労働基準監督署の調査 定期監督・申告監督の対応
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働基準監督署が行う調査の代表的なものに「定期監督」と「申告監督」があります。
「定期監督」は労基署が任意に選択した会社を調査するのに対し、「申告監督」はいわゆる内部告発として、労働者からの申告に基づいて行われる調査をいいます。
調査の方法も、事前に予告があるケースもあれば、突然会社を訪問して調査を行うケースもあります。
労基署の調査への対応を誤ると、罰則を受ける可能性もあるため、調査にいつでも対応できるよう、会社として知識を得ておくことが重要です。
本記事では、労働基準監督署による定期監督・申告監督の流れと、会社がとるべき対応について解説していきますので、ぜひご一読ください。
労働基準監督署の概要について知りたい方は、以下の記事をご覧下さい。
目次
「定期監督」の概要
定期監督とは、当該年度の監督計画に基づき、労基署が任意に調査対象の会社を選択したうえで、労働基準法や労働安全衛生法等の法令に違反していないか、調査を行うことをいいます。
この監督計画は、厚生労働省が毎年公表する「地方労働行政運営方針」に沿って作成されます。
例えば、今年の行政の運営方針が長時間労働の削減である場合は、月80時間超えの36協定を届け出ている会社や、飲食業やIT業など長時間労働が疑われる会社等に対して、重点的に調査が行われることになります。
実際の調査では、就業規則や雇用契約書、賃金台帳、36協定届、安全・衛生委員会の議事録等の点検や、社長や人事担当者に対して労務管理に関する事項のヒアリングが行われ、残業代の未払いなど法令に違反する点がないかが確認されます。
法令違反がある場合は是正勧告書、法令違反がなくとも改善すべき点がある場合は指導票が交付されます。これらの交付を受けた会社は、指摘された点を改善し、定められた期限までに、「改善報告書」を提出する必要があります。
目的
定期監督の目的は、労働者からの申告に頼ることなく、労基署が定期的に会社の調査を行うことによって、会社の労働関係法令違反による弊害を未然に防いだり、または最小限に抑えたりすることにあります。
もっとも、実質的な目的は、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を労働者に保障するために、労働者の雇用や賃金、安全や健康を確保することにあります。
頻度
定期監督は、都道府県の各労基署において、月10回程度の頻度で行われており、1年間のうち、全国で2%の企業が定期監督を受けていることが明らかになっています。
10年以上定期監督の対象となっていない会社もあれば、前回調査から3~4年後に調査対象となる会社もあり、頻度は会社ごとに異なります。
なお、定期監督の調査対象となりやすい企業の例として、以下が挙げられます。
- 月80時間を超える時間外・休日労働が疑われる企業
- 各都道府県労働局の行政運営方針でその年に重点的に調査を行うと決められた業種
- 毎年労基署に届け出が必要な書類(36協定、裁量労働制の協定など)が提出されていない企業
- 労働者から告発があった企業
- 離職率が高い企業
- 過労死など重大な労災があった企業
- 建設業や製造業
- 規模が多い企業
事前予告の有無
定期監督の場合は、事前に電話や文書で通知があり、日程調整が行われるケースが多いですが、事前の予告なしに、突然会社に訪問するケースもあります。
例えば、代表者や関係者の事情聴取が必要な場合や、帳簿など書類の準備が必要な場合は、事前に予告される場合が多いようです。
一方、長時間労働の実態や就業規則の確認等をするために調査を行う場合は、事前連絡だと書類の改ざんや破棄等が行われるリスクがあるため、事前の予告なく、抜打ち調査される可能性が高くなります。
なお、調査内容や事業場の形態等の理由から、日時を指定して、労基署への出頭が求められる場合もあります。
事前予告や出頭命令についての詳細は、以下の記事をご覧ください。
集合監督の実施について
定期監督では、労基署が複数の事業所を一斉に呼び出して調査を行うことがありますが、これを「集合監督」といいます。労基署が所轄内の事業所を任意に選別し、1年に2回程度、それぞれ3日ほどかけて、一斉調査を実施します。
実際の調査では、労基署内の会議室等で、各事業所の社長や人事担当者に対し、労務管理の基本事項についてのヒアリング調査が行われます。
仮に労働関係法令違反が発覚した場合は、「是正勧告書」が、法令に違反していないものの改善点がある場合は「指導票」が交付され、是正が促されることになります。効率的に複数の事業場を調査できることから、集合監督の実施が昨今増えているようです。
定期監督の対応
基本的に、労基署による定期監督を拒否することはできません。
監督官が行う調査権は法律で定められた権利であり、調査を拒否したり、虚偽の報告を行ったりした場合は、30万円以下の罰金が科される場合があります(労基法120条)。
したがって、定期監督の申し入れを受けた場合は、立ち入り調査を受け入れ、呼び出された場合は速やかに出向き、監督官の意見や指導に素直に従い、改善の意思を示すことが必要です。
ただし、業務中で多忙であったり、人事担当者が不在だったりするなど、調査を受けられない事情がある場合は、その旨を監督官に申し出れば、改めて訪問の日程調整をしてもらえる場合もあります。
なお、定期監督でどの程度詳細に調査するかは、監督権の裁量に委ねられるため、ケースバイケースです。
労基署の調査の流れや拒否についての詳細は、以下の記事をご覧ください。
「申告監督」の概要
申告監督とは、労働者から労基署への労働関係法令の違反事実の申告に対し、申告内容の真偽を確認するために行う調査のことをいいます。
労働者が労基署の「総合労働相談コーナー」等に相談や申告を行い、法令違反の疑いがあり、労基署が必要と判断した場合は、会社に立ち入り調査を行い、事実関係の確認を行います。法令違反がある場合は、是正を図るよう指導します。
労働者には、事業場で労働関係法令違反がある場合には、労基署に申告することができる権利が保障されており(労基法104条1項)、これを根拠に申告監督が行われます。
定期監督と違い、不当解雇や残業代の未払いなど実際に法令違反が疑われる案件が労基署に持ち込まれるため、労基署もそれなりの労力をかけて調査を行います。
目的
申告監督の目的は、会社に在職中の労働者や退職者から、残業代の未払いや不当解雇等の申告が労基署に寄せられた場合に、申告された内容の真偽を確認し、法令違反があった場合は、事業主に対して是正を図るよう指導し、申告人を救済することにあります。
申告者
申告監督の対象となる者として、会社に在職中の社員(契約社員、パートタイマー、アルバイト等含む)や退職後の社員が挙げられます。
申告者の氏名など個人情報については、本人の了承がない限り、労基署は公表しないことになっています。これは、申告者の氏名を公表することで、申告者が会社から不利益な取り扱いを受けることを避けるためです。
なお、申告監督は労働者保護を目的とするものであるため、労働者が不利益を被ることのないよう、「申告監督」であることを明らかにせず、表向きは「定期監督」と称して調査が行われるケースが多いようです。
事前予告の有無
申告監督も定期監督と同じく、事前の予告なしに、監督官が会社に直接訪問して、調査をする場合と、電話や文書等により日時を指定して調査を行ったり、労基署への出頭を要求されたりする場合等様々です。どの方法で行われるかは、監督官の判断次第となります。
ただし、申告監督は、残業代の未払いなど具体的な法令違反の疑いがあったうえで、その証拠固めとして実施されるものです。そのため、事前の通知による資料の改ざんや破棄などの証拠隠滅を防止し、現在の実態をありのままに把握するために、抜き打ち調査をする可能性が定期監督よりも高いといえます。
事前予告の有無について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧下さい。
申告監督の対応
労働関係法令違反が事実であった場合は、会社と申告人との間で、和解交渉を進めることが得策といえます。
会社と申告者で合意せず、裁判へと発展した場合に、仮に労働者の請求が認められた場合は、未払い賃金に加えて、未払い賃金と同額の「付加金」の支払(労基法114条)を命じられる可能性があります。
和解交渉により、こうした事態を回避することができます。
また、和解によって申告人が救済されたと判断されれば、それ以上労基署が厳しく監督してくる可能性も低くなります。
申告監督の場合は、労使トラブルへと発展する場合が多いため、対応に困った場合は、弁護士によるサポートを受けることをおすすめします。
労基署の調査の流れや拒否についての詳細は、以下のページをご覧ください。
不利益取り扱いの禁止
労働者の申告はいわゆる内部告発であるため、会社が申告者に対して、解雇などの不利益な取扱いを行うおそれがあります。
このようなリスクを避けるため、労働基準法は、労働者が労基署に通報したことを理由として、労働者に解雇や雇止め、減給や降格などの不利益な取扱いをすることを禁じています(労基法104条2項)。
これに違反し、会社が申告者に対して不利益な取り扱いをしたことが認められた場合は、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金と、重い罪が科せられる可能性があるため注意が必要です(労働基準法第119条)。
不利益取扱いの禁止について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧下さい。
定期監督と申告監督の区別
申告監督は労働関係法令違反があることを前提に調査するため、定期監督よりも厳しく調査されることが一般的です。
なお、定期監督と申告監督の見分け方ですが、事案ごとに異なるため一概にいえませんが、監督官が突然会社に訪問してきた場合は、労働者から申告があった可能性があると考えられます。特に、残業代未払いや過重労働等について思い当たる節がある会社や、労働者が会社に対して意見を言えるような環境が整備されていない会社では、申告監督の現実味が増してくるといえます。
一方、事前に労基署から電話や書面による通知が入り、日時指定や必要書類等の連絡が行われた場合は、定期監督の可能性があります。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある