職務発明制度における「相当の利益」について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員が職務発明を行うと、特許取得や会社の売上増加など様々な利益をもたらす可能性があります。そこで、会社はその従業員に対し、見返りとして「相当の利益」を与えることが必要です。成果にきちんと報いることで、他の従業員への刺激や研究開発の促進にもつながるでしょう。
ただし、相当の利益は何でも良いというわけではなく、適切な手順を踏んで定める必要があります。また、利益の決定には一定の基準が設けられているため、使用者は十分理解することが重要です。
本記事では、職務発明における相当の利益に焦点をあて、決定までの流れを詳しく解説します。適正な内容を定め、社内の職務発明制度を確立しましょう。
目次
職務発明制度~特許法~における「相当の利益」の定義
職務発明における相当の利益とは、発明の寄与に相当する金銭や経済上の利益をいいます。会社が職務発明に関する特許を受ける権利等を取得したとき、発明者である従業員に報酬として付与することが義務付けられています(特許法35条4項)。
なお、相当の利益の付与は、平成27年の特許法改正から義務付けられたものです。また、相当の利益の決定基準も細かく定められているため、使用者は漏れなく対応することが必要です。
では、相当の利益の決め方や具体例を詳しくみていきましょう。
「相当の利益」と職務発明規程
職務発明は、会社にとって貴重な財産となります。特許権者になれば独占的にその発明を利用できますし、会社の技術発展にもつながる可能性があるため、確実に特許を受ける権利を取得したいところでしょう。
この点、特許法では、職務発明に関する特許を受ける権利を使用者が取得する旨を、あらかじめ就業規則等で定めておくことが認められています(職務発明規程)。これにより、会社の権利取得を確実にすることが可能です。
ただし、職務発明規程では、相当の利益の内容や判断基準等まで明確化しておく必要があります。
「相当の対価」から「相当の利益」へ
「相当の利益」は、平成27年の特許法改正において「相当の対価」から変更された文言です。
それぞれの違いは、以下のとおりです。
・相当の対価
職務発明の特許を受ける権利を譲渡する代償として、従業員等が支払いを受けられる金銭のことです。
対価の額や計算基準は、就業規則等で具体的に定めておく必要があります。
・相当の利益
職務発明の特許を受ける権利を譲渡する代償として、従業員等が受けられる経済的利益のことです。
金銭に限らず、様々な待遇やインセンティブが含まれます。また、その判断基準は就業規則等で明確にしておく必要があります。
「相当の利益」への文言変更の目的
では、なぜ発明者の報酬は「相当の利益」に変更されたのでしょうか。
これは、会社がそれぞれの戦略に応じたインセンティブ施策を行えるようにするためです。それによって従業員の利益を保護するとともに、発明をより一層奨励することを目的としています。
もっとも、「相当の利益」と「相当の対価」の同等性は維持する必要があります。
そのため、相当の利益は、経済性・発明との関連性・個人性(発明者個人に付与されること)といった要件を満たす必要があると考えられています。
これを踏まえ、相当の利益の具体例をみていきましょう。
「相当の利益」に該当するもの
相当の利益には、経済的な価値がなければなりません。例えば、金銭以外にも以下のようなものが相当の利益に含まれます。
- 会社負担による留学や研修の機会
- ストックオプション(自社株をあらかじめ決められた金額で取得できる権利)
- 昇給を伴う昇進や昇格
- 法律や就業規則の規定を超える日数の有給休暇の付与
- 職務発明に関する専用実施権や通常実施権
- 研究開発費の増額
- 社内ベンチャー発足における資金提供
一方、表彰状の授与など発明者の名誉を称えるだけでは、基本的に経済的価値は認められません。
また、これらを付与する際は、「職務発明をしたことによる利益」であると明確にする必要があります。
「相当の利益」付与例
相当の利益が認められたことで、より柔軟なインセンティブの付与が期待されますが、制度化には時間も手間もかかります。そのため、実務上では、報奨金や金一封といった金銭的な利益を付与する会社が多くなっています。
次いで多いのは昇給や賞与への反映ですが、その他にもストックオプションや研究費の増額等を行う会社もみられます。
「相当の利益」の額
相当の利益の額は発明内容によって様々ですので、一概に相場があるわけではありません。しかし、その金額や計算方法は就業規則(職務発明規程)で明確にしておく必要があるため注意が必要です。
この点、はっきり〇円とするのではなく、一定の条件付きで一律の金額としたり、利益によって変動させたりするのが一般的です。例えば、以下のような規定が挙げられます。
- 職務発明に係る製品の年間売上高のうち、利益発生時金として〇%を発明者に支払う
- 職務発明に係る製品の年間利益が○%を超えた場合、発明者に対して○円支払う
- 会社が認定した発明者寄与率に基づき、出願時支払金及び登録時支払金を発明者に支払う
- 他社に職務発明を利用させた場合の利益のうち、○%を発明者に支払う
では、具体的な基準はどのように決定すべきでしょうか。次項から説明していきます。
「相当の利益」の決定基準
相当の利益を決める際は、その決定基準の策定における労使間の協議の状況・策定された基準の開示の状況・相当の利益の内容に関する従業員等からの意見聴取の状況を考慮し、不合理でないものにする必要があります(特許法35条5項)。
これら3つの状況については、厚生労働省のガイドラインに記載があります。具体的には、協議・開示・意見聴取の対象者や方法、程度等が詳しく定義されているため、使用者はこれに従うようにしましょう。
また、相当の利益の合理性については、「上記3つの手続きが適正に行われているか」という点を重視して判断されます。手続きが適正だと認められた場合、使用者等と労働者等との間における自主的な取決め(契約や就業規則等)に委ねるのが基本です。
一方、相当の利益の内容が不合理だと判断された場合、以下の方法で決定することになります。
なお、協議・開示・意見聴取の状況については、以下のページでも詳しく解説しています。ぜひご覧ください。
「不合理」だった場合の「相当の利益」の決定について
相当の利益の内容が不合理である場合や、そもそも取決めがない場合、一定の要素を考慮して裁判所が決定することになります。一定の要素については、以下の3つが定められています(特許法37条7項)。
- 職務発明によって使用者等が受けるべき利益の額
- 職務発明に関して使用者等が行う負担や貢献の程度
- 従業員等の処遇やその他の事情
具体的な計算方法としては、特許により会社が受ける利益額やライセンス取得による仮想実施料(他者に利用を許諾した場合の実施料)に、従業員等の貢献度を乗じて算出するのが一般的です。
なお、1つの製品に複数の特許がある場合、各特許の寄与度は低く見積もられます。また、共同開発等で発明者が複数いる場合も、各発明者の貢献度は低くなるのが通常です。
「不合理」か否かの判断
相当の利益の不合理性は、決定基準の策定から利益の付与までの全過程のうち、3つの手続き(協議の状況・開示の状況・意見聴取の状況)を重視して判断されます。
また、これら3つの手続きについては、厚生労働省のガイドラインで定義されています。
例えば、手続きの対象は、基準が適用される従業員等と定められています。
また、手続き方法に明確な定めはありませんが、開示については従業員等が容易に閲覧できるようにする必要があります。
さらに、実質的に協議を尽くしたり、従業員等の意見に真摯に対応したりすれば、必ずしも合意に達する必要はないとされています。
使用者はガイドラインの定めを確認し、適正な手続きを行うことが求められます。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある