
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働者が正当な対価として受け取るべき賃金が支払われない「賃金未払い」は、労働者の生活を直撃する重大な問題です。賃金を適切に支払わなかった場合には、企業は民事及び刑事上の責任を問われる可能性があります。
本記事では、賃金未払いの代表的な類型と、それに対して企業が負うリスクや罰則について説明します。
目次
- 1 賃金の未払いで企業が負うリスク
- 2 賃金未払いの主な類型とは?
- 3 賃金未払いで企業に科される罰則
- 4 労働者から未払い賃金を請求された場合の対応
- 5 賃金未払いを未然に防ぐためにできること
- 6 未払い残業代の請求を巡る裁判例
- 7 賃金未払いによるトラブル防止のために、労務問題に強い弁護士がサポートいたします。
- 8 よくある質問
- 8.1 未払い賃金の損害賠償金はいくら支払うのでしょうか?
- 8.2 賃金の未払いが判明したら直ちに罰則が科されるのでしょうか?
- 8.3 賃金の未払いで懲役刑が科されることはありますか?
- 8.4 管理者が違法な残業を命じていた場合、その管理者も刑事責任を問われますか?
- 8.5 未払い賃金請求に対し、固定残業代で既に支払い済みであることを主張できますか?
- 8.6 退職者の未払い賃金請求についても支払い義務はありますか?
- 8.7 出張・直行直帰・通勤などの移動時間分の未払い賃金も支払い義務はありますか?
- 8.8 未払い賃金があった場合、労働基準監督署から立ち入り調査が行われることはありますか?
- 8.9 未払い賃金の遅延損害金は過去に遡って請求されますか?
- 8.10 付加金の支払いの対象となる未払い賃金にはどのようなものがありますか?
賃金の未払いで企業が負うリスク
賃金の未払いは法令違反であるため、労働基準監督署からの是正勧告を受ける可能性があります。また、賃金の支払いを怠ったことに対して民事及び刑事上の責任を負う可能性もあります。
賃金未払いの主な類型とは?
賃金未払いの主な類型には、時間外・休日・深夜労働の割増賃金の未払い、固定残業制(みなし残業制)の割増賃金の未払い、フレックスタイムや変形労働時間制の割増賃金の未払い、管理監督者の割増賃金の未払い、賃金支払いの5原則の違反があります。
①時間外労働・休日労働・深夜労働の割増賃金の未払い
労働基準法では、法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超えた労働、法定休日の労働、深夜・早朝労働(22時~5時)に対しては、それぞれ所定の割増賃金を支払う義務があります。
法定労働時間を超えた労働、法定休日の労働、深夜・早朝労働がなされているのに、それぞれについて割増賃金を支払っていない場合は、賃金未払いとなります。
詳しくは以下のページをご覧ください。
②固定残業制(みなし残業制)の割増賃金の未払い
固定残業代(みなし残業制)は、あらかじめ割増賃金を一定額固定して支払う残業代です。しかし、固定残業代制が無効とされた場合には、当該固定残業代分の割増賃金が未払いであったことになります。
固定残業代制を導入するときは、慎重な対応が必要です。
詳しくは以下のページをご覧ください。
③フレックスタイムや変形労働時間制の割増賃金の未払い
フレックスタイム制は、一定期間の総労働時間を定めたうえで、始業時刻と終業時刻を労働者が自由に決定できる制度です。
フレックスタイム制が適用される労働者についても時間外労働が観念できますので、法定休日労働、深夜・早朝労働をさせた場合は勿論、時間外労働をさせた場合は割増賃金を支払う必要があり、割増賃金を支払っていない場合は賃金未払いとなります。
変形労働時間制とは、業務量などに合わせて1日の労働時間を調整できる制度です。たとえば1か月単位の変形労働時間制を定めた場合、あらかじめ就業規則や労使協定などで定めた各日・各週の労働時間を超え、労働時間の総枠を超えてしまう場合には、その超えた部分は時間外労働として割増賃金を支払わなければならず、支払わない場合は賃金未払いとなります。
詳しくは以下のページをご覧ください。
④管理監督者の割増賃金の未払い
管理監督者とは、監督・管理の地位にある者をいい(労基法41条2号)、労働時間の決定やその他の労務管理について、経営者と一体的な立場にある労働者をいいます。
企業は、労働基準法の労働時間の規制などを受けない管理監督者に対して、残業代(深夜手当を除く)を支払う必要はありません。しかし、管理監督者にあたるか否かの判断基準を誤って理解して割増賃金の支払いをしていなかった場合は、知らず知らずのうちに割増賃金が膨れ上がってしまっている可能性があります。
なお、管理監督者であっても深夜・早朝労働には割増賃金を支払わなければならないことに注意が必要です。
詳しくは以下のページをご覧ください。
⑤賃金支払いの5原則の違反
労働基準法では、賃金について①「通貨で」②「直接」③「全額を」④「毎月1回以上」⑤「一定期日に」支払うという5つの原則を定めています。5原則のどれか一つにでも違反した場合は法違反となり、未払分があれば賃金未払いとされることになります。
詳しくは以下のページをご覧ください。
賃金未払いで企業に科される罰則
刑事責任
賃金支払いの5原則の違反に対しては「30万円以下の罰金」という罰則が(労基法120条第1号)、割増賃金の未払いについては「6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金」という罰則が定められています(同法119条第1号)。
民事責任
賃金未払いは、刑事責任に限られず、民事責任を問われる可能性があります。たとえば、労働契約に基づく賃金請求や不法行為に基づく損害賠償請求などです。
付加金の支払い
労働者の請求により、裁判所によって未払い賃金のほかに、それと同一額の付加金の支払いを命じられることがあります(労基法114条)。
付加金の対象となる未払い賃金は、解雇予告手当、休業手当、時間外・休日・深夜労働の割増賃金、年休中の賃金があります。
遅延損害金の支払い
割増賃金が未払いである場合、使用者は遅延損害金を支払う義務を負います。遅延損害金は、本来であれば賃金を支払わなければならなかった日の翌日から、支払いが遅延している期間について発生します。
遅延損害金の法定利率は年3%(退職後の未払い期間の利率は年14.6%)の割合です。
詳しくは以下のページをご覧ください。
労働者から未払い賃金を請求された場合の対応
労働者から未払い賃金の請求を受けた場合、企業は速やかに事実関係を確認することが重要です。具体的には、賃金の支払義務があるのか、請求された未払い賃金は適切な額なのかなどを確認する必要があります。
事実確認の結果、請求された未払い賃金のうち、どの部分まで法律上支払う義務があるのかを慎重に検討しなければなりません。
詳しくは以下のページをご覧ください。
→(従業員から残業代請求されたら|適切な対応と反論する際のポイント リンクページ ※作成予定)未払いの賃金請求には時効がある
令和2年4月以降に発生した賃金請求権の消滅時効期間は、5年(当分の間は3年)とされています。
賃金の請求権の時効の起算日は、賃金の支払日の翌日です。起算日から3年間を経過している未払い賃金について、企業は消滅時効を援用すれば、支払義務を負わないことになります。
賃金未払いを未然に防ぐためにできること
賃金支払いを未然に防ぐためにできることは、以下のようなものが挙げられます。
- 就業規則・賃金規程の整備と周知徹底
賃金に関する規定については、就業規則や賃金規程で明確に定め、それを全従業員に周知することが不可欠です。曖昧な規定は、労使間の認識のズレやトラブルの原因となります。文書だけでなく、説明会などを通じて実質的な理解を促すことも有効です。 - 管理職への労務法務に関する教育と日常的な労務管理
現場の管理職が労働時間や賃金制度に関する正確な知識を持ち、適切な対応を行うことも、賃金未払いを防ぐ第一歩です。
サービス残業等が発生しないよう、労働者の労働時間を管理する立場にある管理職が、日常の労務管理において注意を払う必要があります。 - 定期的な労務監査と専門家の活用
自社の労務管理が適切に行われているかを確認するために、定期的に社内または外部の専門家による労務監査を行うことが効果的です。就業実態と支給状況にズレがないか、法令改正に即した対応がなされているかなどを点検し、問題があれば早期に是正します。
未払い残業代の請求を巡る裁判例
未払い残業代の請求を巡る裁判例をご紹介します。
事件の概要(平29(受)842号・平成30年 7月19日・最高裁第一小法廷・判決)
・日本ケミカル事件
本件は、保険調剤薬局を営むY社に勤務していた薬剤師Xが、Y社から固定残業代として支払われていた「業務手当」が、固定残業代として無効であるとして、未払い残業代等を請求した事案です。
裁判所の判断
最高裁判所は、以下のように述べて、結論として本件の「業務手当」を有効な固定残業代と認め、原審判決を破棄し、審理を東京高裁に差し戻しました。
固定残業代の有効性について:
- 労働基準法37条は、同条等で定められた方法により算定された額を下回らない割増賃金を支払うことを義務付けるものであり、基本給や諸手当にあらかじめ割増賃金を含めて支払う方法自体が直ちに同条に反するものではない。
- 使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより、労働基準法37条の割増賃金の全部または一部を支払うことができる。
判断枠組み:
ある手当が時間外労働等の対価として支払われるものか否かは、雇用契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。
本件へのあてはめ:
最高裁は、以下の点を指摘して、「業務手当」が時間外労働等に対する対価として支払われたものと認められると判断しました。
- 雇用契約書、採用条件確認書、賃金規程において、「業務手当」が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されている
- YとX以外の従業員との間で作成されていた確認書にも、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたことから、Y社の賃金体系において業務手当は時間外労働等の対価として位置付けられていた。
- 業務手当の額は、1ヶ月あたりの平均所定労働時間(157.3時間)を基に算定すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、Xの実際の時間外労働等の状況と大きく乖離するものではなかった。
ポイント・解説
この判決は、固定残業代が何時間分に相当する賃金であるかが明記されていなかった事案で、固定残業代としての有効性を認めたものであり、実務に一定の影響力を与えたものといえます。もっとも、固定残業代の有効性は、雇用契約書の記載や、使用者がした説明、実際の勤務状況などの諸事情により判断されることには注意が必要です。
賃金未払いによるトラブル防止のために、労務問題に強い弁護士がサポートいたします。
賃金未払いによるトラブル予防のために、労働問題に強い弁護士が、就業規則、雇用契約書の見直しや、日常的な労務管理体制の整備についてのアドバイスを行います。また、未払賃金に関するトラブルが発生した場合は、弁護士が迅速に事実関係を整理し、労働者との交渉・訴訟までサポートいたします。
賃金の問題で労使トラブルやご不安がある場合は、お気軽に弁護士法人ALGまでご相談下さい。
よくある質問
未払い賃金の損害賠償金はいくら支払うのでしょうか?
-
未払い賃金の損害賠償金としては、未払い賃金に加え、年3%(退職後は年14.6%)の遅延損害金を支払う必要があります。また、場合によっては付加金(最大で未払い賃金額と同額)も支払うよう命じられることもあります。
賃金の未払いが判明したら直ちに罰則が科されるのでしょうか?
-
実務上、一般に、賃金の未払いが判明したとして、それによって直ちに罰則が科されるわけではありません。もっとも、賃金の未払いが判明し、労働基準監督署の是正勧告に従わない等の場合には、労基法違反として摘発の対象となる可能性は高まるといえます。
賃金の未払いで懲役刑が科されることはありますか?
-
割増賃金の未払いについては、労基法119条1号において、6か月以下の懲役刑が定められています。
もっとも、法人に対する懲役罰は観念できないため、懲役刑が企業に対して科されることはありません。
管理者が違法な残業を命じていた場合、その管理者も刑事責任を問われますか?
-
使用者が労働者に対して違法な残業命令をすると、場合によっては刑事責任の対象となる可能性もあります。例えば、管理者が「使用者」と認められたり、管理者が使用者と共同して行ったと認められる場合は、管理者も刑事責任を問われる可能性があります。
未払い賃金請求に対し、固定残業代で既に支払い済みであることを主張できますか?
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固定残業代として有効と認められる部分については、支払い済みであるとの主張は可能です。
退職者の未払い賃金請求についても支払い義務はありますか?
-
退職後であっても、未払い賃金がある場合は法的に支払義務があります。もっとも、未払い賃金請求は、賃金支払日の翌日から3年を経過すると時効によって消滅します。
出張・直行直帰・通勤などの移動時間分の未払い賃金も支払い義務はありますか?
-
労働時間に該当する移動時間分は、賃金が発生し、賃金支払義務があります。労働時間に該当するか否かは、諸事情を総合的に考慮して判断されます。
未払い賃金があった場合、労働基準監督署から立ち入り調査が行われることはありますか?
-
労働者等が、未払い賃金に関する法令違反について申告・相談をした場合、労働基準監督署が調査に入る申告監督が行われます。申告監督は、①予告なしに行われる立ち入り調査、②予告の上で行われる立ち入り調査があります。
詳しくは以下のページをご覧ください。
未払い賃金の遅延損害金は過去に遡って請求されますか?
-
令和2年4月以降に生じた未払い賃金の遅延損害金は、賃金支払日の翌日から起算され、消滅時効期間内(当面の間3年)であれば、過去に遡って請求される可能性があります。
付加金の支払いの対象となる未払い賃金にはどのようなものがありますか?
-
付加金の対象となる未払い賃金は、解雇予告手当(労基法20条)、休業手当(同法26条)、時間外・休日・深夜労働の割増賃金(同法37条)、年休中の賃金(同法39条6項)があります。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所大額 祥聖(東京弁護士会)
- 弁護士法人ALG&Associates 弁護士須合 裕二
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある