みなし労働時間制とは|仕組みやメリット・デメリットについて
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
みなし労働時間制は、実際の労働時間に関係なく所定の時間を働いたものと“みなす”制度です。「裁量労働制」と「事業場外みなし労働時間制」という2種類の制度が設けられています。
テレワーク(在宅勤務)など多様な働き方に対応するために有効な制度ですが、みなし労働時間制が適用される場合の残業代の支払いの有無等について間違いのないように運用しなければなりません。
正しく導入すれば企業と労働者双方にメリットがありますが、誤った導入をすると違法な事態を引き起こすおそれがあるため、制度の概要や残業代の扱い等についてわかりやすく解説します。
みなし労働時間制とは
みなし労働時間制とは、実際に働いた時間にかかわらず、一定の労働時間働いたものとみなす制度です。ここで、働いたものとみなす時間のことを「みなし労働時間」といいます。
みなし労働時間制を採用しやすい業務や職種として、次の条件のどちらかに該当するケースが多いです。
- ①労働者に労働時間の配分を任せるのが合理的である
- ②労働者が社外に出ているため労働時間を把握することが難しい
みなし残業(固定残業代)制との違い
みなし残業制は、あらかじめ定めておいた一定時間分の時間外労働や休日労働、深夜労働に対して割増賃金を支払う制度です。そのほかに、固定残業代制などと呼ばれることもあります。
これは、みなし労働時間制とは全く違う仕組みであり、法律によって定められた制度ではありません。
なお、実際の時間外労働等により、固定残業代を上回る割増賃金が発生してしまうと、上回った分の割増賃金については支払わなければならないので注意しましょう。
「みなし残業(固定残業代)制」についてさらに詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
みなし労働時間制の種類
みなし労働時間制には、次の2種類があります。
- ①事業場外みなし労働時間制
- ②裁量労働制
これらの制度の対象となる業務について、表でご確認ください。
みなし労働時間制の種類 | 対象になる業務 |
---|---|
事業場外みなし労働時間制 | 会社の外で業務に従事しており、労働時間の算定が困難である業務 |
裁量労働制 | ●専門業務型裁量労働制 ●企画業務型裁量労働制 |
事業場外みなし労働時間制
事業場外みなし労働時間制とは、会社外で業務を行う外回りの営業職や出張中の者、在宅勤務をしている者など、会社側が労働者の実労働時間を正確に把握することが困難な職種等を対象としている制度です。
事業場外みなし労働時間制を導入するには、次の2つの要件を満たしている必要があります。
- (ア)労働者が全部又は一部の労働時間について、事業場外で業務に従事していること
- (イ)労働時間の算定が難しいこと
働いている場所が会社から離れた場所であっても、労働時間の把握・算定が困難とまではいえない場合には、制度を適用できないと考えられます。
また、事業場外みなし労働時間制を導入するときに労使協定や手当が必要であるかについては、表でご確認ください。
労使協定 | 時間外労働手当 | |
---|---|---|
所定時間分働いたとみなす場合 | 不要 | 不要 |
通常その業務を遂行するのにかかる時間分労働したとみなす場合 | 必要 | みなし時間による |
事業場外みなし労働時間制を適用できないケース
制度を適用できないケースとして、厚生労働省は次の3つの例を挙げています。
- ①複数名で事業場外労働をする際、その中に労働時間を管理する監督者が含まれている場合
- ②事業場外労働であっても、携帯電話等によって随時使用者が指示を出しており、業務進捗を把握できる場合
- ③事業場で、事業場外労働当日の行先や帰社時刻等の具体的な指示をして、労働者がその指示内容に沿って業務に従事し、事業場に戻ってくる場合
このほか、日報や日程表、IDカードの記録等から労働時間を把握できるような場合等でも、事業場外労働のみなし労働時間制を適用することはできません。
みなし労働時間制が違法になるとどうなるのか
みなし労働時間制が適用できないにもかかわらず同制度を適用していたとなると、長時間の残業を行っていたことになり、多額の残業代を支払う義務が生じるおそれがあります。さらに、残業代の支払いが遅れたことによる遅延損害金が発生する等、会社にとっての不利益が増大するおそれもあります。
事業場外みなし労働時間制の対象となるのは、あくまでも“事業場外”で、“労働時間の算定が難しい”業務に限られます。そのため、パソコンやスマートフォン等の連絡手段が発展している現状では、特に後者の要件を満たす可能性が低くなっており、裁判例においても制度の適用が否定された例が散見されます。
在宅勤務(テレワーク)時の適用要件
在宅勤務(テレワーク)についても、事業場外みなし労働制が適用されることがあります。
ここでいう在宅勤務とは、労働者が自宅でパソコン等を使って業務にあたる勤務形態を指します。
在宅勤務の場合、厚生労働省によれば次の要件を全て満たす必要があります。
- ①情報通信機器について、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと
- 勤務時間中に、労働者が自分の意思で通信回線自体を切断することができる場合
- 勤務時間中は通信回線自体の切断はできず、使用者の指示は情報通信機器を用いて行われるが、応答のタイミングを労働者が判断することができる場合
- 会社支給の携帯電話等を所持していても、折り返しのタイミング等について労働者が判断できる場合
- ②随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと
- 使用者の指示が、業務の目的、目標、期限等の基本的事項にとどまり、作業量や作業の時期、方法等を具体的に特定するものではない場合
裁量労働制
裁量労働制とは、ある特定の業務に就労している労働者について、実際の労働時間数にかかわらず、一定の労働時間働いたものとみなす制度です。
この制度は、「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」の2種類に分けることができます。
どちらも、事業場外みなし労働時間制とは異なり、適用できる業種があらかじめ限定されています。指定されている業種でない労働者について、勝手に適用することは認められないため注意しましょう。
裁量労働制について詳しく知りたい方は、こちらの記事も併せてご覧ください。
専門業務型裁量労働制
専門業務型裁量労働制とは、厚生労働省令が定めた下記の19の専門業務を行う労働者を対象とした制度です。労働時間の規定にとらわれず、あらかじめ労使協定によって定めた時間について労働したとみなすことができます。
- 新商品、新技術の研究開発
- 情報処理システムの分析、設計
- 新聞、出版の取材、編集、又は放送番組の制作のための取材、編集
- 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案
- 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
- コピーライター
- システムコンサルタント
- インテリアコーディネーター
- ゲーム用ソフトウェアの創作
- 証券アナリスト
- 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発
- 大学における教授研究(主として研究に従事するものに限る)
- 公認会計士
- 弁護士
- 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)
- 不動産鑑定士
- 弁理士
- 税理士
- 中小企業診断士
制度導入時には、次の手続きが必要です。
- 労使協定の締結
- 労働基準監督署長へ届け出る
裁量労働制の導入方法について知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
企画業務型裁量労働制
企画業務型裁量労働制は、企業において企画や立案、調査、分析の業務を行う労働者を対象とした制度です。
あらかじめ決めた労働時間だけ働いたとみなされる点は専門業務型裁量労働制と同様ですが、導入手続きはより複雑です。
- 労使委員会を設置して対象業務の範囲等を決議する
- 対象労働者の個別の同意を得る
- 労働基準監督署に届け出る
みなし労働時間制の残業代
みなし労働時間制では、基本的に残業代は発生しません。ただし、次のようなケースでは残業代が発生することがあります。
- みなし労働時間が法定労働時間を超えたケース
- 深夜労働や休日労働をしたケース
これらのケースで残業代を支払わないと、労働者から請求を受けるおそれがあるため注意が必要です。
以下で、詳しく解説していきます。
労働時間が法定労働時間を超えた場合
みなし労働時間制を適用していても、労働時間とみなす時間が法定労働時間を超えてしまっている場合には、超えた労働時間については残業代が発生します。
法定労働時間というのは、労働基準法によって定められている労働時間の上限のことで、基本的には「1日8時間、週40時間」とされています。
例えば、労働時間とみなす時間を1日9時間に定めてしまうと、法定労働時間上限の8時間を超えた1時間分については残業をした扱いとして時間外労働割増賃金の支払いが必要となります。
深夜・休日労働をした場合
みなし労働時間制が適用される労働者も、深夜労働や休日労働をさせる場合は残業代が発生することがあります。
そのため、基本的に、休日出勤した労働者や、深夜労働(午後10時~午前5時までの労働)をした労働者については、割増賃金を支払う必要があります。
みなし労働時間の算定方法
事業場外のみなし労働時間を算定するときには、通常の労働者の労働時間(所定労働時間)と、事業場外のみなし労働時間、内勤した時間を用いて計算します。
みなし労働時間制における労働時間の詳しい算定方法は、こちらの記事で解説しております。是非ご覧ください。
みなし労働時間制を導入するメリット・デメリット
みなし労働時間制を導入するメリットとデメリットについて解説します。
みなし労働時間制のメリット
みなし労働時間制のメリットとして、次のようなことが挙げられます。
- 業務を効率化できるので生産性が向上する
- 労働時間の把握、人件費の管理、給料の計算がしやすくなる
- 労働者のワークライフバランスが向上するため人材定着につながる
- 必要な人件費を事前に把握できるので、事業計画を立てやすくなる
みなし労働時間制のデメリット_
みなし労働時間制のデメリットとして、次のようなことが挙げられます。
- 導入の手続きが煩雑であり、手間や時間がかかる
- 規定を外れた不当な導入をしてしまうと、裁判に発展するケースがある
- みなし労働時間制の適用が否定されると、高額な未払い残業代が発生するおそれがある
- 過酷な労働をさせられると誤解されて、求職者に敬遠されるおそれがある
みなし労働時間制に関する注意点
みなし労働時間制を導入するときに企業側が注意するべきこととして、次の事項が挙げられます。
- ①適正な労働時間管理を行うこと
- ②就業規則を整備すること
- ③割増賃金のトラブルに注意すること
これらの注意点について、以下で解説します。
適正な労働時間管理を行う
みなし労働時間制は実労働時間の把握が難しい業務に適用される制度ですが、労働者の労働時間はなるべく管理することが望ましいと考えられます。
そのために、労働者にヒアリングを行う等の方法によって、労働時間や労働時間帯の傾向を把握すると良いでしょう。
無理のない労働が行われていることを確認して、過度な長時間労働をしている場合には健康確保を図る必要があります。
就業規則を整備する
みなし労働時間制を導入するときには、就業規則にその旨を記載する必要があると考えられます。
36協定は、みなし労働時間が法定労働時間の範囲内であれば、基本的に締結する必要はありません。しかし、みなし労働時間が法定労働時間を超える場合には、36協定を締結しなければなりません。
締結しなければ労働基準法違反となるため注意しましょう。
割増賃金のトラブルに注意する
みなし労働時間制を正しく導入していれば、基本的に残業代が発生しませんが、次のような場合には残業代を支払わなければならない可能性がある点に注意しましょう。
みなし労働時間が法定労働時間を超えている場合等には残業代が発生するため、払い忘れると労働トラブルに発展するおそれがあります。
また、実際の労働時間がみなし労働時間を大きく上回っている場合には、みなし労働時間制の適用が否定され、残業代を支払わなければならない可能性があります。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある