監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員が、業務外で病気やケガをしてしまったために、職場で働き続けることが難しくなってしまったときに、会社から休職命令を発令して、一定期間の治療に専念するよう促すことがあります。
しかし、従業員が休職命令を拒むケースも珍しい話ではありません。会社が休職命令を下す際には、適切な手続きを踏まないと、後々従業員から休職命令が違法であったと主張されることもあります。以下では、休職命令を従業員に下すにあたって、会社がどのような準備・手続きを行うべきかについて解説していきます。
目次
従業員が休職命令を拒否する理由とは?
従業員が業務外で病気やケガをしてしまったときに使われることの多い休職制度ですが、従業員側が休職命令を拒否するケースも少なくありません。
従業員が休職命令を拒否する原因として最も大きいのは、休職期間中の給与が無給とされるケースが多いためです。また、休職期間中に治療等が完了せず、職場復帰が難しい場合には、就業規則上自然退職とする扱いをしている会社が多いため、この点も相まって、休職命令を受け入れたくないと考える従業員が多いのです。
会社は休職命令を強制することができるのか?
休職制度の内容を具体的に規制する条文は労働基準法等にはなく、制度を設けるか否かは会社の裁量に委ねられている部分があります。
一般的に、休職制度は、労働協約や就業規則等に定められ、それらの規程に基づいて会社から休職命令を発令することが多いです。
休職命令を出す目的とは
会社が休職命令を発令する目的としては、従業員が病気やケガをしてしまったため、このままでは就業に支障があるため、一定期間従業員を休職させ、その間に就業に復帰することができるよう心身の健康を回復させることが挙げられます。従業員側にも健康を保つ義務がある
従業員の心身の健康を保つのは、会社側の安全配慮義務の一環でもありますが、従業員側にも自らの心身の健康を保つことが義務として求められています(労働安全衛生法第69条第2項)。
詳しくは以下のページをご覧ください。
休職命令を強制する方法
休職期間中は無給扱いとなることが多いこともあり、従業員側が休職命令を受け入れない事態も決して珍しいことではありません。会社としては、従業員から休職命令が違法である等の主張をされないように、適切な手続きを踏んで休職命令を発令する必要があります。
以下では、会社が休職命令を発令するにあたって、どのようなことが必要になるかを解説していきます。
休職命令について就業規則に規定する
休職制度について、労働基準法等の法律は具体的な定めを設けておらず、休職制度の根拠は労働協約や就業規則に求められることになります。そうすると、就業規則の定め方が不十分な場合ですと、休職させる必要のある従業員がいるにもかかわらず、就業規則に当該従業員を休職させることのできる条件が定められていないために、就業に耐えることができない従業員を休職させることができないという事態も生じ得ます。
詳しくは以下のページをご覧ください。
産業医や主治医の意見を聞く
業務外の傷病に起因して利用される休職制度ですが、従業員に生じた傷病が本当に休職命令を下すことが必要とまでのものといえるか、会社として客観的に判断をする必要があります。
会社としては、従業員の休職期間の間、欠員が生じた分の業務をどのように回していくかを考えていかなければいけませんし、そのためにも欠員が生じる期間はどれくらいになるかという見込みを立てなければいけません。
そこで、会社としては、休職命令を発令するにあたり、産業医や主治医の意見を聴取し、休職命令の要否やその内容を吟味することが求められます。専門家の意見を介在させることで、休職命令の適法性を示す客観的な証明の一助にもなります。また、会社としては、就業規則に、休職判断にあたって、従業員に対し、会社の指定する医師の受診を義務付ける規定を設けることも考えられます。
従業員に休職の必要性を説明する
休職「命令」であるからといって、従業員を強引に休職命令に従わせてしまうと、後々従業員から休職命令を強引に下されたと主張されて、法的紛争に発展する可能性もありますし、例え適法な休職命令を行っているとしても、法的紛争に発展した場合のコストは決して小さくありません。
従業員にとって、無給扱いになる可能性もある措置であることから、会社としては休職期間を通じて従業員に心身の治療に専念して欲しい旨を伝え、休職命令に対する従業員の理解を得られるように努めることが肝要です。
休職命令に応じない従業員を懲戒処分にできるか?
休職命令は業務命令の一種ですので、休職命令に従わない従業員に対して、懲戒処分を行うことも考えられます。
詳しくは以下の各ページをご覧ください。
休職命令が無効となるケースもあるので注意!
しかし、会社が懲戒権に基づいて懲戒処分を行う際、懲戒対象となる従業員の性質・態様その他の事情に照らして、懲戒権の行使が客観的に合理性・相当性を欠く場合には、懲戒権行使の濫用にあたるとして、懲戒処分が無効になる場合があります(労働契約法第16条)。
例えば、就業規則に休職命令を下す根拠があり、休職要件に該当する場合であったとしても、休職命令それ自体が専ら従業員を会社から排除するための方策である等の事情がある場合、休職命令がハラスメントに該当し、裁判所が休職命令を無効なものであると判断することがあります。
仮に、休職命令が無効であると判断された場合、休職期間中に従業員が働くことができなかったのは、会社側の責めによるものであるとして、休職期間中の賃金の支払いに加え(民法第536条第2項前段)、付加金を課されるリスクもあります(労働基準法第114条)。
会社としては、休職命令発令後に不当・違法な休職命令であると判断がされないように、適切な手続きを踏んで休職命令を発令する必要があるといえます。
休職命令の有効性が問われた裁判例
会社による休職命令の有効性が争われた裁判例としては、東海旅客鉄道事件(大阪地判平成11年10月4日)があります。下記で、当該事件について解説していきます。
事件の概要
会社に勤務していた従業員が、業務外の私傷病により休職したところ、休職期間中に復職の意思を示しましたが、会社は現状のままでは職場復帰は難しいと判断し、結局従業員はそのまま休職期間の満了により自然退職となりました。
そこで、従業員は、復職の意思を示したにもかかわらず、特段の検討もせずに復職を認めずに自然退職とした会社の対応は違法ではないかと主張し、雇用契約上の従業員の地位にあることの確認及び未払分及び将来分の賃金の支払いを求めました。
裁判所の判断
裁判所は、休職後に従業員が復職の意思表示をした以上、会社は従業員の経験等に応じて、配置替え等の工夫によっても復職の可否を検討するべきであるにもかかわらず、それを怠り、自然退職として従業員を退職させたことは無効であると判断しました。
ポイント・解説
当該裁判例のポイントは、休職命令を発した後において、従業員が復職の意思を示した場合、単に従前の職場に復帰できるかのみならず、他の部署に配置替えする等して対応することができないかという点まで会社に検討を求めたという点にあります。
休職当初は就労に耐えることのできない状態であったとしても、事後的に従業員から復職意思の表明があった際には、会社において復職の可否を慎重に検討することを求めたものといえます。
仮に、休職命令を発した時点では適法な命令であったとしても、休職期間中に復職の可否について不適切な対応をとってしまうと、未払い賃金の支払い等、会社に不利益が生じ得ることに留意する必要があります。
休職命令についてお悩みの際は、人事労務に詳しい弁護士にご相談ください
休職命令は、従業員にとっては休職期間中無給扱いとなる場合があるなど、不利益な面がある一方、会社としては、従業員に必要な期間休職してもらい、万全の状態で職場に復帰してほしいという考えもあります。
しかし、その過程で従業員と会社の間で行き違いが生じると、従業員から休職命令の違法性を主張されることもあります。休職命令を下す際に、その適法性に不安がある場合には、事前に人事労務に詳しい弁護士までご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士榊原 誠史(東京弁護士会)
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士アイヴァソン マグナス一樹(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある