最低賃金制度
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働者へ賃金を支給する際、地域や業種等に応じた「最低賃金」を守らなければなりません。これは、労働者の生活を守るために、国によって定められています。そのために、最低賃金制度があり、使用者はその制度や法律に則って、賃金の計算、支給をしなければなりません。
本記事では、使用者が守るべき最低賃金制度について解説していきます。
目次
最低賃金制度の定義
「最低賃金制度」とは、国が労働契約における賃金の最低額を定めて、使用者に対して、その遵守を強制する制度です。そのため、使用者は、国が定める最低額以上の賃金を労働者に支払わなければなりません(最賃法4条)。最低額以下の賃金を支払っていた場合、使用者は、支払った賃金と最低額との差額を支払う必要があり、支払わない場合は罰則が科せられます。
最低賃金の目的
最低賃金法は、労働者の生活の安定と労働力の質的向上等を目的として定められました(最賃法1条)。また、労働者の生活が安定することによって労働能率の増進をもたらすことや、労働能力の優れた労働者を採用すること等への目的ともされています。
最低賃金制度がなかった場合、労働者は労働の対価に見合わない、非常に低い賃金で働かざるを得なくなり、生活の安定は難しく、労働能力も発揮しなくなるでしょう。そういった事態を防ぐためにも最低賃金を定めておく必要があります。
最低賃金の法的効力
賃金の支払いについて、労使間で合意のうえ最低賃金を下回る内容の契約を交わしたとしても、無効となります。労働者へ支払う賃金は、最低賃金額まで引き上げた金額になります(最賃法4条)。
最低賃金の種類
最低賃金は、地域別最低賃金と特定最低賃金の2つに分けられます。この2つが同時に適用される場合、使用者はいずれか高い方の最低賃金額以上の賃金を支払わなければなりません(最賃法6条)。次項にて、それぞれ解説していきます。
地域別最低賃金
地域別最低賃金とは、都道府県内の事業場で働くすべての労働者とその使用者に対して適用される最低賃金です(パートタイマー、アルバイト、嘱託等の雇用形態や呼称の如何を問わず、すべての労働者が該当します)。各都道府県に1つずつ定められており、地域によって物価が異なることから、地域ごとの実情を踏まえて決定されます(最賃法9条2項)。雇用形態や業種等にかかわりなく、労働者と使用者に適用されます。
なお、労働者の生計費を考慮するにあたっては、健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮することとされています。
各都道府県の地域別最低賃金の一覧は、以下のページからご覧になれます(厚生労働省(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/)参照)。
特定(産業別)最低賃金
特定最低賃金は、特定の産業に設定されている最低賃金です。関係する労働者と使用者の申出に基づき、最低賃金審議会が地域別最低賃金よりも高い水準の最低賃金が必要と認めた産業に設定されます。なお、派遣労働者は、派遣先の最低賃金が適用となります。
特定最低賃金が適用される産業は、鉄鋼業や電子部品等の製造業が中心となっています。
最低賃金の対象となる賃金
最低賃金の対象は、毎月支払われる基本給になり、残業代、賞与等は対象外となります。最低賃金を計算する際、実際に支払われる賃金から次項のものを除外したものが対象となります。
なお、賃金や手当についての詳細は、以下の各ページをご覧ください。
最低賃金から除外される賃金
前項にて解説したように、以下のものが最低賃金から除外されます。
- ・臨時に支払われる賃金(結婚手当等)
- ・1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)
- ・所定労働時間以上の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金等)
- ・所定労働日以外の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金等)
- ・午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金等)
- ・精皆勤手当、通勤手当、家族手当
最低賃金が適用される労働者
最低賃金が適用される対象者は、正社員、パートタイマ―、アルバイト、派遣社員等、雇用形態関係なくすべての労働者が該当します。なお、特定最低賃金では、特定の産業の基幹的労働者とその使用者に対して適用されます。
地域別最低賃金の適用除外
一般の労働者よりも労働能力が低いとされる場合、以下の労働者に該当する者は、使用者が都道府県労働局長の許可を受けることを条件とし、特例として個別に最低賃金の減額が可能です。特例を使用する使用者は、特例許可申請書を作成し、所轄の労働基準監督署長を経由し、都道府県労働局長へ提出する必要があります。
- ・精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い方
- ・試用期間中の方
- ・認定職業訓練を受けている方のうち厚生労働省令で定める方
- ・軽易な業務に従事する方
- ・断続的労働に従事する方
特定(産業別)最低賃金の適用除外
特定最低賃金の適用外となる者は、以下のとおりです。
- ・18歳未満又は65歳以上の方
- ・雇入れ後一定期間未満で技能習得中の方
- ・その他当該産業に特有の軽易な業務に従事する方
派遣労働者に対する最低賃金
派遣労働者の地域別最低賃金は、派遣先の最低賃金が適用されるため、派遣会社の使用者と派遣労働者は、派遣先の最低賃金を把握しておく必要があります。また、特定最低賃金に該当する業種の派遣労働者の場合も、派遣先の最低賃金が適用されます。
最低賃金額の計算・比較方法
最低賃金は時間によって定められています(最賃法3条)。支給する賃金が、最低賃金額以上となっているかは、最低賃金の対象となる賃金額と適用される最低賃金額を次項のように計算・比較します。次項よりみていきましょう。
日給制の場合
日給制の場合は、日給を時給に換算し、以下のとおりに比較します。
【日給 ÷ 1日の所定労働時間≧最低賃金額(時間額)】
1日の所定労働時間が異なる職種の場合は、1週間の所定労働時間数から1日の平均所定労働時間を算出し、基準として計算することになります。
また、日額が定められている特定最低賃金を適用する場合は、以下のとおりです。
【日給≧最低賃金額(日額)】
所定労働時間についての詳細は、以下のページをご覧ください。
週給制の場合
週給制の場合は、以下のとおりです。
【週給÷週の所定労働時間】
また、週の所定労働時間が異なる場合は、4週間における1週平均所定労働時間として考えます。
月給制の場合
以下のとおり、月給を時給に換算して最低賃金と比較します。
【日給÷1ヶ月の平均所定労働時間≧最低賃金額(時間額)】
また、月の所定労働時間数が異なる場合は、1年間における1月平均所定労働時間として考えます。
出来高払制その他の請負制によって定められた賃金の場合
出来高払制、その他の請負制の賃金総額を、当該賃金計算期間に出来高払制、その他の請負制によって労働した総労働時間数で除して時間当たりの金額に換算し、最低賃金額と比較します。
出来高払制についての詳細は、以下のページをご覧ください。
上記を組み合わせている場合
日給制、週給制、月給制を組み合わせた場合、それぞれに準じて時間額に換算し、それを合計したものと最低賃金額を比較します。
最低賃金の周知義務
使用者は最低賃金を労働者に周知する義務を負います。また、最低賃金の対象となる労働者、労働者の最低賃金額、最低賃金の適用外となる賃金、効力発生年月日を、職場への掲示等によって、労働者へ周知させるための措置をとることが必要です。
最低賃金を下回った場合の罰則
最低賃金法では、使用者が最低賃金以下の賃金を支給していた場合、違法となり、さらに、そのような場合は差額を支払う必要があります。
なお、地域別最低賃金額以下を支給していた場合は、50万円以下の罰金(同法40条)、特定最低賃金額以下を支給していた場合は、30万円以下の罰金(労基法120条)が科せられています。
最低賃金について争われた裁判例
ここでは、最低賃金について争われた裁判例を2件、紹介します。
【広島地方裁判所 昭和36年11月29日判決、広島基準局長最低賃金決定取消事件】
- 事件の概要
原告らが就いていた業種に適用される最低賃金の業者間協定が憲法25条、最低賃金法1条、労働基準法1条に違反するとして、被告に対し行政処分取消請求をした事案です。
- 裁判所の判断
裁判所は、すべての労働者のために健康で文化的な人に値する生活を営み得る限度の最低賃金が定められることが望ましいことはもちろんであるが、我国の経済の現状に照らして考えるとそれは一の理想論に過ぎず、原告らの主張する最低賃金請求権が労働者のために法律上保障されていることを認め得る制定法上の根拠は存在しないとしました。したがって、本件決定の最低賃金額が理想に達しないからといって、原告らがその権利を侵害させられたものとはできず、取消訴訟は不適法として却下しました。
【東京地方裁判所 昭和54年12月21日判決】
- 事件の概要
原告は被告が経営するクラブへホステスとして勤務していました。勤務にあたり、顧客から支払われた代金の2分の1を報酬としていたが、労働基準法9条及び最低賃金法5条の労働者に該当するとして、最低賃金額の支払いを求めた事案です。
- 裁判所の判断
裁判所は、労使間での純売入金性の合意は、被告は原告に対し、最低報酬額の支払義務を負わないものとする合意を含んでいるが、この合意は、最低賃金法5条に抵触し、同条2項により修正を受けるものと解されるとしました。すなわち、報酬の支払方法の変更は、原告が労働基準法9条にいう「労働者」であり、被告が同法10条にいう「使用者」であり、被告から原告に支払われる報酬が同法11条にいう「賃金」であることの実質までを失わせるものではないから、最低賃金法2条に従い、原告はなお同法5条にいう「最低賃金の適用を受ける労働者」に該当するものと解され、原被告間の合意も「最低賃金の適用を受ける労働者と使用者との間の労働契約で最低賃金額に達しない賃金を定めるもの」に該当するから、被告は原告に対し、同法17条によって労働大臣または都道府県労働基準局長が公示した最低賃金に関する決定に従い、最低賃金額相当の報酬を支払う義務がある、としました。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある