産前産後休業とは|休業期間や労務手続き
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
産前産後休業とは、母性保護の観点から、労働基準法によって規定された制度です。
産前産後休業の制度が作られたことによって、使用者側には、働く女性が産前・産後に落ち着いて十分な休養をとることができるように配慮することや、実際に十分な休養の時間をとらせることが求められるようになりました。
本記事では、産前産後休業の概要や休業期間の計算方法、使用者が行うべき労務の手続き等について解説していきます。
目次
産前産後休業とは
女性労働者は、産前と産後に休業することが法律によって認められています(労基法65条1項、2項)。この休業を、それぞれ産前休業・産後休業といい、以下のように区別されています。
- 産前休業:出産に備えるための休業であり、女性労働者には取得する権利がある
- 産後休業:身体を回復させるための休業であり、使用者には女性労働者に取得させる義務がある
産前産後休業の対象となる「出産」とは、妊娠4ヶ月目(85日)以降の分娩です。生産か死産かを問わないので、流産や早産、人工妊娠中絶をした場合も対象となります。
産前休業と産後休業とでは、出産の前後どちらの休業なのかという相違点以外に、具体的な違いはあるのかということについて、次項以下で解説します。
産前産後休業の対象者
産前産後休業は、契約期間や雇用形態に関係なく、働く女性であれば誰でも取得できる制度です。したがって、使用者は、契約社員や派遣社員、パート、アルバイト等の非正規労働者から産前産後休業を請求されたとしても、労働者の権利を守るために、拒むことができないとされています。
産前産後休業の期間
産前休業と産後休業では定められている期間が異なります。それぞれ何週間と定められているかについて、以下で解説します。
産前休業
産前休業とは、産前6週間(双子以上を妊娠している場合は14週間)以内に出産予定の女性労働者が休業を請求した場合に、使用者が当該女性労働者を就業させることを禁止する制度です(労基法65条1項)。
この規定は、本人の請求があることを条件にしているため、産後休業とは異なり、本人から請求がない場合にまで休業させる必要はありません。しかしながら、出産の近づいている母体には様々なリスクがつきものであり、使用者としての安全配慮義務を尽くすという観点から、無理をさせないようにしておくべきでしょう。
また、産前休業の期間は、自然分娩での出産予定日を基準に算定されます。そのため、必ずしも予定日に出産するとは限りません。出産日が予定日に対して前後した場合には、産前休業の期間は実際の出産日までとなります。
産後休業(産後8週間以内)
産後休業とは、産後8週間を経過していない女性の就業を原則として禁止する制度です(労基法65条2項)。ただし、産後6週間以降の女性が就業することを請求した場合に、その女性が就業しても支障がないと医師が認めた業務に就業させることはできます(労基法65条2項但書)。
対象者に産後休業を取得させることは、産前休業とは異なり使用者の義務とされています。そのため、産後休業が終わっていない女性が就業を希望しても、使用者は女性を休業させなければなりません。
これは、流産等の死産であっても同様であり、医師の許可によって6週間に短縮できる点についても同様です。
産後休業を取得させる義務に違反すると、使用者は6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられます。
なお、産後休業が開始する基準日は実際の出産日です。つまり、予定日より遅れて出産したとしても、産前休業の日数に関係なく、産後8週間は産後休業を取得する権利が確保されます。
産前産後休業期間の計算例
具体例を用いて実際の産前産後休業期間を説明します。
出産予定日が2022年9月1日の女性労働者について、どれぐらいの休業をすることができるのかみてみましょう。
【例】
出産予定日(出産日):2022年9月1日
出産予定の子供の数:1人
【産前産後休業期間】
産前休業期間:2022年7月22日~2022年9月1日
産後休業期間:2022年9月2日~2022年10月27日
以上のような休業期間となりますが、出産日までが産前休業として扱われるという点には注意が必要です。また、出産日の翌日が産後休暇の起算点となります。
産前産後休業中の給与の支払い
産前産後休業中の賃金に関しては、労働基準法に規定されていないため、就業規則等に給与を支払う旨の定めがない限り、使用者は賃金の支払義務を負いません。
しかし、産前産後休業によって、完全に収入がなくなるわけではありません。健康保険に加入している場合は、申請によって給付金(出産手当金)を受け取ることが可能です(健康保険法102条)。
なお、使用者は賞与の支払いも義務づけられていませんが、労働日数や労働時間に応じて支給するのが望ましいと考えられます。賞与の金額の決定方法等については、産前産後休業を取得する労働者に前もって説明するようにしましょう。
産前産後休業と年次有給休暇
有給休暇の付与や取得について、産前産後休業は以下のように扱われます。
【有給休暇の出勤率の算定】
産前産後休業中は、有給休暇を付与するときの出勤率の算定にあたって、出勤したものとみなされます(労基法39条10項)。
そのため、産前産後休業の分を合わせて出勤率を満たすのであれば、年次有給休暇を法定日数分与えなければなりません。
【産休中の有給休暇の取得】
産後休業中の最初の6週間については、有給休暇を使用することができません。なぜなら、有給休暇は、賃金を保障したうえで労働義務を免除するものであり、法律上の労働義務がない上記期間は、有給休暇を使用する対象とはなり得ないためです。
一方、産前休業中及び産後6週間経過後については、本人の希望により就業することができるため、有給休暇を使用することができます。
なお、年次有給休暇の詳しい付与条件等については、下記の記事をご覧ください。
産前産後休業の労務手続き
労働者から妊娠の報告を受けた後、会社(使用者)は、まず、産前産後休業を取得するか否かを確認します。労働者が取得を希望した場合には、使用者は、次項以下のような手続きを行うことになります。
産前産後休業の申請
労働者から妊娠報告を受けたら、次のことを確認しましょう。
- 出産予定日
- 最終出勤日
- 出産後に復帰するか否か
- 育児休業を希望するか
これらの事項を確認したら、産前休業の取得の希望についても確認して、取得を希望している場合には申請してもらいましょう。
このとき、休業中の連絡先を確認して、出産したら報告するように依頼しておきましょう。
また、労働者が産前産後休業を取得するときに、いつまでに使用者への申請をしなければならないかについて就業規則で定めておきましょう。
社内の申請書のテンプレート等は、以下の厚生労働省のサイトで紹介しているので参照してください。
社会保険料免除の申請
産前産後休業期間中の社会保険料(健康保険、厚生年金)は、労働者のみならず使用者の負担分についても支払いが免除されます。
支払いの免除の申請は、産前産後休業の取得について労働者から申し出を受けた使用者が、健康保険組合等に「産前産後休業取得者申出書」を提出する方法で行わなければならず、申請忘れに注意が必要です。
申請するときには、産前産後休業期間中の給与を有給にするか、無給にするかについては問われません。また、免除される期間は、産休開始日の属する月から終了予定日の翌日の属する月の前月までとなっています。
なお、「産前産後休業取得者申出書」の提出先と提出時期は表のとおりです。
申出書の提出先 | 事業所の所在地を管轄する年金事務所に電子申請や郵送、窓口持参等の方法により提出します。 |
---|---|
申出書の提出時期 | 産前産後休業期間中に提出する必要があります。なお、確実に予定日どおりに出産するとは限らないため、産後に提出することをお勧めします。 |
出産手当金の申請
出産手当金とは、産前産後休業を取得して、休業期間に無給だった労働者が受け取れる給付金です。
受け取れる金額は、健康保険料の算定に使用される標準報酬月額を使用して算定します。具体的には支給開始日以前の12ヶ月間の平均標準報酬月額÷30日の3分の2に相当する金額です。
申請するためには、次の条件を満たす必要があります。
- 勤務先の健康保険に加入していること
- 産休中に出産手当金の金額以上の給与が支払われていないこと
- 妊娠4ヶ月(85日)以降の出産であること
なお、産休中に受け取った給与が出産手当金よりも少額だった場合には、給与額を差し引いた金額が支給されます。
労働者が支給要件を満たしたら、使用者もしくは本人が、「健康保険出産手当金支給申請書」を健康保険組合等に提出することにより申請します。提出先等は表でご確認ください。
申請書の提出先 | 会社で加入する健康保険が全国健康保険協会であれば、健康保険証に記載されている管轄の協会けんぽ支部へ、健康保険組合であれば各健康保険組合へ提出します。 |
---|---|
申請書の提出期限 | 出産手当金の請求権の時効は2年とされており、時効の起算日は出産のため労務に服さなかった日ごとにその翌日となっています。2年を過ぎると、1日ごとに1日分ずつ支給額が減っていきます。 |
妊娠・出産・育児における労務管理
妊娠した女性や出産した女性、育児をしている女性について、使用者は負担軽減等のために様々な責務を負っています。
ここからは、使用者の妊婦等に対する責務についてみていきましょう。
妊産婦の就業制限
使用者は、妊産婦(妊娠中および産後1年以内の女性)が請求した場合には、時間外労働や休日労働、深夜労働をさせてはなりません(労基法66条2項3項)。
また、危険有害業務とされている重量物を取り扱う業務や、有害ガスを発散する場所における業務等については、就業させることが禁止されています(労基法64条の3)。
妊産婦に対する労働制限について、より詳しく知りたい方は下記の記事をご覧ください。
母性健康管理措置
使用者は、妊産婦が母子保健法の規定による保険指導または健康診査を受けるため、必要な時間を確保できるような措置(母性健康管理措置)を講じることが求められます(雇用機会均等法12条)。
具体的には、以下の頻度で受診できるようにする必要があります。
妊娠23週まで | 4週間に1回 |
---|---|
妊娠24週から35週まで | 2週間に1回 |
妊娠36週以後出産まで | 1週間に1回 |
ただし、医師等がこれと異なる指示をしたときには、その指示に従わなければなりません。
母性健康管理措置について詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
育児休業・育児時間
産後休業とはまた別に、「育児休業」及び「育児時間」という制度があります。これらは、労働者が雇用を継続しながら育児を行うために設けられた制度です。
どのような制度であるかを表でご確認ください。
育児休業 | 原則として、1歳未満の子供を養育する労働者(男女を問わない)が請求することで付与される、育児のための休業をいいます。 |
---|---|
育児時間 | 1歳未満の子供を育てる女性労働者から請求のあった場合に必ず付与される、育児のための時間をいいます |
育児休業は、父母が共に取得可能です。父母が共に取得する場合には、育児休業を取得するタイミングをずらすことによって、子供が1歳2ヶ月に達するまでどちらかが育児休業を取得している状態にすることが可能です。また、育児休業を2回に分割して取得することもできます。
さらに、子供を保育園に入園させられなかった場合には、最大で子供が2歳になるまで育児休業を延長できる可能性があります。
それぞれの制度の詳細については、下記の各記事をご覧ください。
子の看護休暇
子の看護休暇とは、幼い子供の病気や予防接種等に対応するために、親が欠勤扱いにならずに休暇を取得できる制度です。
小学校就学の始期に達するまでの子供がいる親であれば、日雇い労働者を除くほとんどの労働者が、5日の看護休暇を取得することができます。なお、対象となる子供が2人以上であれば10日の看護休暇を取得することが可能です。
取得は1日単位に限定されておらず、半日単位や時間単位でも取得できます。
子の看護休暇についてさらに詳しく知りたい方は、以下の記事を併せてご覧ください。
産休取得等を理由とした不利益取扱いの禁止
使用者が、従業員からの産前産後休業や育児休業等の申出・取得等を理由として、解雇や降格、減給等の不利益な取扱いをすることは法律で禁止されています(雇用機会均等法9条)。
妊娠や出産等を理由とした精神的な嫌がらせや不当な扱いはマタハラ(マタニティハラスメント)と呼ばれています。マタハラには、解雇等の取り扱いだけでなく、嫌がらせや仕事を与えない等の言動も含まれます。
使用者はマタハラを防止するための措置を講じなければなりません。具体的には、マタハラ等を禁止する旨の周知や、マタハラ等の相談に対応する体制を整えること等が挙げられます。
なお、マタハラ防止措置等について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある