退職勧奨に応じなかった従業員に対する出向命令が 無効と判断された裁判例~東京地裁平成25年11月12日判決~ニューズレター 2014.5.vol.23掲載

I. 事案の概要

X1及びX2は、大手事務機器メーカーの40代と50代の男性社員で、これまで機器設計や研究開発のキャリアがあり、何度か社内表彰等の受賞歴があります。Y社は、従業員に対して、募集人員を500名程度とする内容で希望退職者の募集を実施する旨通知しました。X1、X2はそれぞれ希望退職に応じるよう勧奨されました(X1は3回、X2は4回)が、いずれもこれを断ったため、Y社は、Xらに対し、XらをY社の子会社であるA社(仕事内容としては製品のラベル貼りや箱詰め等単純肉体労働)へ出向させる旨の本件出向命令を発しました。なおY社は、従業員に個別の面談を実施し、希望退職優遇制度(退職条件として退職加算金を出すこと、退職事由を会社都合退職とし、再就職支援サービスを付与すること)への応募を勧めたにもかかわらず応募しなかった従業員に対し、出向を命じました。

Xらは、本件出向命令が無効であるとして、A社に出向して同社において勤務する雇用契約上の義務がないことの確認とともに、退職強要行為等の差止めおよび損害賠償を求めて労働審判を申し立てたところ、XらがA社に出向して同社において勤務する雇用契約上の義務がないことの確認について認容し、その余の申立てについては棄却しました。本件労働審判は、Y社が異議を申し立てたことから訴訟に移行し、①出向命令権の根拠の有無、②①が肯定された場合の本件出向命令の権利濫用該当性、という点が主要な争点となりました。

Ⅱ. 東京地裁平成25年11月12日判決

1.出向命令権の根拠の有無

裁判所は、出向命令権の根拠の有無について、出向は労務提供先の変更を伴うものであり、出向する労働者が労働条件その他の待遇面で不利益を受けるおそれがあるから、「使用者が労働者に出向を命ずるに当たっては、当該労働者の同意その他出向命令を法律上正当とする明確な根拠を要するというべきである。」と判示しました。

Y社の(ア)就業規則には、業務の都合等により異動を命ずる場合がある旨の定めがあり、(イ)国内派遣社員規定にも出向先における労働条件及び処遇について配慮する内容の規定があり、(ウ)XらとY社との労働契約において、職種や職務内容に関し特段の限定がなく、(エ)Xらは、Y社に入社するに際して、就業規則等を遵守すること、業務上の異動、転勤及び関係会社間異動の命令に従うことを約束する誓約書を差し入れており、(オ)国内派遣社員規定及び関連会社管理規定において、A社が出向先として予定された企業であることが具体的に明記されていること等も併せ鑑みれば、本件では、労働者の個別の同意に代わる明確かつ合理的な根拠があるというべきであるとして本件の出向命令権には根拠が存すると認定しました。

2.本件出向命令の権利濫用該当性

裁判所は、出向命令権に法律上の根拠がある場合であっても、使用者は、これを無制約に行使しうるものではなく、出向命令権の行使が権利濫用に当たる場合には、当該出向命令は無効となる(労働契約法14条)と述べたうえで、権利濫用に当たるか否かの判断は、(a)出向を命ずる業務上の必要性、(b)人選の合理性(対象人数、人選基準、人選目的等の合理性)、(c)出向者である労働者に与える職業上又は生活上の不利益、当該出向命令に至る動機・目的等を勘案して判断すべきであると判示しました。

(a)については、作業手順や人員配置を見直し、それによって生じた余剰人員を外部人材と置き換えること(事業内製化)で人件費の抑制を図ろうとすることには一定の合理性があるので、事業内製化による固定費の削減を目的とするものである限りは、本件出向命令に業務上の必要性を認めることができるというべきであり、(b)については、Y社における余剰人員の人選が、基準の合理性、過程の透明性、人選作業の慎重さや緻密さに欠けていたことは否めず、余剰人員の人選は、事業内製化を一次的な目的とするものではなく、退職勧奨の対象者を選ぶために行われ、(c)Xらの面談においても、本件希望退職への応募を勧める理由として、生産又は物流の現場への異動の可能性がほのめかされていたこと、Xらと同様に余剰人員として人選され、本件希望退職への応募を断った者は全員が生産又は物流の現場への出向を命じられたこと等の事実に鑑みれば、本件出向命令は、退職勧奨を断ったXらが翻意し、自主退職に踏み切ることを期待して行われたものであって、事業内製化はいわば結果にすぎないとみるのが相当であるとし、本件出向命令は、人事権の濫用として無効であると判断しました。

Ⅲ. 本裁判例から見る実務における留意事項

本裁判例は、希望退職を断った全員が出向の対象とされたこと及び出向先の子会社での仕事が、製品のラベル貼りや箱詰め等の単純肉体労働中心で、Xらのこれまでの機器設計や研究開発というキャリアと年齢に配慮したものではなく、身体的・精神的に負担の大きい業務であったことなどから本件出向命令が対象者を自主退職に追い込むという不当な目的のものであるとみられることから、人事権の濫用として無効であると判断したものと考えられます。本来、企業による出向命令は、整理解雇を回避する方策として、積極的に評価できる面がありますが、本件のように、むしろ出向命令自体が実質的に整理解雇を目的とするものであると評価できるような場合には、人事権の濫用として無効と判断される可能性が高いといえるでしょう。このような判断は労働契約法の規定の趣旨に沿ったものといえ、従業員をリストラする際は通常の解雇法理に従い慎重に行わなければならないということを改めて示したものといえます。

なお本裁判例では、本件出向命令及び本件退職勧奨は違法とまではいえないと判断しました。仮に説得活動として社会通念上相当と認められる範囲を超えるような出向命令及び退職勧奨であれば、違法であるとして損害賠償請求が認められる余地があるので、この点に関しても参考となる裁判例です。

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