年俸制における残業代の支払い義務や計算方法について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
年俸制は、個人の業績によって年間の給与額を決定する給与体系です。成果主義に近いため、導入する企業も増えています。
一方、「年俸制でも残業代は支払うのか?」と疑問に思う方もいるでしょう。この点、年俸制でも基本的に残業代は発生しますし、割増賃金も適用されます。ただし例外もあるため、さまざまなケースを想定しておくことが必要です。
本記事では、年俸制における残業代の計算方法や、例外となるケースなどを解説していきます。
目次
年俸制における残業代の支払い義務
年俸制とは、個人の業績などに応じて、年間の給与支払額をあらかじめ決定する給与体系です。高い成績をあげれば年俸額が上がる可能性も高いので、社員のモチベーションアップにも効果的と考えられます。
年間の給与額が決まっているため、「別途残業代は発生しないのでは?」と思われがちですが、年俸制でも法定労働時間を超えた分は残業代の支払義務が生じます。
時間外労働は、1日8時間、1週間40時間を超えて働いた時間をいい、少なくとも25%の割増賃金の支払いが必要となります。また、休日出勤であれば35%、深夜業であれば25%の割増賃金を少なくとも支払わなければなりません(労働基準法37条、労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令)。
よって、年俸制だからといって、残業代を支払わないことは違法となります。
残業代が発生しない職種・勤務形態と留意点
年俸制であっても、法定労働時間を超えた分は「割増賃金」を支払うのが基本です。
労働条件のルールを定めた労働基準法は、年俸制の労働者にも適用されるためです。
ただし、役職や労働契約の内容によっては、残業代の支給対象外となる労働者もいます。具体的には、以下の4ケースがあげられます。
- 管理監督者(労働基準法第41条第1号)
- みなし残業制(固定残業制)
- 裁量労働制の適用労働者(労働基準法第38条の3、第38条の4)
- 個人事業主
それぞれの特徴について、次項からみていきます。
管理監督者
管理監督者の場合、労働基準法における労働時間・休憩・休日などに関する規定が適用されません。そのため、残業代も支払う必要がないのが基本です(労働基準法第41条第1号)。
ただし、管理監督者でも、「深夜残業」に対する割増賃金は支払う必要があります。
深夜残業とは、22時~翌朝5時の間に勤務することで、通常よりも高い割増率が設定されています。そのため、管理監督者についても労働時間はしっかり管理しましょう。
裁判例上、管理監督者であると認められるためには、「企業において相当の地位と権限が与えられていること」、「労務管理について経営者と一体的な立場にあること」など事情が認められる必要があると考えられています。
そのため、単に役職名や肩書だけでなく、実際の職務内容に基づいて判断することが必要です。
管理監督者の残業代の計算方法については、以下のページもご覧ください。
みなし残業制(固定残業制)
年俸額に、一定のみなし残業代(固定残業代)を含んでおく方法です。この場合、労働契約で定めたみなし残業時間以内の勤務であれば、別途残業代(割増賃金)を支払う必要はありません。
一方、みなし残業時間を超えて勤務した場合、追加で割増賃金の支給が必要となります。
ただし、みなし残業制を用いる場合、残業代がいくらなのか基本給としっかり区別することが重要です。
みなし残業代が含まれていると認識できない場合や、時間外手当の内訳が不明瞭な場合、当該契約が無効となるおそれがあります。
みなし残業制(固定残業制)の詳細は、以下のページで解説しています。
裁量労働制
裁量労働制の労働者には、残業代が発生しない可能性があります。
裁量労働制とは、実労働時間にかかわらず、労使協定等で合意した「みなし労働時間」分の働きをしたものとみなす制度です。つまり、定めた“みなし労働時間”に応じた年俸額を支払うことで足りるため、基本的に残業代は発生しないと考えられます。
ただし、契約上のみなし労働時間が8時間を超える場合、超えた部分については割増賃金を支払う必要があります。
例えば、みなし労働時間が8時間の場合、何時間働いても(法定労働時間を超えても)割増賃金は発生しません。一方、みなし労働時間が10時間の場合、2時間分の賃金は1.25倍の割増率が適用されます。
裁量労働制の厳格な適用要件や、制度導入のメリット・デメリットなど、「裁量労働制」の仕組みについて詳しく知りたい方は、以下のページでご確認いただけます。ぜひこちらも併せてご覧ください。
個人事業主
個人事業主に対しては、残業代が発生しません。
個人事業主とは、個人で事業を営んでいる人(いわゆる自営業者)のことをいいます。労働基準法のルールは、会社と雇用契約関係にある労働者に対して適用されるものですから、個人事業主には適用されません。
また、会社と業務委託契約を結んでいる場合の相手方も、労働基準法上の労働者ではなく個人事業主になりますから、この場合にも、会社は残業代の支払義務を負いません。
残業代込みの年俸の支給方法
年俸に一定のみなし残業代を含んで支給する場合、以下の要素を満たしていることが必要と考えられています。
- ①年俸に残業代が含まれていることが、労働契約の内容からみて明らかなこと
- ②残業代に相当する部分と基本給の部分が、明確に区別されていること
- ③残業代に相当する額が、法定の割増賃金額以上支払われていること
具体的には、就業規則で以下のように明記することが考えられます。
- 年俸額には、1ヶ月あたり○○時間分の時間外勤務手当を含む
- 年俸額には、○日分の休日勤務手当を含む
実際の残業時間がこの範囲に収まれば、別途残業代を支払う必要はないと考えられます。
反対に、実際の残業時間や休日出勤日数がこれを上回った場合、割増賃金の支払いが必要となります。
残業代の計算方法
年俸制における残業代の計算方法は、以下のとおりです。
- 年俸額を12で割って1ヶ月あたりの賃金を算出する
- 「①」を1ヶ月の所定労働時間で割り、1時間あたりの賃金を算出する
- 「②」に割増率と残業時間を掛ける
計算式で表すと、以下のようになります。
1時間あたりの賃金 = 年俸額 ÷ 12 ÷ 1ヶ月の所定労働時間
残業代 = 1時間あたりの賃金 × 割増率 × 残業時間
残業代の計算に関する詳しい解説は、以下のページで解説しています。法定時間外労働、法定休日労働、深夜労働に対する割増率など、ケースごとに解説していますのでぜひご覧ください。
賞与の取扱い
残業代の計算において、賞与は基礎賃金に算入されません。法令上、「臨時に支払われる賃金」と「1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金」に該当する部分は、基礎賃金に含まれないためです(労基則21条4号、5号)。
そのため、年俸額に賞与が含まれるケースでは、賞与分を除外したうえで1時間あたりの賃金(前項の計算式参照)を求める必要があります。
もっとも、賞与の定義は、「支給額があらかじめ確定されていないもの」とされています(昭和22年9月13日発基17号)。
そのため、例えば、「年俸額のうち、16分の1の額を月給として、16分の4を2分割した額を賞与として支給する」といった契約である場合、支給額があらかじめ確定しているため、法的には、賞与とはみなされず、賞与分も基礎賃金に含めることになります。
このように、“賞与”という名称であっても、会社によって取扱いが異なるため注意が必要です。
以下のページでは、年俸制における賞与の支給方法の例について紹介していますので、こちらも併せてご覧ください。
年俸制の残業代における企業対応
年俸制の労働者についても、労働時間の管理は必ず行う必要があります。年俸制でも労働基準法は適用され、法定労働時間を超えて働いた場合は残業代(割増賃金)が発生するためです。
また、労働基準法では「時間外労働時間の上限」も定められており、基本的に月45時間、年360時間までとされています。これを超えた場合、36協定を締結していなければ、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科せられます(労働基準法第119条第1号)。
年俸制でもこの規定は適用されますので、十分注意が必要です。
それぞれ以下のページで解説していますので、ぜひご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある