Ⅰ 事案の概要
本件は、被告に雇用され、課長として役付手当(月額6万円、賃金の約15%)の支給を受けていた原告が、平社員に降格され、役付手当が支給されなくなったこと等につき、当該降格処分が無効であることを前提に、課長としての労働契約上の地位確認等を求めた事案です。
被告は、降格の理由として、原告の①安全・品質に関する成績の不良(労災の未然防止ができていなかった。)、②教育能力の不足、③管理指標に関する基礎知識の不足、④対人関係のトラブルの多さ(パワハラ含む。)といった理由を挙げています。
Ⅱ 争点
被告の就業規則において、人事上の措置として行われる役職や職位の引下げ(降格)に関する定めがなかったことから、賃金の減額を伴う降格の可否が争いになりました。
Ⅲ 判決のポイント
裁判所は「原告と被告との間の労働契約において、原告の職種を限定したり、一定レベル以上の役職や職位、給与水準を保障したりする内容の合意があったとは認められず、被告は、原告の承諾や労働契約上の根拠がなくても、人事権の行使として、原告の役職や職位を引き下げることができるというべきであり、またこのような人事権の行使は、基本的に使用者である被告の経営上の裁量判断に属するものである。」と判断し、使用者に人事権として昇格や降格の裁量があることを認めています。
「もっとも、人事権の行使としての降格も無制限に認められるものではなく、これが社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められるような場合には、当該降格は違法、無効となる。そして、当該降格が権利の濫用に当たるか否かを判断するにあたっては、①使用者側における業務上、組織上の必要性の有無及び程度、②労働者の能力又は適性の欠如の有無及び程度、③労働者の受ける不利益の性質及び程度等の諸事情を総合的に考慮することが相当である。」として、人事権の行使がどのような場合に濫用に当たるのかを判断する要素として3項目が示されています。
なお、被告が降格の理由として主張する事情のうち、教育能力の不足と基礎知識の不足については降格理由とするほどの程度であるとは認められず、対人関係のトラブルに関しては証拠がなく事実とは認められないとされています。
「安全・品質に関する成績の不良については、課長である原告にもその責任の一端があることは否定できず、この点において、原告を課長から降格させる理由となり得るものとも考えられる。しかし、被告は、これらの事態が生じた後も、原告を直ちに課長から降格させることはせず、そうすると、安全・品質に関する成績不良の発生は、被告において原告を直ちに課長から降格させなければならないほどに重大な事情としては捉えていなかったものと考えられる。このような経緯に照らせば、そもそも、本件降格が安全・品質に関する成績の不良を理由としたものであったこと自体、疑わしいものと言わざるを得ない。この点をおくとしても、少なくとも本件降格がされた時点において、安全・品質に関する成績の不良という点に関し、原告に課長としての能力や適性の欠如が見られたとか、安全・品質に関する成績不良を防止するために原告を降格させる業務上、組織上の必要性が高かったということはできない(上記①)。
また、被告においては、課長の下にも複数の役職又は職位が設けられているところ、仮に安全・品質に関する成績の不良という観点から、原告を課長の地位に留めておくことが相当でなかったと言い得るとしても、平社員まで大幅に降格させる必要性があったとは認め難い(上記②)。
そして、被告の就業規則上、課長には6万円以上の役付手当が支給される一方、平社員には役付手当は支給されないため、本件降格は原告に対し、必然的に役付手当の不支給という経済的な不利益を及ぼすところ、これにより、原告の賃金は約15%もの減額となることからすると、その不利益の程度は重大であるというべきである(上記➂)。」として判断基準に沿った検討をしています。
「以上より、本件降格は、被告における業務上、組織上の必要性に乏しく、また、原告が課長の地位にふさわしい能力や適性を欠いているとも認め難いにもかかわらず、原告を課長から平社員へと大幅に降格させ、これに伴い原告に重大な経済的不利益を与えるものであるから、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たるものというほかなく、違法、無効であるというべきである。」と3項目の判断基準に照らして検討したうえで、人事権の裁量の限界を超え、権利の濫用に当たるとの判断がなされました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
裁判例や学説においては、人事権の行使として行われる降格処分については、使用者の裁量をある程度広く認める一方で、職能給における職位・等級等の低下により賃金の減額を伴う降格については、労働者の個別合意や就業規則等の明文の根拠が必要であるとするといった見解があり、賃金の減額を伴う降格に対しては厳格に判断する傾向があります。本件では、役付手当として役職に紐づけられた賃金であったことから個別の合意までは要するとはせずに、役職を解くことの必要性や相当性が認められるかという観点から個別具体的な事情を丁寧に検討している点に意義があるものといえます。
安全・品質に関する成績不良については、課長である原告にもその責任の一端があることは否定できず、原告を課長から降格させる理由となり得る、とされながらも、時間の経過を踏まえてその重要性が疑われ、真意としては他の理由によるのではないかという疑義が示されました。
このような事情を考えますと、当該安全・品質に関する成績不良が生じた直後に降格処分を行っていれば、異なる判断になっていた可能性もあります。ただし、その場合でも、役付手当の金額が基本給に比して高額すぎるという点は問題が残るため、一定期間は調整給を支給するなどの方法で、段階的な減額とするといった緩和措置を設けることも考慮すべきでしょう。
労働契約に限らず、特に相手方に不利益を与える行為については、与える不利益と比して行為自体の必要性・相当性が求められることは当然のことといえるでしょう。そして必要性・相当性を端的に示すには、どのような理由でそのような行為に至ったのかが客観的にみても明らかであること、必要性と比較したときに処分の程度がバランスを保つことができているかが重要になってきます。
降格理由が生じた時期と降格処分の時期がずれていたり、かけ離れていたりすれば、降格には、当該理由ではない別の原因があったのではないかと疑われてしまうことは、やむを得ません。機を逃さないことは、相手方の納得を得やすいという点においても重要であり、紛争の防止の観点からも推奨されます。
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