「労働時間」はどこからどこまで?曖昧になりやすい労働時間の範囲

弁護士が解説する【労働時間はどこからどこまで?】

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弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

労働時間の範囲は、従業員の賃金を計算するうえで非常に重要です。
適切に判断しないと、残業代未払いなどの労働トラブルにつながるおそれがあるため、事業主は「労働時間に含むもの」と「含まないもの」をしっかり線引きしておく必要があります。

本コラムでは、曖昧になりやすい労働時間の範囲をケースごとに解説しています。また、適切な労働時間の管理方法や、適切な管理を怠った場合のリスクなども詳しく紹介していきます。

労働時間はどこからどこまで?

労働時間とは、始業時刻から終業時刻の間の時間のうち、休憩時間を差し引いた時間をいいます。
例えば、始業が8時、終業が17時、休憩1時間のパターンで19時まで残業した場合、労働時間は「10時間」となります。

ただし、労働基準法では労働時間について「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義しています。
よって、実際に労働時間を計算する際は、就業規則や雇用契約書の定めにかかわらず、「従業員が使用者の指揮命令下にあるかどうか」をもって個別的に判断する必要があります。

【パターン別】労働時間に含まれるもの・含まれないもの

労働時間に含まれるかどうかは、その時間の特性や目的に応じて個別的に判断する必要があります。
「労働時間に含まれる時間」と「含まれない時間」の一般的な区別について、下表で整理しますのでご確認ください。

労働時間に含まれるもの
  • 始業前の着替え時間
  • 仮眠時間や待機等の手待時間
  • 自主的な残業・持ち帰り残業の時間
労働時間に含まれないもの
  • 就業後の着替え時間
  • 通勤時間
ケースバイケースの場合
  • 教育・研修・訓練の時間
  • 始業前の朝礼・掃除・体操等の時間
  • 勉強会・サークル活動の時間
  • 出張時の移動時間

始業前・終業後の着替え時間

始業前に制服や作業着に着替えることが義務付けられている場合、着替え時間は労働時間に該当すると判断される可能性が高いです。
過去の判例でも、作業着や防護具着用のための準備時間について、「業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、または、これを余儀なくされたときは」、原則として労働時間に含まれると判示しています。

一方、終業後の着替えについては、特に義務付けられていないことも多いです。そのため、制服のまま帰宅することを禁じられていたというような特段の事情がない限り、就業後の着替え時間は労働時間には含まれないと判断される可能性が高いでしょう。

始業前の掃除・朝礼・体操等の時間

始業前に掃除を義務付けられていた場合や、朝礼や体操への参加を余儀なくされていた場合、従業員は使用者の指揮命令下に置かれているといえるため、労働時間に該当すると考えられます。

また、始業前の掃除・朝礼・体操などを「全員参加」としていた場合はもちろん、「任意参加」だった場合も、労働者が事実上断ることができない状態であれば、労働時間に該当すると判断される可能性が高いでしょう。

仮眠時間や待機等の手待時間

手待時間については、労働基準法上の労働時間にあたるのが基本です。
手待時間とは、電話番や来客待ちなど、作業が必要になるまで待機する時間のことです。例えば、店員やタクシー運転手が顧客を待っている時間や、休憩中に電話番をしている時間などが挙げられます。

これらの時間は、電話や来客があればすぐに対応する必要があるため、実質的に「使用者の指揮命令下にある」といえます。また、仮眠時間についても、緊急時には即座に対応することが予定されているため、労働時間に含まれるのが基本です。

勉強会・サークル活動の時間

勉強会やサークル活動が労働時間にあたるかは、「参加義務の有無」や「活動の目的」によって判断する必要があります。

まず、勉強会やサークルへの参加が必須だった場合、その時間は労働時間に含まれる可能性が高いといえます。
また、参加状況が人事評価に反映されたり、活動内容が業務に直結したりする場合も、業務としての性格を持つため労働時間にあたる可能性が高いです。

一方、勉強会やサークル活動が“任意参加”であり、参加しなくても何ら不利益を受けない状況であれば、労働時間にはあたらないのが基本です。

自主的な残業・持ち帰り残業の時間

自主的な残業や持ち帰り残業は、使用者が明示的に命令・指示しているわけではありません。
しかし、上司が部下の残業を黙認していた場合や、業務過多でやむを得ず残業していた場合は、労働基準法上の労働時間に該当し、残業代が発生するのが一般的です。

「従業員が勝手に残業したのだから、労働時間にはあたらない」などと考えていると、残業代未払いなどの労働トラブルにつながるため注意が必要です。
自主的なサービス残業を防ぐには、残業を事前許可制にする、終業後は速やかに帰宅を命じるなどの対策を講じる必要があります。

教育・研修・訓練の時間

教育・研修・訓練の時間についても、参加が義務づけられている場合には、労基法上の労働時間にあたると判断される可能性があります。
裁判例では、企業が設置した委員会へ参加している時間について、企業の業務としての性格を持つものであるとして労働時間にあたるとしたものがあります。(大阪地方裁判所 昭和58年2月14日判決)

他方で、別の裁判例では、企業の設置した委員会に参加している時間について、出欠をとらず、不参加への制裁等もなかったという事情を重視し、労働時間に該当しないと判断されたものがあります(大阪地方裁判所 令和2年3月3日判決)。

そのため、企業としては、教育や研修への参加を義務付けるのであれば、それらに参加している時間については労働時間として処理することが必要であると考えられます。

通勤時間や出張時の移動時間

従業員が自宅から職場までの移動に要する通勤時間については、一般に、業務としての性格が小さいことから労働時間性が否定されています。

これに対して、出張先に移動する時間については、裁判例では、公共交通機関を利用している事案について労働時間性を否定したものがあり(東京地方裁判所 平成6年9月27日判決)、他方、自ら自動車を運転して出張先に赴いた事案で労働時間性を肯定したものがあります(大阪地方裁判所 平成22年10月14日判決)。

このように、出張先に移動する時間については、業務としての性格の程度によって判断が分かれているものと思われます。
そのため、出張先への移動中に、車の運転を含め何らかの作業をさせる場合には、労働時間に該当するものとして運用することをお勧めします。

労働時間を曖昧にしていた場合のリスク

労働時間の範囲が曖昧だと、企業が把握している時間と法的な労働時間に差異が生じ、未払い残業代が発生するおそれがあります。また、36協定で定めた残業時間を超え、違法となる可能性もあります。

未払い残業代や36協定違反については、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」を科せられる可能性があるため十分注意が必要です。
また、労働基準監督署から助言・指導・勧告を受けたり、企業名が公表されたりするリスクもあります。

労働時間を適正に把握するために企業がすべきこと

企業は、以下のような方法で従業員の労働時間を適切に管理する必要があります。

  • タイムカードやパソコンの使用時間など、客観的な方法で従業員の始業・終業時刻を管理すること
  • 労働時間の記録に関する書類(タイムカードの打刻履歴や賃金台帳)は5年間保管すること

やむを得ず自己申告制にする場合、業務の実態と労働時間に乖離がないかチェックしましょう。

また、始業・終業の定義を明確にし、従業員に周知することでで、従業員も自らの労働時間を把握・管理することができます。例えば、オフィスに入室したときなのか、パソコンを立ち上げたときなのかなどによっても多少労働時間に差異が生じるため、明確にしておくことをおすすめします。

労働時間の該当性について争われた判例

事件の概要

労働時間該当性について争われた判例をご紹介します。事案の概要は以下のとおりです。

Xらは、午前の始業時間前に、

① 所定の入退場門から事業所内に入って更衣所まで移動し
② 更衣所等において作業服及び保護具等を装着して準備体操場まで移動し、午前の就業時刻後に
③ 作業場または実施基準線から食堂等まで移動し
④ また、現場控所等において作業服および保護具の一部を離脱するなどし、午後の始業時刻前に
⑤ 食堂等から作業場又は準備体操場まで移動し
⑥ また、脱離した作業服および保護具を再び装着し、午後の就業時刻後に
⑦ 作業場または実施基準線から更衣所まで移動し、作業服および保護具を脱離し
⑧ 手洗い、洗面、洗身、入浴を行い、その後に
⑨ 通勤服を着用し
⑩ 更衣所から入退場門まで移動して事業所外に退出した
⑪ また、Xらの一部は、午前ないし午後の始業時刻前に副資材や消耗品等の受け出しをし、また、午前の始業時刻前に散水を行った

Xらは、①~⑪の行為について、労基法上の労働時間に該当するものとして、使用者に対し割増賃金の支払を求めました。【平7(オ)2029号 最高裁判所 平成12年3月9日(民集54巻3号801頁)】

裁判所の判断

裁判所は以下のように判断しました。

① 労働基準法32条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。

② そして、労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される。

③ Xらは、Yから、実作業に当たり、作業服及び保護具等の装着を義務付けられ、また、右装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたというのであるから、右装着及び更衣所等から準備体操場までの移動は、Yの指揮命令下に置かれたものと評価することができる。また、Yらの副資材等の受出し及び散水も同様である。さらに、Yらは、実作業の終了後も、更衣所等において作業服及び保護具等の脱離等を終えるまでは、いまだXの指揮命令下に置かれているものと評価することができる。

ポイント・解説

どのような時間がはたして労働時間にあたるのかについて、法律上明確にはされていません。そのような中、本判例では、労基法上の労働時間について
・労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間 であると判示しました。
そして、業務の準備行為が労働時間に該当するか否かについて
事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、特段の事情のない限り…労働基準法上の労働時間に該当すると解される と判示し、所定労働時間外の業務の準備行為であっても、それを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、原則として労働時間に該当することを明らかにしました。

労働時間の範囲に関するよくある質問

健康診断にかかった時間は労働時間とみなされますか?

健康診断は大きく2種類に分けられ、それぞれで健康診断にかかった時間が労働時間とみなされるか、捉え方が異なります。以下の表に違いをまとめましたので、ご覧ください。

一般健康診断 ・職種に関係なく、労働者の雇入れ時と、雇入れ後1年以内ごとに一回、定期的に行う健康診断
・一般的な健康確保を目的として事業者に実施義務を課しているため、業務遂行との直接の関連において行われるものではなく、受診のための時間についての賃金は労使間の協議によって定めるべきものとなる
※円滑な受診を考えれば、受診に要した時間の賃金を事業者が支払うことが望ましい
特殊健康診断 ・法定の有害業務に従事する労働者が受ける健康診断
・業務の遂行に関して、労働者の健康確保のため当然に実施しなければならない健康診断であり、特殊健康診断の受診に要した時間は労働時間となる
受診のための時間について賃金の支払いが必要

取引先との会食や接待の時間も労働時間とみなされますか?

単なる懇親が目的であり、参加を強制されることもない場合には、労働時間と判断される可能性は低いでしょう。
もっとも、企業が接待への参加を強制していて、顧客との業務に関する打ち合わせや契約を主な目的としている場合には、接待の時間が労働時間と判断される可能性は高いでしょう。

従業員が自発的に早出をしている場合、その時間も労働時間とみなされますか?

残業時間については、使用者が残業を命じた場合だけでなく、残業を黙認していた場合も労働時間に含むとされています。そのため、従業員が自発的に早出残業していた場合も、それを禁止したり注意したりしていなければ残業代が発生する可能性があります。

ただし、業務上必要のない早出(通勤ラッシュを避けたい、早起きしても自宅でやることがない等の理由による早出)については、使用者の指揮命令下にあるとはいえないため、労働時間には含まれないと考えられます。

労働時間の範囲に関するお悩みは、労務分野を得意とする弁護士にご相談下さい

労働時間に含まれるかどうかは、過去の裁判例なども踏まえて個別的に判断する必要があります。そのため、労務問題の知識や経験豊富な弁護士に相談することをおすすめします。

弁護士であれば、労働時間の範囲だけでなく、労働時間の管理方法についても法的にアドバイスすることができます。企業の規模や実態に応じた適切な方法を導入することで、スムーズな運用が期待できるでしょう。

弁護士法人ALGは企業側の労務問題に特化しているため、事業主のお悩みにしっかり寄り添うことが可能です。労働時間の範囲についてお困りの方は、ぜひお気軽にご相談ください。

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執筆弁護士

弁護士 髙木 勝瑛
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士髙木 勝瑛(東京弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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