監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
業務を行う上で必要不可欠となっているインターネットとメールですが、従業員がこのツールを業務外の目的で使用していたらどうでしょうか。
業務時間中に、仕事に集中しないでネットゲームをしながら仕事をしていたり、業務と関係なくインターネットサーフィンをし続けていたり、株の取引き等に熱中していたり等、従業員が職務に専念していないということがあります。
さらに、最近では悪質なサイトへのアクセスや迷惑メールによるサイバー攻撃などの問題もあり、私的利用が原因となって被害を受ける可能性もあります。
本稿では従業員のメールやネットの私的利用にどう対応していくべきか解説しますので、社内のルール作りにお役立て下さい。
目次
なぜメールやネットの私的利用を禁止すべきなのか?
そもそもメールやネットの私的利用は禁止するべきものなのでしょうか。業務中の息抜きに同僚と少し話す程度の時間と変わらないのであればそのままでもいいのでは、という意見もあるかもしれません。しかし、メールやネットの私的利用は会社に大きなダメージを及ぼす可能性をはらんでいるのです。
情報漏洩による会社へのダメージ
もし、メールやネットの私的利用によって悪質なサイトにアクセスしたり、ウイルス感染ソフトが仕込まれたメールを受信してしまったらどうでしょう。不必要なサイバー攻撃に遭い、会社の機密情報などが外部に漏洩する可能性があります。情報漏洩を起こしたとなれば金銭的な損害だけで無く、社会的信用が損なわれ会社のイメージダウンにも繋がります。
また、漏洩した情報の中に取引先の重要情報が含まれていた場合、大切な取引先を失うことにもなりかねません。「単なる」私的利用ではなく、情報流出の一手となる可能性があることを認識しておくべきでしょう。
インターネットの私的利用による企業リスクの詳細については、下記ページを参照下さい。
従業員が負う「職務専念義務」
従業員は会社との間で「業務時間中は仕事に集中しなければならない」という、いわゆる職務専念義務を負っています。私的なメールやネットの利用は業務から離れた行為ですので、この職務専念義務に違反する行為となり得ます。会社パソコンではなく、従業員個人のスマートフォンやタブレットを使っていたとしても同様です。業務中は業務に関係ないことは慎むよう、従業員への周知を含め、就業規則の服務規定の内容についても見直すと良いでしょう。
職務専念義務の服務規律の定めについては、下記ページをご覧下さい。
インターネットの私的利用を禁止することは可能か?
職務専念義務に違反するようなインターネットの私的利用を禁止することは可能です。しかし私的利用の疑いが発生した際、禁止事項だから即処分というわけにはいきません。まずは私的利用が本当に行われたのか、その内容や頻度などについて調査が必要です。
しかし調査はどんな方法でも許されるわけではありません。私的利用の調査についての注意点を確認しておきましょう。
会社によるモニタリングやメールの閲読は許される?
メールやネットの私的利用があり、職務専念義務違反が疑われるなど調査を行う合理的な必要性があれば、就業規則に定めがなくても会社がモニタリングや閲読による調査を行う事は許されるとされています。しかし、特に必要性がないにもかかわらずモニタリングを行う事は従業員のプライバシー侵害に抵触する可能性があります。
つまり、会社の備品だから自由にモニタリング等を行っていいかというと、そうではないということです。後々トラブルに発展しないよう、調査・モニタリングの実施方法やルールについては就業規則等に規定し、従業員へ事前の告知や周知を行っておくほうが良いでしょう。
調査・モニタリングの実施については下記ページで詳しく解説しています。
→(服務規律_インターネットの私的利用 リンクページ:調査・モニタリングの実施)従業員のプライバシー保護における注意点
会社のインターネットやメールは業務上のシステムですが、会社の不祥事を未然に防ぐためなら無制約にモニタリングを行ったりできるかというとそうではありません。
モニタリングは個人情報の取得と関連する行為です。従業員のプライバシー保護の観点から一定の制約を受けると考えるべきですので、私的利用の禁止や調査に関する基準や方法などを周知してから行いましょう。
パソコンのモニタリングが違法になるケースとは?
就業規則等に規定していればすべてのモニタリングが許されるわけではありません。いき過ぎたモニタリングはプライバシーの侵害に繋がる等違法となる可能性があります。モニタリングを実施する際には、その責任者や権限を定め、明確なルールを策定しましょう。
以下のようなケースのモニタリングは違法になる可能性があります。
- モニタリングする権限を持たない者がメール等の私的利用を監視した場合
- 権限を持つ者であっても、モニタリングを行う合理的必要性がない状況下で、専ら個人的な好奇心等からモニタリングを行った場合
- ルール上の手続きを行わずに上司が独断でモニタリングを行った場合等
業務中のメール・ネットの私的利用を防止するには
メールやネットの私的利用の多くは従業員の、「少しならいいだろう」という認識が原因となっていることがほとんどです。未然に防止するには、従業員の私的利用によるリスク理解を深めることが非常に重要です。そのために必要な体制・環境作りは以下のようなポイントが挙げられます。
就業規則によるルールの明文化
就業規則は従業員が適切に働くための会社のルールブックです。就業規則にインターネットやメールを私的利用してはならないことやモニタリング等調査を行う事があることを規定し、周知を行いましょう。状況によって説明会を行うことも効果的です。就業規則に定めることで、私的利用があった場合の懲戒処分等の対応も明確になります。
インターネットの私的利用防止規程については以下のページをご参考下さい。
従業員への教育・指導
私的利用を行っている従業員は、少しくらい、と悪気なく行っていることがほとんどでしょう。
軽微な場合は、私的利用を見つけた際に、私的利用をしないように注意をするということで事足りるのではないでしょうか。意識として私的利用してはいけないという、社内での共通認識を持つことが重要です。さらに、私的利用によるウイルス感染等が情報漏洩のきっかけになる可能性があるなど、どのような問題に発展し得るのか研修などで教育すれば、意識の改善に繋げることができます。
また、モニタリング権限者となるような管理者にも調査ルールの教育を行う等、社内のルール運用を徹底しましょう。
休憩時間中の利用制限について
休憩時間については業務時間ではありませんが、パソコンの管理権限が会社にある以上、休憩時間の内容については責任を負わないというわけにはいきません。休憩時間は業務パソコンを使用しないとするルールを設ける等、休憩時間中の私的利用を回避できる工夫も良いでしょう。
休憩時間中のパソコン等の利用制限については下記ページで解説しています。
業務中のメール・ネットの私的利用への対応
防止対策を十分行ったとしても私的利用の発生リスクをゼロにすることはなかなか難しいでしょう。私的利用が発覚した場合の会社の法的な対応について解説していきます。
懲戒処分の対象となるのか?
もし私的利用の内容が、子どもの保育園の送迎など仕事との両立にあたり必要な場合や、ごく短時間であるなど常識的な範囲であれば許容すべき場合も多いでしょう。懲戒処分は日常の社会生活で必要な範囲を超えて行われるメール・ネットの私的利用を懲戒処分の対象と考えるべきです。
インターネットやメールの私的利用について懲戒処分を行うという規定があれば、その規定に基づき懲戒処分を行うことは可能です。もし、私的利用について明確に定められていなかったとしても、就業規則の別の規定を根拠にして懲戒処分を行うのが可能なケースもあります。まずは、根拠となる規定が定められているのか自社の就業規則を確認し、不明であれば専門家へ確認してみましょう。
メール・ネットの私的利用ではどの程度の処分を検討すべきか?
懲戒処分の内容が重すぎると無効になる可能性がありますので、調査で以下のような内容を確認した上で総合的に判断することになります。
- 頻度・回数・所要時間
- 不就労時間など業務への影響
- 私用メールやサイトの内容、動機
- 社内における私的利用の禁止や周知の有無
- これまでの注意、指導歴とその内容
一般的には初回であればけん責や減給など比較的軽度の懲戒処分を行い、指導していくことが多いでしょう。判断に迷うようであれば、処分決定を行う前に弁護士にご相談下さい。
メール・ネットの私的利用に関する判例
メールやネットの私的利用を原因とした処分について、司法ではどのような判断がされているのでしょうか。裁判例を1つご紹介します。
【事件の概要】
専門学校を経営するY法人に勤務する教員Xが、業務中に職場から貸与されたパソコンを使い、出会い系サイトへ職場メールアドレスを登録。約5年間にわたって複数の女性と大量の私用メールのやり取りを行い、懲戒解雇された事案。
第一審では解雇権の濫用として無効とされたが、Xの行為は職務専念義務違反に該当し、学校の名誉を傷つけるものであるとして、控訴審で解雇は適法と判断された。
【裁判所の判断】
(平成17年(ネ)第76号/平成17年(ネ)第390号/平成17年(ネ)第577号・平成17年9月14・福岡高等裁判所・控訴審、K工業技術専門学校事件)
教員Xは、勤務先である専門学校のものであると推し量れるメールアドレスを用いて女性との私用メールのやり取りを行っており、投稿サイトなど第三者にも閲覧可能な状態となっていたことを考えれば、非常に不謹慎且つ軽率な行動であり、学校の品位や名誉を傷つけるに値する行為であるといえる。
私用メールの多くは勤務時間中に送受信が行われており職務専念義務違反であることはもちろん、Y法人の服務規則にも反している。また、Y法人ではパソコンの使用規程を設けていなかったが、Xの行為が許容される範囲を超えていることは明白であり、パソコンの使用規程がないことをもってXの背信性の程度が変わることはない。Xの行為の程度や教育者であることを踏まえると、懲戒解雇は相当。
【ポイント・解説】
本件では、私用メールや出会い系サイト閲覧・投稿などをもとに懲戒処分が行われましたが、懲戒解雇が認められた背景には以下のようなポイントがあります。
- Xが教職者であること(職業上高い倫理観を要求され、管理職として一般職員より重い責任を負っていたとされています)
- 職務専念義務違反行為が長期間にわたっていること
- メールの件数が膨大であり、その多くが勤務時間内に行われていること
- 不特定多数が閲覧できるサイトで勤務先が分かるメールアドレスを使用し、勤務先の社会的信用を失墜させたこと
しかし、本事件は第一審では解雇無効と判断されています。第一審では、Y法人の経営がXの投稿等によって影響を受けた証拠が無いこと、パソコンの使用規程がなく他の職員にも少なからず私的利用があったこと、Xは懲戒解雇まで25年以上の勤務期間大きな懲戒処分なく勤務しており、本件に関して謝罪文を提出していることなどが理由として挙げられています。
私的利用の内容や程度、それまでの状況を踏まえて妥当な懲戒処分を行うことがいかに難しいかが分かります。
メールやネットの私的利用に関する規定や対処法について、企業法務に精通した弁護士がアドバイスいたします。
ネットやメールの私的利用は程度の差はあれ、どの職場にも起こり得る問題です。身近な問題でありながら事前の防止策や発生時の調査から処分など、会社の対応は多岐にわたります。
企業法務に精通した弁護士であれば事前準備から事案発生まで幅広いアドバイスが可能です。まずはお気軽にご相談下さい。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 福岡法律事務所 所長 弁護士谷川 聖治
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある