Ⅰ 事案の概要
本事例は、被告会社(以下、「Y社」といいます。)の従業員である原告Xが、Y社から違法な退職勧奨を受けたと主張し、①Y社に不法行為に基づく損害賠償を請求するとともに、Y社がXに管理職である主任技師から非管理職である技師に降格させて(以下、「本件降格」といいます。)、賃金を減額したことから、Y社の当該措置が無効であると主張し、労働契約に基づき、②Xが主任技師の地位にあることの確認、③本件降格前の給与額と本件降格後の給与額の差額等の支払いを求めた事案です。
Ⅱ 前提となる事実関係
Xは、Y社との間で労働契約を締結し、Y社において管理職である主任技師の地位にあり、月俸は月額51万円となっていました。
Xは、Y社に入社以降、上記管理職に就任したものの、持病を原因として休職と復職を繰り返し、復職後も管理職として期待される成果を出すことができなかったため、Xの上席は、Xに「キャリア・チャレンジ研修(以下、「本件研修」といいます。)」や「フォローアップ研修(以下、「本件フォローアップ研修」といいます。)」の受講を促すとともに、転職を検討することを求めていました。
なお、本件研修の中で、Xを含む参加者は、①月俸者として求められる期待・評価等を下回り、顕著な改善行動も認められない、②新たな業務ミッションにつくことは難しいので、「社外転身」に活路を見出す方向で、これからの「キャリアチャレンジ」を考えてほしい、③上長との面談で退職合意に至った場合には、会社からどのようなサポートなどがあるのかを確認して欲しいとの内容が記載されたスライドを見せられていました。
さらに、Xの上席は、本件研修後、Xと面談して、再就職支援サービスに関する資料を交付し、本件フォローアップ研修への参加を命じていました。
Xは、本件研修及び本件フォローアップ研修を受講したものの、一連の研修の実質が違法な退職勧奨にあたるものであるとして、研修担当者に抗議するとともに、労働局に対しても違法な退職勧奨を止めるようY社に指導をすることを求めました。他方、Y社は、Xの業務に改善がないことから、Xに本件降格を命じ、減給するに至りました。
本事例では、⑴Y社及びXの上席のXに対する一連の行為が退職勧奨に該当するのか、退職勧奨に該当する場合における違法性(以下、「争点1」といいます。)、⑵本件降格及びこれに伴う減給の効力(以下、「争点2」といいます。)が争点となりました。
Ⅲ 判決の内容
1 争点1(退職勧奨の該当性及びその違法性)について
⑴退職勧奨の該当性
裁判所は、「本件研修及びこれに引き続いてされた上席との面談並びに本件フォローアップ研修には、Xに対する退職勧奨の趣旨が含まれていたと認められる。」と判断しました。⑵退職勧奨の違法性
裁判所は、「退職勧奨が、対象とされた労働者の自発的な退職意思の形成を促すという本来の目的を超えて、社会通念上相当とは認められないほどの執拗さで行われるなど、当該労働者に不当な心理的圧力を加える態様で行われたり、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりして行われた場合には、当該労働者の自由な退職意思の形成を妨げたり、不当にその名誉感情を侵害したりする違法なものとして不法行為を構成する。」との一般論を示し、「本件研修のスライド内容(注:前提となる事実関係①から③に記載した内容)がXらの参加者に精神的衝撃を与えたことは想像に難しくない。しかしながら、これらの記載は、Xらの当時の評価を記載したものにすぎず、Xらの名誉感情を不当に害するような表現を用いられていないことから、本件研修がXの自由な意思形成を妨げるほどの執拗さや態様で行われたとまでは認められない。」と判断しました。
2 争点2(本件降格及びこれに伴う減給の効力)について
裁判所は、就業規則及び賃金規則が、配転や降格に伴う職種変更に応じて給与が変動する仕組みであることを前提に「降格やこれに伴う減給について、業務上の必要性がない場合又は当該降格や減給が他の不当な動機・目的を持ってされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど、特段の事情がある場合には、人事権を濫用したものとして無効となる。」との一般論を示し、「本件では、Xは復職後に売上を上げておらず、賞与の最低評価が続いていたことに照らすと、本件降格には業務上の必要性があり、本件降格がXの言動への制裁や退職勧奨の一環としてされたものとは直ちに認めることができず、Xが新たに裁量労働勤務手当を受給するようになったことからすれば、本件降格及びこれに伴う減給が、Xに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益変更を負わせるものであるとも認められない。」として、Xの請求を棄却しました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
本事例では、管理職の地位にあった労働者への成績不良を理由とする退職勧奨及び管理職から非管理職への降格の有効性が問題となりました。
本事例において、裁判所は、退職勧奨の違法性を判断する基準として、退職勧奨の執拗さや態様に照らして、当該退職勧奨が、労働者の自由な退職意思の形成を妨げたり、不当にその名誉感情を侵害したりする場合には、違法なものとして不法行為を構成すると判示しています。
過去の事例でも、退職を拒否する労働者に「異動先を自分で探せ」、「管理者としても不適格である」等の言辞を用いた退職勧奨が繰り返し行われていた事例について違法と判断しています。
退職勧奨は、そもそも労働者の自発的な退職意思形成を促す事実行為であって、それ自体が違法と評価するものではありませんが、退職を拒否する意思が明確な労働者に対して、執拗に退職を迫る行為は、違法性を帯びる可能性が高く、労働者に退職勧奨を行う際には、労働者の意思を踏まえ、退職勧奨の態様についても吟味した上で実施していく必要があります。
また、本事例で、裁判所は、降格の有効性に関して、業務の必要性、降格の目的、労働者の降格に伴う不利益性等を考慮要素として有効性を判断しています。
人事権の行使としての降格の裁量は、無制限に認められるものではなく、就業規則上の根拠の有無、業務の必要性、降格の目的、労働者の降格に伴う不利益性を踏まえ、慎重な判断が求められます。さらに、本件のように成績不良がある労働者に降格処分を行うには、処分前から労働者の業績を把握し、処分の材料となる資料を整えた上で行い、なおかつ、当該処分が労働者にとって不利益とならないよう配慮することが求められます。
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