会社分割における労働者との協議(5条協議)について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
会社分割では、労働者の理解と協力を得ることが欠かせません。きちんと説明しないまま組織再編を行うと、労働者の不信感やモチベーション低下を招く可能性があります。また、それによって離職者が増え、経営難が深刻化するおそれもあります。
そこで、会社分割前における商法等改正法附則5条に規定する協議がとても重要です。5条協議は、労働契約の引継ぎについて労働者と“個別に”話し合う手続きであり、会社はこれを行う義務があります。
また、実施時期や協議事項にも定めがあるため、適切な手順を理解することが求められます。
本記事では、会社分割における5条協議について詳しく解説していきます。スムーズに手続きを進められるよう、しっかり押さえておきましょう。
目次
会社分割における労働者との協議(5条協議)
分割会社は、あらかじめ対象労働者と労働契約の承継について協議することが義務付けられています(商法等改正法附則5条)。
これは5条協議といわれ、会社分割によって影響を受けるすべての労働者と“個別に”協議を行います。また、労働者に会社分割の概要を通知すべき日(通知期限日)までに実施することが必要です。
また、分割会社は、労働者の意見を踏まえたうえで、労働契約承継の有無や程度を判断しなければなりません。なお、この判断に労働者の合意は必要ありませんが、5条協議を怠ると当該承継が無効になる可能性があるため注意が必要です。
では、5条協議の概要を詳しくみていきましょう。
労働契約の承継については、以下のページでも解説しています。承継のルールや注意点を取り上げるので、併せてご覧ください。
5条協議を実施する趣旨
5条協議は、労働契約の承継について本人の意思を尊重し、保護を図るための手続きです。具体的には、「承継会社に移動するか、又は分割会社に残留するか」の選択肢を提示し、本人の意向を確認します。
労働者は会社分割の決定に異議を申し出ることはできませんが、5条協議によって、自身の労働契約については意思表示できることになります。
そのため、会社は当人に十分な説明を行い、検討の余地を与えることが求められます。
5条協議の対象となる労働者
5条協議の対象となるのは、以下の労働者です。
- 承継事業に主として従事している者(主従事労働者)
- 承継事業に従事していないが、分割契約等で労働契約を承継する旨の定めがある者(承継非主従事労働者)
また、「主として従事している者」の判断基準は、次のように定められています。
- 分割契約作成日時点で判断すること
- 一時的に他部署で勤務しているが(応援勤務など)、その後承継事業に戻る予定がある場合、主従事労働者に含まれる
- 間接部門で複数の事業に従事している場合、それぞれに従事する時間や役割を総合的に考慮し、主従事事業を判断すること
- 間接部門で、主従事事業を判断できない者は、当該労働者を除いた労働者の過半数が承継対象となるとき、主従事事業労働者となる
代理人の選定
労働者は、5条協議において代理人を選定することができます。もっとも、以下の者は両当事者の代理人となるため、選ぶことができません。
- 分割会社の代理人
- 分割会社の管理・監督的立場にある者
労働者が代理人を選定した場合、会社は代理人と誠意をもって協議する必要があります。
なお、協議に関する権利義務は代理人に一任されるため、委任後に労働者の事情を適用することはできません。例えば、労働者は自身が知っていた事柄について、代理人が知らなかったと主張することはできません。また、労働者の過失によって把握できなかった事柄についても同様です。
労働組合を代理人に選定する場合
協議の代理人として、労働組合を選ぶことも可能です。この点、選定方法に特段の規定はないため、労働組合に直接委任状を提出したり、組合集会で合意を得たりして委任するのが一般的です。
ただし、5条協議は本来労働者と“個別に”協議する手続きなので、労働者自身が参加を求めたときは、本人の意思を尊重する必要があります。
また、協議中の労使トラブルを防ぐため、労働組合に委任されている範囲を明確にしておくことも重要です。
なお、5条協議を行っても、労働組合の団体交渉権は守られます。したがって、会社は、5条協議を行ったことを理由に、労働契約の承継に関する団体交渉の申入れを拒否することはできません。
また、団体交渉の申入れがあった場合、会社は誠実に対応することが義務付けられています。
5条協議で協議する事項
会社は、以下の事項について、該当の労働者に対し、十分な説明を行い協議することが求められます。
説明事項
- 会社分割後に、当該労働者が勤務する会社の概要
- 会社分割後における、分割会社及び承継会社の債務履行の見込みについて
- 「承継事業に主として従事する者」の判断基準
特に、債務履行の見込みは詳しく説明する必要があります。
例えば、赤字事業と共に承継会社へ移る労働者や、不採算事業と共に分割会社に残る労働者は、その後の給与やボーナスがきちんと支払われるか不安を伴います。
そのため、会社は債務履行の見込みの有無にかかわらず、正しい説明を行うことが重要です。
協議事項
- 当該労働者の労働契約を承継するかどうか
- 承継する場合又はしない場合に、当該労働者が従事することになる業務内容・勤務地・就業形態など
また、承継対象外の労働者についても、会社分割によって業務内容が変わる(担当業務が減るなどの)場合、その旨を個別に伝えるのが望ましいとされています。
5条協議の実施時期・実施期間
5条協議は、労働者に会社分割の要綱を通知すべき日(通知期限日)までに実施する必要があります。
また、通知期限日は以下のとおり定められています。
- 株式会社で株主総会を要する場合、分割契約等を承認する株主総会の日の15日前
- 株式会社で株主総会が不要な場合、分割契約等を締結又は作成した日から2週間
- 合同会社の場合、分割契約などを締結又は作成した日から2週間
したがって、会社は上記期限までに5条協議を行わなければなりません。
なお、これは5条協議の“開始時期”を定めたものですが、協議が難航することも十分あり得ます。そのため、会社は時間的余裕をもって協議に着手すべきでしょう。
合意の要否
5条協議では、労働契約の承継について必ずしも本人の合意を得る必要はありません。
ただし、労働者の意見を踏まえたうえで判断しなければならないため、十分な説明・協議は欠かせません。
また、合意に至った場合、後のトラブルを防ぐため合意書を取り交わすことをおすすめします。
5条協議を実施しなかった場合
5条協議が全く行われなかった場合、又は協議の内容が著しく不十分である場合、労働者は労働契約の承継の効力を争うことができるとされています。つまり、適切な方法で協議を行わないと、労働契約の承継が無効になるおそれがあるということです。
ただし、これは個別の労働契約に関するルールであり、必ずしも会社分割の効力そのものが否定されるわけではありません。
また、協議の適正性の判断基準は、「協議事項が合理的であること」や「労働省が告示する指針に沿っていること」などが挙げられます。
もっとも、指針の内容を遵守しつつ、実態に即した協議事項も組み込むことが重要です。
労働者保護ための手続き
5条協議のほか、労働者保護を図るための手続きとして7条措置があります。
7条措置は、会社分割について労働者の理解・協力を求めるための手続きです。また、承継対象者だけでなく、分割会社に雇用されるすべての労働者が対象となります。
具体的には、過半数労働組合(又は過半数代表者)と協議し、会社分割に至った背景や債務履行の見込み、承継対象者(主従事労働者)の判断基準などを説明します。
また、7条措置や5条協議の終了後、分割会社は労働者へ会社分割の要綱を通知することが義務付けられています(2条通知)。
7条措置や2条通知の詳細は、以下のページをご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある