賃金引き下げによる労働条件の変更について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
会社の都合により、労働者の賃金を引き下げる必要があるとき、会社はどのような対応をすべきでしょうか?労働者にとって賃金は、重要な労働条件に該当します。さらに賃金の引き下げといった労働条件の変更は、労働者にとっては不利益となってしまいます。本記事では、このような賃金の引き下げに伴い必要となる対応について、解説していきます。
目次
賃金引き下げの合理性について
「賃金の引き下げ」は、労働者にとって不利益な変更であり、労働者の生活に直結します。そのため、一方的な賃金の引き下げはできません(労契法9条)。労働者の同意が得られれば、就業規則を変更して、賃金を引き下げることは可能ですが、労働者の同意が得られない場合に、労働者に不利益となる就業規則へ変更するためには、合理的な理由を要します(労契法10条)。
詳しい労働契約については、下記のページをご覧ください。
不利益変更における合理性の判断
就業規則の変更をする場合、以下の7つの要件を総合考慮したうえで、就業規則の変更をすることが合理的であるかどうかを検討することになります(最判平成9年2月28日)。
- (1)就業規則の不利益変更によって従業員の被る不利益の程度
- (2)会社側の変更の必要性の内容・程度
- (3)変更後の就業規則の内容自体の相当性
- (4)代償措置その他の関連する他の労働条件の改善状況
- (5)多数労働組合又は多数従業員との交渉経緯
- (6)他の労働組合又は他の従業員の対応
- (7)不利益変更内容に関する同業他社の状況
就業規則についての詳細は、下記のページをご覧ください。
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賃金引き下げの種類と要因
賃金の引き下げは、ベースダウンや減給処分等いくつか種類があります。それぞれどのようなものであるのか、またどのような場面で必要となるのかについて、本項にて解説していきます。
ベースダウン
ベースダウンは、賃金表の改定によって賃金水準を引き下げることであり、労働者の基本給そのものを減額することを意味します。なお、賃金表とは、学歴、年齢、勤続年数、職務、職能等により賃金がどのように定まっているかを表にしたもののことをいいます。ベースダウンをせざるを得ない理由としては、経営危機によって会社の存続が危ぶまれる状態にあることや、賃金制度の見直しが行われたこと等が挙げられます。
ベースダウンをすることで、退職者が増え、人材不足に陥ったり、会社のイメージダウンにつながったりするおそれがあるため、会社は慎重な判断をしなければなりません。
賃金カット
賃金カットとは、賃金表を変えずに、ある一定期間につき、一時的に賃金(基本給、諸手当)を減額することをいいます。ただし、育児等の短時間勤務による賃金の減額は含まれません。
賃金カットも労働条件の不利益変更に当たるので、労働者の同意が必要となるのが原則であり、労働者の同意を得ないで賃金カットを行うためには、合理的な理由が必要となります。
合理的な理由の一つといえるのが、労働者の無断での欠勤、遅刻早退等がある場合です。労働者は、労働契約に基づき、会社に労務を提供して賃金を得るわけですから、無断欠勤をしたのであれば、ノーワーク・ノーペイ原則に基づき、賃金カットをすることができます。もっとも、そのような場合でも、無断欠勤等の場合に賃金カットをすること、どの程度の賃金をカットするか等を就業規則で明確にしておく必要があります。
欠勤の場合の控除については、下記のページをご覧ください。
減給処分
減給は、懲戒処分の一つであり、給与から一定額を減額することをいいます。就業規則に減給処分について定めておくことによって、労働者が会社の規律違反等を行った場合、それに対する制裁として、本来、労働者が提供した労務に対応して受けるべき賃金額から一定額を減額することが可能となります。しかし、減給処分については、減額できる金額等の規制がありますので、注意が必要です(労基法91条)。
また、人事の結果、労働者が降格や降級となった場合、社内での労働者の身分が変わることになるため、賃金も下がることがあります。降格や降級によって減給処分をする場合にも、就業規則や賃金規定で役職等級ごとの賃金を定めておかなければなりません。なお、降格や降級が懲戒処分に該当するかどうかは、ケースバイケースといえるので注意が必要です。
詳しい減給については、下記のページをご覧ください。
また、降格についての詳細は、下記のページをご覧ください。
賃金引き下げの限度額
賃金引き下げについて、元々の賃金の何%まで減給できるかといった明確な基準があるわけではありません。しかし、経営者の意向次第で無制限に賃金を引き下げられるわけではないことは言うまでもありません。合理性のない賃金の引き下げや大幅な賃金の引き下げは認められません。賃金引き下げに関する法的規制の一つとして、減給の制裁は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならないという基準があり(労基法91条)、賃金引き下げの限度額の参考をすることができます。
減給の制裁についての詳細は、下記のページをご覧ください。
賃金の引き下げ額に関する裁判例
ここでは、賃金の引き下げに関する裁判例を紹介します。
【大阪地方裁判所 平成15年9月3日判決、東豊観光事件】
- 事件の概要
一般旅客運送業等を行うY会社が、売上げの急激な落ち込みによる経営の悪化を理由として、従業員に対して、固定給の一定の割合を乗じる等して算定される金額による賃金の減額措置を実施したところ、従業員であるXらが、この減額措置による労働条件の引き下げは、会社の経営状態からみて必要性に欠け、また組合との交渉義務や回避努力義務を怠ったもので、合理性がなく無効であると主張した事案です。
- 裁判所の判断
会社の業績不振等を理由とする、固定給を15%減額する旨の就業規則の変更は、経常収支等の経営状況や経営環境、労働組合等との交渉の経緯、他の従業員の対応等のほか、代償措置を講じた形跡もないことを総合的に考慮しても、これに同意しないXらが受忍せざるを得ないほどの高度の必要性に基づいた合意的なものとはいえず、本件賃金カットは効力を有しないと判示し、Xらの請求を認容しました。
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賃金を引き下げる方法
従業員や労働組合との合意
賃金の引き下げは労働者に不利益な変更といえますから、会社が一方的に実施することは原則として禁じられています。賃金を引き下げる方法の一つとして、労働者との合意によって行う方法があります。
まず、労働組合がある場合は、労働組合と合意することで、労働者の同意を得ます。合意に達することができれば、労働協約を締結することができ、労働組合に属している労働者の合意を得たことになります。しかし、労働組合に属していない非組合員からは、個別に同意を得る必要があるため、注意が必要です。
労働組合がない場合でも、労働者個人から同意が得られれば、賃金の引き下げは可能となりますし、労働組合のある場合の非組合員との関係でも同様です。ただし、同意を得たとしても、従前からある賃金規定や就業規則の規定より不利益な労働条件にすることはできません。また、合意を得たことが明らかにできるよう、労働者とは黙示の合意ではなく、書面による合意をしておく方が良いでしょう。
労働者の合意に関する注意点
労働条件の変更において使用者は労働者に対して、説明を十分にし、理解してもらうよう努めなければなりません(労契法4条)。裁判例でも、労働者が賃金に関する労働条件の変更を受け入れる行為があったとしても、直ちには、賃金引き下げに同意したとは判断できず、労働条件の変更がもたらす影響等を踏まえたうえで、労働者が自由な意思によって、労働条件の変更を受け入れたといえる必要があると判示したものがあります。(最高裁平成28年2月19日判決、山梨県民信用組合事件)。また、労働条件の変更に対して、労働者の言動から黙示的に合意していると認められる可能性がありますが、そのようなケースは極めて限定的といえます
労働契約法(労働契約の内容の理解の促進)第4条
1 使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。
2 労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする。
就業規則の変更
使用者は労働者からの合意を得ていない場合でも、就業規則の変更をすることで労働条件を変更し、賃金の引き下げを行うことができます。しかしながら、賃金の引き下げのように労働条件を労働者に不利益に変更する場合には、労働条件の変更に合理的な理由がなければなりません(労契法10条)。そして、就業規則を変更した場合には、労働者に対して、就業規則の内容を周知しておく必要があります。
就業規則の変更についての詳細は、下記のページをご覧ください。
労働契約法(就業規則による労働契約の内容の変更)第10条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。
変更解約告知
変更解約告知とは、新しい労働条件について、労働契約再締結の申し入れを伴った解約告知のことを指します。たとえば、賃金の引き下げや、労働者の身分変更等に合意をしなければ解雇をする、といったものになります。
労働者の身分変更
正社員から契約社員への変更等を行って、労働者の身分を変更することにより、賃金を引き下げるという方法もあります。労働者の身分変更についても、当然、使用者が一方的に行うことはできません。事前に労働者からの合意を得るか、就業規則に身分変更の要件等を明示しておくことが必要となります。
給与体系の変更
給与体系を変更することによって、実質的に賃金を引き下げる方法もあります。これまでの給与体系が年功序列であれば、仕事の実力を重視する能力給へ変更することで、労働者へ支給する賃金額を間接的に引き下げることが可能になります。給与体系の変更は、労働者によっては、賃金が上がることもあり、一概に不利益変更とはいえません。判例上は、給与体系の変更による賃金の変更の合理性を認めつつも、代償措置や経過措置、労働組合等との交渉を考慮しつつ、有効か無効かが判断されています。
一時的に賃金カットをする場合
一時的な賃金カットは、経営危機を乗り切るための一時的かつ緊急的な措置であり、期間を定めたものであることもあり、就業規則の変更は不要となります。ただし、一時的なものとはいえ、労働者にとって不利益な変更であることには変わりないため、労働者からの合意が必要になります。
また、「一時的」とはいつまでなのか、明確な期間を定めておく必要があります。賃金カットを実施する際には、期間を明示するほか、賃金カットを行う経緯や必要性を労働者に丁寧に説明し、労働者に不信感や不安が生じないように配慮する必要があります。
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人事考課による賃金引き下げの注意点
賃金の引き下げには、人事考課や評価制度によって行うケースもあります。会社には人事権があり、その運用にも裁量が認められているため、人事権の行使によって、労働者の業務内容を変える、昇進・降格をすること等ができます。そして、これらに伴う人事考課や評価制度によって、労働者の身分を変更し、賃金の引き下げをすることも可能です。ただし、会社に裁量があるからといって、労働者に大きく不利益を与えるような運用をすることは権利濫用となるため、注意が必要です。
また、人事考課や評価制度によって賃金引き下げを予定していることが就業規則等に記載されていなかったり、賃金引き下げの対象者が恣意的に決定されていたりするような場合は、賃金の引き下げが認められないこともあります。
退職金や賞与額の減額は可能か?
毎月の賃金からではなく、退職金や賞与から減額をすることは可能なのか、疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。賞与等を減額する形でも、使用者は経費削減の目的を達成できますし、労働者にとっても、毎月の賃金が減額になるよりも生活への影響が少ないといったメリットが認められる場合があります。
それぞれについての詳細は、下記の各ページをご覧ください。
賃金の引き下げに関する罰則規定
労働契約法等には、賃金の引き下げに関する使用者の行為についての罰則規定は、定められていません。しかし、使用者は、労働者に対して賃金の全額を支払わなければならないとされており(労基法24条)、使用者が不当な賃金の引き下げをした場合、使用者が本来支払うべき賃金を労働者に支払っていないと評価され、賃金の全額払いの原則に違反したとされ、罰金刑に科せられます(労基法120条)。
賃金の全額払いの原則については、下記のページをご覧ください。
賃金の引き下げにまつわる裁判例
賃金の引き下げが有効となったケース
【横浜地方裁判所 平成12年7月17日判決、日本鋼管事件】
- 事件の概要
-
Y会社は、Xらが所属する労働組合に対し、55歳定年制を順次60歳に延長する内容の「定年延長と従業員管理制度の改訂」を提案し、組合との間で妥結・調印後、実施されました。その後、Y会社は組合に対し、社員、役職、賃金、出向・社外派遣等Y会社の従業員に関する各種の主要な制度のほとんどを改訂することを内容とする従業員管理諸制度の改訂案を提案しました。この提案について労働組合は一部修正し、「賃金制度に関する協定書」等によって、Y会社と協定を締結しました。
Xらは、(1)改訂前の旧賃金制度に基づく賃金の支払いを受ける地位にあたることの確認を求めるとともに、(2)本件協定が法令等に違反するとともに不合理なため無効であり、また、規範的効力が生じない等を主張し、賃金の減額分の支払いを求めた事案です。
- 裁判所の判断
-
裁判所は、(1)については、当該確認請求に訴えの利益はないとして、請求を却下しました。(2)については、➀改定内容である55歳以上の者の賃金の減額は、金額からみて大きいとは言えず、過酷とは言えないこと、➁若年・中堅層の待遇の改善が目的であって、その成果が見込まれることから本件協約を全体としてみた場合に不合理であるといえず、③55歳以上の者を不利に扱うことを目的として締結したものと言い難いとして、本件協定の規範的効力を肯定し、請求を棄却しました。
賃金の引き下げが無効となったケース
【東京高等裁判所 平成23年12月27日判決、コナミデジタルエンタテイメント事件・控訴審】
- 事件の概要
Y会社の従業員で、産休・育休後に復職したXが、担当職務の変更、減給等を受けたため、Y会社の一連の人事措置は無効である等として、降格・減給後の給与額と降格・減給前の給与額との差額賃金請求、不法行為に基づく損害の賠償請求、Xの人格権侵害等を理由とする謝罪及び就業規則の改訂を求めた事案です。
- 裁判所の判断
裁判所は、職務の変更、これに伴う役割グレードの変更、役割報酬減額のいずれも人事権の濫用であり無効であるとしました。一方、本件減給は、成果報酬ゼロ査定を無効としても、査定がされていない以上、Xの成果報酬額は定まっておらず、具体的な成果報酬支払請求権は発生していないとして、これを除く差額金賃金請求を一部認容し、慰謝料額も増額する等しました。
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会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある