Ⅰ 事案の概要
本件は、Y社の経営するレストランにおいて勤務していた従業員(正社員)Xが、仕事中に無駄話が多すぎることや、他の従業員に対しパワハラ行為をしたこと、業務上の指示に対し複数回違反したこと、業務中に飲酒していたことを理由として、Y社から解雇(普通解雇)されたため、その解雇は無効であると主張し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めた事案です。裁判所の判決では、解雇は無効であるとして、雇用契約上の権利を有する地位にあることが認められました。
Ⅱ 判決の内容
1 本件の争点
本件は、Xの勤務態度が不良であることを理由とする普通解雇の事案であるところ、Y社の解雇権濫用として無効となるか否かという点(解雇の有効性)が、主な争点となりました。
2 裁判所の判断
⑴ Xは、正社員の調理師として、ゴルフ場のクラブハウス内にあるレストランで勤務していました。
⑵ 裁判所は、Y社が普通解雇の根拠として挙げた複数の事情に関して、要旨以下のとおりの事実を認定しました。
ア Xが、勤務中に他の従業員と私的な会話をしたことは認められるものの、解雇理由として検討対象になり得る程度の私的な会話を行っていたとは認められない。
イ 従業員Bは、冷蔵庫又は冷凍庫の中にいる際に扉を閉められたり、電気を消されたり、背中に氷を入れられたり、お湯を足元に流されたりするなどの嫌がらせをXから受けた旨を証言しており、Xも一部の事実を認めている。しかし、Bの証言には防犯カメラ画像と整合しない点があり、その証言には不正確な部分が含まれていることは否定できず、Xによる全ての行為があったとは認められない。
ウ Y社は、残業が多すぎるためにメニューを減らしてもいいと何度も注意したが、Xが指示に従わなかった旨主張するところ、それを客観的に裏付ける証拠はない上、XがY社代表者等の指示に従ったために残業時間が増加したことがあり、そのような理由による残業時間の増加は、メニューの数とは無関係である。また、Y社は、Xがレストランフロアと厨房の掛け持ち指示に従わなかったと主張するところ、LINEのやり取りを見ると、その事実を認めることはできない。
エ Xは、業務中にビールを飲酒したこと自体は自認しているが、その自認する以上の頻度・量で飲酒をしていたことを客観的に裏付ける証拠はない。
⑶ そして、裁判所は、前記⑵イ(パワハラ行為)及びエ(飲酒)を併せて全体として考慮したとしても、Xを解雇することが客観的に合理的で社会通念上相当であるとまではいうことができないから、解雇は無効であると判断しました。
Ⅲ 判決のポイント
1 裁判所は、Y社が普通解雇の根拠として挙げた事情のうち、Xの無駄話が多すぎるという点や、業務上の指示に対する複数回の違反があったという点は、証拠調べの結果を踏まえて、そのような事実の存在自体を否定しました。
2 その上で、裁判所は、他の従業員に対するパワハラ行為や、業務中の飲酒については、Xが自認する限度で一部の行為があったことを認定したものの、普通解雇の事由としては十分なものではないとして、Y社の解雇権濫用であるという結論に至りました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
1 労働契約法16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定します。この条文については、最高裁判例で明らかにされた「解雇権濫用法理」が労働基準法の条文として明文化された後、労働契約法の成立時にそのまま同法に移し替えられた、という経緯があります。
2 一般論として、労働者の勤務態度が不良であることは、解雇権濫用法理にいう「客観的に合理的な理由」になり得ます。しかしながら、裁判所は、勤務態度の不良を理由とする正社員の解雇(普通解雇)については、その成績不良が解雇を正当化する内容・程度のものであるかを慎重に見極めようとする傾向が強いといえます。具体的には、その労働者の職務内容や地位、企業が勤務態度不良であると主張する事情の内容、それが企業経営に支障を生ずる程度、企業が解雇に先立ち配置転換を検討したり教育・指導等によって能力の改善を図ったりしたか否か、などの諸般の事情を勘案して、裁判所は是々非々の判断をしているといえるでしょう。
3 本件においても、裁判所は、Y社が普通解雇の根拠として挙げた複数の事情について、X本人の供述、Bなど他の従業員の証言、これらが防犯カメラ画像やLINEなどの客観的証拠と整合するか否かなどについて慎重に検討した上、Y社が主張する複数の事情のうち一部を認定したにとどまり、残りのY社の主張を退けました。そして、証拠から認定されたXの行為を併せて全体として考慮したとしても、解雇の「客観 的に合理的な理由」には当たらないとしたのが、本件における裁判所の結論でした。
4 裁判所が認定したXの行為のうち、他の従業員が冷蔵庫又は冷凍庫の中にいる際に扉を閉めたり、他の従業員の背中に氷を入れたりするなどの行為は、その行為の意図・態様・頻度や、相手方との人的関係によっては、不法行為に当たる可能性すらあるところであり、不適切な行為というべきです。また、業務中の飲酒については、職場であるレストランの営業形態や、Xの職種にもよるものの、勤務中の行為としては不適切と見られる可能性が高いといえるでしょう。しかしながら、裁判所が、解雇の「客観的に合理的な理由」に欠けると判断したことに鑑みると、前記2のとおり、勤務態度の不良を理由とする正社員の解雇については慎重に事案を見極めようとする裁判所の一般的傾向が、本件の判断においても現れたと考えられます。
5 今後、普通解雇をめぐる労使間の法的紛争が発生することを未然に防止するためには、かかる裁判所の傾向をも踏まえて、解雇権濫用に当たることがないように適正な判断が行われることが望ましいといえるでしょう。また、普通解雇の理由とされる事情については、主観的な印象だけを頼りにするのではなく、その裏付けとなる客観的証拠を収集することにより、その事情の有無自体が後で争われることがないようにしておくことが適切であるといえるでしょう。
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