団体交渉の対象事項
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働組合から団体交渉の申し込みを受けた場合、通常は組合の求めている団体交渉事項が書面に記載されています。
会社としては、当該交渉事項が、交渉に応じなければならない義務的団交事項なのか、そうでないのかを把握しておくことが有用です。
そこで、本記事では、使用者の方へ向けて、どのような事項について交渉することが義務づけられているのかについてや、団体交渉に応じる際の注意点などについて解説していきます。
目次
団体交渉の対象事項
団体交渉の対象事項とは、団体交渉において協議する事項をいいます。
対象事項の範囲について、法律上の明確なルールはありません。そのため、企業として処理できる事項であり、使用者が任意で応じる限りにおいては、どのような事項であろうと団体交渉の対象となり得ます。
これらのうち、使用者が団体交渉に応じることが法的に義務付けられている事項を「義務的団体交渉事項」、法的な義務とは無関係に、当事者が任意に団体交渉の対象として扱う事項を「任意的団体交渉事項」といいます。
以下で、それぞれ詳しくみていきましょう。
団体交渉の概要については、以下のページで詳しく解説していますので、併せてご覧下さい。
義務的団体交渉事項とは
「義務的団体交渉事項」とは、労働者から団体交渉を要求されたら、企業側が団体交渉を断ることができない事項をいいます。
具体的には、次のいずれかに当てはまり、企業側が決定できる事項を指します。
- 労働条件その他の待遇に関する事項
- 団体的労使関係の運営に関する事項
- 非組合員の労働条件に関する事項
- 経営・生産に関する事項
- 個別人事・個別的主張に関する事項
以下で、それぞれの事項について詳しく見ていきましょう。
労働条件その他の待遇に関する事項
「労働条件」とは、労働者が働くうえでの契約上の条件や約束事といったものであり、「その他の待遇」とは、労働関係における労働者のその他の経済的取扱いなどをいいます。
代表的なものとして、以下が挙げられます。
- 組合員である労働者の賃金、一時金、退職金など
- 労働時間、休憩、休日、休暇
- 組合員の配置転換、懲戒、解雇などの基準
- 人事考課の基準
- 職場の安全衛生、労災の補償
- 教育訓練、福利厚生、職場環境
- 業績賞与など評価に大きく依存する賃金・人事制度における評価基準など
団体的労使関係の運営に関する事項
「団体的労使関係の運営に関する事項」の代表例として、以下が挙げられます。
- 団体交渉や争議行為の際の手続きやルール
- 組合活動のルール
- 組合活動に関する便宜供与(組合事務所や掲示板の貸与、チェックオフなど)
- ユニオン・ショップ
- 労使協議手続き、労働協約の締結手続き
- 組合員の範囲など
非組合員の労働条件に関する事項
非組合員の労働条件に関する事項についても、組合員の労働条件に直接影響を与える場合には、義務的団交事項となり得ます。
そもそも労働組合は組合員の労働条件等についての団体交渉権を有し、非組合員のそれらについては団体交渉権を有しません。そのため、組合員ではない管理職や非正規社員などの労働条件は、それ自体では義務的団交事項に当たりません。
しかし、非組合員の労働条件であっても、組合員の労働条件と共通または密接に関連したり、重要な影響を与えたりする場合には、使用者は団体交渉義務を負うこととなり得ます。
裁判例でも、いまだ組合に加入していない新入社員の初任給の引き下げについては、組合員の賃金カーブのベースに関わる問題であるため、義務的団交事項に当たると判断されています。
近年の同一労働同一賃金の影響を踏まえると、非組合員であっても、その労働条件が組合員の労働条件の決定に影響を与える場面は増えていくと予想されます。
経営生産に関する事項
会社の合併など「経営・生産に関する事項」は、経営上使用者が専属的に決定すべき事項であるものの、それらが労働条件・待遇に関係するものである場合には、義務的団交事項となり得ます。
「経営・生産に関する事項」として、以下が挙げられます。
- 会社組織の変更
- 新機械の導入、設備の更新、生産の方法
- 工場事務所の移転
- 経営者・上級管理の人事
- 事業譲渡
- 業務の下請化など
会社の合併そのものを「義務的団交事項」というのは難しいですが、合併によって職種や勤務場所がどう変わるかという限りでは、義務的団交事項に該当し、使用者は合併後の労働条件について団体交渉で説明する義務があると考えられます。
また、例えば、従業員が担当していた会社ビル内のエレベーター運行・清掃業務の外注化は、それ自体では使用者が一方的に決定し得る事項ですが、これに伴う従業員の職場変更などは義務的団交事項に当たると判断されます(名古屋地方裁判所 昭和38年5月6判決)。
個別人事・個別的主張に関する事項
「個別人事・個別的主張に関する事項」も、義務的団交事項となり得ます。
具体例として、以下が挙げられます。
- 個々の労働者に対する個別人事(配置転換、出向、減給、降格、解雇、懲戒処分など)
- 労働者個人の個別的主張(未払い残業代請求、ハラスメントなど)
多くの国では、団体交渉は労働者の集団的労働条件に関する手続きであると考えられています。そのため、個々の労働者の個別人事等については、団体交渉以外の苦情処理手続きで処理されるのが通例です。
しかし、日本の民間企業では、苦情処理手続きが存在しないか、機能していないことが多く、組合が企業別組織でもあるため、労働者個人の解雇や異動といった取扱いも団体交渉で処理されることが多いです。
このため、労働委員会でも裁判所でも、個別人事・個別的主張も義務的団交事項になり得ると解されています。むしろ、ユニオンなどの組合では、組合員個人の労働条件等をめぐって団体交渉が行われるケースが多いです。
任意的団体交渉事項とは
「任意的団体交渉事項」とは、法的な義務とは無関係に、当事者が任意に団体交渉の対象として扱う事項をいいます。
具体例として、以下の事項が挙げられます。
- 使用者が対処できない事項(他社の労働条件、地域別最低賃金額、政治的な事項など)
- 経営・生産に関する事項(経営戦略や生産方法の決定に関する要求など)
- 施設管理権に関する事項(設備の移転等に関する要求など)
- ほかの労働者のプライバシーを侵害するおそれのある事項(他の社員の賃金や退職金開示要求など)
ただし、これらの事項であっても、労働者の労働条件や待遇に関連する事項などについては、その限りで義務的団交事項に当たる場合があります。
また、任意的団交事項は、一度交渉に応じると、誠実交渉義務を有することになるため、交渉に応じるべきか否かは、慎重に検討する必要があります。
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経営三権は団体交渉の対象事項となるか
労働者には、労働三権が保障されているのに対し、使用者にも「業務命令権」「人事権」「施設管理権」という権利が保障されています。これらを経営三権といいます。
それぞれの権利の概要は、以下のとおりです。
業務命令権 | 会社が労働者に業務命令できる権利。 仕事を命じるだけでなく、残業や休職、人事異動、健康診断の受診、企業秩序維持のための不作為命令といった命令も含まれます。 労働者には職務専念義務があるため、業務時間内に組合活動を求められた場合は、業務命令権を理由に拒否できます。 |
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人事権 | 会社が労働者の人事(採用、人事評価、配置転換、昇格・降格、昇給・減給、解雇など)を決定できる権利。 ただし、企業内組合等のケースで、組合役員の資格に影響を与える人事異動は、不当労働行為となるおそれがあります。 |
施設管理権 | 会社がその建物や設備、物品等を管理・保全する権利。 労働組合への便宜供与は原則禁止ですが、組合の自主性を損なうリスクがない便宜供与(組合への事務所や掲示板の提供など)は認められています。 ただし、会社には施設管理権があるため、これを認めるか否かは会社の裁量で判断します。 |
一般的に、経営三権に関する事項は義務的団交事項ではないと解されています。
経営三権を義務的団交事項にすると、組合の同意なくして、業務命令や人事考課、施設管理を行えなくなり、どちらが会社の経営者なのか分からなくなってしまうためです。
ただし、最初から経営権に属するか否かで義務的団交事項か否かを判断するのは適切ではありません。義務的団交事項か否かは、憲法や労働組合法が労働者に団体交渉権を保障した目的(労働条件の取引における労使の実質的対等化、労使関係に関する労使自治の促進)から判断すべきです。
そのため、労働条件や地位向上等に関わるもの(採用や異動、休職、解雇など)は、義務的団交事項に含まれると解するのが無難でしょう。
団体交渉の対象事項における注意点
義務的団体交渉事項の拒否
労働組合から団体交渉を求められた事項が「義務的団体交渉事項」である場合は、使用者は正当な理由なく拒否することができません。
仮に正当な理由なく拒否すると、労働組合法7条2号の不当労働行為に該当するとして、労働委員会による救済命令や罰則、労働組合からの損害賠償請求の対象となり得るため注意が必要です。
ただし、義務的団交事項に該当しない場合は、団体交渉を拒否することが可能です。
もっとも、義務的団交事項に該当するか否かの見極めは難しいケースが多いです。
そのため、団体交渉の申し入れを受けた場合は、会社独自の判断で安易に団体交渉を拒否することなく、あらかじめ弁護士などの専門家に相談し、今後の対応方針を定めることをお勧めします。
不当労働行為について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧下さい。
団体交渉の協議事項が不明瞭な場合
労働組合から団体交渉の申込みを受けた場合、「要求書」などの書面に、組合が要求する議題が書かれているのが一般的です。まずは、労働組合がどのような事項を団体交渉の場で協議しようとしているのか確認しましょう。
仮に、要求書に書かれた団体交渉の協議事項が不明確であって、組合が何を要求しているのか分からない場合は、団体交渉に応じることを前提として、具体的に何を議題としているのか、組合に対して書面による釈明を求めましょう。
団体交渉の協議事項が不明確なまま、交渉の場に臨むべきではありません。交渉当日に予想外の要求を出されたり、回答の準備ができないため、会社として不適切な回答をしたりするなどのリスクがあるからです。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある