Ⅰ 事案の概要
1 本件は、運送事業等を営むY社において、トラック運転手として労働契約を締結したX1及びX2(以下「Xら」といいます。)が、労働条件を争い、差額の賃金の支払いを求めた事件です。訴訟では、Xらの割増賃金額等についても争点となりましたが、今回は、労働条件の判断に焦点を当てさせていただきます。
2 事実関係
(1)当事者
Xらは、Y社入社前もトラック運転手として就労していた者であり、Y社との間で、トラック運転手として、平成28年6月頃、労働契約を締結しました。
(2)Y社の求人票
Y社がハローワークに申し込んだ求人票には、正社員の場合、
・賃金:基本給13万円~15万円
・基本給+精務給+各種手当:35万円~
・試用期間:3か月
・試用期間の日給;9000円~(経験・能力による)
と記載されていました。
Xらが面接を受けたときも、少なくとも、試用期間が通常3か月で、その間の日給が9000円であることの説明を受けました。
(3)Y社による事情説明会
Xらは、同年7月31日に交付された給与支払明細書を見て、採用面接時に、トラックドライバー経験者であるから、試用期間は1か月で、1か月が経過したら賃金が35万円になる旨の説明を受けたはずであり、X2においては、日給6000円の日があったため、支給額が採用面接時の説明と異なっていると考えました。
XらはY社に抗議して、事情説明を求めたところ、営業所で説明会が開催されることになりました。
事情説明会では、従業員側より、
・採用面接時に経験者の場合、試用期間は1か月、試用期間中は日給9000円で、試用期間経過後は賃金が上がり、社会保険の加入もできると聞いていたが、給与支払明細書上、そのようになっていないこと
・横乗り(関東以外)の場合に日給6000円との説明が無いのに、その額しか支給されなかった従業員がいること
といった指摘がされ、Y社の対応に不信を感じているとの意見が出されました。
それに対して、Y社は、改めて横乗り(関東以外)の日給が6000円であると説明をしましたが、Y社に落ち度があるとして、差額分を支払うことを約束しました。
その他の点については、従業員たちの意見や不満等が噴出し、収拾がつかなくなったため、Y社は、個人との個別面談に切り替えることにしました。
X らは個別面談において、以下の労働条件を内容に含む有期雇用契約書に署名しました。Xらは、労働条件について当事者間でまた話を することを確認し、トラックの鍵を置いて、営業所を辞去しました。
・雇用期間:7月1日から8月7日まで
・就業時間:8時から17時まで
・日給:9000円
・その他:横乗りの日当は6000円(関東以外)
もっとも、その後、X らは出勤しなくなり、X1は9月14日、X2は10月14日より、各々別会社に勤めることになりました。
(4) 上記事実関係を踏まえて、Xらが、試用期間の終了時期が勤務開始から1か月であり、試用期間中の日給は一律9000円であること、試用期間満了後の月額賃金が35万円以上であること等を主張し、差額の賃金の支払いを求めたのが本件です。
Ⅱ 本判決の内容
1 試用期間経過後の基本給
以下の事情により、Xらが基本給のみで月額35万円であると認識していたとは認められないと判断されました。
ⓐハローワークの求人票には、基本給+精務給+各種手当:35万円~と記載があること
ⓑXらは、運送会社の賃金体系を把握しており、基本給が月額35万円でなく、時間外手当などを含めないと35万円に届かないことを認識していたこと
2 試用期間の終了時期
以下の事情により、8月7日までは、試用期間であり、その日給は9000円であると判断されました。
①XらもY社入社時に、基本的に試用期間が3か月であることを聞いていたこと ②労働条件について説明会が開催され、個別面談に移行したこと ③個別面談の際に、Xらが試用期間を8月7日まで、日給9000円とする内容の契約書に署名したこと
3 横乗り(関東以外)の場合の日給 以下の事情により、横乗り(関東以外)の場合の日給について、6000円であったとはいえないと判断されました。
㋐ハローワークの求人票には、試用期間中日給9000円と記載されており、日給6000円の記載がないこと
㋑Y社が採用面接時に面接者に示したとされるメモには日給6000円の記載がないこと
㋒説明会で、Y社が従業員の日給が6000円と聞いていないとの不満に対し、落ち度を認め、日給9000円との差額を支払うことを約束し、それに沿った支払いを行っていること
㋓有期雇用契約書はあらかじめ用意されたもので、㋒のようなY社の対応が反映されていないことから、Xらの面接時に試用期間中横乗り(関東以外)6000円と説明したことに疑問が残ること
Ⅲ 本件事案からみる実務における留意事項
1 労働基準法15条1項は、労働条件を明示する義務を規定しており、同法施行規則において、賃金などの重要な労働条件は書面で明示しなければならないと定められています。
本件では、ハローワークの求人票やY 社のホームページには労働条件の記載がありましたが、労働契約締結に際して、契約書等の書面の作成はされていませんでした。
では、求人票やホームページで提示された労働条件と、採用後の労働条件が異なる場合どうなるのでしょうか。
過去の裁判例には、求人票等に労働条件を確定的・断定的に記載していた場合には、求職者は求人票等の内容が雇用契約内容になると考えて申込みを行うため、当事者間で別段の合意をするなどの特段の事情が無い限り、求人票等に記載されていた内容が、雇用契約の内容になると判断されたものがあります(千代田工業事件・大阪地判昭58.10.19、株式会社丸一商店事件・大阪地判平10.10.30)。
本件でも、上記ⓐや㋐のように、求人票の記載が労働条件を判断する一要素となっています。
他方で、別途雇用契約書の締結等をきちんと行っていれば、そちらが雇用契約の内容になるといえます。
もっとも、最近の裁判例では、当事者間で募集内容と別の合意をしたということだけでなく、変更内容が著しい不利益をもたらすものではないということまで要求しているものもあります(藍澤證券事件・東京高判平22.5.27)。
また、変更をする場合に、変更理由や採用過程の説明状況、変更の程度等によっては、雇用契約締結に至る過程における信義誠実の原則に反するとして、損害賠償責任を負う可能性もあります。
2 労働条件は、労働者にとって重要なものであり、関心が高いものです。
条件に関し、相互の認識に差異が生じないように、採用過程で説明を行い、契約書等書面の取り交わしを行うことが重要となると考えられます。
また、書面の取り交わしができていない場合でも、採用過程での説明の仕方等に注意して採用を行っていくことがポイントになるのではないでしょうか。
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