組織再編における労働契約の承継について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
組織再編では、「労働者の雇用をどうするか」が問題となります。例えば、「労働条件は守られるのか」、「承継先の規定に統一されるのか」など様々な疑問が浮かびます。
この点、組織再編の方法によってルールが異なり、必要な手続きにも違いがあります。後のトラブルを防ぐため、適切な手順を理解しておく必要があるでしょう。
本記事では、組織再編における労働契約の承継について具体的に解説していきます。会社が知っておくべき注意点も取り上げますので、ぜひご参考になさってください。
目次
組織再編における労働契約
組織再編にはいくつか手法がありますが、労働契約の承継方法はそれぞれ異なります。具体的には、以下のように分けられます。
【合併・会社分割】
会社の権利義務が“包括的に”移るため、労働契約もそのまま維持される
【事業譲渡】
事業資産が“部分的に”譲渡されるため、労働契約は維持されない
【株式交換・株式移転】
株主が対象のため、労働契約の承継は行われない
また、必要な手続きにも違いがあります。例えば、労働者から個別に同意を得るケースや、異議申立てが認められるケースなどがあります。それぞれの流れを十分理解しておく必要があるでしょう。
組織再編のうち、株式交換や株式移転については、以下のページで詳しく解説しています。
会社分割における労働契約の承継
会社分割は、事業の権利義務を“包括的に”承継する手法です。
そのため、承継対象者の労働契約も“そのまま”承継会社(または新設会社)に引き継がれます。また、労働条件も基本的に分割前のものが適用されます。
会社分割の承継対象者は、以下の者になります。
- 承継される事業を主に担っていた者(主従事労働者)
- 非主従事労働者だが、分割契約で「労働契約を承継する旨」の定めがある者
ただし、会社が一方的に決定すると労働者の不満や困惑を招くため、一定の労働者保護手続きが設けられています。
具体的には、全労働者に理解と協力を求める「7条措置」や、承継対象者と個別協議を行う「5条協議」、決定事項に不服がある場合の「異議申立て」などがあります。
7条措置と5条協議の詳細は、以下のページをご覧ください。
事業譲渡における労働契約の承継
事業譲渡は、事業の一部又は全部を他社に“売却”する方法です。会社間の取引行為なので、会社法上の組織再編にはあたりません。
また、労働者は譲受会社と新たに雇用契約を結ぶため、労働契約の承継には本人の個別同意が必要となります(民法625条1項)。つまり、労働者が転籍を拒否した場合、譲渡会社は当人を残留させなければなりません。
なお、転籍後の労働条件はそのまま承継されるケースが多いですが、譲受会社によっては変更を望むこともあります。その場合、一定期間を空けてから、労働条件の変更について本人と協議するのが一般的です。
詳しくは以下のページをご覧ください。
合併における労働契約の承継
合併は、複数の会社を1つに統合する組織再編の手法です。
一方が他社の権利義務をすべて引き継ぐ(吸収する)ため、基本的に社員の労働契約もそのまま承継されます。労働条件もそれまでのものが維持され、労働者に不利益は起こりにくいことから、承継対象者の個別合意は不要とされています。
とはいえ、吸収先に複数の労働条件が混在するとややこしいので、合併後は労働条件を統一するのが一般的です。
ただし、どちらかの労働条件を引き下げる際は、労働者から個別に同意を得るなど一定の手続きが必要となります。会社は、対象者に救済措置や猶予期間を設けるなどして、できるだけ理解を得るよう努めましょう。
組織再編における労働条件の統一
会社分割や合併では、労働者の労働条件はそのまま引き継がれます。承継会社の労働条件に自動的に統一されるわけではありません。
つまり、賃金や就業時間、休日、福利厚生などは従来の規定が適用されます。また、有給休暇の残日数や勤続年数もリセットされることはありません。
しかし、それでは1つの会社に複数の労働条件が存在し、人事管理が複雑になります。また、賃金や退職金の規定が異なると、「同じ業務なのに給与が違う」という事態が起こり、労働者のモチベーション低下につながるおそれもあります。
そこで、組織再編後は、承継会社のルールに揃えるか、又は新たな規定を作成し、労働条件を統一するのが一般的です。
労働条件統一の方法
労働条件を統一する際は、従業員にとってプラスとなるよう、どちらかの労働条件を引き上げるのが理想です。しかし、それでは人件費がかさむため、実際には労働条件の引き下げが多く行われています。具体的には、以下のような方法がとられています。
- 賃金や手当を減額する
- 年間の所定休日日数を減らす
- 福利厚生を廃止する
- シフトを変更する(それまで勤務していなかった時間帯に勤務することになるため)
ただし、労働条件の引き下げは「不利益変更」にあたるため、基本的に労働者の同意を得る必要があります。会社が一方的に行うことは認められませんので、ご注意ください。
以下で、労働条件の不利益変更に必要な手順を解説していきます。
労働者との個別同意を得る
労働者の同意があれば、たとえ不利な方向でも労働条件を変更することができます(労働契約法8条)。
ただし、変更対象の労働者1人1人から同意を得る必要があるため、個別に「合意書」を取り交わすのが一般的です。
また、この同意は、「労働者の自由意思」に基づく必要があります。つまり、不利益の内容や程度を理解してもらったうえで、同意を得なければなりません。
例えば、賃金の減額幅や退職金の計算方法などを具体的に説明すると、労働者も理解しやすいでしょう。
とはいえ、対象労働者が多い会社では個別に合意を得るのは困難です。その場合、以下の方法を検討しましょう。
就業規則を変更
労働者から個別に同意を得なくても、就業規則の変更によって労働条件を変更できる可能性があります。具体的には、以下の要素を考慮し、労働条件の変更が合理的であれば認められます。
- 労働者が受ける不利益の程度
- 労働条件を変更する必要性
- 変更後の就業規則の内容の相当性
- 労働組合等との交渉の経緯
- その他就業規則の変更に関する事項
なお、就業規則を変更する場合、過半数労働組合または過半数代表者にその旨を説明し、意見を聴取する必要があります。個別合意よりは手間を省けますが、真摯に対応することが重要です。
労働協約を変更
労働組合と労働協約を締結することで、労働条件を変更できる可能性があります。
具体的には、労働条件の変更内容を記載した書面を作成し、両当事者が署名または記名押印します。
労働協約は書面上でなければ効力をもたないので、電子メールや記録媒体ではなく、必ず書面を取り交わしましょう。
ただし、労働協約は組合員だけに適用されるものであり、非組合員には基本的に適用されません。したがって、非組合員からは別途個別に同意を得る必要があります。
一方、事業場の労働者の4分の3以上が労働組合に加入している場合、例外的に非組合員にも労働協約が適用されます。
ただし、4分の1未満の労働者が別の労働組合を結成している場合、それらの労働者は適用対象外となるため注意しましょう。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある