっただけでは「解雇をせざるを得ない程の事情」としては足りず、解雇を無効と判断しました。
この裁判例から、勤務成績の不良を理由とした解雇については、勤務成績の改善の余地があるかどうかについて厳しく検討されることがよくわかります。
会社を辞めさせたい社員の対応については弁護士にご相談ください
解雇については、厳しいハードルが課されるのが通例です。会社としてはその厳しいハードルをクリアできるよう、入念な準備と証拠収集が求められます。
解雇の見通しが立ちづらい状況のときは、解雇に踏み切る前に、より軽い懲戒処分や、退職勧奨等、別の方法を検討する必要があります。労働紛争・裁判実務の経験がある弁護士であれば、これらの進め方について法的なアドバイスができるため、問題社員への対応でお困りの方はぜひ一度ご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある