国歌斉唱等意向確認後の再任用選考不合格の適法性(大阪府(府立学校教員再任用)事件)~大阪地裁令和2年11月26日判決、大阪高裁令和3年12月9日判決~ニューズレター2024.6.vol.150

Ⅰ 事案の概要

本件は、大阪府立公立学校の教員であり、卒業式等における国歌斉唱時の不起立により過去に2度の戒告処分を受けていた控訴人が、定年を迎えるにあたって大阪府教育委員会(以下「府教委」といいます。)に再任用の選考を申し込んだところ、府教委から勤務先の校長を通じて、卒業式又は入学式における国歌斉唱時の起立斉唱を含む上司の職務命令に従うかどうかの意思確認を受け(以下「本件意向確認」といいます。)、控訴人がこれに回答しなかったところ、府教委により再任用選考を「否」とされ再任用がされなかった(以下「本件不採用」といいます。)ため、本件意向確認が違憲・違法、本件不採用が違法なものであると主張して、大阪府に対し損害賠償を求めた事案です。

Ⅱ 争点

⑴本件意向確認が違憲・違法なものか

⑵本件不採用に裁量権の逸脱・濫用があるか

⑶本件意向確認及び本件不採用による控訴人の損害額

これらの争点に対する判断の中で、本件不採用に裁量権の逸脱・濫用があるか否かが、本件で特に問題となりました。

これらのうち⑵本件不採用に裁量権の逸脱・濫用があるか否かという争点が、第一審判決と控訴審判決とで判断が異なる重要な点ですので、以下、この点に絞って解説します。

Ⅲ 判決のポイント

1 第一審判決

第一審は、上記の争点について、本件不採用は、府教委の裁量権の逸脱・濫用があるとはいえないとして、違法ではないと判断しました。判断のポイントは、以下のとおりです。

①再任用選考で考慮される従前の勤務成績の評価については、任命権者の裁量に委ねられている。

②本件不採用当時、原則として再任用希望者全員が採用されるといった運用は確立しておらず、再任用制度には、定年退職者の雇用の確保や生活の安定だけでなく、定年退職者の知識・経験等を活用することにより教育行政等の効率的な運用を図ることも目的に含まれることから、任命権者の裁量権につき、再任用希望者は原則として全員採用しなければならないといった制約があったということはできない。

③卒入学式における国歌斉唱時に起立斉唱を求める職務命令は、教育上ふさわしい秩序の確保とともに式典の円滑な進行を図るものであり、その遵守を確保する必要性があるところ、この職務命令に違反する行為は、学校の儀式的行事としての式典の秩序や雰囲気を損なうものであって、違反行為により式典に参列する生徒に対し影響を与えることが否定できない。

④控訴人を再任用職員として採用した場合、控訴人が更に同様の非違行為に及ぶおそれがあるため、③のリスクを回避すべく本件不採用と判断したことも不合理とはいえない。

2 本判決

大阪高裁は、上記の争点について、本件不採用は、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠き、裁量権の逸脱・濫用にあたるとして、違法であると判断しました。判断のポイントは、以下のとおりです。

① 再任用選考で考慮される従前の勤務成績の評価については、任命権者の裁量に委ねられている(第一審と同様)。

② 地方公務員の再任用制度は、年金支給開始年齢が65歳まで段階的に引き上げられることに対応するため、60歳定年後の継続勤務のための任用制度として新たに定めたものであり、国から地方公共団体に対する通知(以下「本件通知」という。)においても、定年退職する職員が再任用を希望する場合、任命権者は、当該職員が年金支給開始年齢に達するまで当該職員を再任用するものとすることが要請され、民間の労働者についても雇用と年金の接続を図る対応がなされていた。

③ 教職員の再任用率は、本件通知前から高い率だったものの、本件通知後は全体として一段と高くなっており、再任用希望者が原則として全員採用されるという運用が確立していたとはいえないが、教職員の再任用希望者はほぼ全員採用されるという実情にあった。

④ ②③の点から、遅くとも控訴人が再任用を希望した時点では、再任用希望者に再任用されることへの合理的期待が生じていたといえ、その合理的期待は法的保護に値するものに高まっていた。

⑤ ④を踏まえれば、再任用希望者は、再任用選考において他の再任用希望者と平等な取扱いを受けることを強く期待する地位にあったといえ、従前の勤務先の評価については基本的に任命権者の裁量に委ねられているものの(①参照)、他の再任用希望者との平等取扱いの要請に反するなど、その裁量の判断が客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くと認められる場合には、裁量権の逸脱・濫用に該当するとして違法と評価される。

⑥ 本件では、過去に戒告処分を受けたにとどまる控訴人が再任用を「否」とされたのに対し、生徒に対する体罰を繰り返し戒告処分より重い減給1月の懲戒処分を受けた再任用希望者は「合格」とされており、過去の懲戒処分の軽重と再任用の選考結果が逆転した状態であって、過去の懲戒処分歴について他の選考対象者との関係で不合理に取り扱われないという法的保護に値する期待に反するものであって合理性を欠く。

⑦ ⑥に加えて、②③の事情、控訴人の校長の内申では総合評価が「適」であったこと、控訴人は再任用により得られるはずの給与が得られず年金も支給されない状態となったこと、控訴人は国歌斉唱時の起立斉唱の命令以外の職務命令には従う意向を示していること、控訴人の勤務に関して2度の戒告処分を含む国歌斉唱時の起立斉唱に関するもののほか特に問題点が指摘されたことはなかったこと等から、本件不採用の判断は客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものである。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

本判決は、任命権者の広範な裁量権を認めつつ、再任用希望者における再任用についての合理的期待をも認め、本件不採用の判断が控訴人の合理的期待に反するとして、裁量権の逸脱・濫用を認めたという点に重要な意義があります。

本事例は、地方公務員の再任用が問題となったものですが、本判決において「民間の労働者についても、雇用と年金の接続を図る対応がなされていた」と言及されています。そもそも、民間の労働者については、高年齢者雇用安定法により65歳までの継続雇用が義務化されており、解雇事由に相当する事情がない限りは、継続雇用の拒絶が認められない状況にあり、公務員についてもできる限りこれに近づけるような判断をしたものと考えられます。

さらに、民間においては、令和3年に高年齢者等の雇用の安定等に関する法律が改正され、70歳までの定年延長が努力義務として定められました。法的義務とはなっていませんが、自社内における65歳以降の雇用率や更新に対する説明内容などから、65歳以降の雇用契約更新について合理的期待が生じた場合には、労働契約法第19条2号に基づき、同趣旨の判断に至る可能性はあります。

想定外のリスクが生じることを回避するためにも、企業側としては、65歳以降の継続雇用の期待が生じないよう、雇用契約書の更新上限を明記する、そのような記載と矛盾するような説明を行わない、仮に一部を65歳以降も継続雇用する場合にはその更新基準を明確にして不平等な取り扱いなどを行わないように留意するなどの対策を取るべきでしょう。

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