障害者の在宅勤務|導入の流れや雇用・労務管理
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
在宅勤務は、テレワークの一種であり、障害によって出勤が難しい障害者の雇用機会を拡げることが期待できる就業形態です。
新型コロナウイルス感染症の拡大によって、在宅勤務は日本社会に広く普及しました。令和3年4月から障害者トライアル雇用でも推進されるなど、企業が障害者の在宅勤務について理解を深める機会も増えています。
このページでは、在宅勤務での障害者雇用を具体的に検討していただくきっかけとなりますよう、事業主が在宅勤務の導入や雇用管理をしていくうえで知っておきたいこと、助成金の紹介などを中心にお伝えしていきます。
目次
障害者雇用における在宅勤務とは
障害者雇用とは、企業などが障害者雇用枠を設けて、障害のある労働者を雇用することです。一般的には障害によって手帳を交付された障害者が対象となります。
会社には、雇用している労働者数のうち一定の割合で障害者を雇わなければならない「法定雇用率」という制度があり、今後も割合が引き上げられることになっています。障害者雇用を拡大するために、在宅勤務を導入することは必須になっていくと考えられます。
障害者雇用について全般的に詳しく知りたい方は、以下のページを併せてご覧ください。
また、在宅勤務とは、労働日の全部、あるいはそのほとんどの部分に関して出勤が免除され、事業所ではなく、自身の住所・居所で仕事をすることで、職場ではない場所で働くリモートワークの一種です。
以降では、障害者の在宅勤務について説明していきます。
在宅就業との違い
「住宅就業」は、企業の間に雇用関係がありません。企業が、請負契約を結んだ在宅就業者に仕事を発注する就業形態です。
他方で「在宅勤務」は、企業との間で雇用契約を結び、主に自宅で働く就業形態です。“テレワーク”に分類されます。
障害者の在宅就業については以下のページでも説明していますので、ぜひこちらも併せてご覧ください。
障害者の在宅勤務を導入する流れ
障害者の在宅勤務は、次のような流れで導入します。
- 募集する職務の検討
- 就業規則等ルールの検討・整備
- システムやツールの検討・整備
- 募集・選考・採用
- 在宅雇用する障害者の教育
この流れについて、以下で解説します。
①募集する職務の検討
募集職務の検討にあたっては、障害の特性に合わせた配慮が必要なだけでなく、ほかの従業員の負担等にも配慮しなければなりません。
また、現状で在宅勤務者が1人で完結できる作業等ばかりに目を向けるのではなく、職場全体の業務効率化を視野に入れる必要があります。
在宅勤務者の業務の幅を広げるために検討できる事項の例として、次のようなものが考えられます。
《例》
●紙媒体の資料・マニュアル等を電子化する
●セキュリティを弱めず、アクセス制限の範囲を広げるシステムを導入する
●多様なコミュニケーションツールを導入する
また、在宅の障害者にどのような職務が適しているかを試すために「障害者トライアル雇用」の活用や、ハローワークで開催されている事業主向けセミナーへの参加、先進的に取り組んでいる企業の見学会への参加等を行うと良いでしょう。
障害者トライアル雇用について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
②就業規則等ルールの検討・整備
在宅勤務者も、企業との雇用関係にある以上、労働基準法などの適用対象となります。
したがって、在宅勤務者の特化した労働時間のルールや、在宅勤務で生じる通信費等の費用負担のルールなど、在宅勤務に係るルールを新設しなければなりません。
また、現行のルールに追加する必要がある場合には、就業規則の改訂・変更及び労働基準監督署への届出が必要になります(労基法89条)。
③システムやツールの検討・整備
在宅勤務者と通勤するほかの従業員が、大きな支障なく業務を回すために必要なシステムやツールを検討します。具体的には、チーム・部署単位で有効に活用できて、かつ企業側が準備可能な範囲のものを検討します。
例えば、次のようなシステムやツール等を導入すると良いでしょう。
- 在宅でも相手の顔を見ながら話ができるWeb会議システム
- メールよりもタイムリーな情報共有が期待できるチャット等のコミュニケーションツール
- 在宅勤務者の過剰労働を防止するための、労使双方にとって使いやすい勤怠管理システム
ただし、実際に導入するものについては、雇用が確定した在宅勤務者の障害の特性・当該障害者の意向を確認してから決定すべきでしょう。
④募集・選考・採用
選考においては、企業側の人事担当者や面接官等が、応募者の障害の程度や、働いてもらうときに必要な配慮について、正しく把握することが重要となってきます。
そのためには、選考において、できるだけ応募者と“直接”会う機会を設けること、また、面接の際には、障害の特性などに明るい支援員に同席してもらうことが有益な方法といえるでしょう。
通勤が困難な障害者にとって、Web面接等の方が負担は少ないように思われますが、Webを通してわかる情報には限界があります。
そこで、直接会って実際の動作等を確認するとともに、理解が足りない部分については専門的な知識を持つ支援員に補足してもらうことで、正しい認識・適切な配慮事項の検討が可能になります。
障害者を募集するときには、ハローワークを利用する方法や、専門サイトを利用する方法等があります。ハローワークでは、面接のときに職員が同行する等の対応も行われています。
障害者を対象とした採用活動については、以下のページで詳しく説明していますので、こちらも併せてご覧ください。
⑤在宅雇用する障害者の教育
在宅勤務をする障害者のスキルアップや、在宅勤務をする者も含めたチームとしての成長を実現するために、積極的なコミュニケーション等が必要となります。
そのために、メール等の文字だけのやり取りに終始せず、なるべく会話をする機会を増やすようにしましょう。
Web上で顔を合わせながら会議や打ち合わせができるツールを使って積極的にコミュニケーションをとる、定期的に集合研修を行うなど、会社に出勤する時とできるだけ同じ環境を整えることも重要です。ただし、移動を伴う研修等については、障害の特性などへの配慮が必要になります。
在宅勤務において従業員のモチベーションを保ちながらスキルアップを目指すためのポイントは、ルーティン作業のような業務から始めて、徐々に業務に変化を与え、スキルアップについて従業員自身に意識してもらうことです。
障害者の在宅勤務における雇用・労務管理
在宅勤務者の雇用形態
障害者雇用の課題は採用のみならず、採用後の継続雇用、つまり「障害者の雇用を安定させること」です。
実例は少ないものの、在宅勤務の障害者を正社員として雇用しているケースもありますが、通勤している従業員との区別、就業規則変更の困難などを理由に、在宅勤務者の雇用形態の多くは、嘱託やパートタイマー、アルバイトなど、正社員以外の雇用形態となっています。
賃金等の評価方法
賃金査定をする際には、在宅勤務の従業員と、出勤している従業員とが同じ方法で評価されるべきです。
在宅勤務の場合、労務管理者が直接業務の様子を確認することができないため、労働時間の管理やコミュニケーション不足への不安などの懸念事項があるかもしれません。
しかしながら、業務成績や成果物を基準に賃金査定をする場合、一般勤務者と在宅勤務者で評価方法を変えてしまうことは、かえって公平性に欠けることがあります。
むしろ、“在宅勤務”だからと不利な扱いをしないよう、在宅勤務者の就労環境や労務管理の方法を整備することに注力すべきでしょう。
労働時間の管理
在宅勤務の障害者についても、基本的には、事業所が採用する労働時間制のもと、就業時間や休日も一般勤務者と同じルールが適用されます。
例えば、通常の労働時間制であれば、始業・終業時刻や所定休日は固定となります。また、フレックスタイム制やみなし労働時間制を採用している場合には、始業や終業、休憩の報告を課したり定期的なWeb会議を実施したりすることも大切です。
このとき、始業・終業時刻を報告する方法(例:ICカード、電話、勤怠管理ツール等)なども、できる限り一般勤務者と同様の運用とすることが望ましいでしょう。
在宅勤務をしている労働者の労働時間を管理しないと、気づかないうちに長時間の残業をしているおそれがあります。長時間労働は過労による労災につながるだけでなく、高額な未払い残業代を請求されるリスク等にもつながるため、労働時間の管理はしっかりと行いましょう。
雇用保険・労災保険の適用
在宅勤務をしている障害者に雇用保険と労災保険が適用されるかについて、以下で解説します。
雇用保険
在宅勤務者が雇用保険の被保険者となるには、ハローワークに「在宅勤務者実態証明書」を提出して、在宅勤務者に“労働者性”があることを証明しなければなりません。
在宅勤務者の“労働者性”は、次の要件に照らして総合的に判断します。
- ①在宅勤務者への指揮監督系統が明確である
- ②拘束時間等が明確に把握されている
- ③各日の始業、終業時刻など、勤務実績が事業主に明確に把握されている
- ④勤務期間あるいは勤務時間をもとに報酬(月給・日給・時給等)が算定されている
- ⑤請負・委任的な契約でないことが雇用契約書や就業規則から明確にわかる
労災保険
労災保険は、業務時間中などに発生した労働災害に対する補償を目的とした保険です。
障害者の在宅勤務で発生した事象が労働災害か否かは、主に次の2つのポイントによって判断されます。
- 事業主の指揮命令下にある業務時間中の業務災害であること
- 業務と災害との間に因果関係があること
障害者の在宅勤務に必要な配慮
障害者の在宅勤務のために、次のような配慮が必要となります。
①合理的配慮
②コミュニケーションへの配慮
これらの配慮について、以下で解説します。
合理的配慮
事業主には、職場における、障害をもつ労働者の活躍の妨げとなる事情が改善に向かうよう、何らかの対策を講じることが求められます。これを、「合理的配慮の提供義務」といいます。
例えば、通勤することがより困難な障害を抱えている労働者については、在宅勤務の頻度を増やすといったことも有効な対応のひとつといえるでしょう。
障害の特性や、募集・採用・採用後など場面に応じて必要となる「合理的配慮の提供義務」については、別途ページを設けて詳しく解説していますので、こちらも併せてご覧ください。
コミュニケーションへの配慮
在宅勤務者には、連帯感を持って仕事に取り組んでもらえるよう、あるいは疎外感を抱かせないよう、コミュニケーションの方法や頻度等に特に配慮が必要となるでしょう。
例えば、次のような方法でコミュニケーションを取ることが考えられます。
- 週1回や月1回など定期的な出勤日を設ける
- 定期的にWebカメラを使ったミーティングを行う
- メールや電話、チャット等で話し合う
ただし、労働者の障害の程度や通勤距離によって適正な出勤頻度は異なります。そもそも通勤に支障があって在宅勤務をしている労働者については、出勤日を設けない方針で検討することが望ましいでしょう。
在宅勤務者の障害者雇用率
障害者雇用率制度とは、雇用している労働者のうち、一定の割合で障害者を雇用することを義務づける制度です。定められた割合を下回ると、納付金を支払わなければならない等のペナルティを受ける場合があります。
算定対象となる障害者は、基本的に週20時間以上働いている、1年を超えて雇用されているかその見込みのある労働者等であり、在宅勤務者であっても雇用している障害者として扱われます。
今後、法定雇用率は段階的に引き上げられることになっています。表をご確認ください。
民間企業の法定雇用率 | 対象事業主の範囲 | |
---|---|---|
令和5年度 | 2.3% | 43.5人以上 |
令和6年4月 | 2.5% | 40.0人以上 |
令和8年7月 | 2.7% | 37.5人以上 |
障害者雇用率制度について、さらに詳しく知りたい方は以下のページを併せてご覧ください。
障害者在宅雇用に関する助成金
障害者雇用調整金のほかにも、次のような助成金があるので活用をご検討ください。
- ①障害者作業施設設置等助成金
- ②特定求職者雇用開発助成金
- ③障害者介助等助成金
障害者作業施設設置等助成金
「障害者作業施設設置等助成金」は、一定の要件を満たす労働者について、対象障害者の継続雇用にあたり生じている就労上の課題を克服するための作業施設・設備の設置または整備について、かかる費用の3分の2(上限あり)を助成する制度です。
なお、在宅勤務の導入による障害者雇用の拡大のために、市販の設備・機器の設置または整備も助成の対象となり得ます。
また、設置又は整備の対象が施設か設備か、工事または購入によるものか賃借によるものかで上限額等が異なります。
工事または購入による設置または整備(第1種作業施設設置等助成金)に関する障害者1人あたりの上限額
◆施設:450万円
◆設備:150万円
※ただし、同一事業所あたり同一年度について4500万円が限度となります。
賃借による設置または整備(第2種作業施設設置等助成金)に関する障害者1人あたりの上限額
◆施設:13万円/月
◆設備:5万円/月
※ただし、支給対象となる期間は3年となります。
特定求職者雇用開発助成金
「特定求職者雇用開発助成金」は、ハローワーク等の紹介により就職が難しい障害者を継続して雇用する目的で雇い入れており、かつ一定要件を満たす事業主を助成する制度です。在宅勤務者として雇用する場合にも、要件を満たしていれば助成の対象となります。
なお、支給額は対象者の属性などに応じて30万~240万円の幅があり、助成の対象となる期間も1~3年と異なります。
詳しくは厚生労働省のサイトをご覧ください。
障害者介助等助成金
「障害者介助等助成金」は、定められた基準以上の重さの障害を抱えている労働者のために職場介助者の配置等を行ったときに、かかる費用の4分の3を助成する制度です。
ただし、支給対象期間である10年が経過した後では、費用の3分の2が助成されます。また、支給額の上限が設けられています。
ほかにも、手話通訳担当者や要約筆記担当者、障害者相談窓口担当者について、費用の助成が行われます。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある