競業避止義務における引き抜きについて
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員は、使用者との労働契約中、それに付随するものとして秘密保持義務や競業避止義務等の誠実義務を負います。
競業避止義務とは、その会社の事業と競業する行為をしてはいけないという義務をいいます。例えば、在職中に会社のノウハウや顧客情報を用いて新たな同業会社の設立を計画するようなことはもちろん、同僚や部下を大量に引き抜いて同業他社に転職することも、この競業避止義務に反します。
ここでは、競業避止義務における引き抜きに関して、詳しく解説します。
目次
競業避止義務と引き抜き
引き抜きに関しては、就業規則において競業避止義務に関する規定として明確に禁止しているか、または個別に特約を交わしていれば、損害賠償を請求できます。ただし、就業規則に定めがなくとも、傍目にも明らかに悪質であると思われるような引き抜きであれば、損害賠償請求が認められる可能性はあります。
競業避止義務全般に関しては、以下のページで詳細に解説しています。ご参照ください。
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【在職中】の引き抜き行為
従業員は、在職中、労働契約に付随する誠実義務を負います(労働契約法3条4項)。一方で、憲法では職業選択の自由が保障されています。ですので、ほかの社員に転職の誘いをかけるような程度であれば、不法行為とはみなされません。しかし、その引き抜きが社会的相当性を大きく逸脱し、会社に多大な不利益をもたらすものと認められれば、不法行為となり得、損害賠償請求が認められる可能性があります。たとえば、在職中から競業他社と接触・計画し、大勢の部下や同僚を一斉に引き抜く等の行為がそれにあたります。また、就業規則や個別の特約で引き抜きを明確に禁止していれば、債務不履行責任が発生するでしょう。
在職中の引き抜き行為について、取締役の場合、一般従業員の場合、それぞれ以下で解説します。
取締役の引き抜き行為(在職中)
会社法では、『取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない(会社法355条)』と、取締役の忠実義務を定めています。取締役が在職中に引き抜きを行うことは、忠実義務に違反する不法行為であり、損害賠償請求が認められる可能性があります。
有名な裁判例として、リアルゲート事件(東京地方裁判所 平成19年4月27日判決)があり、部下を引き抜いて新会社を設立した取締役に対し、取締役の忠実義務に違反するとして、損害賠償請求が認められています。
従業員の引き抜き行為(在職中)
在職中の従業員による競業行為を禁止する法律はありません。しかし、労働契約中はそれに付随するものとして誠実義務を負い、その中に競業避止義務も含まれると解されています。就業規則に定めがあるか、個別の特約があれば、従業員が在職中に引き抜き行為を行ったとき、懲戒処分をすることは可能です。また、社会的相当性を逸脱したきわめて悪質な行為であれば、損害賠償請求も認められる可能性があります。
【退職後】の引き抜き行為
退職後には、労働契約中に負っていた忠実義務・誠実義務はなくなります。よって、退職後に引き抜きを行っても、単なる転職の勧誘行為程度であれば、違法とはなりません。ただし、引き抜き行為の態様によっては不法行為となる可能性があります。
取締役の引き抜き行為(退職後)
取締役とはいえ、退職後には忠実義務は負いません。よって、退職後の引き抜きは通常は違法とはなりません。ただし、在職中から競業他社と接触し計画を立てていた、一斉に大勢の従業員を引き抜いた等、様々な状況を総合的に鑑みて、それが悪質であり、社会的相当性を逸脱したものとみなされれば、不法行為として損害賠償請求が認められる可能性があります。
また、退職後も競業避止義務を負う特約を結んでいた場合は、債務不履行となり損害賠償を請求できる可能性があります。
従業員の引き抜き行為(退職後)
従業員も、退職後は誠実義務を負いません。そのため、通常、引き抜き行為が違法となることはありません。ただし、営業秘密である情報、ノウハウ、顧客情報等を、引き抜いた従業員に持ち出させる等、きわめて悪質な行為で会社に著しい不利益をもたらした場合、それが不法行為とみなされる可能性はあります。
また、個人的に退職後も競業避止義務を負う特約に合意していた場合、その合意が自由意志に基づき、かつ合理的な範囲内のものであると認められれば有効とされ、損害賠償請求や退職金の没収等が認められる可能性があります。
顧客奪取行為
顧客を別会社に勧誘するような行為に対しては、それが在職中であれば、忠実義務や誠実義務に対する違反行為となり、損害賠償請求や懲戒処分が可能です。
退職後、別の会社に転職してから元の会社の顧客を奪う、あるいは自分で会社を設立して顧客を奪うといった行為は、忠実義務や誠実義務を負っていませんので、基本的には自由競争の範囲内であり、不法行為とはみなされません。ただし、退職後も競業避止義務を負う特約に合意していた場合や、不正競争防止法に違反する場合は、損害賠償請求が認められ得ます。また、それが自由競争の範囲から逸脱したものであった場合にも、不法行為とみなされる可能性があります。例えば、営業秘密として認められるような情報を持ち出す、退職後に前社の評判をひどく棄損するような発言したり、虚偽の情報を顧客に流したりする、一度に大勢の顧客に働きかけを行う等の行為です。
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違法と判断される場合
引き抜きが不法行為と判断されるか否かは、
- ・引き抜かれた従業員の地位
- ・引き抜かれた従業員の数
- ・会社に及ぼした影響
- ・勧誘方法・態様
等の事情を考慮すべきであると、裁判例で判示されています(大阪地方裁判所 平成14年9月11日判決 フレックスジャパン・アドバンテック事件)。また、これらのほかにも、計画性をもって行われたものか、その悪質性等も考慮されます。
前述のフレックスジャパン・アドバンテック事件では、人材派遣会社の幹部数名が、在職中から競業他社であるA社と共謀し、A社に転職が決まっていながらそれを隠し、また、スタッフに、営業所が閉鎖されると虚偽の情報を吹き込み、金銭を与える等してA社に勧誘、結果的に80名を退職させる引き抜きを行いました。裁判所は「計画的かつ極めて背信的」、「社会的相当性を著しく逸脱した違法な引き抜き行為」と判断し、損害賠償請求を認めています。
違法と判断されない場合
憲法では職業選択の自由が保障されていますし、市場では自由競争も認められています。ですので、引き抜きに応じて転職しても違法ではありません。また、退職後は会社法に基づく忠実義務も、労働契約法に基づく誠実義務も負いませんので、原則として、引き抜き行為をしても不法行為とはなりません。
不法行為とみなされないのは、まず、悪質さや計画性がなく、本人の自由意思に基づいて転職したケースです。また、会社から排斥された取締役について共に退職する等、会社に大きな損害を与えるわけではない場合も不法行為とはなりません。あるいは、転職した本人が元の会社に強い不満を抱いていた等、自発的な転職への強い動機があれば、それも悪質な引き抜きではなく職業選択の自由の範囲内での転職として扱われます。
差止請求についての注意点
競業避止義務に違反した従業員に対しては、就業規則や個別の特約で競業避止義務を定めている場合、差止請求ができる場合がありますが、引き抜きに関しては、事前に差し止めることは特段の事情がない限り非常に難しいでしょう。
差止措置は重大な不利益を課すものですので、裁判所も非常に慎重に判断する傾向にあります。事前に引き抜きを差し止めることは困難だと認識しておくべきでしょう。
そのため、予防策として、従業員に引き抜き行為を禁止する誓約書に署名させる、就業規則上、引き抜き行為を懲戒事由とする等のことが重要となります。
損害賠償請求権についての注意点
従業員、あるいは元従業員が引き抜き行為をした際の損害賠償請求ですが、引き抜きを行ったその従業員本人はもとより、その従業員が在職中に競業他社と接触し、共に引き抜きを画策していたとすれば、その会社にも不法行為責任が認められる可能性があります。また、引き抜きに応じて転職した従業員も、競業避止義務を負う個別の特約を結んでいれば、義務違反として責任を追及できる場合があります。
競業他社への転職と同時に引き抜きを行った取締役、また、転職先の会社に損害賠償責任が認められた有名な裁判例として、以下の事案があります。
【最高裁 平成13年4月26日第一小法廷判決】
- 事件の概要
- 原告は外国語学校を経営する会社であり、被告は取締役営業本部長の地位にありましたが、英語教材を販売している被告会社と共謀して、24名の新人セールスマンを引き抜き、被告会社に転職しました。これを不法行為とし、原告会社は被告と被告会社に損害賠償請求をしました。
- 裁判所の判断
裁判所は、会社の従業員は、使用者に対して労働契約上の誠実義務を負い、その義務に違反し使用者に損害を与えた場合には、その損害を賠償するべきであるとしました。従業員の引き抜き行為は転職の自由の保護も鑑みなければなりませんが、被告は従業員を引き連れて辞める際、退職の予告をせずに、被告会社と内密に計画を立て、一斉、かつ大量に従業員を引き抜く等、その行為は転職の勧誘の域を超え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われたものであるから、不法行為に該当すると評価せざるを得ず、原告会社との雇用契約上の誠実義務に違反したとして、原告会社が被った損害を賠償する責任を負うという判決を下しました。
また、被告会社に関しては、原告会社における被告とその部下たちの役割と、彼らが抜けた場合に原告会社が受ける損害を十分認識していながら、集団移籍のための方法を被告と内密に協議し、不意打ち的な計画であったこと、勧誘以前にすでに事務所を用意していたこと、被告らの慰安旅行先に出向いて会社の説明をすることを事前に打ち合わせていたこと等々から、被告と共同して、引き抜き行為によって原告会社が被った損害を賠償する責任があるとしました。
ただし、この事案において、被告によって引き抜かれた社員たちは、慰安旅行中にホテルの一室に軟禁状態にされ、原告会社が倒産する等の虚偽の情報を聞かされたうえで転職を迫られ、正常な判断ができなかったと思われることから、損害賠償請求はなされていません。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある