監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
使用者が、労働者に不利益に労働条件を変更しようとする場合には、原則、労働者の同意が必要になります。労働者の同意を得るとは具体的にどのような手続きなのか、必ず個々の労働者から同意書を取得しなければならないのかなど、実際に何をすればよいのか不明確な事も多いでしょう。
そこで、本稿では、労働条件の不利益変更の基本的な進め方について、解説します。
目次
労働条件の不利益変更と基本的な手続きの進め方
労働条件とは、会社(使用者)と従業員(労働者)との間の約束、法的に言えば、両者間で締結された労働契約の内容です。
それゆえ、労働契約の内容たる労働条件を変更するためには、原則として両者間の合意が必要となります。
労働条件の不利益変更について、詳しくはこちらも併せてご覧ください。
同意を得て不利益変更する方法
労働者に不利益に労働条件を変更しようとする場合には、「原則」、労働者の同意が必要になります。
つまり、「例外」として同意を得ずとも労働条件の不利益変更を行う手法もあるのです。この「例外」は後述することとし、まずは「原則」である労働者の同意を得る手続きについて見ていきましょう。
従業員個別に同意を得る「個別的同意」
労働条件の不利益変更は、使用者と労働者の労働契約の内容を変更することですので、その契約の当事者から同意を得ることが原則形態となります。つまり、使用者は個々の労働者との間で、それぞれ1個の労働契約を締結しているため、労働条件が変更される全ての労働者の同意が必要になるということです(労働契約法8条)。
労働者が少ない会社や、後述する規則や協約の整備が十分でない会社では、この個別的同意を得る方法も、現実的かつ必要な手続きといえます。
この個別的同意を得る際に最も重要なのは、「労働者が自由な意思に基づいて同意をし、そのことが客観的に明らかといえる同意書を取得すること」です(書面の内容として、労働者が不利益変更に同意したものであれば、書面のタイトルは「同意書」でなくとも問題ありません。)。
労働条件の不利益変更の同意に関しては、判例上、使用者からの労働条件の不利益変更の提案に対して、労働者が単に「Yes」と言えばそれで同意がある、とはならず、それが「労働者が自由な意思に基づいて同意をしたことが客観的に明らか」でなければ、有効な同意とはいえず、不利益変更が認められません。
具体的には、「不利益の内容」を具体的に説明し、その説明を書面にし、その説明が記載された書面に労働者の署名捺印をもらう必要があります。使用者側にとって最も安全な方法としては、労働者に自分がどれだけの不利益を受けるかを明確に認識させたうえでその同意を得る、というものです。
より詳細な具体例を挙げるとすれば、賃金や退職金の算定をする際の係数や率を変更する不利益変更を行う場合、個々の労働者において、これまでと比較していくらの減額になるのかを労働者に対して具体的に示したうえで、その労働者から同意書を得ることができれば、労働者は自らの受ける不利益を明確に認識し、そのうえで同意をしたと客観的な証拠をもって言えることとなります。
必ずしもここまで具体的な説明をしなければならないというわけではありませんが、特に賃金や退職金等、労働者にとって重要な労働条件の変更については、具体的な数字を示しての説明も、決して「やりすぎ」ではありません。
労働組合の同意を得る「包括的同意」
次に、個々の従業員の同意を得ない「例外」を見ていきます。
まず、1つ目の「例外」は、会社内に労働組合が存在する場合に、その労働組合の同意を得る、すなわち、労働協約を締結することです。
使用者が労働組合との間で、書面に署名又は押印することで適法に労働協約を締結した場合、その労働協約は、当該労働組合に所属する組合員の労働条件に反映されます(労働組合法14条)。
さらに、当該労働組合が、事業場の労働者の人数の4分の3以上が加入しており、労働協約がそれらの組合員の労働条件に反映された場合、原則として、残りの非組合員にも当該労働協約の効力が及ぶことになります(労働組合法17条)。
このように、個々の労働者から同意を得ずとも、労働組合からの同意を得ることで、組合員はもちろん、非組合員の労働条件を変更させることが可能となります。
ただし、この際注意が必要な点は、非組合員にも労働協約の効力が及ぶことを奇貨として、非組合員にだけ殊更に不利益を負わせるような、狙い撃ちのような労働協約は、例外的に非組合員へ効力が及ばないこととなり得るでしょう。
会社に労働組合がある場合の労働条件の不利益変更について、こちらでも解説していますので、併せてご覧ください。
従業員や労働組合の同意が無効になるケースとは
労働条件を労働者にとって不利益に変更し、後になって労働者から労働審判を起こされて「同意はしていない」、「説明不足であるから同意は無効だ」と主張され、それに対して使用者側から有効に反論ができなければ、労働者から同意を得ても、何の意味もありません。
労働者としては、労働審判や裁判の際には、まずは「同意は無効だ」と主張すれば足り、これに対して使用者が「同意は有効だ」と反論できなければ、使用者側が負け、労働者側が勝ってしまいます。
上述のように、労働条件の不利益変更、特に、賃金や退職金の減額については、労働者に重要なものゆえ、労働者がどれだけの不利益を受けるかを明確に認識したうえで、その同意を得る必要があります。
つまり、使用者側で、「この労働者は、今回の労働条件の変更による不利益について十分説明を受けたし、納得のうえで同意した」と証明できなければ、労働審判や裁判で負けてしまう可能性があるということです。
では、どうしたら使用者側の反論を証明できるのでしょうか。
不利益変更の同意を得たら「同意書」を作成すべき?
労働審判や裁判は、書面の存在を、証拠として非常に重視します。
労働者からの「同意は無効である」との主張に対して、使用者側から「労働者が受ける不利益について説明し、そのうえで同意書に署名していることから、真意に基づいた同意であり、有効である」と反論するために、労働者から同意書を取得することは、必須でしょう。
同意書には、労働条件がどのように変更されるのか、そして、その変更により労働者が受ける不利益は具体的にどのようなもので、どの程度のものかについて記載し、末尾に「私は上記説明を受けて、私が受ける不利益の内容を理解したうえで、真意に基づき同意します」等と労働者の署名欄のすぐ上に記載するとよいでしょう。
もちろん、同意書へ署名させるだけでなく、実際に口頭でも説明をした方がベターです。
なお、労働組合との労働協約については、書面によることと、労使の署名もしくは記名捺印が必須となります。
従業員の同意を得ずに就業規則を変更する方法
これまでは、個々の従業員もしくは労働組合の同意を得る方法を見てきました。
次に、個々の従業員から同意を得ない「例外」の2つ目であり、労働組合の同意も取得しない、一方的に労働条件の不利益変更を行う方法である、就業規則を変更することによる労働条件の不利益変更について見ていきましょう。
この方法は、同意を得ない以上リスクもありますが、軽微な不利益変更である場合等には、実用性も十分あります。
就業規則を変更することによる労働条件の不利益変更に必要なのは、「労働者への周知」と、「就業規則の変更の合理性」の2つです(労働契約法10条本文)。
まず、「労働者への周知」については、いわゆる「実質的周知」(労働者が知ろうと思えば知ることのできる状態にしておくこと)で足ります。具体的には、労働者が就業規則を確認したいと思った時にアクセスできるよう、社内の鍵のかかっていないキャビネットに保管し、その旨を労働者に伝えること等が考えられます。
ただし、「実質的周知」にとどまらず、例えば労働者に対する実際の説明や、意見聴取、就業規則の労基署への届出等を行うことは、次に見ていく「就業規則の変更の合理性」において、プラスに働くため、それらの手続きを行う方がベターといえるでしょう。
次に「就業規則の変更の合理性」については、以下のような事項を総合的に検討します。
- 不利益の程度(必要性のために相当な範囲内での不利益であり、不利益が大きすぎないこと)
- 不利益変更を行う必要性(使用者側の事情として、例えば経営不振等)
- 変更内容の相当性(他の労働者や同業他社と比べて不利なものとなっていないか、一方的に不利益を押し付けないよう代替措置や経過措置が設けられているか等)
- 労働者や労働組合の説明や必要な手続きの履践がなされているか 等
同意や変更した就業規則の合理性等がないまま不利益変更をした場合の罰則
これまでに見てきた、個々の労働者の同意、労働組合の同意(労働協約)、就業規則の変更における合理性等がないまま労働条件を変更したとしても、罰則は特段ありません。
ただし、そのような労働条件の不利益変更は、その有効要件を満たしていないため、労働条件は変更されず、従前の労働条件のままとなります。罰則はないものの、変更したい労働条件が維持されない点に注意が必要です。
不利益変更の手続きを適正に進めるには
労働条件の不利益変更を行うには、原則として労働者の同意を得ることが必要です。
就業規則の変更による労働条件の不利益変更については、合理性の判断が、たとえ弁護士や裁判官であっても意見が分かれ得る難しい問題であるため、一定のリスクは避けられないでしょう。
このリスクを最小限に減らしつつ、会社の希望をできる限り実現するには、労務について経験豊富な弁護士の力を借りることも有用です。
労働条件の不利益変更に関する判例
今回は、退職金の不利益変更に関する【大阪高等裁判所 平成22年3月18日判決、協愛事件】のうち、労働者側の同意が真意に基づくものであったか否かについての判示に着目してみましょう。
事件の概要
「協愛事件」は、使用者側が就業規則を数回にわたって改訂し、最終的に退職金規定を廃止したことを受け、労働者側から就業規則の変更が無効であるとして、会社に対して退職金支払請求がなされたという事案です。
変更前の就業規則では、退職金に関して支給対象者や支給額を定めていたのみでしたが、変更後の就業規則では、「ただし、会社の業績によっては、退職金を支給しないこともある」旨規定されていました(なお、更にその後の就業規則の改訂により、最終的には「退職金は支給しない」旨規定されることとなりましたが、この点については便宜上本稿で取り上げないこととします。)。
裁判所の判断
裁判所は、様々な事情を考慮して労働者の真意に基づく同意が得られていないと判示し、就業規則の変更は無効であり、原告の退職金請求を認容しました。
本件では、特に次の点を重視して、真意に基づく同意が認められないと判示したものと思われます。
すなわち、本件においては、退職金に関する就業規則を改訂し、従前と比べて退職金の額を減額するのみならず、「会社の業績によっては、退職金を支給しないこともある」旨規定されていました。
裁判所は、この「会社の業績によっては」という部分が具体的にどのような場合を指すのかが明らかでなく、会社が恣意的に退職金を支給しない可能性もありうること等から、使用者側としては、労働者に対して、最悪の場合、退職金を支給しないことがあるという点を具体的かつ明確に説明するべきであったとしました。
そして、本件において使用者側がこの説明を行ったと認めるに足りる証拠がないとして、他の事情も併せて鑑みると、労働者の真意に基づく同意が得られていない旨、判決で示されました。
ポイント・解説
「協愛事件」では、使用者側の供述、すなわち、証人尋問における証言が証拠として検討されていることから、同意書のような労働者の同意が明確に示されている書面が存在しなかったものと思われます。
もし仮に、使用者側が労働者から適切な同意書を取得していたとすれば、退職金請求の認容という結論が変わったかもしれません。また、同意書を得られなかった場合であっても、労働者側と協議を行うほか、不利益の内容について十分な説明をする等、適切な対応を行っていれば、同じく結論は変わり得たものと思われます。
本判決からも、労働条件の不利益変更においては、同意書の存在や、不利益の内容の説明が、非常に重要であることがわかります。
不利益変更は慎重に進める必要があります。まずは弁護士にご相談ください
会社が自らの判断で労働条件の不利益変更を行い、その際、労働者から同意書を取得せず、または、取得しても形式的な同意書であった場合、「協愛事件」のように、労働者側から多額の金銭的請求を受ける可能性があります。
労働条件の不利益変更は、労働者はもちろん、使用者側にとっても重大な労務問題であり、入念な準備が必要です。取り返しのつかない事態を防ぐためにも、労務問題について経験豊富な弁護士に、まずは相談してみることをおすすめします。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 弁護士中村 和茂
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある