海外派遣の労災特別加入制度について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
国内の事業場では、労災保険が適用となりますが、海外で働く場合はこの適用が受けられません。そこで、労働者を海外へ派遣する際には労災保険の特別加入が必要となります。
本記事では、使用者が労働者を海外派遣するときに必要となる「特別加入制度」について解説していきます。
海外派遣での労災保険法の適用について
労災保険法は日本国内のみに効力があるため、海外での事業に従事する労働者には効力がありません。そのため、海外派遣者には労災保険への特別加入制度が設けられています。労災保険の特別加入制度については、次項にて詳しく解説していきます。
海外派遣についての詳細は、以下のページをご覧ください。
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海外派遣で必要な労災保険の特別加入制度
労災保険法の適用は、法律の一般原則として属地主義※がとられています。そのため、海外派遣者は日本の労災保険の適用を受けることができません。
しかしながら、海外では日本のような補償制度が整備されていなかったり、制度があったとしても十分な補償を受けられなかったりすることもあるため、海外派遣者への補償対策として設けられたのが、労災保険の特別加入制度です。特別加入の手続をすれば、海外派遣者でも日本と同様の労災補償を受けることができます。
特別加入制度の適用対象となるのは、海外の事業場や現地法人に派遣された者となります。なお、海外出張者や現地で採用した者、現地法人の代表者、勉学のための留学生は適用対象外となります。
※属地主義…法律の適用範囲を自国領域内に場所的に限定するといった考え方です。つまり、自国以外にいるのであれば、その国の法律が適用されるということです。
海外派遣と海外出張の区別
海外派遣は、「海外の事業場に所属し、その事業場の使用者の指揮命令の下、勤務する」のに対し、海外出張は、「日本の事業場に所属し、使用者の指揮命令の下で勤務する」と区別されています。
なお、海外派遣と海外出張のどちらかに当たるかは、名称や期間だけでなく、指揮命令権の主体が誰であるか等、勤務の実態に応じて総合的に判断されます。それぞれの勤務実態の具体例としては、以下のとおりです。
海外出張の例
- 商談
- 技術・仕様等の打ち合わせ
- 市場調査・会議・視察・見学
- アフターサービス
- 現地での突発的なトラブル対処
- 技術習得等のために海外に赴く場合
海外派遣の例
- 海外関連会社(現地法人、合弁会社、提携先企業等)へ出向する場合
- 海外支店、営業所等へ転勤する場合
- 海外で行う据付工事・建設工事(有期事業)に従事する場合(統括責任者、工事監督者、一般作業員等として派遣される場合)
未加入時のリスクと使用者責任
海外派遣者の労災保険特別加入は、必ずしも絶対的ではなく、任意になります。使用者としては、海外派遣者が未加入であっても、特に罰せられるわけではありません。しかし万が一、労働者が現地で災害に遭い、負傷等してしまった場合、使用者の安全配慮義務違反を問われる場合があります。
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海外派遣の特別加入の対象者
海外派遣における特別加入は、以下のように対象者が定まっており、順に解説していきます。
- (1)国内の事業主から海外で行われる事業に派遣される労働者
- (2)国内の事業主から海外にある中小規模の事業に派遣される事業主(労働者ではない立場)等
- (3)発展途上地域で技術協力の事業を行う団体から派遣され従事する者
(1)国内の事業主から海外で行われる事業に派遣される労働者
ここでの事業主は、日本国内で労災保険の保険関係が成立している事業主を指します。また、海外での事業は、海外支店、工場、現地法人、海外の提携先企業等になります。
したがって、国内の労災保険関係が成立している事業の事業主から、海外支店や工場、現地法人、海外の提携先企業に労働者として派遣される労働者が該当します。
(2)国内の事業主から海外にある中小規模の事業に派遣される事業主(労働者ではない立場)等
「事業主等」とは、労働者ではない立場の事業主や労働者以外の者を指します。「海外の中小規模の事業」に該当する業種や労働者数は、下記の表で定められており、労働者を派遣する事業の規模については、国ごとに企業を単位として判断することになります。派遣先の国内労働者数が、表で定められている人数以下であれば、事業主として派遣される者であっても特別加入できます。
業種 | 労働者数 |
---|---|
金融業 | 50人以下 |
保険業 | |
不動産業 | |
小売業 | |
卸売業 | 100人以下 |
サービス業 | 300人以下 |
(3)開発途上地域で技術協力の事業を行う団体から派遣され従事する者
開発途上地域に対する技術協力の実施の事業を行う団体とは、JICA(独立行政法人国際協力機構)等の国際協力を行う団体が例として挙げられます。
これらの団体は、世界中の紛争や貧困、環境汚染等が問題となっている開発途上国と呼ばれる地域に対して、平和や安全、発展のために国や人々を支援することを目的としています。国が行う行政機関や組織、団体、市民等が携わっており、支援活動を行っています。このような団体から、海外へ派遣され、活動に従事する者も特別加入の対象となります。
特別加入の非対象者
すでに海外へ派遣している労働者であっても、特別加入の対象となります。しかしながら、労働者を現地で採用する場合は、日本から派遣するわけではないため、特別加入の対象外となります。さらに、派遣先事業の代表者や留学を目的とした者も、労働者的性格を有しないため、対象外となります。
補償の対象範囲
労災保険の特別加入制度では、どのような災害の場合において補償がなされるのでしょうか?
補償が認められない場合はどのようなケースなのかと併せて解説していきます。
業務災害
業務災害とは、業務中に労働者が被った傷病、病気、障害、死亡のことを指します。
労働者として海外派遣された者が業務災害に遭った場合は、国内の労働者と同様に、労災保険の適用を受けます。
ただし、中小事業の代表者等として海外派遣された者が、業務災害に遭った場合については、以下の項目のいずれかに該当する必要があります。
- ①申請書に記載された労働者の所定労働時間内に特別加入した事業のためにする行為およびこれに直接附帯する行為を行う場合(事業主の立場で行われる業務を除く)
- ②労働者の時間外労働または休日労働に応じて就業する場合
- ③①または②に前後して行われる業務(準備、後始末行為を含む)を中小事業主のみで行う場合
- ④①、②、③の就業時間内における事業場施設の利用中および事業場施設内で行動中の場合
- ⑤事業の運営のために直接必要な業務(事業主の立場で行われる業務を除く)のために出張する場合
- ⑥通勤途中で以下の場合
- 労働者の通勤用に事業主が提供する交通機関の利用中
- 突発事故(台風、火災等)による予定外の緊急の出勤途中
- ⑦事業の運営に直接必要な運動競技会その他の行事について労働者(業務遂行性が認められる者)を伴って出席する場合
赴任途上での業務災害が認められる要件
海外への派遣に伴い、労働者が赴任途中において災害に遭った場合、以下の要件をすべて満たしたときに、業務災害として認められます。
- 海外派遣を命じられた労働者が、その転勤に伴う移転のため転勤前の住居等から赴任先事業場に赴く途中で発生した災害であること
- 赴任先事業主の命令に基づき行われる赴任であって、社会通念上、合理的な経路および方法による赴任であること
- 赴任のために直接必要でない行為あるいは恣意的行為に起因して発生した災害でないこと
- 赴任に対して赴任先事業主より旅費が支給される場合であること
通勤災害
通勤災害については、海外派遣者であっても、国内の労働者と同様に扱われます。ここでの「通勤」は、就業に関して以下の移動に該当するときです。
- (1)住居と就業場所との間の往復
- (2)就業場所から他の就業場所への移動
- (3)(1)の往復に先行または後続する住居間の移動
上記の内容は、合理的な経路や方法によって行うことをいい、業務の性質を有するものは除きます。また、上記の(1)から(3)の移動の経路を逸脱したり、それらの移動を中断したりした場合は、その移動については通勤に該当しません。
補償が認められない場合
労働者が業務中に他人から暴力を受け、怪我等を負った場合、私的な関係での出来事であれば、業務災害ではないと判断される可能性があります。そのため、労災保険の補償が認められず、保険給付を受けられません。
加入の手続
特別加入制度へ加入する際、どのような手続を踏めば良いのでしょうか?
加入手続について本項で解説していきます。
提出書類
使用者は、海外派遣者のなかで加入予定のある者をまとめて手続を行うことになります。提出書類と提出先については以下のとおりです。
- 提出書類:特別加入申請書
- 提出先:所轄の労働基準監督署長を経由した、所轄の都道府県労働局長
提出書類である特別加入申請書には、加入を希望する労働者の具体的な業務内容、地位・役職名、希望する給付基礎日額等を記入します。また、中小事業の代表等として派遣する者については、労働者としての対応とは異なり、申請書の業務内容に、派遣先の事業の種類、事業における労働者数、所定労働時間を記入しなければならないため、注意が必要です。さらにその場合は、派遣先の事業規模等を証明する資料を添付する必要があります。
派遣期間終了の場合の手続
海外派遣の期間が終了した場合の手続として、考えられるケースが2点あります。
(1)派遣者全員
このケースでは海外事業自体が終了し、派遣者全員を特別加入から脱退させる場合が考えられます。
➡特別加入に関する変更届・特別加入脱退申請書のうち、「特別加入脱退申請書」を丸で囲み、記載して提出します。この際も、都道府県労働局長の承認が必要になります。
(2)特定の派遣者のみ
このケースは、派遣者のうち、何人かが派遣期間が終了になり、特別加入から脱退させる場合です。
➡上記の申請書のうち、「特別加入に関する変更届」を丸で囲み、記載のうえ提出します。
上記(1)(2)の書類は、脱退・変更する日の30日前から前日までに提出しなければならないことに、ご注意ください。
労災保険の特別加入制度に加入した者が、業務災害や通勤災害によって被災した場合、保険給付が行われ、特別支給金が支給されます。これらは、特別加入制度に限らず、国内で勤務する者に適用する労災保険給付と同様になります。
保険給付・特別支給金の種類については、以下のとおりで、特別支給金の有無は保険給付の種類によって異なります。
また、保険給付を請求する際は、派遣元や事業主を通じ、請求書には「派遣先の事業主の証明書」(災害の発生状況等の資料)を添付する必要があります。
保険給付の種類 (上段:業務災害、下段:通勤災害に支給される保険給付の名称) |
特別支給金 |
---|---|
療養補償給付 療養給付 |
なし |
休業補償給付 休業給付 |
休業特別支給金 |
障害補償給付 障害給付 |
障害特別支給金 |
傷病補償年金 傷病年金 |
傷病特別支給金 |
遺族補償給付 遺族給付 |
遺族特別支給金 |
葬祭料 葬祭給付 |
なし |
介護補償給付 介護給付 |
なし |
保険給付及び特別支給金の種類については、以下の厚生労働省のページをご参照ください。
厚生労働省HP 特別加入制度のしおり 保険給付・特別支給金の種類(PDF)企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
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※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある