Ⅰ 事案の概要
1 亡Aは、Y社(農産物の生産、販売等を行うとともに、「農業アイドル」として活動するタレントの発掘および育成に関する業務を行う会社)に所属するアイドルグループのメンバーの一人でした。
2 メンバーは、Y社の農場やイベント会場でライブを行ったり、小売店による販売活動を応援したりする販売応援業務にも従事していました。
3 Y社は、取引先等から依頼を受けると、グループウェア(以下、「本件システム」といいます。)に依頼を受けたイベント等の概要を入力し、内容に応じて参加候補者として指定したメンバーの予定に当該イベント等を登録し、その後、メンバーが本件システム上で「参加」か「不参加」を選択していました。
Y社によって予定が登録されたメンバーは、多くの場合、「参加」を選択し、都合がつかなかったり、参加を希望しないイベント等であったりした場合には、「不参加」を選択して、参加しないこともありました。
4 Y社は、Aとの間で、「タレント専属レギュラー契約」を締結し、これに従って報酬を支払い、Aが販売応援に従事した場合には、1回当たり2,000円(のちに3,000円)を支払うことが合意され、Y社は、この契約どおりに、報酬を支払っていました。
5 そこで、Xら(Aの相続人)がY社に対し、Aは労基法上の労働者であると主張し、Aに支払われた販売応援業務の対価としての報酬額が、最低賃金法所定の最低賃金額を下回るとして、差額賃金等の支払いを求めた事案です。
Ⅱ 争点
Aの労基法上の労働者性が争点となりました。
Ⅲ 判決のポイント
本判決のポイントは、Aにはイベント参加について諾否の自由があったことを重視して、労基法上の労働者性を否定したことです。
1 Aは、本件グループのイベントの9割程度に参加していたが、イベントへの参加は、本件システムに予定として入力されたイベントについてAが「参加」を選択して初めて義務付けられるものであり、「不参加」を選択したイベントへの参加を強制されることはなかった。Aは、もともと生業ではなく、通学しながら本件グループのメンバーとしてイベント等に参加するなどのタレント活動に参加していたところ、Aが、タレント活動を行うか否かについて諾否の自由を有していたというべきであり、労基法上の労働者であったとは認めることはできない。
2 イベントへの参加を希望する者だけが「参加」を選択するため、「参加」を選択した者については、参加人数の制限を超えたり、希望者が必要な技量を有していないなどの事情のない限り、その時点で当該イベントに参加することが予定されることとなり(ただし、その後も学校の関係や体調の問題等、メンバー側の事情で「参加」を選択したイベントに参加することが困難になった場合については、参加しないことが認められていた。)、むしろ、Aにイベントへの参加・不参加についての諾否の自由があったことをうかがわせるものである。
3 本件グループのメンバーがY社の指定するイベント等の活動に参加しなかったことを理由に罰金が課されたことやペナルティを課されたことはなかったことも考慮すれば、イベントへの参加についてメンバーの諾否の自由が制限されていたと認めることはできない。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
1 本判決は、芸能活動者の労基法上の労働者性が争われたものです。対象は芸能活動者ですが、労働契約であるか、業務委託契約であるかの区別が問題となる場合に共通する争点となります。
2 一般的に、労基法上の労働者性を判断する上で重要なポイントは「使用」性(使用者の指揮命令を受けて働いていること)と「賃金」性(労働の対償として報酬を得ていること)の2点です。
「使用」性については、①仕事の依頼等への諾否の自由の有無、②業務遂行上の指揮監督の有無、③勤務時間・勤務場所の拘束性の有無、④他人による代替性の有無等を要素として判断されています。そのほかにも、業務に必要な機械・用具等の準備の負担関係、専属性の有無なども考慮要素となります。
3 芸能活動者の労働者性については、本件以外にも諾否の自由の有無に着目し、判断した裁判例があります。
東京高判平成19年5月16日労判944号52頁では、「契約メンバー出演基本契約を締結するに当たって、被控訴人は、契約メンバーが出演公演一覧のオペラに出演することを当然期待していたということができるし、契約メンバーも、それらに出演する心づもりで契約メンバーになるのが通常であると推認されるが、…契約の定め方や実態等に照らすと、それはあくまで事実上のものにとどまり、被控訴人からの個別の出演申込みに対して、契約メンバーは最終的に諾否の自由を有していたというべきである」とされ、労働者性は否定されました。
これに対し、エアースタジオ事件(東京高判令和2年9月3日労判1236号35頁)では、「控訴人は、本件劇団の公演への出演を断ることはできるし、断ったことによる不利益が生じるといった事情は窺われない」とされながら、「劇団員らは公演への出演を希望して劇団員となっているのであり、これを断ることは通常考え難」いこと、「劇団員らは、本件劇団及び被控訴人から受けた仕事は最優先で遂行することとされ、被控訴人の指示には事実上従わざるを得なかったのであるから、諾否の自由があったとはいえない」ことなどから、労働者性が肯定されています。
4 本判決に対しては、諾否の自由を重視しすぎているとの批判があり、諾否の自由という一面だけでなく、就業の実態に着目した判断がなされるべきとの声があります。
少し古いものになりますが、労働省(現厚労省)から昭和63年に発せられた通達(昭和63年7月30日基収355号、通称「光GENJI通達」)では、芸能活動者の労働者性について、①当人の提供する歌唱、演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性、人気等当人の個性が重要な要素となっており、②当人に対する報酬は、稼働時間に応じて定められるものではなく、③リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあっても、プロダクション等との関係では時間的に拘束されず、④契約形態が雇用契約ではない場合は、労働者性が否定されるとの判断基準が示されており、実体に着目することが示されています。
今後、業務受託者の労働者性を判断する際には、諾否の自由のみではなく、実態(当事者の認識や実際の運用)にも配慮して運用することが求められるでしょう。
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