労働安全衛生法とは|事業者の義務や改正内容をわかりやすく解説
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働安全衛生法は、職場における労働者の安全と健康を守るための法律です。
2024年4月1日に施行された改正によって、化学物質規制のあり方が大きく変わりました。対象となる化学物質が増えただけでなく、事業者の自律的な管理が求められるようになっています。
この記事では、労働安全衛生法の目的や、事業者の義務、違反した場合の罰則等についてわかりやすく解説するとともに、法改正の内容について解説します。
目次
労働安全衛生法とは
労働安全衛生法の目的
労働安全衛生法とは、職場における労働者の安全と健康を守り、快適な職場環境を形成することを目的として制定された法律です。
この法律の目的を達成するために、事業主は以下のような取り組みを行う必要があります。
- 労働災害を防止するための危害防止基準の確立
- 責任体制の明確化
- 自主的活動の促進
対象者と適用除外
労働安全衛生法における労働者と事業者の定義は以下のようになっています。
労働者:職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者
事業者:事業を行う者で、労働者を使用するもの
この定義により、ほぼすべての労働者が労働安全衛生法の対象者となります。
ただし、以下の労働者については、労働安全衛生法の適用から除外されています。
- 同居親族のみの事業に使用される者
- 家事使用人
- 鉱山における保安に従事する者
- 船員法の適用を受ける船員
- 公務員の一部
労働基準法、労働安全衛生法施行令、労働安全衛生規則との違い
労働安全衛生法は、元は労働基準法の一部でしたが、分離されて独立しています。
労働基準法と労働安全衛生法は、以下のような内容を定めています。
労働基準法:最低限の労働条件
労働安全衛生法:労働者の安全や健康を確保するための規制
労働安全衛生の内容は膨大なため、次の3つに分けて規定されています。
- 労働安全衛生法
- 労働安全衛生法施行令
- 労働安全衛生規則
それぞれの違いについては表でご確認ください。
定める機関 | 法的拘束力の強さ | |
---|---|---|
労働安全衛生法 | 国会 | 最も拘束力が強い |
労働安全衛生法施行令 | 内閣 | 労働安全衛生法よりも弱い 労働安全衛生規則よりも強い |
労働安全衛生規則 | 厚生労働大臣 | 最も拘束力が弱い |
労働安全衛生法で定める義務一覧
労働安全衛生法における企業の責務として、次のような対応を行うべきと定められています。
- ①安全衛生管理体制の整備
- ②安全衛生教育の実施
- ③労働災害の防止措置
- ④リスクアセスメントの実施
- ⑤労働者の健康保持・増進のための措置
- ⑥快適な職場環境の形成
これらの対応について、以下で解説します。
①安全衛生管理体制の整備
労働者が安全で衛生的な職場で働くためには、組織的に労働災害の防止をするための体制が整っていることが必要です。
具体的には、事業主は様々な管理者等を選任し、適切に指示・監督しなければなりません。
例えば、次の管理者等を選任することが求められます。
- 職場において労働者の健康障害を防止する「衛生管理者」
- 安全にかかわる措置に関する事項を管理する「安全管理者」
- 労働者の健康管理を行う「産業医」
- 職場の安全衛生水準を向上させる「安全衛生委員会」
詳細については、下記の各ページよりご覧ください。
②安全衛生教育の実施
安全衛生教育は、義務づけられている教育と、努力義務とされている教育に分けられます。
【義務づけられている教育】
- 雇入れたときの教育
- 作業内容を変更した場合の教育
- 厚生労働省が定めた危険または有害な業務に従事する際の教育
- 職長や労働者を指導・監督する立場にある者への教育
【努力義務とされている教育】
- 安全管理者等労働災害を防止するための能力向上を図る教育
- 危険または有害な業務に従事する者に対する安全衛生教育
- 健康教育
教育が必要なタイミングとして、次のものが挙げられます。
- 雇入れ時
- 作業内容変更時
- 安全衛生水準向上の必要があるとき
また、次の対象者には教育が必要とされています。
- 特別の危険有害業務従事者
- 危険有害業務従事者
- 職長等
パート・アルバイト等の時短勤務者に対しても、安全衛生教育を実施する必要があります。
安全衛生教育について、さらに詳しく知りたい方は以下のページを併せてご覧ください。
③労働災害の防止措置
事業主は、労働者の危険や健康障害の発生を防ぐため、さまざまな措置を講じる必要があります。
代表的な措置として、危険物・有害物に関する規制があり、次のことが義務づけられています。
- 一定の危険物について製造や使用を禁止すること
- 危険物が含まれている旨の表示をすること
- 一定の危険物を含む材料等について、含まれている危険物の内容を表示すること
また、以下の施行令や規則において、必要な措置が定められています。
- クレーン等安全規則
- 特定化学物質健康障害予防規則
- 高気圧作業安全衛生規則
- 事業所衛生基準規則
- 粉じん障害防止規則など
また、労働災害が発生してしまった場合には、二次災害や再発を防ぐため、速やかに原因調査及び被害の拡大防止措置をとることが重要です。
事業主に求められる対応は、以下のページでも解説しています。
④リスクアセスメントの実施
労働災害を防止し、労働者の健康被害を防ぐためにリスクアセスメントが必要です。
リスクアセスメントとは、職場にある危険性や有害性を特定し、それらを評価して低減し解消する一連の手順のことです。
製造業や建設業等の事業者には、その結果に基づく措置の実施に取り組むことが努力義務とされています。
計画的に進めるための手順は、主に以下のようなものです。
- 職場における有害性や危険性を特定する
- リスクを見積もる
- よりリスクの高いものから施策を検討する
- リスク低減に向けて行動する
リスクアセスメントの手順等について詳しく知りたい方は、以下のページを併せてご覧ください。
⑤労働者の健康保持・増進のための措置
労働者の健康管理は、事業主の責務のひとつです。定期健康診断の実施はもちろんのこと、メンタルヘルス対策や過労の防止にも努めなければなりません。
近年、慢性的な長時間労働や過労死、うつ病などのメンタル不調が問題視されています。それらの問題を是正するため、労働安全衛生法では、事業主に次のような措置を義務付けています。
- ①健康診断の実施
- ②ストレスチェックの実施
これらの措置について、次項より解説します。
なお、メンタルヘルス対策について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
①健康診断の実施
使用者は、労働者の健康状態を守るため、医師による健康診断を実施することが義務付けられています(労安衛法66条)。対象となる労働者は常時使用する労働者であり、無期雇用の労働者や1年以上の期間の契約をしている労働者等です。
健康診断の結果は労働者本人に通知するだけでなく、労働基準監督署に報告しなければなりません。
労働者は、基本的に会社が指定した医療機関において健康診断を行います。また、労働者が50人以上いる事業所では、産業医を選任したうえで、健康診断を実施する必要があります。
健康診断の実施義務については、下記のページで詳しく解説しています。
②ストレスチェックの実施
常時50人以上の労働者を使用する企業では、年1回、産業医や保健師によるストレスチェックを実施することが義務付けられています。
ストレスチェックとは、労働者のストレスの程度を把握し、メンタル不調を未然に防ぐための制度です。また、結果を労働者に通知し、現在どれほどのストレスを抱えているか自覚させることも目的のひとつです。
なお、ストレスチェックの結果、「高ストレス者」と判定された労働者は、医師の面接指導を受けることができます。本人から申し出があった場合、事業主は速やかに面接指導を実施しなければなりません。
ストレスチェックの詳しい内容は、以下のページで解説しています。
⑥快適な職場環境の形成
事業者は、労働者の健康管理だけではなく、職場の環境に関しても安全・衛生に保つよう努めなくてはいけません。
快適な職場環境をつくるための措置として、以下のようなものが挙げられます。
●作業環境の改善
労働者が快適で働きやすい作業環境にするために、不快と感じないような空気環境や、外部からの騒音が遮断されている音環境等を整えます。
●作業方法の改善
労働者の心身の負担を軽減するために、不自然な姿勢や高い緊張状態が続く作業、高温・多湿の場所での長時間の作業、ひたすら荷物を運搬する作業等は作業方法の改善を図ります。
●疲労回復施設・設備の設置
作業による労働者の心身の疲労について、なるべく早く回復を図るために、休憩室やシャワー室、運動施設などをなるべく設置します。
●その他の施設・設備
快適な職場環境をつくるために、トイレや洗面所、更衣室、食堂、給湯設備などを、清潔で使いやすいように維持します。
労働安全衛生法に違反した場合の罰則
労働安全衛生法に違反した場合、事業主には刑罰が科される可能性があります。罰則の対象となる行為や規定されている罰則については表をご確認ください。
違反内容 | 罰則 |
---|---|
健康診断の未実施 | 50万円以下の罰金 |
安全衛生教育の未実施 | 6ヶ月以下の懲役、又は50万円以下の罰金 |
産業医の未選任 | 50万円以下の罰金 |
衛生委員会の未設置 | 50万円以下の罰金 |
疾病者の就業禁止違反 | 6ヶ月以下の懲役、又は50万円以下の罰金 |
書類の保存義務違反 | 50万円以下の罰金 |
また、安全衛生法には「両罰規定」が定められています。そのため、違反行為を行った者を雇っている場合には、事業主も罰則を受けることになります(労安衛法122条)。
これは、事業主は雇っている労働者を指揮監督する立場にあり、その違反行為を防止する責任があると考えられるためです。
【2024年4月施行】労働安全衛生法の改正内容
2024年4月1日に労働安全衛生法が改正されて、化学物質管理者の選任が義務化されます。また、事業者による自律的な化学物質の管理が求められるようになります。
法改正によって会社が行わなければならないことは、主に以下のようなことです。
●取り扱い化学物質の把握
社内で化学物質を使う場面を洗い出し、使用する化学物質のリストアップを行います。そして、リストアップした化学物質がリスクアセスメントの対象物であるかを確認します。
●体制の整備
化学物質管理者や保護具着用管理責任者を選任し、法改正の趣旨や実施するべき事項等について、事業者と労働者の双方に情報を共有します。
●リスクアセスメントの実施
対象となる化学物質の危険性や有害性によるリスクを確認し、なるべくリスクを下げるための対策を検討します。さらに、労働者が化学物質にさらされる程度を最小限にするために、作業方法の改善や代替物質の使用等を行います。
また、2024年に行われた労働安全衛生法の改正については、以下のページで詳しく解説しているのでご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある