Ⅰ 事案の概要
本件は北九州市の運営する市営バスの運転手であった原審原告ら(以下、単に「原告」といいます。)が、時間外労働に対する未払賃金等を請求した事案です。本件において主な争点となったのは、待機時間の労働時間該当性です。原審被告である北九州市(以下、単に「被告」といいます。)の交通局においては、転回場所(1日の勤務番のうちバスが1つの系統の路線の終点に到着した後、次の系統の路線の始点から出発するまでに待機する場所)ごとに、その待機時間を「調整時間」と設定した上で、調整時間のうち、遺留品の確認、車内清掃等に要する時間として一定の時間を「転回時間」として定め、調整時間のうち転回時間を控除した時間を「待機時間」としていました。被告は、転回時間については、労基法上の労働時間としてその時間に応じて時給を支払っていた一方で、待機時間については、その時間に応じて1時間当たり140円を待機加算として支払うのみで、労基法上の労働時間として取り扱っていませんでした。そこで、原告らは待機時間についても労基法上の労働時間に当たると主張して、被告に対して未払賃金等の支払いを求め訴訟を提起しました。
Ⅱ 争点
待機時間が労基法上の労働時間に該当するか(休憩時間ではないか)が争点になりました。
Ⅲ 判決のポイント
1 原審
本判決の原審は、「本件請求期間中,待機時間一般について,その間乗務員が労働契約上の役務の提供を義務付けられており被告の指揮命令下に置かれていたものと評価することはできないから,本件請求期間中の待機時間(その間に実作業が生じた場合における当該作業に要した時間を除く。)が一般に労基法上の労働時間に当たるものとは認められないというべきである」とした上で、転回時間内に終了しない業務が発生する可能性があること、一つの系統の運転業務と次の系統の運転業務との間の時間の一部であり次の運転業務に備える必要があったこと等の待機時間の性質を考慮すると、労働から解放されていたとは言い難いとして、待機時間の1割を労基法上の労働時間と認定しました。労働から解放されておらず使用者の指揮命令下に置かれていたのであれば、当該時間についてはそのうち1割ではなく、その全てを労働時間とするのが、労基法の解釈としては妥当です。しかし、原審は「このような労働時間を存しないものとして割り切ることには躊躇を感ぜざるを得ない」と述べる等、本事例における待機時間が、労基法上の労働時間とも休憩時間とも言い難いことから、それを割合的にみて、妥当な結論を導こうとしていますが、理論的な説明は難しい裁判例であるといえます。
2 本判決
本判決において、原告及び被告から補充主張はされているものの、実質的には原審と同様の主張がされており、これに対する本判決の判断も原審とほとんど同様です。その上で、本判決は、「本件請求期間中,本件待機時間について,乗務員が労働契約上の役務の提供を義務付けられており,被控訴人の指揮命令下に置かれていたと認めることはできない。」として、本事案における待機時間の労働時間該当性を認めず、待機時間の1割を労基法上の労働時間に当たるとした原審を失当であると判断しました。原審に比べると本事案における待機時間の性質を考慮せずに一刀両断するかのような判決であるという印象を受けますが、労基法上の労働時間についての解釈からすれば、本判決のような判断にならざるを得ません。現在の労基法の解釈からすれば妥当な判断であるといえます。
3 判断内容
労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の「指揮命令下に置かれたもの」と評価することができるか否かにより客観的に定まります。実作業に従事していない、いわゆる不活動時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されて初めて、使用者の指揮命令下に置かれていないもの(休憩時間)と評価することができます。
以上の判断基準を示した上で、本判決は被告の乗務員の待機時間に関する認識、待機時間における乗客対応等を義務付けられていたか、待機時間中にバスから離れることが許容されていたのか、待機時間中のバス移動についてこれに対応することを義務付けられていたか等の観点から、本事案における待機時間の労基法上の労働時間該当性を判断しました。
労基法上の労働時間に該当するかそれとも休憩時間となるかの区別の基準となる要素として①実作業から解放されていたか②労働解放の保障③滞在場所の自由(場所的解放)④労働解放の長さがあるとされています。本事案においては、待機時間において、乗務員がトイレ以外の目的でもバスから離れることが許容されていたという上記③に関する重要な事情がありました。滞在場所が自由なのであれば、労働が想定されている場所にはすぐには戻れない場所に行くこともできますから、労働からは解放されているからこそ、そのようなことができるといえるでしょう。したがって、本件においては滞在場所が自由であることは、労働からの解放が保障されているか否かの判断にとって非常に重要な事情であったといえます。本判決においても、待機時間中の滞在場所が自由であることについては、待機時間中、複数の乗務員がバスから離れていたことが何度も指摘されており、労働時間該当性を判断する上での重要性が伺えます。
本判決においては、被告が待機時間を休憩時間として取り扱う旨を周知していたことへの言及も散見されます。被告が待機時間は休憩時間であることをバスの乗務員だけではなく、バスの利用者に対しても説明して周知していた旨認定されています。乗務員に対する対内的な周知により乗務員に待機時間は労働から解放されているという認識を持たせ、対外的にもこれを周知することで乗務員の待機時間における労働からの解放を担保できることから、対内的及び対外的な周知についても、本件における労働時間該当性を判断する上での重要な事情の1つであったといえます。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
前述のとおり、本判決の原審は、待機時間のうち1割は労働時間に当たる旨判断しましたが、これを理論的に説明することは困難です。過去に、不活動時間において、発生頻度が極めて低かったことを理由に、実作業が生じた時間の範囲でのみ労働時間を認めた裁判例はありますが、1割といった割合的な労働時間を認定することはありませんでした。
労基法上の労働時間に当たるかそれとも休憩時間に該当するかについては、客観的に使用者の指揮命令下に置かれていたか否かで、いわば0か100かの判断をすることになっています。本判決では、待機時間において原告らは労働からの解放が保障されており、使用者の指揮命令下に置かれていなかったとされて労働時間該当性が否定されましたが、例えば待機時間にバスから離れることがどこまで許容されていたのかという事情が少し違えば、待機時間の全てが労働時間に該当するということになったかもしれません。労基法の労働時間該当性に関する解釈を前提にすると、このような0か100かの判断にならざるを得ませんから、休憩時間の取扱いには注意が必要です。
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