退職事由|明確化の必要性や自然退職時の規定すべき事項について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
多くの労働者は会社を辞めるとき、自分の意思のみで退職できると思っています。実際、自分の意思表示だけで退職することが可能な場合もありますが、雇用形態等によっては不可能な場合もあります。
労働者の退職が成立するためにどのような事由が必要なのか、また使用者としてどのような規定を設ければ良いのか、法律上の規定や注意点も併せて解説していきます。
目次
退職事由を明確化する必要性
労働者が退職するときには、本人の退職事由を明確にする必要があります。それは、退職証明書に退職の事由を記載し、離職票に離職理由を記載しなければならないからです。
特に、離職票において「自己都合退職」とするか「会社都合退職」とするかによって、失業保険の給付などに影響が生じるため争いになりやすいので、正確に記載しましょう。
また、就業規則には、労働者が退職することになる要件を定める必要があります。そのため、就業規則の要件を満たしたことを明らかにしなければならないので、退職事由を明確にしなければなりません。
退職証明書への記載
退職する労働者から請求された場合には、退職証明書に退職事由を記載しなければならないため、使用者は退職事由を明確化しなければなりません。
労働者が退職した後に退職証明書を請求した場合、使用者は遅滞なく交付しなければなりません(労働基準法22条)。ただし、退職者からの請求がなかった場合には、交付する必要はありません。
使用者は退職証明書において、以下の事項を証明しなければなりません。なお、退職者が求めていない事項は記載してはいけませんので、請求された事項を確認したうえで発行しましょう。
- 使用期間
- 労働者が従事した業務の種類
- 事業における労働者の地位
- 労働者の賃金
- 退職事由
退職証明書について詳しく知りたい方は、下記のページをご覧ください。
就業規則への記載
労働者を常時10人以上雇用している会社は、就業規則を作成する義務があります。就業規則には、必ず記載しなければならない事項である「絶対的必要記載事項」があります。
そして、「絶対的必要記載事項」には退職事由及び解雇事由が含まれます(労働基準法89条)。そのため、労働者の退職について、就業規則の退職事由又は解雇事由に該当することを明らかにしなければなりません。
労働基準法
(作成及び届出の義務)第89条
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
…
3 退職に関する事項(解雇の事由を含む)。
退職事由の種類
雇用契約が終了する事由には「退職」と「解雇」があります。
そして、退職には次の3種類があります。
- 自主退職(自己都合退職)
- 合意退職
- 自然退職
「解雇」は、使用者側が一方的に雇用契約を終了させることです。それ以外の、定年退職や転職のための退職などが「退職」だと分類できるでしょう。
どのような場合に労働者を解雇できるのかといった解雇事由について知りたい方は、以下のページをご覧ください。
また、退職と解雇の違いについて、さらに詳しく知りたい方は、以下のページも併せてご覧ください。
自主退職(自己都合退職)の場合
自主退職(自己都合退職)とは、労働者が自分の都合により退職することです。
労働者が自主退職する理由として、次のようなものが挙げられます。
- 私生活での病気や怪我で、今の会社では働けなくなった
- 他の業界で働きたくなった
- 仕事や職場に不満があるので転職したくなった
- 結婚や妊娠などをきっかけとして、専業主婦(専業主夫)になる予定である
これらの理由で自主退職するときには、退職証明書の退職事由は「自己都合」等の簡略化した表記をするケースが多いです。
期間の定めがない雇用契約では、労働者が退職する場合、2週間前までに予告をすればいつでも退職ができます(民法627条)。
しかし、使用者は引継ぎなどのために、就業規則に「退職の予告は、退職日の1ヶ月以上前に行うこと」といった規定を設けていることが多いです。
このとき、法律の規定が優先されるため、2週間よりも長い期間は、基本的に会社からの「お願い」として扱われます。
なお、退職する労働者の引継ぎの義務などについて詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
合意退職の場合
合意退職とは、使用者と労働者の合意によって労働者が退職することです。
合意退職に該当するケースとして、次のものが挙げられます。
- 希望退職制度に労働者が応募したケース
- 使用者からの退職勧奨に労働者が応じたケース
合意退職の場合には、退職証明書には「当社の勧奨による退職」などの記載を行います。
なお、退職勧奨による合意退職について、労働者が後になって「退職を強要された」等の主張をすることがあります。
そのため、退職合意書などの書面を作成して、退職届を提出してもらう等、なるべくトラブルを防止するための対策を行うようにしましょう。
自然退職の場合
自然退職とは、労働者や会社からの意思表示がなくても自動的に成立する退職です。
例えば、契約期間満了や定年などの事由によって自然退職が成立します。
ただし、ある事由が生じた場合に自然退職とするためには、その事由を就業規則に規定しなければなりません。就業規則は管轄の労働基準監督署へ届け出るとともに、労働者に周知しなければなりません。
どのような事項を自然退職の事由として定めておくべきかについて、次項より解説します。
退職事由として規定すべき事項
自然退職事由として就業規則に規定すべきものとして、次の事由が挙げられます。
- 契約期間の満了
- 休職期間の満了
- 行方不明・長期間の無断欠勤
- 在職中の死亡
- 役員就任
- 定年
退職事由は、就業規則に記載が義務付けられている「絶対的必要記載事項」です。そのため、記載のない事由で自然退職させることは難しいと考えられます。
記載漏れがあると、労働者に給与を支払い続けるような事態になりかねないため注意しましょう。
契約期間の満了
あらかじめ契約期間が定められている労働者を、契約期間の満了によって退職させることは自然退職に該当します。
そのため、就業規則に退職事由として明記する必要があります。
しかし、過去に何度も契約を更新していたケースや、契約を更新することを労働者に期待させる言動を使用者が行っていたケース等では、労働契約法により契約を更新しなければならない場合があります(労契法19条)。
そのため、契約期間の満了によって退職させるためには、契約を更新しないことを明確にしなければなりません。
休職期間の満了
休職期間が満了した労働者が復職できないときに退職させることは、自然退職に該当します。この場合、退職証明書の退職事由には「休職期間満了」などと表記します。
多くの会社では休職制度が設けられていますが、法律上は休職制度を創設することは義務づけられていません。しかし、休職者を何年も退職させられない事態を防ぐために、就業規則に規定を設けるべきです。
就業規則に一定の休職期間を定めた上で、休職期間満了時に復職ができないときには、自然退職(当然退職)となる旨の記載をする必要があります。なお、ここで、休職期間満了により「解雇する」と規定すると、解雇予告手当の支払いが必要になると考えられます。
休職制度についての詳細を知りたい方は、下記のページをご覧ください。
行方不明・長期間の無断欠勤
労働者による長期の無断欠勤が続いている場合や、音信不通で自宅へ訪問しても不在で部屋自体が引き払われていて行方不明になっている場合に、解雇をしようにも、行方不明の相手に解雇の意思表示を送達することは困難な場合があります。
公示催告を行う方法もありますが、時間も手間もかかります。こうした事態を避けるためにも、自然退職に該当する旨の規定を就業規則に設けておくべきでしょう。
この場合、退職証明書の退職事由には「無断欠勤」などと表記します。
就業規則には、「○○労働日以上無断欠勤が継続した場合は自然退職となる。」といった文言で、日数を具体的に定めておくことが考えられます。解雇予告が「30日前」であることを参考に、30日以上となるように期間を定めておくことが適切でしょう。
退職及び解雇についての詳細を知りたい方は、下記のページもご覧ください。
在職中の死亡
在職中の死亡による退職は、自然退職に該当します。退職事由が絶対的必要記載事項であることも踏まえ、就業規則には、労働契約者本人が死亡した際は当然退職となる規定を記載しておきましょう。
この場合、退職証明書の退職事由には「死亡」などと表記します。
役員就任
役員に就任したときには、自然退職に該当させておく就業規則を定めておくことが一般的です。
従業員兼務役員という地位もあるため、自然退職の規定がなければ、役員に就任しても従業員であり続けることになります。
このような場合、役員としての報酬だけでなく、労働者としての賃金も支払わなければなりません。
すると、役員報酬と賃金は性質の異なる金銭であるため、会計上及び税務上の処理も、報酬と賃金とに正確に分けて行うことが必要です。
このような、金銭的な負担や処理の負担は、会社として望ましくありません。
そこで、役員就任を自然退職事由としておくことで、通常の労働者としての身分を喪失させる必要があるのです。
定年
一定の年齢に達したら自然退職とする「定年制」を設けるのが一般的であり、退職事由として就業規則に記載する必要があります。
定年とする年齢は60歳を下回ってはならず、労働者が希望する場合には、65歳までは次のいずれかの方法で雇用を継続する義務が課せられています。
- 定年年齢の引き上げ
- 定年の廃止
- 継続雇用制度の導入
さらに、2021年4月1日からは、労働者が70歳になるまでは継続雇用するか、業務委託契約を締結するなどして、就業機会を確保する努力義務が課せられています。
定年退職や再雇用制度等についての詳細は、下記のページにて解説しております。併せてご覧ください。
退職事由を詳細に聞くことは問題ないか
退職予定者に対して、使用者が退職理由を詳細に聞くことは、合意退職や、期間の定めのある雇用契約における退職であれば可能ですが、期間の定めのない雇用契約における退職では控えることが望ましいでしょう。
合意退職は、労働者の退職意思に対して、使用者が承諾することで退職が成立します。使用者の承諾に必要な情報を得るために、退職事由を詳細に聞くことは可能だと言えるでしょう。
また、期間の定めのある雇用契約では、基本的には契約の開始から1年を経過するまで、「やむを得ない事由」がなければ一方的に退職することはできません。そのため、「やむを得ない事由」について確認するために退職事由を詳細に聞くことは可能です。
しかし、期間の定めがない労働契約者は、基本的に退職日の2週間前であれば退職の申し入れが可能なので、退職事由を詳細に聞くことは難しいでしょう。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある