Ⅰ 事案の概要
本件は、Y社を定年退職した後に、期間の定めのある労働契約を締結して Y 社に再雇用された Xらが、再雇用前後の労働条件(基本給、賞与、その他各種手当)に相違があることが旧労働契約法20条に違反するとして、差額の賃金等の支払いを求めた事案です。
<前提となる事実>
⑴ Y社は、自動車学校の経営等を目的とする株式会社です。
⑵ Xらは、Y社と無期労働契約を締結して、正職員(教習指導員)として就労してきました。
⑶ Y社における正職員の賃金は、基本給、賞与、役付手当、家族手当、皆精勤手当、敢闘賞等(以下では、あわせて「賃金等」といいます。) で構成されていました。
⑷ Y社では、正職員は満60歳が定年とされており、Xらは、Y 社を60歳で定年退職しましたが、それぞれ Y 社との間で嘱託社員としての有期労働契約を締結することに合意し、嘱託社員として就労を始めました。なお、定年退職の前後で、Xらの業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、職務内容及び配置の変更の範囲に相違はありませんでした。
⑸ 嘱託社員の基本給、皆精勤手当及び敢闘賞は、正職員定年退職時に比べ減額して支給されていました。また、役付手当及び家族手当は支給されず、残業手当は、これら支給額を前提に算定され支給されました。
Ⅱ 争点
本件では、①Xらの嘱託社員としての労働条件と正職員の労働条件の間に旧労働契約法20条に違反する相違があるか、②旧労働契約法20条に違反する労働条件の相違があるとして、労働契約に基づき正職員時の賃金と嘱託社員時の賃金の差額賃金を請求することができるか、などが争点となりました。なお、現在は、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律第8条・9条に、旧労働契約法20条と同趣旨の規定が定められています。
Ⅲ 判決のポイント
裁判所は、過去の最高裁判例と同様に「有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に関する労働条件の相違が不合理と認められるものであるかを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべき」とし、「ある賃金項目の有無及び内容が、他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合」には、「そのような事情も、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮される」との判断基準を示しました。
そのうえで、裁判所は、賃金等について以下のように判断しています。
⑴ 基本給について
裁判所は、Xらは、①正職員定年退職時と嘱託職員時でその職務内容及び変更範囲には相違がないこと、②正職員定年退職時の賃金は、賃金センサス上の平均賃金を下回る水準であった中で、嘱託職員時の基本給が定年退職時の基本給を大きく下回る(45%~48.8%以下)ものとされていたこと、③Xらに比べて職務上の経験に劣り、将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の基本給を下回っていたこと、④賃金総額が定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまっていたことなどから、労働者の生活保障の観点からも看過しがたい水準に達しているとしたうえで、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で不合理な相違に当たると判断しました。
⑵ 賞与について
裁判所は、「Xらの正職員定年退職時の賞与と嘱託職員時の嘱託職員一時金に係る金額という労働条件の相違は、労働者の生活保障という観点も踏まえ、Xらの基本給を正職員定年退職時の60%の金額((1)において不合理であると判断した部分を補充したもの)である」として、「各季の正職員の賞与の調整率を乗じた結果を下回る限度で、不合理な相違に当たる」と判断しました。
⑶ 皆精勤手当及び敢闘賞について
裁判所は、「これら賃金項目の支給の趣旨は、所定労働時間を欠略なく出勤すること及び多くの指導業務に就くことを奨励することであって、その必要性は、正職員と嘱託職員で相違はない」とする Xらの主張を是認し、不合理な相違に当たると判断しました。
⑷ 家族手当について
裁判所は、「Yは、労務の提供を金銭的に評価した結果としてではなく、従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で家族手当を支給しているのであり」「被告の正職員は、嘱託職員と異なり、幅広い世代の者が存在し得るところ、そのような正職員について家族を扶養するための生活費を補助することには相応の理由がある」とする一方で、「嘱託職員は、正職員として勤続した後に定年退職した者であり、老齢厚生年金の支給を受けることにもなる」のであるから、本件相違は不合理な相違とはいえないと判断しました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
⑴ 本判決に関連する裁判例
本件に関連して、「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条(旧労働契約法20条)に違反する場合であっても、同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではない」と判断した最高裁判例(最判平成30・6・1民集72巻2号88頁)があります。
⑵ 本事例及び関連判例を踏まえての留意点
争点①について、本判決では、基本給及び賞与について定年前の基本給の60%を下回る限度で不合理と判断しています。ただし、裁判所が示した「60%」という割合については、判決内において具体的な根拠が示されているわけではないため、再雇用後の基本給や賞与が定年前の賃金の60%を超えているからといって即座に問題がないとは判断できません。
争点②について、本判決は(1)の判例を踏襲し、正職員就業規則等による労働契約に基づく差額の賃金の請求を否定しています。とはいえ、(1)の判例や本判決は、就業規則の定め方やその他の事情によって異なる結論が導かれることを否定しているわけではないため、事案に応じてより具体的な事情にフォーカスをあてた検討が必要になるといえるでしょう。
本判決は、各賃金項目の趣旨を踏まえながら各相違の合理性を検討し、特に基本給及び賞与の一部について初めて不合理性を認めた判決であり、この判決の結論や主な理由付けは、控訴審である名古屋高裁令和4年3月25日判決においても維持されましたが上告されています。
そして、最高裁は、令和5年6月22日に口頭弁論が開くことも決定しましたので、地裁及び高裁が60%を基準として違法と判断したことの妥当性なども含めて結論が変更される可能性が生じており、最高裁による結論には注目が集まっています。
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