労働基準監督署の調査│調査対象や流れについて
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
長時間労働や残業代の未払いといった“労働トラブル”は後を絶ちません。そこで、労働者の安心・安全を守るため、労働基準監督署が定期的に企業の調査を行っています。
しかし、企業としては、「調査にどう対応すべきか」「罰則を受けるのではないか」等さまざまなご不安もあるでしょう。
本記事では、“労働基準監督署による調査の流れ”と“企業がとるべき対応”について詳しく解説していきます。きちんと応じないと罰則を受ける可能性もあるため、しっかり確認しておきましょう。
目次
労働基準監督署の調査の目的
労働基準監督署の調査の目的は、「労働者の雇用・賃金・安全・健康を確保すること」です。具体的には、労働基準法・労働安全衛生法・最低賃金法といった労働関係法令に違反していないかを確認し、違反があれば是正させます。
これは、憲法25条の「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という規定に即するものです。労働者の権利を守るには、企業に最低賃金や雇用条件を遵守させ、適切な労働環境を整備させる必要があると考えられています。
労働基準監督署の概要や役割は、以下のページをご覧ください。
労働基準監督署の調査対象
調査対象となるのは、「労働関係法令」で定められた項目です。労働関係法令では“労働条件の最低基準”を定めており、労働基準監督署はこれらが遵守されているかをチェックします。例えば、以下のような調査項目が一般的です。
労働時間 |
|
---|---|
労働条件 |
|
年次有給休暇 | 有休の取得状況取得記録 |
賃金 |
|
安全衛生管理 |
|
健康診断 | 健康診断の実施状況や結果報告 |
調査の種類
労働基準監督署の調査には3種類あり、それぞれ実施されるタイミングが異なります。
- 【定期監督】
労働基準監督署の監督計画に基づき、定期的に事業場を選んで行う調査です。監督計画は最新の行政課題を反映しており、例えば“長時間労働”が問題視される時期であれば、長時間労働が起こりやすい事業場が選出されます。 - 【申告監督】
労働者等から、企業の法令違反について申告・相談を受けた場合に実施される調査です。労働者と企業の間で個別的なトラブル(不当解雇・残業代の未払い等)が発生した際に行われることが多いです。 - 【災害時監督】
労働災害によって労働者が死傷した場合に行われる調査です。企業が提出した「労働者死傷病報告」等をもとに、“法令違反が疑われる企業”を選定して実施します。 労災の発生状況や原因究明、法令違反の有無について調査し、再発防止のための指示や指導を行います。
なお、定期監督と申告勧告については以下のページでも詳しく解説しています。ぜひご覧ください。
労働基準監督署からの呼び出し
労働基準監督官は、使用者又は労働者に対して、必要事項の報告や出頭を命じることができます(労基法104条の2第2項)。
そのため、労働基準監督署から企業に「出頭要求通知書」が送付されて、呼び出し調査が行われるケースがあります。
出頭要求通知書には、調査の日時と場所・調査事項・持参物等が記載されていますので、指示に従い労働基準監督署に出頭しましょう。
なお、呼び出し調査では、持参した書類をもとに軽い質疑応答のみで終了することも多いようです。
労働基準監督署の調査の流れ
労働基準監督署の調査は、以下の流れで行われます。各ステップについて、次項から詳しくご説明します。
予告または来訪
労働基準監督署の調査では、予告がある場合と、予告せずに調査が行われる場合があります。
あらかじめ書類の準備が必要な場合や、出席者の指定がある場合、事前に通知されることが多いです。通知方法としては、書面・電話・FAX等があります。
一方、事前に通知することで書類が改ざん・破棄されたり、関係者同士が口裏を合わせたりするリスクがある場合、予告なく“抜き打ち調査”が行われることがあります。
また、“書類の保管状況”や“協定書の作成・届出”など、日頃の状態について調査する場合も、抜き打ち調査となることがあります。
調査の実施
実際の調査は、以下の流れで進むのが一般的です。
- 労働関係帳簿や勤務実態の確認
- 事業主や責任者からの聞き取り(帳簿や勤務実態の不明点等)
- 事業場への立ち入り調査や労働者からの聞き取り(勤務実態の確認等)
- 口頭での改善指示又は指導
また、労働基準監督官は具体的に次のような項目をチェックし、法令違反がないか判断します。
- 就業規則を作成及び周知しているか、また、きちんと運用しているか
- 労働基準法における労働条件を遵守し、書面で通知しているか
- 労働基準法で規定された帳簿(出勤簿・賃金台帳・労働者名簿等)を作成しているか、また、適切に保管しているか
- 残業代の計算方法やシフト管理は適切か
- 労働安全衛生法に則した健康診断を実施しているか
是正勧告書等の交付・提出
調査により法令違反や改善点が見つかった場合、企業は書面を交付されて指示・指導を受けます。
まず、法令違反が認められた場合、違反事項と是正期限を定めた「是正勧告書」が交付されます。
また、法令違反はないが改善すべき点が認められた場合、改善を求める「指導票」が交付されます。
さらに、施設や設備に不具合があり、労働者の安全を害する危険がある場合、「使用停止等命令書」が交付されます。
これらの書面の交付を受けた場合には、「是正(改善)報告書」を提出します。
報告書の提出を怠った場合や、労働基準監督署が是正の状況を確認する必要があると判断した場合には、再監督が行われることがあるため注意しましょう。
労働基準監督署による是正勧告については、以下のページでさらに詳しく解説しているので併せてご覧ください。
企業が準備しておくべき事項
では、労働基準監督署の調査に向け、企業はどんな準備をしておくべきでしょうか。
以下でいくつかご紹介しますので、万全の態勢で臨めるよう、しっかり把握しておきましょう。
必要書類
まず、労働基準監督官がチェックする書面や資料を揃えましょう。一般的に、以下のような書類の提出を求められます。
中には事業場での備え付けが義務付けられている書面もあるため、日頃からしっかり管理しておくことが重要です。
なお、調査の予告がある場合、その連絡と併せて必要書類が通知される可能性もあります。
- 労働者名簿
- 会社の組織図
- 賃金台帳
- 就業規則
- 時間外・休日労働に関する協定書(36協定書)
- 変形時間労働時間制に関する協定書やシフト表
- 勤務時間がわかる資料(タイムカード・出勤簿)
- 年次有給休暇の管理簿
- 雇用契約書
- 健康診断個人票
- 安全管理者や衛生管理者、産業医の選任に関する資料
- 安全委員会や衛生委員会の設置及び運営状況に関する資料
出席者
調査の出席者は、資料の内容を説明できる総務・人事担当者が望ましいでしょう。
また、弁護士や顧問の社会保険労務士に同席してもらうのもおすすめです。専門家が同席することで企業の事情に応じた交渉ができますし、曖昧な理解のまま是正勧告を受ける心配もありません。
また、弁護士は調査後の改善方法についてアドバイスできるため、指摘事項を早期に解消しやすくなります。
事前改善
調査の予告がある場合、事前に問題点を見つけて改善しておくことも重要です。自主的に改善することで、労働基準監督官に「改善の意思がある」と主張しやすくなるためです。
例えば、以下のような点に取り組んでおくと良いでしょう。
- 36協定の不備確認
- 労働者の人数や雇用形態に見合った就業規則の改訂と届出
- 雇用契約書のひな型の修正
- 所定労働時間や休憩時間の見直し
- 残業代未払いがある場合、その解消方法の立案
調査の拒否について
正当な理由もなく立ち入り調査を拒否した場合や、労働基準監督署からの呼び出しを無視した場合、企業は法令上の罰則を受けるおそれがあります。
これは、労働基準監督官に、事業場や寄宿舎などに臨検(調査)して帳簿や書類の提出を求める権限や、使用者・労働者を尋問する権限が与えられているからです(労基法101条1項)。
具体的にどのような罰則を受けるのか、次項でみていきましょう。
なお、労働基準監督署の権限については、以下のページでも詳しく解説しています。
調査における違法行為と罰則
労働基準監督署の調査にきちんと応じない場合、“30万円以下の罰金”が科されることがあります(労基法120条4項、5項)。処罰の対象となるのは、以下のような行為です。
- 調査を拒否、妨害、忌避すること
- 労働基準監督官からの尋問に対して陳述しないこと、又は虚偽の陳述をすること
- 帳簿書類を提出しないこと、又は虚偽の記載をした帳簿書類を提出すること
- 労働基準監督署への報告を怠ること、又は虚偽の報告をすること
- 労働基準監督署からの呼び出しに応じないこと
また、労働基準監督官は、労働基準法違反に対し、刑事訴訟法で規定する「司法警察官」の職務を行うことができます(同法102条)。つまり、企業が法令違反を解消しない場合や、悪質な対応をした場合、事業主を逮捕・送検することもできるということです。
事業主が逮捕・送検されると、企業名が報道され、社会的評価の低下につながるおそれがあります。そのため、労働基準監督署の調査や是正勧告には誠実に対応するのが賢明でしょう。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある