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化学物質におけるリスクアセスメントの実施手順

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

化学物質を使用する事業場は、労働災害の発生防止に対して特に努める必要があります。化学物質は危険性・有害性が高いものが多く、火傷や器官の損傷など人体に甚大なダメージをもたらすおそれがあるためです。

リスクアセスメントは、職場のリスクを排除し、労働者の安全や健康を守るために欠かせない措置です。特に化学物質については、通常のリスクアセスメントよりも厳しい義務付けがなされたり、手順が異なったりするため注意が必要です。

本記事では、「化学物質のリスクアセスメント」に焦点をあて、事業主の責任や進め方の手順、具体的な対応方法等を詳しく解説します。労働災害の発生を確実に防ぐため、しっかり確認しておきましょう。

化学物質におけるリスクアセスメント

化学物質のリスクアセスメントとは、化学物質等が持つ危険性・有害性を特定し、災害発生のリスクを減らすための手法です。具体的には、特定した危険性や有害性が労働者にもたらす危険・健康障害の程度を見積り、リスクの低減措置を検討するまでが一連の流れとなります。

労働者が安全に働ける環境を整えることは、事業主の責務といえます。適切なリスクアセスメントを実施し、化学物質の危険から労働者をしっかり守りましょう。

なお、特に危険な業務については、リスクアセスメント以外にもさまざまな措置を講ずる必要があります。詳しくは以下のページで解説していますので、併せてご覧ください。

危険・健康障害の防止措置
機械・危険物・有害物に関する規制

改正安全衛生法による義務化

労働安全衛生法の改正(平成28年)により、一定の危険性・有害性が認められた化学物資については、リスクアセスメントの実施が義務付けられました。

事業主は、労働者に健康障害をもたらすおそれがある物(政令で定めるところによる)等を扱う場合、それによる危険性・有害性を調査しなければならないと定められています(労安衛法57条の3第1項)。

なお、事業主が行うべき安全衛生対策は他にも挙げられます。詳しくは以下のページで解説していますので、併せてご覧ください。

労働安全衛生法の概要と健康保持増進のための措置

リスクアセスメント実施の目的と効果

リスクアセスメントを実施する目的・効果には、以下のようなものがあります。

【目的】

  • 災害が起こるリスクを取り除き、労働災害が生じない職場にすること
  • 職場の構成員(経営トップ、各級の管理者、現場の作業者等)が参加することで、事業場の安全衛生管理を組織的、継続的に実施していくこと

【効果】

  • 化学物質の潜在的なリスクを早期発見できる
  • 化学物質のリスクについて感受性が高まる
  • リスクの内容や程度を事業場で共有できる
  • リスク低減対策の優先順位が明確になる
  • 作業手順等を見直すことで、職場の安全衛生の向上につながる
  • リスクアセスメントの結果を作業者の安全衛生教育等に活用できる

リスクアセスメントの対象

対象となるリスク

化学物質がもたらすリスクには、人の健康障害や環境汚染、爆発や引火等さまざまなものがあります。このうち、リスクアセスメントの対象となるのは以下の2つです。
  • 工場や職場等の事業場における作業者への健康リスク(化学物質の“有害性”に基づくリスク)
  • 設備等の発火や引火、またそれらに伴う爆発や火災のリスク(化学物質の“危険性”に基づくリスク)

なお、法令等では、「危険性又は有害性の調査」を行うことが義務付けられていますが、危険性と有害性どちらかに絞れば良いわけではありません。くれぐれも対象となるすべてのリスクについて、リスクアセスメントを実施しなければならないことにご注意ください。

対象となる化学物質

リスクアセスメント実施が義務付けられる化学物質は、令和3年1月1日時点では、安全データシート(SDS)の交付義務がある“674物質”です。

安全データシート(SDS)とは、化学物質や化学物質を含んだ製品を他の事業者に譲渡・提供する際に交付する、化学物質の危険有害性情報を記載した文書のことをいいます。

化学物質を安全に取り扱い、災害を未然に防ぐため、化学物質を譲渡したり提供したりする事業主は、SDSの交付等によって情報提供することが義務付けられています(労安衛則24条の15)。

なお、安全データシート交付義務の対象となる674物質は厚生労働省のホームページで公開されています。

対象となる事業場

SDS交付義務の対象となる化学物質の製造・取扱いを行うすべての事業場に、リスクアセスメントの実施が義務付けられています。

なお、業種や事業場規模を問わないため、一見、化学物質とは無関係と思われる企業も対象となり得るのがポイントです。製造業や建設業はもちろんのこと、清掃業・卸売業・小売業・外食産業・医療福祉業等も注意すべきでしょう。

リスクアセスメントの実施時期・実施体制

実施する時期

リスクアセスメントの実施時期は、労働安全衛生規則34条の2の7で以下のとおり定められています。

  • 対象物を原材料等として新規に採用したり、変更したりするとき
  • 対象物の製造又は取扱い業務の作業方法や作業手順を新規に採用したり、変更したりするとき
  • 上記の他、対象物による危険性・有害性に変化が生じたり、生じるおそれがあったりするとき(新たな危険有害性の情報が、SDSで提供された場合等)

また、厚生労働省が公表する「化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針」では、以下の時期にリスクアセスメントを行うことが“努力義務”とされています。

  • 労働災害が発生し、過去のリスクアセスメントに問題があるとき
  • 化学物質の危険有害性について、新たな知見を得たとき
  • 過去のリスクアセスメント実施以降、機械設備の経年劣化や、労働者の入れ替わりに伴う知識経験の変化、労働安全衛生に関する新たな知見の収集等があった場合
  • 過去にリスクアセスメントを実施したことがないとき

実施するための体制

リスクアセスメントは、以下の体制で実施します。この体制を整えることで、役割分担が明確になり、労働者等を広く参画させることができます。
  • 総括安全衛生管理者・・・リスクアセスメント等の実施を統括管理
  • 安全管理者、衛生管理者・・・リスクアセスメント等の実施を管理
  • 化学物質管理者・・・リスクアセスメント等の技術的業務を実施
  • 専門知識(化学物質の危険有害性や、化学物質に係る機械設備に関する知識)を有する者・・・当該化学物質や機械設備のリスクアセスメントに参画

また、事業主は、労働者に対し、リスクアセスメント等の実施について必要な教育を行う必要があります。
さらに、外部の専門家(労働衛生コンサルタント・作業環境測定士等)も参画させることが望ましいでしょう。専門家を交えることで、より詳細なリスクアセスメント手法を導入できたり、技術的な助言を得られたりするメリットがあるためです。

なお、安全衛生の管理体制については、以下のページでさらに詳しく解説しています。ぜひご覧ください。

安全衛生体制|管理者の選任と委員会の設置について

化学物質リスクアセスメントの手順

化学物質のリスクアセスメントでは、まずリスクの特定・見積りを行い、それを踏まえて具体策を検討していくことになります。それぞれの手順について、詳しくみていきましょう。

なお、化学物質以外のリスクアセスメントの流れは以下のページで説明しています。どちらにも対応できるよう、併せて確認しておきましょう。

リスクアセスメントの基本的な手順

化学物質等による危険性・有害性の特定

まず、化学物質等による危険性又は有害性の特定に必要な単位で作業を洗い出し、「どのような危険性・有害性があるか」を検討します。このとき、安全データシートや作業手順書、過去の災害事例等の情報を参考にすると良いでしょう。

その後、「化学品の分類および表示に関する世界調和システム」(The Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals:GHS)で定められた分類に則して、作業ごとに危険性・有害性を特定していきます。

なお、GHSとは、化学物質の危険有害性の種類を分類し、絵表示等でわかりやすく表示したものです。例えば、「可燃性・引火性ガス」、「金属腐食性物質」、「急性毒性」といった種類があります。

また、GHSは世界共通のルールであり、その結果を安全データシート等に反映させることで、災害防止や健康・環境の保護に役立てることを目的としています。

化学物質等のリスクの見積り

化学物質の危険性・有害性がもたらすリスクの大きさを見積ります。
見積り方法は、「災害発生の可能性」と「労働者が負う負傷・疾病の重篤度」を用いて判断するのが一般的です。具体的な手法としては、数値化法・マトリクス法・枝分かれ図を用いた方法等が挙げられます。詳しくは以下のページをご覧ください。

リスクアセスメントにおけるリスクの見積りと評価方法

なお、化学物質の“有害性”によるリスクを見積る場合、「化学物質の有害性の度合」と「労働者の化学物質へのばく露濃度」を用いる方法もあります。詳しくは次項をご覧ください。

化学物質等による疾病について

化学物質の有害性による疾病のリスクは、以下の方法でも見積ることができます。

  • 実測値による方法
    作業場所における化学物質の気中濃度等を、その化学物質のばく露限界と比較する方法です。気中濃度の測定方法は、作業環境測定・個人ばく露測定・検知器による測定等があります。
    気中濃度の実測値(ばく露量)がばく露限界を上回る場合、リスクは許容範囲を超えていると判断されます。
  • 使用量等から推定する方法
    数理モデルを用いて、作業中の労働者周辺における化学物質の気中濃度を推定し、その化学物質のばく露限界と比較する方法です。リスクアセスメント支援ツール※に、化学物質の物理化学的性状・作業工程・作業時間・換気状況等を入力することで、推定気中濃度を算出できます。
    推定気中濃度(推定ばく露量)がばく露限界を上回る場合、リスクは許容範囲を超えていると判断されます。

    ※リスク見積りを容易に行うため、厚生労働省や国内外の機関が提供している支援ツールです。
    ウェブで公開されているため、作業内容や事業場の環境に応じて適切なツールを選ぶことができます。
  • あらかじめ尺度化した表を用いる方法
    「労働者の化学物質へのばく露量」と「化学物質の有害性」を相対的に尺度化し、表の縦軸・横軸にあてはめる方法です。表には、あらかじめばく露量と有害性の程度に応じたリスクを振り分けておき、該当する行列を交差させてリスクの程度を見積ります。
    なお、ばく露量については、作業時間や作業環境レベル(取扱量・揮発性・換気状況等)をもとに推定します。
 

リスク低減措置の検討

見積り結果を踏まえ、具体的なリスク低減措置を検討します。
なお、リスク低減措置には優先順位があり、基本的に以下の順番で実行する必要があります。

  1. 【法令で定められた事項の実施(必ず実行する必要があります)】

  2. 【基本的対策】
    危険性・有害性が高い化学物質の使用を中止したり、人に無害な物質に代替したりします。
    ただし、危険有害性が不明な物質に代替することは避けましょう。

  3. 【化学反応のプロセス等の運動条件の変更、化学物質の形状の変更等】

  4. 【工学的対策、衛生工学的対策】
    設備の防爆構造化、局所排気装置の設置、換気装置の増強等を行います。

  5. 【管理的対策】
    マニュアル整備、立入禁止措置、ばく露管理、警報機の設置等を行います。

  6. 【個人用保護具の使用】
    保護メガネや保護服、防毒マスクの着用等を実施します。

なお、死亡や後遺障害又は重篤な疾病をもたらすおそれがあり、適切なリスク低減措置を講ずるのに時間を要する場合、“暫定的な措置”を直ちに講じる必要があります。

リスク低減措置の実施

事業主は、リスク調査の結果に基づき、法令の規定による措置を講ずるほか、労働者の危険又は健康障害を防止するため必要な措置を講じるよう努めることが義務付けられています(労安衛法57条の3第2項)。これを整理すると、以下のようになります。

  • 労働安全衛生法に基づく労働安全衛生規則や、特定化学物質障害予防規則等の特別規則に規定がある場合、その規定に基づく措置を必ず講じること(義務)
  • 法令に規定がない場合、事業主の判断で必要な措置を講じること(努力義務)

リスクアセスメント結果の周知・記録

リスクアセスメントの結果は、対象の化学物質の製造・取扱いを行う労働者に周知することが義務付けられています(労安衛則34条の2の8)。
リスクアセスメントは職場全体が参画するものですので、結果の周知まで確実に行うことが必要です。

また、リスク低減措置を実行した場合、措置の内容や結果を記録に残しておくことも重要です。記録の残し方やポイントは以下のページで解説していますので、併せてご確認ください。

リスク低減措置の記録・見直し

周知事項・周知方法

リスクアセスメント結果の周知事項・周知方法は、以下のとおり定められています。

【周知事項】

  • 対象化学物質の名称
  • 対象業務の内容
  • リスクアセスメントの結果(特定した危険性や有害性、リスクの見積り結果等)
  • 実施するリスク低減措置の内容

【周知方法】※下記いずれかの方法で行う必要があります。

  • 対象化学物質の製造、取扱いを行う作業場に常時掲示する、又は備え付けること
  • 対象化学物質の製造、取扱いを行う労働者に書面を交付すること
  • 電子媒体で記録し、常時確認可能な機器(パソコン等)を、対象化学物質の製造、取扱いを行う作業場に設置すること

「コントロール・バンディング」の活用

化学物質によるリスクの見積りは、「コントロール・バンディング」を活用するのもおすすめです。コントロール・バンディングとは、厚生労働省が公開するリスクアセスメントの支援ツールであり、化学物質の危険性・有害性を簡易的に評価することが可能です。

具体的には、SDSの危険有害性情報や化学物質の使用量、作業内容等を入力することで、リスクレベルや実施すべき対策が書かれた対策シートを入手できます。

コントロール・バンディングのメリットは、作業環境ごとの濃度測定が不要な点や、ばく露限界値の把握が不要な点が挙げられます。また、厳しいリスク評価がなされるため、隠れたリスクを引き出すのに有効でしょう。

義務違反に対する罰則

リスクアセスメントの実施義務に違反すると、何かしら罰則が科されるのでしょうか。また、行政指導等を受けることはあるのでしょうか。

義務違反に対する措置は、以下のページで解説しています。事業主としてしっかり把握しておきましょう。

リスクアセスメントの実施に関する罰則
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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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