監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
会社から社員に「辞めてほしい」と伝えて退職を促す行為を退職勧奨といいます。強制を伴わずに退職の働きかけを行うものであるため、解雇よりもトラブルになりにくいというメリットがあります。ただし、ひとたび方法を間違えると退職強要とみなされ違法になるケースもあり、対応には注意が必要です。
本記事では、退職勧奨を行いたいが、退職強要とならないために会社側が注意すべきポイントについて、具体的に解説していきます。
目次
退職勧奨と退職強要との違い
退職勧奨と退職強要とでは次のような違いがあります。
・退職勧奨
会社から社員に対し、会社を辞めてもらうよう頼むことをいいます。
会社からの退職の働きかけに過ぎないため、社員は退職を断ることもできますが、退職に応じた場合には合意退職として扱われます。
・退職強要
会社が社員に対し、本人の意思にかかわらず退職を強要することをいいます。
なお、退職勧奨と解雇では、雇用契約を終わらせるという効果は同じですが、社員の同意を得る必要性があるかどうかという点で以下のように大きな違いがあります。
退職勧奨 | 社員を退職に向けて説得し同意を得ることが必要 |
---|---|
解雇 | 会社が一方的に雇用契約を解除するものであるため、社員の同意は求められない |
退職勧奨のメリットや進め方、応じない場合の対処法などについて知りたい方は、以下のページをご覧ください。
違法な退職勧奨と判断されるとどのようなリスクがある?
退職勧奨はあくまで会社から社員への退職の申し込みです。
そのため、社員が退職を拒否したことを理由に、退職を強要したり、嫌がらせをすると、違法な退職強要とみなされ、会社は社員に対し不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性があります(民法709条)。
退職勧奨が退職強要とみさなれるケース
会社が社員に対しむりやり退職を迫るなど、社員の自由な意思の形成を妨げ、その名誉感情など人格的利益を侵害する方法で退職勧奨が行われた場合、違法となる可能性があります。
退職勧奨が退職強要とみなされる可能性の高いケースとして、以下が挙げられます。
- 退職勧奨を長時間、あるいは高頻度で行う
- 大人数で取り囲んで退職勧奨を行う
- 社員を侮辱したり、キャリアや人格を否定したりするような発言をする
- 退職勧奨の際に、怒鳴る、机をたたくなどして威嚇する
- 退職に追い込むことを目的とした、嫌がらせ的な配置転換や転勤命令、仕事のとりあげ
- 退職勧奨に応じなければ解雇すると伝える
退職勧奨が退職強要とならないために会社が注意すべきポイント
退職勧奨が違法な退職強要とならないために会社が注意すべきポイントとして、以下が挙げられます。
- 面接の回数・時間に配慮する
- 面接の場所・人数に配慮する
- 言い方や発言には十分注意する
- 面談内容を記録しておく
- 拒否されたらそれ以上勧めない
- 条件を提示する
以下でそれぞれ詳しく見ていきましょう。
1.面談の回数・時間に配慮する
あまりに長時間、多数回にわたる退職勧奨を行うと、社員の自由な意思を失わせる違法な退職強要と判断される可能性が高まります。
そのため、面談の回数は3~4回程度とあまり多くならないようにし、社員が「退職するつもりはない」と明確に意思表示をした場合には、それ以降の退職勧奨は控えるべきです。
また、面談時間についても1回あたり30分程度と短時間とし、長くても2時間程度にとどめるのが安全であると考えられます。
2.面談の場所・人数に配慮する
退職勧奨を行う場所については、他の社員の目に入らない会社の会議室などで行うのが適切です。他の社員の見ている前で退職勧奨を行うと、名誉棄損として訴えられる可能性があるからです。
また、狭い部屋に鍵をかけて閉じ込めるなど、社員が心理的圧迫を感じやすい環境も避ける必要があります。
さらに、人数についても、会社側の人数が多い場合には、社員が圧迫感を感じるとして社員の自由な意思の形成が妨げられたと判断される可能性があります。そのため、退職勧奨を行う担当者の人数は2人~3人程度に絞るのが適切でしょう。
3.言い方や発言には十分注意する
退職勧奨で言ってはいけない言葉として、社員の名誉感情を不当に傷つけたり、心理的プレッシャーを与えたりするような言葉が挙げられます。
例えば、退職勧奨する際に、社員の行為のどの点が問題だったかということを説明するのは問題ありませんが、人格やキャリアを否定するなど、社員への単なる人格攻撃となってしまわないよう注意する必要があります。人格攻撃とみなされると、退職勧奨が違法なパワーハラスメントに当たると判断される可能性があります。
また、「退職勧奨に応じないならば解雇する」といった発言も禁句です。このような発言をされると、社員が委縮して自分の意見を主張しづらくなり、社員の自由な意思が失われたと判断される可能性が高まるからです。
4.面談内容を記録しておく
退職勧奨における社員との面談内容は、録音や書面により記録化しておきましょう。
いつ、誰が、どこで、どのような態様で行われたかなど具体的な記録内容を残しておくことが重要です。
退職勧奨の際に、双方からどのような発言があったかということが後にトラブルの原因となる場合があり、社員から退職を強要されたと訴えられる可能性も否めません。
面談内容の記録があれば、裁判に発展した場合にも、退職の強要がなかったことを証明することができます。
5.拒否されたらそれ以上勧めない
明確に退職勧奨を拒否されたにもかかわらず、退職勧奨を継続する行為は、執拗な退職勧奨であるとして、違法であると判断される可能性が否定できません。
ただし、一度退職勧奨を拒否されたとしても、より労働者にとって有利な条件を提示することで、再提案をすること自体は状況にもよりますが、許容される余地があるでしょう。
6.条件を提示する
退職勧奨が成立するためには、退職に関する条件について、会社と社員間で合意する必要があります。
退職に関する条件として一般的には、
- 解決金の支払い(数ヶ月分の給与など)
- 退職金の上乗せ
- 退職一時金の支払い
- 退職時期
- 会社都合退職にするか、自己都合退職にするか
- 引継ぎの方法
- 有給休暇の取り扱い
などについて話し合い、双方が納得できる条件を決めることになります。
なお、退職する社員にとっては、「会社都合」扱いとなる方が有利となる場合が多いです。
就業規則の定めにもよりますが、会社都合退職とすると、退職金が自己都合退職の場合よりも高額となる可能性があります。また、会社都合であればすぐに失業手当を受給できますが、自己都合では失業手当を受給できるまでに、原則3ヶ月間の給付制限があるというデメリットがあります。
従業員が退職勧奨に応じない場合の対処法
社員が退職勧奨に応じない場合、どうすれば良いでしょうか?
退職を求める事情によって対処法は異なります。
【社員側に問題がある場合】
社員側に問題がある場合は、解雇も視野に入ります。
ただし、解雇が認められるためのハードルは高く、客観的に合理的な理由と社会的相当性を充たす必要があります。解雇に値するほど重大な行為であることや、会社側の解雇回避努力などが求められます。
【会社側に問題がある場合】
人員整理に基づく整理解雇についても、裁判例上、解雇が認められるハードルが高いです。
整理解雇を有効に行うには、人員整理の必要性や解雇回避努力義務の履行、人選の合理性、手続きの相当性を充たす必要があります。
裁判などで解雇が無効と判断されると、バックペイや慰謝料等を支払う必要が生じます。解雇を行う場合は弁護士等にご相談ください。
退職勧奨に応じない場合の対処法について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
退職勧奨の違法性について争われた裁判例
【事件の概要】
Y教育委員会は、私立高校教員の人事異動方針として、高年齢者に対する退職勧奨をすることを決定したため、A高校の校長はA高校の教師であるXらに退職を打診したところ、いずれも退職する意思がない旨を表明しました。
そのため、Y教育委員会はXらを呼び出し、「今年はイエスを聞くまでは時間をいくらでもかける」、「組合が要求する定員の大幅増もあなた方がいるからできない」など告げながら、約3ヶ月の間に十数回にわたり退職勧奨を続けていました。
また、Y教育委員会は、Xらに対し教育委員会への配置転換を内示し、Xらが退職しなければ配置転換を強行するという意向を示しました。これらを不服としたXらが、違法な退職勧奨であるとして、Y教育委員会を訴えた事案です。
【裁判所の判断】
昭52(オ)405号 最高裁判所第一小法廷 昭和55年7月10日判決
最高裁判所は以下を理由として、本件の退職勧奨を違法と判断しました。
●退職勧奨の際に、会社は退職の同意を得るために様々な説得方法を用いることができるが、社員の自発的な意思の形成を妨げたり、名誉感情を害したりするような発言をすることは許されず、そのような発言を含む退職勧奨は違法行為と判断される。
●退職勧奨の回数や期間についての限度は、退職を求める事情等の説明や優遇措置等の退職条件の交渉などの経過によってケースバイケースであるが、説明や交渉に通常必要な限度にとどめられるべきである。
●本件における退職勧奨は、社員の自発的な退職意思の形成のための説得の限度を超え、心理的プレッシャーを与えて退職を強要したものと認められるのが相当であり、違法である。
【ポイント・解説】
この事案は、退職勧奨の違法性に関する限度について、最高裁が初めて明示的に判断したものとなります。
本事案のポイントとしては、退職勧奨の際に、退職勧奨を受ける者の自由な意思形成を妨げていると判断されないようにするため、勧奨の回数、頻度、期間、発言内容等については気をつけなければ、退職勧奨が違法であると判断される可能性があるという判断がされているところが挙げられます。
退職勧奨が違法と判断されている下級審裁判例は本事案の他にも多数ありますが、いずれも同様の考慮要素から退職勧奨の違法性を判断しています。
退職勧奨を適切に行うためにも弁護士法人ALGまでご相談ください
退職勧奨を行う場合は、感情的になって強い発言をしてしまう場合もあるかもしれません。
ただし、退職勧奨はあくまでお願いであり、むりやり退職を迫ったり、社員を侮辱するような発言をしたりすると、違法とされるおそれがあります。
退職勧奨を適法かつ有効に行いたいならば、弁護士への相談をご検討ください。
弁護士法人ALGは労働法務に精通する弁護士が多く在籍しています。
退職勧奨の事情をお聴きした上で、退職勧奨のタイミングや伝え方について具体的にアドバイスすることが可能です。また、退職勧奨の面談に弁護士が立ち会うこともできますので、ぜひご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士アイヴァソン マグナス一樹(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある