Ⅰ 事案の概要
本事例は、大学教員であった原告らが、大学給与規程の変更が労働契約法10条に反して無効であるとして、大学を運営する被告に対して、変更により減額された分の給与、賞与及び退職金の支払いを求めた事案です。
本事例では、①年功序列型の賃金体系を見直し、能力や責任に対する評価を加味した処遇を実現する大学の新就業規則への変更(以下、「本件変更」といいます。)が「就業規則の変更」(労契法10条)に該当するといえるか(以下、「争点1」といいます。)、②新就業規則が「合理的」(同条)といえるのか(以下、「争点2」といいます。)等が争点となりました。
Ⅱ 前提となる事実関係
被告が運営する大学は、長年にわたり生徒・学生の定員割れの状態が続き、毎年2億円もの赤字が計上される経営状態が継続している一方で、校舎の改修工事等の必要がありました。被告は、将来の安定的な存続を確保するための改革をする必要があると考え、就業規則の変更を行いました。
本俸については、本件変更前には対象者の号棒および級をもとに決定され、号棒は慣習上毎年1号ずつ昇給する運用となっていましたが、本件変更後には業績を評価した職能等級と年齢による号棒とを組み合わせた新たな等級を適用することになりました。本件変更によって、住宅手当が廃止され、扶養手当については減額されました。また、退職金については、本件変更前には本俸に職務手当や扶養手当等の各手当を合計した俸給月額に基づき算定されていましたが、本件変更後には本俸のみを俸給月額として退職金が算定されました。
被告は、本件変更に当たり、教職員らに対して、複数回の集団説明会や個別説明会等を行い、本件変更の内容や適用の時期の説明を行いました。また、労働者の過半数代表者の決定方法として、被告の統轄本部に所属する特定の人物に対して代表者の選出の意見をメールで送信する方法がとられました。
Ⅲ 判決のポイント
1 争点1について
①本俸については、新給与規程では旧給与規程よりも多くの額を貰える可能性もあるが、他方で減額されることもあり、現に原告らの本俸は減額されていること、②扶養手当については配偶者及び子の支給額がそれぞれ減額され、住宅手当については廃止されたこと、通勤手当については上限が減額されたこと、③また退職金については、本俸の減額と併せて、退職金支給額が減額されることになることから、本件変更は労働者にとって不利益な「就業規則の変更」(労契法10条)に該当する旨判示されました。
2 争点2について
就業規則の変更により、賃金や退職金といった重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす場合には、就業規則の内容が高度の必要性に基づいた合理的な内容でなければならないとし、その合理性の有無は労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして判断する旨判示しました。
そして、被告の採算性を見直す必要があり、経費の削減を検討すること自体の合理性は否定できないが、資金が約10年でショートする状態であったと認定することはできず、財政上、極めて危機的な状況に瀕していたとはいえないから、高度の必要性があったとは認定できないと判示しました。
また、各種手当は、扶養家族の有無や住居に要する費用等を条件に支給されていたものであり、能力主義的な体系を採用する必要があるとしても、これらの手当を廃止または減額しなければならない合理的な理由は見当たらず、調整給という代償措置が講じられていることを踏まえても、被告の労働者の被る不利益の大きさに照らすと、変更後の就業規則の内容の相当性は否定される旨認定しました。
これに対して、労働組合等との交渉の状況について、被告が運営する大学のキャンパスの労働者が約160名いたためこれらの労働者の意見を聴取することが煩雑であったこと、加えて、労働基準法施行規則において、労働者全体が一同に会して過半数代表者を選出する方法や挙手など特定の労働者の意見が他者に露見される方法が例示されていることから、被告において秘密投票などの方法を採用しなかったことが直ちに適正さを欠くことにはならないなど、過半数代表者の選出方法が適切ではなかったとはいえないとしました。また、団体交渉の状況についても被告の不誠実さを窺わせる事情は見当たらない旨認定されました。
これらの事情等を総合考慮して、本件変更後の就業規則は「合理的」(労契法10条)とはいえない旨判断しました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
本判決では、「原告らの給与及び退職金が減額される」ことを根拠に「就業規則の変更」(労契法10条)にあたると判断されていますが、本判決が、現に就業規則によって原告らの給与や退職金が減額されることを重視しているかについては定かではありません。しかし、本判決では、「本俸について…減額され得る可能性もあ」ることや、「通勤手当については上限が…減額されている」ことをも根拠の一つとしていることからすると、現に減額されたことを必須の要件としているわけではなく、減額の可能性があれば、不利益変更と評価されると解釈することも可能です。本事例と同様に年功的な賃金制度から成果主義的な賃金制度へ変更された事件においても、「顕著に減少した賃金額が支給されることとなる可能性があること…上記の可能性が存在する点において、就業規則の不利益変更に当たるものというべきである。」(東京高裁平成18年6月22日)と判断されているため、本事例においても同様であると考えられます。そのため、就業規則の変更によって、現に対象労働者に対する給与などの減額が存在しないからといって就業規則の不利益な変更に該当しないと判断しないように留意が必要です。
また、賃金や退職金といった労働者に重要な労働条件について不利益な変更を行う場合には、高度な必要性に基づいた合理性が要求されるため、この点についても留意が必要です。なお、過去の裁判例の傾向からすると、賃金制度の変更における合理性の判断に当たっては、従前の制度における賃金総額からの減少がないことや、特定の属性を狙い撃ちした変更内容となっていないことなども重視されています。
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