歩合制+固定給と完全歩合制の違いと残業代について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
このページでは、給与体系のひとつである【歩合制(ぶあいせい)】の導入を検討するにあたって、あらかじめ会社が把握しておくべきことについて解説していきます。
具体的には、
・成果が出ない労働者の給与の支払いは不要か?
・労働者に「完全歩合制」を適用することはできるのか?
・成果に応じた給与なら、残業代は発生しないか?
といった疑問にお答えしていきます。
給与体系の変更には、労働者の理解が不可欠です。運用を誤ると違法になってしまうリスクがあるため、【歩合制】の導入が会社・労働者の双方にとって有益なものとなるよう、理解を深めていきましょう。
目次
歩合制とは
歩合制とは、個人の業績・成果に応じて給与を支払う給与体系のことです。
営業成績等によって給与が変わる「成果報酬型」の給与制度であり、例えば“売上額の●%分”、あるいは“契約1件につき●円”といった契約は歩合制です。
「出来高払制」や「インセンティブ制」などと言われる制度も、この【歩合給制】のことを指します。
歩合給と固定給の違い
歩合給の対義語として「固定給」があります。固定給とは、成果にかかわらず給与が一定である給与制度です。
歩合給と固定給は、歩合給が労働者の成果に応じて変動するのに対し、固定給はほとんど変動しないという違いがあります。
それぞれの定義を、次の表にまとめたのでご覧ください。
歩合給 | 仕事の出来高や業績に応じて賃金を支払う制度であり、固定給と組み合わせて用いられることもある。 |
---|---|
固定給 | 従業員が一定時間働いた対価として、企業が一定の賃金を支払う制度であり、ベースアップや昇給がなければほとんど変動しない。 |
歩合制が採用されやすい職種
歩合制が採用されやすい職種として、次のものが挙げられます。
- 不動産の営業職
- 保険の営業職
- 自動車販売の営業職
- ファンドマネージャー
- MR(医薬品情報担当者)
- タクシードライバー
- トラック運転手
- 理美容師
- エステティシャン、ネイリスト
- アパレル店員
- フリーランスのデザイナー及びライター
これらの職種で歩合制が多いのは、成果が売り上げに結びつきやすく、各労働者の成果が分かりやすいからです。
歩合制の種類
歩合制は、“必ず支払う給与”である固定給の支払いがあるか否かによって、「固定給+歩合給」と「完全歩合制」の2種類に大別することができます。
この2種類の制度を、順に確認していきましょう。
固定給+歩合給
「固定給+歩合給」は、決められた時間の労働に対して必ず支払う固定給に加え、成果に応じた金額の歩合給を支払う仕組みで、営業職や販売職などの職種で多く採用されています。
もっとも、支給額を占める固定給と歩合給の割合は、会社によって異なります。
例えば、固定給の割合が高い場合は、労働者にとって、業績が良かったときの見返りは少ないものの、毎月の支給額は比較的安定します。他方で、固定給の割合が低い場合は、業績が良ければその分支給額が増えますが、業績が下がったときにも支給額に影響するため、大幅な減額となり得るリスクがあります。
完全歩合制
「完全歩合制」は、固定給が一切なく歩合給のみが支払われる仕組みで、「フルコミッション制」と呼ばれることもあります。たとえ1日に何時間働いたとしても、全く成果に繋がらなかった場合には給与は支払われない、つまり“無給”ということになります。
「完全歩合制」は、会社と雇用契約を結ぶ労働者を対象に適用することはできず、会社と業務委託契約を結ぶ個人事業主が対象となることが考えられます。個人事業主ではなく、雇用している労働者に「完全歩合給」を適用すると違法になってしまいます。
完全歩合制の違法性
雇用している労働者に完全歩合制を適用することは、労基法27条に定められている「出来高払制の保障給」が支払われないため違法です。
「出来高払制の保障給」は、各都道府県で定められている最低賃金を下回らないことが絶対の条件ですが、同じ会社に勤めている他の社員の平均的な賃金と比較して60%以上を保障することが求められていると考えられます。
完全歩合制が適用できるのは労働基準法が適用されない者だけであり、個人事業主(フリーランス)が企業と業務委託契約を結ぶ場合だけ適用可能です。
正社員だけでなく、契約社員・アルバイト・パートなどの非正規労働者についても、雇用契約を締結した労働者であることに変わりありません。そのため、労働基準法が適用されることから、完全歩合制を強いるのは違法となります。
労働基準法
(出来高払制の保障給)第27条
出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない。
歩合制の賃金保障
歩合制が適用される労働者について、賃金が極端に低額になることを防止するため、労働基準法や最低賃金法によって、生活を保障するための給与を支払わなければなりません。
生活を保障する給与について、以下で解説します。
保障給の適正額
雇用している労働者には、労基法27条により保障給を支払わなければなりません。保障給の金額は、会社内で通常の労働者が受け取っている平均賃金の60%以上が望ましいと考えられています。
保障給を支払わなければ30万円以下の罰金に処せられるおそれがあります。
出来高払いの保障給について、さらに詳しく知りたい方は、こちらのページを併せてご覧ください。
最低賃金の適用
歩合制の労働者についても、雇用しているのであれば最低賃金が適用されます。最低賃金とは、「最低賃金法」によって都道府県ごとに定められている最低限の時給です。
支払われている給与のうち基本給にあたる部分を時給に換算した金額が、最低賃金を下回っていると違法になってしまいます。「固定給+歩合制」による給与が支払われている労働者について、固定給は低額に抑えられているケースが多いため、歩合給がほとんどないときに最低賃金を下回ってしまうリスクがあり注意が必要です。
最低賃金を下回る保障給しか支払わなければ、50万円以下の罰金に処せられるおそれがあります(最賃法40条)。
最低賃金について、さらに詳しく知りたい方はこちらのページをご覧ください。
歩合制のメリット・デメリット
歩合制のメリットとデメリットについて、以下で解説します。
メリット
歩合給制のもとでは、仕事の成果を上げた分だけ、つまり、実力次第で給与額を上げることができます。
頑張った労働者にきちんとインセンティブがつきますから、労働者が高いモチベーションを持って仕事に取り組んでくれることが期待できます。
また、歩合制の労働者はなるべく短時間で成果を出そうとすることが多いため、生産性が上がると考えられます。これにより、無駄に引き延ばした労働時間に対して残業代を支払うことが少なくなります。
デメリット
労働者の理解をきちんと得られないまま歩合給制を導入すると、収入が安定しないために、優秀な人材から離職者が出てしまうおそれがあります。
また、歩合制は、個人の成果をベースとして給与を決定する仕組みであるため、チーム内に個人プレーに走る労働者が出ると、良好なチームワークを築きにくくなってしまうケースも生じるおそれがあります。
そして、なかなか成果を上げられない労働者は、長時間労働によって成績を上げようとする傾向があります。そのため、きちんと労務管理をしなければ、過労を原因とする労災が発生するリスクが高まります。
歩合制の給与の決め方
歩合制による給与の決め方として、主に次の4つの方法があります。
- 【売上金額連動】
“売上の●%を歩合給とする”といったように、個人の売上に連動したもっともシンプルな給与額の決定方法です。 - 【利益金額連動】
個人あるいはチームの売上に対する利益(粗利等)に連動した給与額の決定方法です。 - 【目標達成】
“売上●円に達した場合に△円を支給する”のように、定めた目標への達成率などに応じて給与額を決定する方法です。 - 【ポイント式】
業績のステージごとにポイント設定したり、利益の大きさや難易度の高い項目に高ポイントを設定したりと柔軟性のある基準を用いて、労働者の獲得ポイントに応じて給与額を決定する方法です。
歩合給の相場
歩合給の相場は、会社によって異なります。
一般的な営業職の場合、売り上げ目標(ノルマ)を上回った分の10%~20%程度である場合が多いです。
また、不動産業界や保険業界において、売り上げの20%程度を歩合給にしている場合があります。ただし、これらの業界では完全歩合制(業務委託契約)であるケースが少なくないことに注意しましょう。
歩合制の残業代
歩合給を導入しても、いわゆる「残業代」は発生します。
そして、法定労働時間(1日8時間、1週間40時間)を上回る労働時間については、時間外労働割増賃金として、通常の1.25倍以上の賃金を支払わなければなりません。
ただし、賃金に固定給と歩合給がある場合には、固定給部分は時価単価の「1.25倍」、歩合給部分は時価単価の「0.25倍」と、割増率が異なるので注意しましょう。
なお、歩合給を支払っていると、その歩合給に残業代が含まれていると解釈して運用されているケースがありますが、歩合給と残業代は別物であり認められません。
そのため、実態としては残業代を支払っていないことになってしまい、未払い残業代を請求されるおそれがあります。
歩合制の有給休暇
歩合制の労働者についても、雇用しているのであれば有給休暇を付与しなければなりません。ただし、完全歩合制の労働者は雇用していないため、有給休暇を付与する必要はありません。
歩合制の労働者が有給休暇を取得した場合には、次の2通りの計算方法のどちらかを用いることになります。
①直近の3ヶ月における賃金の合計額を暦日数で除することにより、1日あたりの賃金を計算する方法
②社会保険料の標準報酬月額を30で除することによって算出した日額を用いる方法
例えば、①の方法であれば、4月~6月に91万円の賃金を受け取った労働者が7月に1日だけ有給休暇を取得したとき、その有給休暇について1万円の賃金を支払うことになります。
②の方法であれば、標準報酬月額が30万円の労働者が1日だけ有給休暇を取得したとき、その有給休暇について1万円の賃金を支払うことになります。
歩合制の導入方法
歩合制を導入する手続きは、主に次のような手順で進められます。
- 就業規則にルールを定める
新たな給与体系の導入には、就業規則の変更が必要になります(労基法89条2号)。就業規則の変更手続きには、“労働者の過半数代表の意見を聴く”という工程を挟みます。
就業規則には、歩合給の支払基準や、保障給の水準等について定めます。 - 労働者に個別の合意を得る
歩合給制に移行後の労働条件は、労働者ごとに合意を得るのが望ましく、個別の合意が得られない場合は、その労働者に対して、基本的には歩合給制を適用することができません。
また、給与体系を変更する場合は改めて労働契約を結ぶことが望ましいでしょう。
就業規則の意義や定めるべき事項など、就業規則の基礎知識について確認したい方は、こちらのページをご覧ください。
労働条件の不利益変更について
歩合給制を導入したことで給与が減少する労働者がいる場合、「労働条件の不利益変更」に該当するおそれがあります。
労働者にとって重要な労働条件である給与について変更が生じる際には、基本的に労働者ごとに同意を得るべきでしょう。
また、形式的には同意を得ていたとしても、次のような場合には有効と認められません。
- 会社側が威圧したために同意せざるを得ない状況だった
- 総人件費が大幅に下がった等、歩合給制の運用ルールが極めて会社側に有利である
- 雑な接客をした方が儲かる等、歩合制を導入することが合理的でない状況である
より具体的な解説については、以下のページも併せてご覧ください。
歩合制の社会保険料・税金の取扱い
歩合制の労働者であっても、雇用していれば社会保険に加入させねばならず、源泉徴収も必要になります。
社会保険料や税金について、以下で解説します。
社会保険料の算定
週に20時間以上働いている労働者などは、社会保険に加入する義務があります。ただし、加入義務があるのは雇用されている労働者だけであり、完全歩合制の業務委託契約をしている個人事業主については加入する義務がありません。
社会保険料を算定するための基準となる“標準報酬月額”には、固定給部分だけでなく、歩合給部分も含めます。したがって、歩合給が高額であるほど社会保険料も高くなります。
標準報酬月額は、基本的に、毎年4月から6月の3ヶ月間の給与平均額を基礎として計算されており、その年の9月から8月までの1年間の社会保険料に反映される仕組みです。
つまり、4月から6月の3ヶ月の歩合給部分が高額であると、以降1年間の社会保険料も高くなります。7月以降の給与の変動は、固定給の変動でなければ社会保険料が調整されることはないため、7月以降に歩合給部分の支給額が減少すると、社会保険料の負担が重くなるおそれがあるため注意しましょう。
税務上の取扱い
歩合給制の対象となる者に支払っている報酬が、税務上の“給与””にあたるのか、それとも“外注費”にあたるのかで、取扱いに違いが出てきます。
この2つは、主に次のように区別することができます。
給与 | 雇用契約等を結んだ者への仕事の対価 所得税 ⇒ 源泉徴収義務あり 消費税 ⇒ 不課税取引 |
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外注費 | 請負契約等を結んだ者への仕事の対価 所得税 ⇒ 源泉徴収義務なし 消費税 ⇒ 課税仕入取引 |
雇用契約を結んだ労働者への給与は税務上でも“給与”として扱われますが、業務委託契約を結んだ個人事業主などへの報酬は“外注費”として扱われることになります。
給与を支払っているのであれば、社会保険料を負担しなければならず、所得税の源泉徴収を行う義務も発生します。
一方で、外注費を支払っているのであれば、社会保険料は発生せず所得税の源泉徴収も行わなくて良くなります。ただし、消費税を支払う義務が生じます。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある