監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員が会社の秩序を乱すような行動をしたり、勤務態度などに問題がある場合、会社は注意や指導を行う必要があります。そして、指導による改善がみられず何度注意しても問題行動を繰り返すようであれば、懲戒処分を検討することになるでしょう。とはいえ、最初から「懲戒解雇だ!」というのは難しく、むしろ「懲戒解雇」の無効を争われてしまう危険すらあります。
通常は始末書提出や減給、出勤停止等、就業規則の定めに従って軽い処分から順番に行うことがほとんどです。ただし、軽い処分だから気軽に使えるというものではありません。懲戒処分として行われることの多い、この3つの処分内容について注意点などを確認しておきましょう。
目次
懲戒処分とは
懲戒処分とは、従業員が会社の秩序を乱すような行為をした場合に行う会社からの罰則です。
秩序を乱す行為とは、会社の服務に違反する行動や、業務命令違反、会社の社会的信用を失墜させるような行動を指します。懲戒処分の種類は会社の取り決めによって異なりますが、一般的には、懲戒解雇、諭旨解雇、降格、出勤停止、減給、訓告、けん責等があります。
どの処分に決定するのかについては、違反した行為の内容や態様、程度等を確認した上で判断することが必要です。自社で規定されている懲戒処分にどういったものがあるのか、これを機に就業規則の内容を確認しておきましょう。
始末書の提出について
最も軽い懲戒処分であるけん責の場合には、従業員へ始末書の提出を求めて、厳重注意を行う対応が多くみられます。そのほか、減給や出勤停止の際にも合わせて始末書の提出を求める規定もあります。
始末書には、「懲戒としての始末書」と「業務改善のための始末書」の2種類があります。前者は、謝罪の表明や再発防止の誓約の意味であるのに対し、後者は、事実の経緯や顛末を記載することがほとんどのため、顛末書ともいわれます。けん責処分とした場合に、提出を命ずる始末書は前者の意味合いであることが多いでしょう。
けん責処分による始末書の提出については下記ページをご確認下さい。
始末書の提出を業務命令としてよいか?
懲戒としての始末書は、従業員の謝罪、反省の文書ですので、処分として提出を「求める」ことはできても、業務命令として、謝罪や反省の意を表明することを「強制する」ことは難しいといえます。
謝罪や反省の意は、つきつめれば労働者の思想・良心の自由といった憲法19条にも関係してくるため、提出の強制については多くの裁判例で否定的な見解がされています。
提出拒否を理由とした懲戒処分は可能か?
懲戒処分としての始末書の提出を業務命令にすることが難しいという前提は前述の通りです。
労働者に提出を義務づけることができないということは、提出を拒否したとしても労働者には義務違反が発生しないので、懲戒処分を科すことはできません。しかし、提出をしない従業員に対して何の措置もとらなければ、他の従業員に対して示しがつかないという問題もあるでしょう。
この場合には、昇格、昇給といった査定へ影響させることは許されると考えられていますので、処分ではなく、評価に反映させるべきでしょう。
始末書の提出拒否で懲戒処分が可能かについては、下記ページで詳細を解説しています。
代わりに顛末書や報告書の提出を求めてもよいか?
顛末書や報告書(上述した「業務改善のための始末書」)については、違反行為の顛末や事実経過を記載するものです。
労働者の反省や謝罪といった意思を記載する必要がないので、良心の自由を不当に制限するといった問題が発生しません。つまり、顛末書や報告書という形式であれば業務命令として提出を求めることが可能です。
始末書を求めるにあたっては、提出させる目的を考えた上で、反省と謝罪まで記載させる必要があるのか検討しましょう。
始末書の提出における「二重処罰」の問題点
「二重処罰の禁止」とは、1つの違反行為に対して二重に処分することは許されないという原則をいいます。たとえば、1つの問題行為Xに対し、減給処分と始末書の提出を求め、始末書の提出が無かったため、出勤停止処分とした場合などが該当します。
問題行為X → 減給処分+始末書提出 → 出勤停止処分
始末書を提出するまでは処分が完結していないと思われるかもしれませんが、始末書の提出を通告することで懲戒処分としては完了していますので、提出拒否をもって新たな懲戒処分を下すことはできません。
なお、「減給処分+始末書提出」自体が、「二重処罰の禁止」に該当するのではないかと質問されることがありますが、これは「併科処分」というものに該当し、権利濫用が無ければ問題がないとされています。一般的には懲戒処分に、始末書提出を同時に求めることは、その点だけみれば権利濫用の問題は生じないと考えられます。
つまり「二重処罰の禁止」に関する問題は、1つの事案について、Aという処分と次に科したBという処分の間にタイムラグが発生するような場合をいいます。
減給処分について
減給処分とは、労働者の実労働に対して支払われる賃金から一定額を差し引くことをいいます。ただし制裁としての減給であっても、賃金が労働者の生活基盤であることから、その上限額については労基法91条で以下のように定められています。
- 1回の額が1日の平均賃金の半額を超えてはならない
- 総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならない
なお、上記の10分の1を超えた部分を次期に繰り越すことは認められています。
賞与については本条の規制を受けないとされていますが、その場合でも、軽微な事案について賞与ゼロとするような減給は公序良俗に反するとされた裁判例もありますので注意しましょう。
懲戒処分による減給の定義について、下記ページよりご確認下さい。
過失の制裁としての減給は認められるか?
遅刻1回につきいくらと決める賃金減額や、服務規定に違反するような行為に対して減給することは労基法に定める減給制裁の範囲内であれば可能と考えられます。しかし、あらかじめ社用車の交通事故について「人身事故1回につき10万円」などと金額を定めた制度の場合はどうでしょうか。
原則として、従業員が行った過失によって会社に損害が発生した場合、現実に生じた損害の賠償を請求することは禁止されていません。しかし、金額等を一律かつ事前に定める場合には、賠償予定の禁止を定めた労基法16条に抵触する可能性があります。
自社の規定が、減給処分として認められるのか、賠償予定の禁止に抵触するのかについて疑問があれば弁護士へご相談下さい。
出勤停止処分について
出勤停止とは、一定期間、労働者の就労を禁止するもので、その期間中はノーワーク・ノーペイの原則に基づき賃金を支給しなくても問題ありません。ただし、賃金が支給されないということは労働者にとって非常に大きな不利益であるため、出勤停止の有効性やその期間の長さは慎重に判断することが重要です。
一般的には1、2週間程度を設定するケースが多く見られます。期間の長さについて法律上の規定はありませんが、事案の重さに対して処分期間が長すぎる場合には公序良俗違反となる可能性がありますので注意しましょう。
出勤停止の定義については以下のページで解説しています。
出勤停止中の行動まで制限することはできるのか?
出勤停止処分は、会社での就労を禁止するものであって、その期間中の行動まで制限することはできません。これに対し、処分決定までの間の暫定措置として下される自宅待機命令の場合は、自宅待機という職務命令に従うことが労働者の仕事となるため、命令期間中は自宅にいることが必要となります。
この場合、従業員は職務命令に従って行動しているため、賃金については平均賃金の6割が必要とされています。
出勤停止期間中の行動制限の詳細については以下のページをご確認下さい。
始末書提出・減給・出勤停止処分に関する企業の対応
懲戒処分が必要だと会社が判断した場合、実際に処分を行うにはルールが必要です。
問題行動のたびに、「今回は」「この人だったら」となんとなく処分内容を決めてしまうと法的リスクが発生します。
労契法15条では「懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には権利濫用として無効とする」と定められています。
懲戒処分を行うにあたっては、以下のポイントに注意しましょう。
- 就業規則に該当する懲戒事由であること
- 就業規則に定められた処分の種類であること
- 行為と処分の重さの釣り合いがとれていること
- 判断にあたっては軽い処分から段階的に検討すること
- 就業規則に定めた処分手続きを厳守すること
- 二重処分の禁止を厳守すること
懲戒処分については下記ページで詳細を解説しています。
懲戒処分を行う場合の注意すべきポイントについて以下のページをご参考下さい。
就業規則に規定を設ける必要性について
懲戒処分とは会社の秩序を保つために行われる制裁ですが、従業員に守るべきルールを示さず、突然、懲戒処分を与えるというのはフェアではありません。
労基法では「制裁の定めをする場合には、その種類及び程度」を記載するよう会社へ義務づけています。つまり懲戒処分を行うには、従業員の行為が就業規則で遵守すべきとされるルールに反しており、かつ処分内容が就業規則に記載されていなければなりません。
そして、単に就業規則に記載されているだけでは十分とはいえません。就業規則の内容に法的拘束力を持たせるには周知が必要です。労働者に周知されておらず、処分無効となった裁判例もあります。会社の規則にどのような定めがあり、周知が十分に行われているのか確認しておきましょう。
就業規則における懲戒処分の明示については、下記ページから詳細が確認できます。
懲戒処分や始末書の対応を円滑に進めるためには
たとえば今日、懲戒処分や始末書の提出を求めることになった場合、従業員へその根拠を示すことはできるでしょうか。
懲戒処分等を円滑に進めるためには、就業規則に懲戒処分の種類や手続き方法、適切な服務規定が記載されていることが必要不可欠です。就業規則のひな形を使っているから大丈夫というわけではありません。
法的には十分でも、会社にとって必要な服務規定が無かったり、処分の種類が不足していることもあります。会社の実情に沿わない規則であれば、ルールの模範とすることができず形骸化してしまうことでしょう。
自社の事情に合った就業規則の作成や、処分の重さの妥当性など対応については弁護士に相談しながら進めるとスムーズです。懲戒処分は社内秩序を維持するための最後の砦ですので、いつでも適切に行うことができるよう体制を整えておきましょう。
始末書の提出に関する判例
始末書には「懲戒としての始末書」と「業務改善のための始末書(いわゆる顛末書)」の2種類があります。
前者は反省・謝罪の意を述べるものですので、労働者の内心を不当に侵すようなことは許されず、業務命令とすることはできないと多くの裁判例で判断されています。
始末書提出を命令できず、求めることしかできないというのは会社側からすると何とももどかしいところでしょう。しかし、近時の裁判例の中には、業務命令とすることも可能と判断しているケースがあります。
事件の概要
就業規則の改定により懲戒処分を受けた従業員が、就業規則の一方的な不利益変更であり、従前の就労条件が適用されるとして懲戒処分の無効を訴えた事件です。
旧就業規則では、遅刻による減額規定はなく、遅刻30分以内であれば容認するという労働協約が存在しました。その後、労働協約は解約され、新就業規則では、遅刻の場合は遅刻届を提出し、その時間分の賃金をカットする旨が明記されました。
労働者3名は30分以内の遅刻について遅刻届の提出を命じられましたが、督促を受けても提出しなかったため、訓戒の懲戒処分を受け、始末書の提出を命じられました。しかし、労働者3名は始末書提出を拒否したため、会社は出勤停止1日の懲戒処分を下しました。これに対し、労働者3名は、就業規則の変更は労働組合との協議も不十分であり、一方的な不利益変更であるとして、従前の遅刻30分容認の慣行が適用されるとし、遅刻届の提出義務が発生しないことから、懲戒処分についても無効であると訴えました。あわせて、始末書提出は労働者の改悛・反省を求めようとするものであり、強制は許されないと主張しました。
裁判所の判断
(平成17年(ネ)1604号・平成18年2月10日・大阪高等裁判所・控訴審)
遅刻した労働者に、遅刻届を提出させたり、賃金を減額することは、遅刻を防止する上で合理的であり、従前の遅刻をしても賃金の減額を受けないという利益自体が、そもそも正当なものとはいえないとしています。その上で、就業規則の変更は社会的に相当で合理的であるとし、労働者3名には遅刻届の提出義務があり、業務命令違反による訓戒処分と始末書提出についても有効と判断しました。
また、始末書提出を業務命令とした点についても有効と判断しています。その理由として裁判所は以下のようにまとめています。
(以下、要約)『会社は社内秩序を維持するために労働者に必要な指示、命令をすることができ、労働者も労務提供義務とともに会社の秩序を遵守する義務を負っていることから、陳謝の意思を表明する程度の始末書提出を会社が労働者に命令することは可能であり、これに従わない場合に懲戒処分とすることもできるというべきである。』
始末書提出の業務命令は有効であり、提出拒否に対する出勤停止は妥当と判断されました。
ポイント・解説
本事案の判断に従えば、始末書を提出しない労働者に対して懲戒処分を行うことで、間接的に始末書提出を強制することもできるといえます。とはいえ、その場合にも懲戒解雇等の重い処分が許されるわけではないでしょう。本事案においても出勤停止1日の懲戒処分を有効としていますので、軽い処分に留まると考えられます。
減給・出勤停止処分や始末書の提出でトラブルとならないよう、企業法務に強い弁護士がアドバイスさせて頂きます
懲戒処分は、就業規則に定めておけば会社側に自由な裁量があるというわけではありません。客観的に妥当な処分で無ければ後々トラブルとなり無効になる可能性もあります。処分を検討するには客観性を担保するためにも社外の目を入れることが効果的でしょう。
企業法務に強い弁護士であれば、就業規則の内容検討から個別事案の対応までトータルサポートが可能です。懲戒処分に少しでも疑問・不安があればぜひ弁護士へご相談下さい。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 所長 弁護士谷川 聖治
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある